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雪女ですがクラスのイケメン妖狐の癒し係になりました  作者: 小花はな
最終章 眠れる妖狐と目覚める雪女の力

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29話 雪女と妖狐と目覚めた力



「いやぁぁぁぁぁぁっ!! 神琴ーーーーっ!!!」



 九条くんの体から急速に失われた体温。

 固く閉ざされた瞳に、葛の葉さんの悲鳴が響き渡る。



「まふゆっ!!」


「どうしました!? 今の悲鳴は……!?」


「お、お母さ! 先生!! えっ、それにみんなまでっ!?」



 悲鳴を聞きつけ、保健室へと入って来た、お母さんと木綿先生。

 更にその後ろから現れた朱音ちゃん達に、私は驚きに目を見開いた。



「暗部達を一掃出来たから、暗部長の転移の術で戻ってきたの!!」


「全員気絶して夢の中だから、安心してよ」


「それよりそっちはどうなってんの? さっきの悲鳴は……」



 そこで全員の視線が、悲鳴の発生源へと向けられる。

 そしてベッドに横たわる九条くんの姿が目に入った瞬間、全員がまるで凍りついたように体を固まらせた。



「神琴!! 神琴っ!! う、……あああっ!!!」


「ひ、姫様……」



 狐面をつけ、変化(へんげ)したままの三日月さんが、九条くんに(すが)りついて泣き崩れる葛の葉さんに駆け寄る。



「嘘……。こんなの、嘘だよね……?」


「おいっ! 不知火(しらぬい)っ!!」



 更に朱音ちゃんは顔色を一気に悪くして倒れ込み、それを夜鳥くんがすぐさま手を伸ばして支えた。



「寝てる……だけだよな?」


「そう思いたい、けど……」



 他のみんなも現実を受け止め切れないというように、その場に立ちすくむ。



「神琴!! みことぉぉっ!!!」



 誰も声を出せない。

 室内にはただただ、葛の葉さんの泣き叫ぶ声だけが響いた。



(わらわ)がこんな情けない妖狐もどきの姿になってまで生き延びようとしたのは、お前が生きている姿を見ていたかったからだ!! なのに何故、こんなにも早くお前が死なねばならぬ!? 何故っ、何故っ……」


「葛の葉……」


「ああっ、わああああああっ!!!」


「……っ」



 葛の葉さんの慟哭(どうこく)


 それに胸がえぐられるような痛みを感じながら、私は握りしめたままだった九条くんの冷たい手を更に強く握る。


 そして思うのは、気持ちを伝えてくれた時の彼の言葉――。



『まふゆ、俺は君が好きだ。ずっと、ずっと前から。永遠なんて言わない。だけど許されるのなら、俺はこの生を全うするその時まで、君の側にいたい』



 生を全う? ううん、まだ終わってないよ。

 九条くんは生を全うなんて、全然していない。



『バカバカ! そんなの私だっておんなじだよ! ずっと九条くんの側にいたい! 病気だからって関係ない! この先何があったって、私は九条くんの隣にいる……!!』



 ――そう。


 ずっと一緒にいるって。絶対幸せにするって。あの時私は決めたの。

 なのにまだ、なんにも叶えられていないよ。九条くん。


 だから……。


 ここで諦める訳には、絶対にいかないっ!!!



「……皇帝陛下っ!!」


「!」



 呼ぶと陛下は驚いたように私を見た。

 それに対して私も、陛下の黒い瞳を真っ直ぐに見つめる。



「葛の葉さんがさっき言った、皇族に伝わる全能術は〝一子相伝〟であるって話。それに間違いはないんですか?」



 射抜くように問うと、陛下は少し戸惑った様子で頷いた。



「あ、ああ……。それは確かだ。だがなまふゆ、全能術は本当に私には……」


「――なら、私が(・・)使います」


「…………何?」



 瞬間、陛下が虚を突かれたように固まった。

 確かに突拍子もないことを言っているように聞こえるのだろう。


 でも私が〝皇帝の娘〟であるのなら、きっと私にだって全能術を使う適性はあるはず。


 ならここで引く訳には、絶対にいかない。


 九条くんを救うことが出来る可能性が、ひと欠片(かけら)でもあるのなら――。



「お願いです陛下! 私に皇族に伝わる秘術を教えてくださいっ!! 〝お母さんを人間にした〟その全能術を!!」

 

「――――!」



 まだこれは推測でしかない。

 けれど確信をもって言うと、陛下と、その背後に居るお母さんが、大きく目を見開いた。



「まふゆ、アンタ……、どうしてそのことを……?」


「まさか正宗(まさむね)が?」


「い、いえ。あの時は時間が無く、私は皇女殿下にそこまでは……」



 三人の会話を聞くに、やはり予想は正しかったようだ。私はどうしてその答えに至ったか、言葉を続ける。



「知ってた訳じゃないよ。ただ……」



 思い出すのは、地下室での宰相さんとの会話。



『実際とてつもない代物です。何せ全能術ならば、いかなる事象をも変えることが出来る(・・・)のですから(・・・・・)


「宰相さんはあの時、〝出来る〟と断言していた。つまり全能術は紛れもなく存在するって、知っていたってことでしょ?」


「あ……」


「お母さんは葛の葉さんから身を隠す為に雪女から人間になった。でもどうやって? 妖怪が人間になるなんて荒唐無稽(こうとうむけい)な話、それこそ〝あらゆる事象を変える力〟を使ったとしか思えないじゃない」


「…………」



 お母さんと陛下が同時に黙り込む。無言は肯定ということなのだろう。


 で、あるならば……。



「いけません!! 姫様っ!!!」


「!?」



 と、そこで三日月さんの静止する声と共に、ボッ!! と豪火がお母さんと陛下目掛けて放たれた。



「皇帝陛下っ!!」



 しかし体育祭で見せたものよりも格段と弱々しいそれは、すぐさま木綿先生によって消し去られてしまう。



「おま……、お前達は……っ!!」



 だが、そんなことは彼女にとってどうでもいいのだろう。

 肩を怒らせ、ボロボロと涙をこぼしながら、葛の葉さんが叫んだ。



「やはり全能術はあったのじゃ!! それを力が無いなどと、何度(わらわ)を愚弄すれば気が済む!! その術さえあれば、紫蘭も、神琴も……!! ぐっ、」


「姫様っ!!」



 はぁはぁと息を荒げたまま、葛の葉さんが膝から崩れ落ち、それに三日月さんが背中をさする。



「姫様。これ以上妖術を使うのは、お体に障ります。どうか気をお鎮めください」


「……っ、今更体など労わってどうする!? 妾にはもう何も無い! 夫も息子も、一族だって、何もかも……!!」



 崩れ落ちた姿勢のまま、小さな体を震わせる葛の葉さん。

 その額にはびっしりと汗が浮かんでおり、やはり九条くんの言った通り、常に妖力を温存する必要のある無理の出来ない体なのだろう。



「……葛の葉」



 そんな彼女の元に、お母さんが進み出る。



「ねぇ、葛の葉……」


「…………」



 お母さんの呼びかけに、葛の葉さんは何も答えない。

 それでもお母さんは、彼女の前で膝をついて頭を下げた。



「ごめんなさい。決してわたし達は、葛の葉を愚弄するつもりなんてなかったの」



 語る声は震えている。 

 こんな弱々しい様子のお母さんは初めて見た。



「わたしが大馬鹿だった。全能術を使うには〝条件〟がある。それを知らないままに、紫蘭を治せるって浮かれて、あの時わたしは葛の葉に術のことを伝えてしまった……」


「え……、なんなの? 〝条件〟って?」



 てっきり皇族なら、誰でも全能術が使えるものだと思っていたのに。新たな情報につい口を挟んでしまう。



「――全能術を使えるのは、ただ一度きり。〝生涯を誓った、最も愛する者〟にしか使えないのだ」


「え、」



 それが〝条件〟!?


 驚いて陛下を見れば、彼は悔やむように手で顔を覆った。



「叶うならば、私だって紫蘭を救いたかった! 当たり前ではないか、あいつは私のかけがえのない友なのだ! 使えるものならば、葛の葉に言われるまでもなく、とっくに使っていた……!」


「そんな……そんなの……」


「じゃあどの道、雪守ちゃんでも……」


「銀髪は……」


「…………」



 みんなが一様に愕然とした様子で俯く。

 けれど私の中で巻き起こった感情は()だった。


 だって今の言葉で確信したのだ。


私は(・・)九条くんを(・・・・・)救える(・・・)〟って……!!



「お願いです、皇帝陛下! 私に全能術を教えてください!」



 もう一度願い出る私に、陛下は暗く首を振る。



「今の話を聞いていたであろう? 術の発動条件は、〝生涯を誓った最も愛する者〟だ。だからそなたには……」


「――誓い合った(・・・・・)もの(・・)、私達」


「……え?」



 私の言葉に、みんながポカンとする。

 その反応も無理もないが、けれど今一度思い出してほしい。


 借り物競走での一幕を――……。



『けれど俺も彼女も生徒会という立場上、校内ではよく知られています。このまま隠していても、いずれ噂になって真実を知られるのは時間の問題。ならば自分の口から言った方がいいと判断しました。……俺は付き合うと決めた時、もうこれ以上彼女に俺のことで哀しい顔はさせないと、そう覚悟していましたから』


『わ、私もっ! 私も九条くんと付き合うって決めたのは、生半可な覚悟じゃありません! ずっと一緒にいるって、絶対に九条くんを幸せにするって、そう決めたからなんです! だから、こんな風に騒がせてごめんなさい! でも図々しいですけどどうか、見守っていてくださいっ!!』



 いつまでも共にありたい。

 そんな気持ちをお互いみんなの前で言い合ったのだ。これを誓いと言わずして、なんと言うのだろう? 


 しかしそう胸を張る私とは裏腹に、陛下は渋面を作った。



「それは確かに誓い……なのか? いやしかし、ううむ……」



 なかなか同意してくれない陛下。動かすにはもう一押しが必要なのかも知れない。

 そう考えていると、葛の葉さんの前から立ち上がったお母さんが、陛下の羽織を引いて言った。



「――ねぇ、國光(くにみつ)。わたしからもお願い。まふゆに全能術を授けてあげて」


風花(かざはな)?」



 それに陛下が戸惑ったように声を上げる。



「しかし風花、全能術(あれ)は……」


「分かってる。全能術には〝代償がある〟……でしょ? そしてそれだけ賭しても、上手くいかない可能性があるってことも知ってる。けど結果はやってみなきゃ分からない。まふゆにはそれを試す力があるの。紫蘭の時とは違う。九条くんを救う道が僅かでもあるのなら、やる価値はあるわ」


「…………、そう、だな……」



 長い長い沈黙の後、ようやくお母さんの言葉に頷いて、陛下は私を見た。



「……まふゆ。今風花が言った通り、全能術の行使には〝代償〟がある。術の可否に関わらず、もう二度と皇族の秘術は使えなくなるのだ」


「秘術が?」


「更に言えばそなたの場合、最悪雪女としての妖力すらも失う可能性がある。葛の葉を見ても分かる通り、妖怪にとって力を失うというのは様々が弊害がある。……それでも、やるのか?」



 陛下の話にみんなの顔色が一様に悪くなる。

 妖怪にとって妖力を失うというのは、やはり自分を失うに等しいくらい恐ろしいものなのだろう。


 でも……、



「やります。秘術や妖力が使えなくなっても、私はそれまで無縁の生活をしてきたんだから、きっと大丈夫」


「まふゆ……」


「それにね、」



 私は陛下を見上げて、にっこりと笑った。



お父さん(・・・・)だって、秘術が使えなくなるからって、お母さんに全能術を使うのを躊躇(ちゅうちょ)しなかったんでしょ? 私もそれと同じなんだよ」


「……!」



 そう告げた瞬間、陛下は驚いたように言葉に詰まり、そして破顔した。



「っは、はははははっ!!」



 これまでずっと暗い表情をしていたのが、まるで嘘のように。



「……そうだな。その豪胆さ、さすが私と風花の娘だ。よかろう、皇族に伝わる一子相伝の秘術、そなたに授ける」


「はいっ!!」


「まふゆ……、そなた……」



 葛の葉さんが私を見て、信じられないというように目を見開く。

 その金色の瞳は紛れもなく九条くんと同じもので、泣き出しそうになるのを必死で堪えながら私は笑う。



「知らなかったとはいえ、葛の葉さんには色々酷いこと言ってすみませんでした。私、妖怪としての矜持(きょうじ)を捨ててでも九条くんの成長を見守ることを選んだあなたの気持ち、とっても良く分かるの。だって私も同じくらい、九条くんが大切で大好きだから……!」


「……っ」



 思いのままを告げると、葛の葉さんがまたポロポロと涙をこぼし、そして微かに頷いた。

 小さく聞こえた「ありがとう」は、きっと空耳じゃないのだろう。



「まふゆ……、少し耳を貸してもらってもいいだろうか?」


「へ?」



 陛下に向き直ると、開口一番そう言われて、私は目を丸くする。

 一子相伝だというから緊張していたのに、まさかの内緒話での口伝(くでん)だなんて……。


 まぁ皇族の秘密に関わることだし、あまり周りには聞かれたくないのかも知れない。

 そう結論づけて、私は陛下の口元に耳を近づけた。



「あのな」


「はい」



 すると何故か陛下は少し恥ずかしそうに、けれどしっかりと私に告げた。



「よいか、まふゆ。全能術……その発動方法は――……」


「――――!」



 聞いた瞬間、「ああ、なるほど」と思う。

 確かにこんな方法なら、相手が〝最愛の者〟でなければ出来ない。


 全てを聞き終えると、私はみんなが固唾を呑んで見守る中、そっと九条くんの顔を覗き込んだ。



「九条くん……」



 眠っていると言われたら信じてしまいそうなほどに、穏やかな表情。

 固く目を閉じて物言わぬ姿は、まるで先月の舞台の再現のようだった。



『ああ……っ、いやあああ!!! 王子様ぁ!! どうか目を覚まして!! お願い、お願い、起きて……!!』



 まさかお芝居が現実になるだなんて、あの時誰が思ったことだろう?

 でも、妖怪国の王子様のような最後にはさせない。


 ……絶対に。



「――お願い」



 九条くんの手を取り、そっと握りしめる。

 今からとてつもなく大きな力が動く予感からか、ざわざわと私の体の中の妖力が揺れ動いた感覚がした。



『よいか、まふゆ。全能術……その発動方法は〝口づけ〟だ。生涯を誓った最愛の者であれば、それで術は発動するだろう』



 皇族の秘術。一体どんな肩苦しいものなのかと思ったら、随分とロマンチックな方法だ。


 あるいは術の始まりは、〝愛する人の運命を変えたい〟そんな切なる祈りが奇跡を起こした、偶然の産物だったのかも知れない。……なんてね。



「起きて、九条くん」



 覗き込んだ顔に自身の顔をゆっくりと近づける。

 そして私は身をかがめ、そっと九条くんの唇に己の唇を重ねた。



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