第一章:6
その日の晩、というか、ここ数日のことなのだが、ぼくはどうにも、嬉しくて嬉しくてたまらなかった。わくわくしているというか、そわそわしているというか。何があっても、いつ何時でも、考えている事は一つ。飛行機だ。ぼくはここ最近、本当に飛行機の事しか考えていなかった。いや、違うな。飛行機の事じゃない。みんなで飛行機を作る事、だ。なんというか、友達同士で寄り集まって、ひとつの事をやり遂げようとしているのだ。きっと、順調に事が運ぶとは限らない。どこかで躓くかもしれない。けれど、それをみんなで解決して、乗り越えていくんだ。これはつまり、いかにも青春ドラマ的ではないか。
それに、メンバーも気に入っていた。元々からの飛行機仲間の瀬川に、手投げ飛行機が趣味で電気溶接ができる技術屋の藤原だ。みんな元々よくつるんでいたメンバーだし、何が無くても、気の合う仲間だと思っていた。それが全員、実は飛行機が大好きで、しかも手作り飛行機に必要なスキルを持ち合わせていたなんて。どうしてこうも、都合のいいメンバーを揃える事ができたんだろう。どうしてこうも、都合のいい友達に囲まれているんだろう。
きっとこれは、人生に一度しかない青春時代を楽しめ、と、神様がぼく達を巡り合わせてくれたに違いない、そんな事を思っていた。そうだと信じていた。きっとこの先、このメンバーで集まれば、どんなに辛い事も、笑い飛ばして乗り越えられるに違いない。そう信じていた。
……それでも、いくら考えても分からない事があった。牧村菖蒲と安藤美由紀の事だ。なんで付いて来たんだろう。一体、何をしにきたのだろう。どうして牧村はあんなに嬉しそうだったんだろう。どうして安藤はいつもニコニコしているんだろう。どうして二人ともぼく達に協力すると言ったんだろう。
牧村は、……そうだな、正義感が強いから、ぼく達が危ない事をしないように、監視するつもりなのかもしれない。けれど、別に飛行機を作って何をする、なんて話はしなかった。なんとなく、牧村自身が楽しそうだったし。もしかすると、実はあいつも飛行機が好きなのかな。
安藤は、いつでも牧村と一緒にいるし、誰かが何かをやるとき、いつでも一緒に参加してニコニコしているから、今回もそれと同じで、深く考えていないのかもしれない。そうやって何にでも首を突っ込んでいく事にも、何か理由があるのかな。
……どれだけ考えても、分からなかった。ひたすらに首を傾げるばかりだ。女の子が何を考えているか、なんて、ぼくにはさっぱり分からなかった。そもそもぼくなんかは、女子と会話をする事自体がそんなに無いのだ。ぼくの学校は普通の公立で、当たり前のように共学で、もちろんクラスの半分が男で、半分が女なのだ。けれど中学生くらいの年頃であれば、何となく、男子と女子との間に、壁、みたいなものを認識している。小学生くらいまでは、何の気なしに男女入り乱れて遊ぶ事に、何の違和感も感じなかった。休み時間ともなれば、男子も女子も関係無しに校庭へ飛び出し、ドッジボールをしたり、鬼ごっこをしたり、縄跳びをしたり、理由も無く走り回ったりしていた。
けれどやはり、中学に上がる頃になると、なんとなく、だが、お互いがお互いを避けるような感じになり、男子は男子で、女子は女子で別れて生活を送っていた。中には軟派な奴もいて、それでもなお女子にちょっかいを出しては怒鳴られていたりするが、それはごく希な事だった。
きっとそれはぼく達が、思春期という厄介なものに囚われているせいで、女子は女子なりに、男子は男子なりに、お互いを認識しているからなんだろう。ぼく達は大人と子供の境目で、ゆらゆらと彷徨っているんだと思う。
男というのはいつまでも子供のままで、というか、子供の頃の気持ちを捨てきれず、いつまでも大人にはなりきれないんだろう。だから女の子の気持ちなんて分からないんだ。だから牧村菖蒲と安藤美由紀の考えている事が、これっぽっちも分からないんだ。
やっぱり、いくら考えても、二人が何故参加すると言い出したのか、答えなんて出なかった。
「ふう」
ぼくは少し長めのため息を吐き出して、思考を止めた。
もう、理由なんていいじゃないか。一緒にやりたいって気持ちだけで。きっと彼女達が参加したところで、制作の戦力になるとは思えない。カッターナイフもろくに扱えないだろう。安藤なんて、あっという間に両手を絆創膏だらけにしそうだ。けれど、いたからといって、どうってことは無いだろう。牧村は口うるさいだろうし、安藤はただニコニコしているだけかもしれないけれど、きっと邪魔になるなんて事は無いはずだ。
もしかすると、二人がいるだけで場の空気が良くなるかもしれない。野郎三人で黙々と作業を続けるより、幾分も空気は軽くなるかもしれない。だってそうじゃないか。青春映画には、必ず男だけじゃなくて、男のグループの中に一人か二人くらい女の子が混じっていて、そしてとても楽しそうにしている。きっと、そういうもんなんだ。それが、青春ってもんなんだ。
ぼくは、そう思う事にした。明日が楽しみだ。明日は日曜日だ。朝からみんなで集まる事になっている。ぼくはそわそわして、今夜は眠れる気がしなかった。まるで遠足前夜の小学生みたいだ。
結局ぼくはその晩、ろくに眠る事ができなかった。