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第一章:9

「やっとお目覚め? 藤原」

 自転車を漕ぐぼくの後ろから、牧村の声がした。ぼくの自転車の後ろには、学校から拝借したままぼくの家の庭に放置されていたリアカーが繋げられていて、その荷台の真ん中には瀬川のチャリンコアタックをモロに食らい、ノックアウトした藤原が寝っ転がっていた。

「んぁ?」

 ちらりと振り返ると、藤原が間抜けな顔をしながら、間抜けな声を出して、起き上がるところだった。

「……まったく。捕まえろとは言ったけどさ、誰も気絶させろとは言って無いぞ」

 ぼくの隣を、さっき藤原にカミカゼアタックをお見舞いした自転車に乗って走っている瀬川に、抗議する。

「いやー、悪い悪い」

 と大して悪気の無さそうに笑みを浮かべる瀬川。

「ああでもしないと、藤原は止めらんねえよ。それに、藤原は頑丈だし。そう簡単には壊れないさ」

「思いっきり伸びてたじゃねえか」

 とは言ってみたが、けれど本当に藤原は怪我一つ無く、ただ単に気絶していただけだった。本当に瀬川は暴走トラックみたいな奴だし、藤原も機関車みたいな奴だ。

 とりあえずメンバーが集まった後、気絶した藤原を放置するわけにもいかず、仕方無しにぼくの自転車に、負傷者一名を乗せたリアカーを連結し、展望台へと出発したわけだ。ちなみに女の子二人は、それぞれぼくと瀬川の自転車に二人乗りしている。

「アーちゃんが悪いんだよー? そうやってすぐに男の子に跨るから」

 瀬川の後ろに乗っている安藤の声に反応するように、かなり慌てた様子の牧村の声が、俺の真後ろから聞こえてくる。

「なっ、誤解されるような言い方止めてよね、ユキ。別に跨ってたわけじゃなくて、ただシメてただけなんだから!」

「それがいけないんだよー。なんでもかんでも暴力に走るのは、風紀委員として感心しません。大体アーちゃんは学級委員なんだからね」

「うー」

 やれやれ。あきれ返って前方を見れば、目的地の青い塔は目の前に迫っていた。

 間近で見るその塔は、思っていた以上に高かった。全体を覆う青いペンキはくすんでいて、所々に錆が浮いたり、落書きがされたりしていた。

 灯台のような形だが、その頂上にあるのはライトではなく、巨大なパラボラアンテナだけ。そして、その一段低いところが展望台になっているようで、ちょうど筒にドーナッツを嵌めたような形をしていた。

 塔の下はちょっとした公園のようになっており、植木やベンチが並んでいた。それだけで周りには特に何もなく、広い駐車場と、河原があるだけだった。塔の基礎部にプレートが嵌められていて、「無線中継所通信用鉄塔」と書かれている。どうやら、無線通信の中継施設のようで、その一角を展望台として開放しているだけのようだ。

「早く登ってみましょうよ!」

 一足先にぼくの自転車を飛び下りていた牧村が、階段の一番下で帽子を片手で抑えながら手を振っている。

 うっすらと砂ぼこりの溜まった螺旋階段を上っていくと、少しずつ地面が遠くなっていく。カンカンという足音とともに、景色が三百六十度回転しながら、高度を上げていく。

 そして一番上の、展望台まで登りきると、そこは空だった。

 言うほど高さのある塔ではなく、せいぜい五十メートル程度だろう。しかしそれでも、そこはもう、ぼく達のいた地表とは、別世界のようだった。

 周囲にほかの高い建物が無いせいなのか、本当に遠くまで、地平線の彼方までが見える、そんな気がした。

 遠くに見える山の稜線や、駅前の繁華街、真下を流れる川や、すぐ近くに見える大空。

「うわ、すげぇ」

「綺麗……」

 となりでつぶやく牧村は、大きな帽子を、風で飛ばされないように片手で抑えながら、どこまでも広がる空を、眺めていた。

 ぼくはそんな牧村の横顔を、ちらりと盗み見る。そしてまたはっとして、遠くを眺め、わざとらしい大声で、指をさした。

「結構遠くまで見えるんだな、あれ、富士山じゃないか」

「あ、本当だ」

「あれ、あっち。ランドマークも見える」

 手すりを乗り出したり、ベンチに腰かけたりしながら、ぼく達は一日中、太陽と雲の流れに合わせ、刻々と変化していく景色を眺めていた。

 ぼく達はこの日、初めて空にやってきた。


 日が暮れて、家々に明かりが灯るころ、ぼく達はやっと塔を降りた。

 もう少し夜景も見ていたかったのだけれど、女の子が二人いるので、あまり遅くなると家族を心配させてしまう。

 女の子二人が乗ったリアカーをぼくの自転車で引っ張り、瀬川は藤原と二人乗りだ。

 道中、今見てきた景色の余韻で、言葉数は少なかった。特に何も言わなくても、たぶん全員が、同じことを感じていられたから。

 途中で藤原を降ろし、しばらく行ってから、瀬川の自転車に乗り換えた安藤と別れる。それからいったんぼくの家に寄り、リアカーを置いてから、ぼくは二人乗りで牧村を家まで送った。

 玄関先までとはいえ、それでもぼくは女の子の家に行くのは初めてだった。

「あっ、ここ。ここが私の家」

 牧村に案内されるままに辿り着いたのは、ぼくの家の前を流れる川を少し上流のほうに行った、やっぱり川のすぐそばだった。

「今日はありがとね。楽しかった」

 自転車から降りた牧村が、玄関の前でくるりとこちらを向き直る。

「あのさ」

「おう」

「飛行機、うまくいくといいね。それで、もう一度空に行こう」

 とびっきりの笑顔だった。学校では、一度も見た事がないくらいの。

「それじゃあ、また明日ね」

 そう言ってドアをくぐっていく牧村を、ぼくは黙って見つめていた。

 彼女の姿が完全に消えてから、ぼくは改めて牧村の家を見た。

 赤い屋根が特徴的な、大きな家だった。


 たぶん、この頃からだろう。

 ぼくが、牧村菖蒲という少女を、意識するようになったのは。

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