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第一章:1

 ぼくが生まれ育った場所、つまり生まれ故郷というやつは、帝都に隣接する県の、その中でも割合に栄えた街だ。海が近く、帝都へと続く湾に面しているために軍港が栄え、内陸部にも海軍の飛行基地や補給基地が点在していた。しかしその頃まだこの国には、少なくともぼくみたいな子供が感じるほどには、戦争の気配はさらさら無くて、比較的平穏に世界は流れていた。


 ぼくは幼い頃から、空を眺めるのが好きな子供だった。きっと周りの大人からすれば、変な子供だったんだろう。日がな一日、芝生に寝転がり、何をするでもなく、ただひたすらに空を眺めていたこともあった。

 流れ、形を変えていく雲の動きや、太陽の傾きにあわせて色を変えていく空の色、雨雲の狭間から射す光や、山脈に沈む燃えるような夕日は、いつもいつも違う表情を見せ、それは見るたびに変化し、そして二度と同じ空を見ることはできない。まるで空は生き物のように変化を続けて、それだけで幼かったぼくを飽きさせなかった。

 いつだったろうか。初めて、空を飛びたいと思ったのは。空を舞う鳥のように、何にも縛られず、自由に飛びまわりたいと思ったのは。

 鳥は自由でいい。何にも囚われず、ただ自由に空を飛びまわれた。重力にすら束縛されることを知らなかった。

 そうやってぼくは、ぼんやりと物思いにふけながら、空を行く鳥をひたすらに眺め続けた。

 ぼくが眺めていたものは鳥だけではなかった。近辺には海軍の基地があり、帝国海軍所属の軍用機が、エンジンの轟と共に毎日のように飛来していたのだ。大型の輸送機や、哨戒飛行する偵察機、旧式の大型飛行艇や、レシプロの練習機だ。ぼくは基地にやってくる飛行機を、空と共に毎日眺めていた。

 ぼくはいつしか、飛行機の虜になっていた。ぼくの中で飛行機は、人間の持てる技術の最高峰のようにさえ思えていた。あれは鳥とは違うものだ。人工物でありながら、ぼくの、ひいては人類の夢である、空を飛ぶ、という事をいとも簡単に実現させる。自由を手に入れるために、人間が、人間の力で飛行するために、人間の力で製造したものだ。まるで、絵空事のようだ。しかしそれは空想ではなく、現に実在し、ぼくの目の前で自由に飛翔していた。

 中でもぼくが気に入っていたのは、近隣の軍港に航空母艦が寄港したときにのみ飛来する、艦載ジェット戦闘機だった。大人たちはジェット機が飛ぶたびに、そのエンジンの爆音に閉口していたが、ぼくはその響きが、たまらなく好きだった。

 その頃からだろうか。空を飛ぶ鳥への羨望は、いつしか、自分自身が空を飛ぶ事への夢へと代わっていた。

 小学校時代のぼくは人知れず、有り余る放課後の時間を、手投げやゴム動力の飛行機製作に費やしていた。いつか、本物の飛行機を作るんだ。そして、空を飛んでみせる。その思いは、年を重ねるごとに、強くなっていった。

 けれどぼくは、その夢を他人に打ち明ける事はしなかった。理由なんて特には無い。ただ、なんとなく、だ。だからぼくが飛行機を作っている事を知っていたのは、ぼくを女手一つで育ててくれた母と、年老いた祖母だけだった。


 ぼくの自作飛行機コレクションは、いつの間にかぼくの部屋の大部分を占領するようになり、その頃にはゴム動力なんかでは物足りなくなって、エンジンを積んだ、本格的なラジコン飛行機を製作するほどになっていた。

 けれどそれも、誰かと共に楽しんでいたわけではなかった。ぼくの家の目の前には、大きな川が流れている。その川原を少し上流に歩くと大きなグラウンドがあって、休日には草野球の試合をやっていたりするのだが、平日の日中ともなれば、誰も使ってなどいない。その合間にグラウンドを滑走路として拝借し、ラジコン飛行機を飛ばしていた。

 中学校に入学したばかりの頃、それまでたった一人で続けていたぼくの飛行機製作に、仲間ができた。

 それまではぼくの飛行機製作は、ただ一人きりで趣味として細々と続けていたに過ぎなかった。しかし、一人きりの趣味というのも、なんとも味気の無いもので、ぼくは少し寂しさも覚えていた。難関なラジコンの製作に成功しても、時間を掛けて完成した機体の初飛行がうまくいっても、その歓びを共有する仲間がいない。それはとても寂しくて、素っ気の無い事だった。そんなときの出来事だ。

 きっかけ、というのは、ほんの些細な事でしかない。中学に上がってから、今まで自宅に招いた事のない友人に、自室を見せたのだ。そいつとは小学校時代からの付き合いで、幼馴染というほどでもないが、けれど毎日のように顔を合わせ、随分と親しくしていた。いわゆる、親友というやつだ。

 なぜ親友を今まで招いた事が無かったかというと、まあそもそも僕自身、あまり他人を家に招きたくなかった。なぜかといえば、ぼくの部屋には昔から作りに作ったコレクションが大量に保管してあって、尚且つ製作中の飛行機の機体や部品や切屑なんかがそこいらじゅうに転がっている。つまり、散らかっているのだ。よく散らかった場所を「足の踏み場も無い」と言うが、ぼくの部屋はむしろ、「足の踏み場しか無い」といった感じだ。これは母が言った言葉なのだが、まさしく的を射ている。足を運ぶ場所を考えながら歩かないと、何かを踏み潰してしまう。それくらいに散らかっている。だから、ぼくのそんな体たらくぶりを他人に知られたくなくて、例え友人でも、めったな事では自宅に招かないし、仮に来訪したとしても居間に通すのが関の山だ。

 それはある日の、なんて事の無い梅雨の日の出来事だった。学校帰りの道すがら、いつも通りに二人で駄菓子屋に立ち寄り、ああ暑いなどとこぼしながらアイスを買い食いして、道端の石垣に腰掛けながらなんて事の無い他愛の無い話をしていた。最近流行のテレビ番組や、間近に迫った中学生活初の中間試験や、教頭の髪型が不自然だといった話をしていたとき、ぼくの鼻先に水滴が落ちた。雨が降ってきたのだ。

 とりあえず帰るか、雨宿りをするかなどと考えているうちに、あっと言う間に雨脚は速くなり、古風な言い方をすると、車軸を流したような土砂降りになった。

 仕方無しにぼく達は走って、ぼくの家までたどり着いた。そこから一番近いのがぼくの家だった、というだけの理由でだ。

 とりあえず自室に通し、その間にぼくは洗面所からタオルを二枚取りに行った。その時にそいつに見つかったのが、製作中のラジコン飛行機だった。

「なあ守屋、これ、飛行機だろ?」

「ん、ああそう。ラジコン飛行機」

「って事は、ちゃんと飛ぶんだろ?」

「まあね、もちろん。エンジン積んで、こいつで操縦するんだ」

 ぼくはそう言いながら、棚から送信機を取り上げ、見せてやった。すぐ側に置いてあった、以前完成させた機体の電源を入れる。さすがに室内でエンジンをかける事はできなかったが、それでも送信機を操り、エルロンやラダーなどの方向舵を動かして見せると、目を輝かせて興奮していた。

 そいつは元々、何にでも興味を示す奴だったが、話を聞けばそいつも飛行機に、特に戦闘機に少なからず興味があるらしかった。名を、瀬川高志といった。

 何と言っても、専門的な話を理解してくれる聞き手がいるのは楽しいもので、そんな時間が経つのは異様に早く、気が付くとその日は一日、瀬川に飛行機の制作方法や、自己流の航空力学を説明して終わっていった。

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