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皇女アリアローゼ

 帝国の皇女アリアローゼは我儘皇女。

 美しい装飾品があると聞いては、他国の国宝だろうが駄々を捏ねて手に入れる。

 甘美なるお菓子があると聞いては、作れる料理人を無理やり帝国に連れて来る。

 希少な植物があると聞いては、根付かせるために庭園の土を丸ごと入れ替える。

 蝶よ花よと育てられた皇女は、全ては自分の思い通りとばかりにやりたい放題。

 稀代の覇者と恐れられる皇帝も、全ては皇女のためとばかりにさせたい放題。

 今日も今日とて、皇女様は豪華絢爛な一室で贅を凝らしたドレスを纏い、退屈しのぎに使用人に無茶を言いつけては、気に入らぬと首を刎ねる。

 その気性の如く真紅の髪を振り上げ、強欲さから己の瞳すら金色にしてしまった。

 アリアローゼの思い通りにならぬものなどこの世にありはしないのだ。


「って歌が流行っているらしいよ」


「知ってるわよ。そして、今度は隣国の公爵令息の婚約をぶち壊して我がものとしたのが私よ。ただただ公爵令息の美しさに心奪われて、宝石をねだる感覚で欲しがった愚か者の皇女よ」


 アリアローゼは頬を膨らませて不貞腐れると兄皇子から顔を背けた。が、すぐに隣に腰掛けられて顔を覗き込まれれば、膨らんだ頬の上の瞳から今にも涙が溢れそうなのがバレてしまう。

 そして、すっぽりと抱きしめられて背中を優しくさすれられれば、涙は容易く決壊した。

 どんなに強がったって、アリアローゼはまだ10歳なのだ。


「皇妃様は私にどうして欲しいのかしら、我儘すぎて婚約者に愛想を尽かされた方がいいのかしら」


 ぐしぐしと、金色の瞳から溢れる涙を手で拭いながらもアリアローゼは考える。自分が何を求められているのかを把握しておかないと、前妃が産んだ皇女の我が身などいつ消されてもおかしくないのだ。


「いつも通りでいいんじゃない?どうやら待遇良くもてなして油断させたいみたいだけど、何を企んでいるかはだいたい想像つくな。さて、どんな公爵令息がいらっしゃることやら」


 妹と同じ見事な赤髪から大きく飛び出る羽飾りを弄びながら、「うつけ皇子」の異名をとるエイトバーンは膝に収まるアリアローゼを優しく撫でた。




 果たして、帝国へやってきた公爵令息は見目麗しい少年だった。

 光を反射するプラチナブロンドとアメジストのような瞳はなるほど、装飾品もかくやという色使いで顔立ちも実に端正だ。我儘皇女が一目で気に入って欲したという設定も納得だ。


 礼儀正しく挨拶をする様子には、無理やり皇女への捧げ物にされた屈辱など微塵も感じさせなかった。幼い頃から仲が良かったと聞く元婚約者の悲劇への憤怒も綺麗に隠していた。


「あら、遠路はるばるご苦労様。美しいあなたを側に置けて嬉しいわ」


 アリアローゼの言葉にシーズクリフと名乗った公爵令息は穏やかに微笑むばかり。

 美術品を手に入れたかのような言われようをされていると言うのに、眉ひとつ動かさない。


「この娘があなたをいたく気に入ってしまい、どうしてもと皇帝に無理を申し上げたのですわ。でも、折角来ていただいたからには、何不自由ないようにいたしますわよ」


 妖艶に唇を綺麗な三日月型にしながら話しかけるのは、帝国の現皇妃だ。隣では宰相も訳知り顔で微笑んでいる。

 皇妃は帝国の特色である色鮮やかな布を体に巻き付け、下品にならない絶妙なバランスで豊満な曲線美を強調している。黒髪にはシーズクリフの瞳の色に合わせた紫色のスカーフに小花を模した繊細な銀細工を添えて相手への好意のアピールも忘れない。

 対して、アリアローゼは上等な布をふんだんに使用したフリルのようなビラビラのひだどりで体が埋もれており、頭には首がもげるほど重い黄金の髪飾りをつけている。首飾りや腕輪にもゴテゴテと宝石がついており殺人的な重さだ。そもそも巻毛でボリュームがある赤髪だけでもだいぶ目立つのに、派手の一点突破で趣味が悪すぎる。

 これで無邪気に微笑まないといけないのがしんどい。


 シーズクリフの到着を歓迎する晩餐において、本来ホスト役を務めるはずの皇帝は挨拶だけすると早々に退出してしまった。そして、代わりに宰相と皇妃が取り仕切るのはいつものことだ。


「どれどれ!私が一曲、シーズクリフ様のために演奏いたしましょう!私は堅苦しいことは体が受け付けないのですが、音楽は得意なのですよ!」


 元来色鮮やかな衣装の帝国においても、ずば抜けて奇抜な出立ちのエイトバーンが弦を奏で始めた。その様子は皇子と言うよりも道化師といった方がよほどしっくりくるだろう。弦を弾くたびに、頭から長く伸びる尾羽の飾りがぴょんぴょんと揺れるのがまた滑稽だ。だが、これだけ派手に飾り立てながらも悪趣味になっていないのにはアリアローゼは感心してしまう。

 上機嫌で演奏し出したエイトバーンに周りは苦笑いしているが、本人はどこ吹く風だ。


「あれは皇帝が第一子エイトバーンですわ。エイトバーンとアリアローゼは前皇妃の子なのですが、私が皇妃となってからは我が子同然に育てておりますの。あのように自由な気質で少し皇族としては異色な部分もございますが、本当にいい子たちですのよ」


 皇妃が鷹揚に微笑みながらシーズクリフに話しかける。その合間にチラリとこちらを目で牽制してくるのを受け、アリアローゼはにっこりと微笑んで返した。わかってますよ。と。

 シーズクリフはというと、こちらの事情を探るようなこともなく、ただただ礼儀正しく応じている。


 さて、この公爵令息様の面の皮の下にはどんな顔が隠れているのかしら。

 



「ちょっと!このお菓子はもう飽きちゃったわ」


 婚約者となったシーズクリフとアリアローゼは、親睦を深めるために毎日のように2人で過ごす時間が作られた。アリアローゼにとっては実に面倒だが自分が我儘を言って婚約したことになっている以上、喜ばないわけにも行かない。そして、怪しまれないようにその我儘ぶりはちゃんと演出する必要がある。


 ある日のテーブルに並べられたお菓子を見た途端、アリアローゼは使用人を呼びつけた。


「この国のお菓子のスパイスは私の気分に合わないの!すぐ取り替えなさい!」


 今日のお茶菓子は、わざわざ異国から呼びよせたシェフが作った珍しいお菓子で、シーズクリフをもてなすために特別に作られた目にも楽しいものだ。繊細な飾り付けと趣向を凝らした盛り付けに労力の程が窺い知れる。

 だが、我儘皇女には誰も逆らえない。あちらこちらから使用人がすっ飛んできてはテーブルの上のお菓子を撤去していく。そして、香り高いお茶で場を繋いでいる間に代わりのお菓子を準備しようと慌ただしく使用人達が動く。


「代わりのお菓子が来るまで暇ね。ちょっとさっきのお菓子を作ったシェフを呼んでちょうだい」


 まるで、余興を所望するようなぞんざいな態度でアリアローゼが呼びつけると、シェフが粉まみれの手もそのままで慌ててやってきた。浅黒い肌に彫りの深い顔立ちで、一目で遠くの国から来た事がわかる。皇女の機嫌を損ねたことにびくびくと怯えて表情は悲壮だ。


「あなたのお菓子はもう飽きちゃったわ。どうせ我が国のシェフに作り方ももう教えてあるんでしょ。あなたはもう必要ないわ。とっとと城を出ていきなさい!」


 アリアローゼの言葉に理解が未だ及ばないような呆然とした顔のまま、シェフは使用人に引きずられるようにして連れて行かれてしまった。アリアローゼの余りな言い分にも周りの使用人達は慣れたもので、シェフを哀れとは思うもののどうしようもない。


「彼はどちらの出身の方だったのですか?」


 アリアローゼの暴挙をただ眺めていたシーズクリフが、場が落ち着いてから一言口を挟んだ。 


「西の山脈を越えた先にあるミトキオから連れてきたのよ。ああ、あなたはミトキオの菓子は初めてだったかしら?さっき下げさせたもので良かったら、後で部屋に用意させますわ」


 アリアローゼの無礼で嫌味な対応にも、シーズクリフの鉄壁の笑みは崩れない。心遣いありがとうございます。と朗らかにお礼を言われる始末だ。


 この公爵令息はいつも微笑んではいるものの、何をしたら嬉しがるのかアリアローゼにはさっぱりだった。容姿を褒めても知識を褒めて武を褒めても同じ微笑みしか返ってこない。

 宰相が貢物や美女もあてがっているようだが、全部それとなく断られてしまったらしい。

 ついでに、何を嫌がるのかもさっぱりわからない。アリアローゼがどんなに愚かなことを言おうが我儘を言おうが無礼なことをしようが、やっぱり微笑みが崩れることはない。


「あら!随分とみすぼらしい草だこと!この素晴らしい庭園にふさわしくないわ!」


 ある日の庭園での散歩中。アリアローゼは芽が出始めたばかりの一角を見つけると、靴が汚れるのも構わずにおもむろにその芽を足で踏みつけ出した。

 いつもの装飾過多な服装のため、ちょっと動くだけで息が切れる。スカートは邪魔だわ靴は固いわで大変だが、両手でスカートを持ち上げて全身で勢いをつけて芽を踏み潰していく。

 ただでさえ少し元気のない様子だった若芽はアリアローゼに全体重をかけて踏みつけられ、見るも無惨にぐちゃぐちゃだ。


「庭師!庭師を呼んでちょうだい!」


 緊張した面持ちで飛んでいく使用人を横目に、隣のシーズクリフはアリアローゼの奇行にも眉一つ動かさずに相変わらず微笑んでいる。この人、魂がどっかに抜けてるんじゃないでしょうね?

 

 しばらくして庭師が転がるように飛び出てきた。麦わら帽子を取った顔からだらだらと滝のような汗を流している。


「ここの植物、美しい私の庭園には不釣り合いだから踏み潰しちゃったわ!こんなもの、もう2度と植えないでちょうだい!」


 居丈高に言うだけ言うと、アリアローゼは庭師には目もくれずにその場を後にした。シーズクリフもそれに続く。


「アリアローゼ様、少しお待ちください」


 途中、シーズクリフに呼び止められたアリアローゼは流石に苦言が来るかと身構えたが、違った。シーズクリフは泥だらけのアリアローズの靴を変えるように使用人に言いつけてくれただけだった。そして、やっぱり優しく微笑んだ表情は変わらなかった。




「ちょっと本当に何考えてるんだかわかんないんだけど〜〜〜〜!!!」


 アリアローゼは屋根裏部屋で1人頭を抱えていた。

 ここは昔は作業部屋か何かだったらしいが、改装時に不要になって入口が塞がれていたのをアリアローゼとエイトバーンがたまたま見つけたのだ。それ以来、ここは2人の秘密の隠れ部屋だ。


 もちろん何考えてるのかわからないとは、シーズクリフのことだ。

 事前の情報やこんな小娘にも礼を尽くした対応をしてくれることから、誠実な人柄ではないかと思うのだが、その割にはアリアローゼの理不尽な我儘に無関心すぎる。

 日和見な究極の事勿れ主義なの?それとも色んなショックで全部諦めてるの?


「私はアリアローゼ様の事がだいぶわかった気がします」


 誰もいないはずの部屋で声をかけられ、アリアローゼの肩が跳ね上がる。

 現実から逃避するようにたっぷり5秒ほど固まったものの、観念してそろり、と振り向けばそこには想像どおり薄暗い中でもプラチナブランドが映える男の姿。


「シーズクリフ様、どうやっていらっしゃったの?」


「元々、ここに部屋があることは気づいていました。そして、寝付けずに夜中の散歩をしていたらあなたを見かけて追いかけて来てしまいました」


 アリアローゼがどうしたものかと黙りこくっていると、シーズクリフはとんでもないことを言い出した。


「アリアローゼ様はお優しい方ですね」


「は?」


 不可解さから思わず低い声でアリアローゼは聞き返す。


「だって、シェフを辞めさせたのも、庭の植物を踏み潰したのも、彼らのためでしょう?」


「・・・・・」


「シェフは祖国へ帰りたがっていたが、無理やり連れてきた以上は帝国としてはおいそれと帰すわけには行かなかった。

 異国の植物は帝国の土地では根付くのは絶望的だったが、大掛かりな庭の改修までした以上はおいそれと枯らすわけにはいかなかった

 それを、あなたは我儘という形でシェフと庭師を助けてあげたんでしょう?」


 もう、これはアリアローゼの手には負える人物ではない。

 立場上、アリアローゼには我儘さと残酷さを演出する必要があったが、つい一石二鳥を狙いにいってしまったら速攻でバレた。

 油断を誘われたのはこちらだったらしい。


「まず、こんな夜中にレディを訪ねるなんて、いかがなものかしら?」


「それは失礼いたしました。夜の散歩中にたまたま見かけた部屋に、つい好奇心が抑えきれずに来てしまいました。まさかそこに皇女様がいらっしゃったとは」


 嘘つけ!絶対に私と話すためにここに来たんでしょうが!さっきと言ってること違うじゃない!

 アリアローゼがせめてもの抵抗をしてもシーズクリフは飄々と返すばかり。


 この数日間、試されていたのはきっと自分の方だ。そして、こんな人目のない場所で接触されるということは自分は彼のお眼鏡にかなったらしい。

 人の目がある場所では、自分も彼もずいぶん分厚い皮を被った状態でしかいられない。それを彼も理解しているのだ。


「残念ながら、私だけじゃあお話をお伺いできません。兄も連れてくるので3人でお話しいたしましょう」


 アリアローゼは早々に自分の手に負えないと白旗を上げた。

 これはもう脅迫だ。そもそも彼の狙いは兄だろう。


「ええ、ぜひ。ゆっくりお話ししましょう」


 こんな状況なのに、いつも変わらぬ不気味なほど鉄壁なシーズクリフの微笑みに、初めて本当の笑みが混じっているように見えた。

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