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第一章:7

 翌日の朝、ぼくは眠い目を無理やりこじ開けながら、朝食のトーストと目玉焼きを焼いていた。

 昨晩は色々な思索が頭を巡りに巡って、結局眠りに就いたのが三時過ぎ。そして六時ちょうどに目覚まし時計にたたき起こされた。なぜせっかくの休日にこんな早起きをしなければならないかといえば、本日の集合時間を厳密に定めなかったからだ。一体何時に誰が来るかなんて見当も付かなかったので、早めに起きることにした。もっとも、こんな早朝に来訪する奴なんかいる訳が無いのだが。

 だったらあと数時間余計に寝ていても問題は無かったはずなんだけれど、万が一にやたらと張り切っていた藤原あたりが昨日の作業に遅れた分を取り戻すために、この時間に訪れでもしたらのんびりと朝食を摂る時間も無くなってしまう。

 ぼくは必ず朝起きて、何かしら口にしないと落ち着かない性質なので、朝食抜き、というのは耐えられなかった。仮に睡眠時間を削ったとしても、それが朝食のためであれば全然惜しくなかった。

 とりあえず優雅に、と洒落込みたかった朝食時間は、割とあっさりと邪魔されてしまった。焼きあがったトーストにマーガリンを塗り、目玉焼きに塩コショウをかけ、さあ食うぞ、というまさにその瞬間、ぴんぽーん、と間の抜けた音が居間に響いた。

「嘘だろ、こんな時間に」

 居間の壁時計の針は、長針も短針も、仲良く真下付近を指していた。

「ごめんくださーい」

 玄関先から響いた声は、女の子の声だった。声にかわいらしさが感じられないから、多分牧村だろう。どういうつもりなんだ、こんな時間に。いくら何でも早すぎるだろう。

「守屋ー、まだ寝てるのー?」

 ぴんぽんぴんぽんと、何度も何度もチャイムを連打しやがる。早朝から近所迷惑な奴だ。

「はいはい、ちゃんと起きてるから、ちょっと待ってて!」

 仕方が無いので目玉焼きをトーストに乗せ、さらにそれを半分に折りたたみ、即席のサンドウィッチを作り、それをかじりながら玄関に向かった。

「おまたせ」

 即席サンドウィッチをほおばりながら玄関を開くと、そこには一人の少女が立っていた。一瞬誰だか分からなかった。声の感じからすると牧村で間違い無いのだけれど、目の前にいる少女は、ぼくの知っている牧村ではない気がした。

 普段は学校でしか会わないから、学校指定のセーラー服以外の服を着ている姿を見たことはなかった。だから牧村の私服姿というのを見慣れていないせいもあるが、なんだか別の人に会ったみたいだ。

 しかしながら、やはりというか何と言うか、牧村は色気とはとことん縁遠い人間だと思う。濃い緑色のポロシャツに、なんだか色の掠れたジーパンを履き、足元は薄汚れたスニーカーだ。この年代の女子中学生の私服にしては、いくら何でも地味すぎやしないか? 唯一普段と全然違うのは、学校では腰まで届きそうな長髪をまっすぐに結わずに垂らしているのだが、今日は後頭部の高い位置で一本に結っていた点だ。

 頭の先からつま先までしげしげと眺めていた俺に牧村は、変な顔をしながら

「何よ?」

 と愛想の全く感じられない口調で言うもんだから、ぼくも適当に

「いや、別に」

 などと返事をしながら、とりあえず全く片付いていない家の中へと彼女を招き入れた。

 とりあえず居間のテーブルの、さっき僕が座っていた場所の正面に座布団を敷いてやり、牧村がそこに座るのに続き、ぼくも腰を下ろす。他の家族はまだ寝ているから、ここにはぼくと牧村の二人だけだ。牧村と二人で話す機会なんてそうそう無かったからお互いに何を話して良いかも分からず、なんというか気まずい空気が流れ始めた。適当に話題を探してみるが全く思い当たらず、無言の時間が続き、柱時計の振り子が揺れる音だけが居間を支配している。ふいに牧村と目が合い、なんとなくすぐに視線を逸らす。そうこうしている内に、お互いが同時に声を発した。

「なあ」「あのさ」

 その瞬間、再度玄関のチャイムが鳴った。

 おいおい、どうしてみんな、こんなに早いんだよ。まったく、どいつもこいつも。などと思いながら僕はもう一度立ち上がり、玄関まで小走りで向かう。しかし内心、あの妙に気まずい時間が終わる事に安堵感を覚えつつ開けたドアの向こうにいたのは、瀬川だった。

 挨拶も手短に瀬川も居間まで通してやる。

「うわっ、もういるよ。……それにしても色気ねえな、委員長」

 自分よりも先に着いていた牧村の顔を見るなり、瀬川がとんでもなく失礼な事を言い放った。まあ元よりこいつは、思った事がすぐ口に出るタイプなのだが。

「顔見た瞬間、第一声がそれ? 失礼じゃないの、いくらなんでも」

 牧村の反論はごもっともだ。挨拶も無しにいきなり「色気がない」なんて、よく女性に対してそんな事が言えたものだ。洒落っ気が無い事に関しては、瀬川だって負けず劣らず、だ。まあ、ぼく自身も、人の事は言えた義理ではないのだが。

「お前の私服姿なんて初めて見たけどさ、いくら何でもひどすぎやしない?」

「いいのよ。今日は動きやすいように、わざわざ服を選んで来たんだから」

「あっそ、ふーん」

 そんな他愛のない会話をしながら他のメンバーを待ち、全員が集まったところで作業を開始した。作業といっても昨日とほとんど同じで、男三人が続きの工作を引き続き、女二人がその作業を覗き見たり適当に話したり、コンビニまで昼飯の買出しに出かけたりしていた。


 そんな時だった。ガレージで大した意味もなく流していたラジオから、ぼく達の興味を引くニュースが流れてきたのは。

「おいちょっと、ラジオ聞いてみろよ」

 瀬川の指摘に促され、ぼくは一時作業を中断し、持っていたカッターナイフを棚に置く。

「何だってんだよ」

「いいから黙って聞けって」

『……今月十三日、ロシアのエンゲリス空軍基地にて発生した軍事クーデターですが、今日未明、終結した模様です。クーデター軍は首都モスクワを完全に制圧、旧政府を降し、新制ロシアの誕生を宣言しました。現在、大規模な戦闘は終息していますが、各地で小規模な暴動が起こり、民間人にも多数の犠牲者が出ているとの情報が入っています。未だモスクワの日本大使館との連絡がつかず、現地の日本人の安否は不明です』

 ノイズの混じったアナウンサーの声が、淡々と原稿を読み上げる。

 この時のニュースこそが、これから始まる戦争の、序章だったことを、この時のぼくはまだ知らなかった。


 いい加減に太陽が西へと傾き、辺りが暗くなり始めた頃、今日はおひらき、という事になった。作業場に使っているガレージには大した照明が無いため、太陽光が無いとほとんど作業ができないのだ。裸電球がたった一個ぶら下がっているだけでは、手元に影ができて精密な作業には向かない。

 やれやれと工具を片付け、皆が自転車に跨り、玄関先で岐路に着こうとしていたときに、唐突に牧村が切り出した。

「ねえ、来週の日曜さ、みんなで展望台に行ってみない?」

 その言葉に、全員がはあ、という顔をしていた。

「展望台? どこの?」

「この先の川原にあるじゃない、青い塔」

「ああ、あれか」

「あそこにね、展望台があるんだって。みんなで行かない?」

 牧村の言う青い塔、とは、この先で川が三本合流する地点に建っている、用途不明の、謎の塔の事だ。恐らくは河川の監視用のものなのだろうが、詳細は誰も知らない。ただ、あの塔の天辺には柵があり、それに続く螺旋階段もあるから人が入れるようになっているんだろう、というくらいは何となく知っていた。

「どうせ時間はあるんだし、一足先に空に行ってみない? それに、飛行機が完成しても、一人しか飛べないんでしょ?」

 なるほどね、それもいいかも知れない。たまには息抜きも必要だしな。


 それから一週間、黙々と放課後の作業を続けているうちに、あっという間に日曜日はやってきた。

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