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第一章:5

「しかし藤原のやつ、どこで油売ってるんだ?」

 こぼしたのは瀬川だ。藤原は、約束をすっぽかしてどこかへ行ってしまうようなやつではない。いつもはふざけた野郎なのだが、根はまじめなのだ。とすれば、材料の調達にてこずっているか、何かがあったか、だ。どうやら、瀬川も心配していたようだ。

「うん、あまりに遅い」

「捜しに行こうか?」

「そうだな」

 作業日数には多少余裕があった。この後に控えた夏休みも、丸々飛行機製作に充てるつもりだったので、時間は十分にあった。藤原の捜索に半日潰れても、大した損害ではないと考えたのだ。

 そこで話の流れが、藤原の捜索に行く方向にまとまりかけたちょうどその時、藤原は帰ってきた。

 藤原は自分の自転車にまたがり、左手でハンドルを握り、右手で別の自転車を引っ張っていた。そして藤原の自転車には学校から拝借した小型のリヤカーが繋いであり、その荷台には物々しい機械が積んであった。

「悪い悪い、遅くなった」

 藤原はばつが悪そうに、頭をぼりぼりと掻きながら陳謝した。自転車から降りた藤原が、ぼく達にしか聞こえないように、耳打ちするように小声で話す。

「途中でさあ、悪い奴らに捕まってさあ」

「悪い奴ら?」

「ばっちり聞こえてるわよ、藤原君」

 藤原がびくっと肩をすくめた。藤原の後ろには自転車がもう二台。別の人物が乗っているのが見えた。

「やだなあ委員長、俺は何も言ってねーよ」

 振り返る藤原の視線の先には、二人のセーラー服がいた。

「しっかり聞こえたわよ、ねえ、ユキ」

「うん、はっきり聞こえたよー」

 二人ともよく知っている。クラスメイトだ。

「何しに来たんだよ、おまえら」

 訝しげに尋ねると、一人は眉を吊り上げながら、一人はニコニコしながら答えた。

「藤原君が不振なことしてたからね、つけてみたのよ。何か悪い事してるんじゃないかって」

「本当はね、何だか面白そうだったから、ついて来てみたんだよ」

 教室でいつもつんけんしている学級委員の牧村菖蒲と、教室でいつもニコニコしている風紀委員の安藤美由紀だった。

 はあ。

 ぼくと瀬川は、ほぼ同時に大きなため息を吐いた。

「おまえ、こいつらに見つかったのか?」

 ぼくは藤原を問い詰めた。もちろん、この計画が誰にも秘密なのは、メンバー全員には周知だし、藤原だって分かっていたはずだ。

「まあ自転車で、自転車とリヤカー引っ張ってその辺走ってたら、嫌でも目立っちゃうだろ」

 藤原の言い訳は、もっともだ。これで誰にも見つからないほうが不思議だ。それにしてもだ、どうしてリヤカーが必要なんだ。ホームセンターに行った帰りに、そのまま返してきたんじゃなかったのか?

「ああ、これか。溶接機だよ」

 藤原は荷台に積んだ物々しい機械を、やや自慢げに叩いた。荷台には、他にドラムに巻いた延長コードや、鉄仮面のような保護眼鏡や、重そうな工具箱が山積してあった。

「これって、電気溶接か? おまえ、溶接なんかできるのかよ!?」

「ああ、結構得意なんだぜ」

 ぼくは心底意外だった。中学生で電気溶接が可能なやつがいるとは思わなかったし、そもそも溶接をする設備を所有しているなんて、夢にも思わなかった。

「親父がさあ、好きなんだよ。日用大工」

 そういい藤原は得意そうにはにかんだ。いくら日用大工が趣味であれ、普通は電気溶接機なんか持っていない。きっと藤原の父親という人は、エンジニアか何かか、よっぽどマニアックな人なのだろう。

「お取り込み中悪いんだけど、あなた方三人は一体何をしてるんでしょう?」

 その声にまたびくりと体が反応する。妙に丁寧な口調の牧村が、余計に恐い。

「そんな事よりどうすんだよ、二人に見つかって。バレちまうぞ」

 ぼくたち三人は円陣を組んで「作戦会議」を始める。確かに今重要なのは、そこだ。このままでは秘密が明るみに出てしまう。ましてや見つかった相手が悪い。特に、牧村は正義感の強い学級委員様だ。学校行事である文化祭にゲリラ的なイベントを計画しようものなら、力ずくでも計画を潰しに掛かるだろう。

「大体、なんで連れて来たんだよ!?」

「仕方ないだろ、勝手について来たんだから」

 見れば、牧村も安藤も、興味津々、といった感じでガレージの中を眺めている。これでは計画がばれるのは時間の問題どころか、もはやバレバレだろう。

「とにかく、何とかしてごまかそう」

 余計な事を詮索される前に、とっとと帰ってもらうのが一番だ。話をするのは、文化祭が終わってからでも遅くはない。

「これ、何作ってるの?」

「いや、別に大したもんじゃねーよ」

「奥に飾ってあるの、あれ飛行機?」

 牧村が指差す先にあるのは、ぼくが随分前に作ったラジコン飛行機だ。

「ああ、そうだよ。ラジコンなんだ」

「なら、今作ってるのも飛行機?」

 ぎくり。

「え? いや、まあ、なんていうか……」

 何とかごまかさないと。ぼく達は、なんともしどろもどろな返答しかできなかった。牧村はガレージの奥を向いたままで、表情は読み取れない。

「随分大きいのね。もしかして、人が乗れちゃうとか?」

「いや、えーと、その……」

 ぼく達は明確には答えなかったが、牧村は一人でそれが何なのか悟ったらしい。振り返った牧村は、普段教室では見せないような、輝いた目をしていた。

「すごーい! すごいじゃない、飛行機!」

 いつもの厳しい委員長の姿はどこにもなく、こんな嬉しそうな牧村は見たことがなかった。

「これ、みんなで作ってるんでしょ?」

「ああ、そうだよ」

「これ作って、どうするの?」

 ぼく達は半ば、牧村に気圧されていた。ぼく達は、一度全員で目を合わせた。一種の意思の確認だった。

「これで、文化祭の当日に、学校まで飛んでいくんだ」

 何と言われるか分かったものではなかったが、こんな牧村の前に、嘘を吐いてごまかしても無駄に思えたし、今なら話してもいい気がした。

「私達も混ぜて!」

「……は?」

「飛行機作り!」

 牧村がこんな事を言い出すなんて、夢にも思わなかった。ましてや、悪巧みの片棒を担ぐような真似をするなんて。

「いや、別に良いけどさ、何かできんのかよ」

「わかんない。でもやりたい。手伝わせて!」

「んー、私も、雑用くらいならやれるよー」

 牧村はやたらと嬉しそうだし、安藤もニコニコしてるし、ぼく達は断れなかった。


 これがぼく達五人の、大人になってからも続く、長い付き合いの始まりだった。

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