表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雪女ですがクラスのイケメン妖狐の癒し係になりました  作者: 小花はな
最終章 眠れる妖狐と目覚める雪女の力

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

98/106

28話 雪女と妖狐と狐の女王の愛



「全能術……。それって……!」



 宰相さんから聞いた、皇族に伝わる一子相伝の秘術。



『実際とてつもない代物です。何せ全能術ならば、いかなる事象をも変えることが出来ると言い伝えられておりますから』



 そうだ! 〝あらゆる事象を変える〟ことが出来るというその術ならば、きっと九条くんだって救える……!



「陛下、私からもお願いです! 全能術を使ってください!」



 一気に希望が出て来て私は表情を明るくして言うが、それに対して陛下の表情は暗く重いものだった。



「…………」



 私が話しかけてもずっと黙り込んだまま、陛下は何も答えない。

 そんな陛下に九条葛の葉は話し続ける。



國光(くにみつ)。そなたは22年前、紫蘭を見捨てた。故に紫蘭はその僅か9年後、息を引き取った。そなたのせいだ」


「…………」


「そしてそれから13年経った今、今度は神琴が苦しんでいる」


「…………」



 何を言われても陛下は答えない。

 それに痺れを切らした九条葛の葉が、ついに叫んだ。



「お前のせいだ!! お前には救う力があるのに、紫蘭を見殺しにした!!」


「……それは違う。以前も言ったであろう。私には紫蘭を救う力は無かった(・・・・)。それを紫蘭も知っている」


「? 〝無い〟……?」



 ようやく口を開いたと思ったら、力は無いだって……?

 それはどういうことなんだろう? 宰相さんの言っていたことが本当なら、陛下は全能術を使えるはず……。



「黙れっ!! よくもぬけぬけと!! 皇族の秘術は一子相伝!! つまりお前は間違いなく、全能術を先の皇帝より引き継いでいる!! 力が無いなどと、分かりきった嘘をつくな!!」


「……葛の葉……、っ……」


「……?」



 またも陛下は固く口を引き結んで押し黙る。

 その様子は本当に辛そうで、私には嘘を言っているようには見えなかった。


 でも、そうだとしたら、本当にもう……、手立ては……?



「……ま、……ふゆ……?」


「!?」



 そこでずっと強く握りしめていた九条くんの手が、不意にピクリと動く。

 それにハッと視線を彼に向ければ、ちょうど九条くんの金色の瞳が薄っすらと開いたところだった。



「九条くんっ!!」



 思わず叫ぶと、九条くんがふっと微かに口元を緩める。



「よかった……。無事だったんだ……」


「くじょ、く……」



 柔らかな笑顔にぎゅっと胸が締めつけられ、私の目からは涙がこぼれ落ちる。

 すると九条くんが震える片方の手を伸ばし、それをふわりと拭った。



「……ごめん。君にもう哀しい顔はさせないって言ったのに、俺はまた……ゴホッ!」



 咳き込んだ九条くんの口からまたごぼりと鮮血が溢れ、私は必死で首を横に振る。



「そんなこといいからっ! それよりお願い……! もう……!!」



 ――〝もう喋らないで〟


 しかし私そう口にするより前に、血を乱暴に拭った九条くんが、九条葛の葉に顔を向けて話し出す。



「葛の葉……もういいんだ」


「? 神琴、そなた何を……?」



 突然の言葉に意味が分からないと言ったように、九条葛の葉が戸惑った様子を見せた。

 それに九条くんはゼェゼェと辛そうにしながらも、更に言葉を続ける。



「もう、いいんです。もうこれ以上……、俺と父の為に己を傷つけないでください。……お母さま(・・・・)


「!!」



 瞬間、九条葛の葉は大きく肩を揺らし、動揺したように声を震わせた。



「は、あ、……。神琴……、そなた記憶が……? 何故じゃ…… 、5歳の時に(・・・・・)確かに(わらわ)が封じたはず……」


「え?」



 5歳(・・)? 記憶(・・)って……?



 なんだかどこかで聞いた覚えのある話だ。

 確か、そう――。



『俺は5歳以前の記憶がぽっかり無いんだ』


「あっ!」



 そうだ! ティダで一緒にボートに乗った時、九条くんはそんなことを言っていた!

 けど九条葛の葉は今、〝記憶を封じた〟って言ったよね?


 まさか、九条くんが幼い頃の記憶が無かった理由って――……。



「――そういうことか」


「?」



 するとそれまで黙っていた皇帝陛下がようやく口を開き、九条葛の葉を見て、重く溜息をついた。



「そなたの〝その姿〟の理由。そして子息に対して〝義理の母〟と偽った理由。全ては九条家で起こった、あの痛ましい事故(・・)から彼を守る為か」


事故(・・)? 九条くんが小さい頃に、何かあったんですか?」



 私が尋ねると、陛下は頷く。



「ああ、そうだ。……今から13年前、紫蘭が亡くなったのと時を同じくして、もう一つ(・・・・)の悲劇(・・・)が九条家で起こった」


「もう一つの、悲劇……?」



 一体何が起きたというのだろう? 

 ごくりと唾を飲み込んで続きを待ち、そして次に出た陛下の言葉に私は固まった。



「九条家本家の者達が全て死んだのだ。……葛の葉と、彼女の子息を残して全てな」


「え……」



 本家の者達が残らず死んだ? 九条葛の葉と九条くん以外、全員(・・)が……?



「それが……〝事故〟?」


表向きにはな(・・・・・・)。実際には、この(わらわ)が残らず葬り去ったのじゃが」


「!?」



 コロコロと、まるで鈴が転がるような美しい笑い声が保健室に響く。



『そして姫様の憎悪はお二人だけに留まらず、紫蘭様、ひいては妖狐一族全体にまで及びました』



 まさかあの言葉が13年前の事故に繋がっているの……?

 ヒュッと息を呑むが、それでも私は九条葛の葉に問いかける。



「どうして、そんなことを……?」


「…………」



 私が尋ねた瞬間、九条葛の葉の顔から笑みが消える。

 そしてややあった後、ポツポツと語り始めた。



「紫蘭が亡くなり、初七日(しょなのか)も過ぎぬ内に奴ら(・・)は妾に再婚しろと言ったのじゃ。しかもその相手というのが……、……」


「?」



 まるで口に出すのを躊躇(ためら)うように、何度も言い淀む九条葛の葉。

 それに私が不思議に思っていると、皇帝陛下が首を横に振った。

 


「妖狐一族は何より〝純血〟を重んじる一族。それは皇族のしきたりの比ではない、か……」


「え? 純血……??」



 意味が分からず目を瞬かせると、九条葛の葉がくだらないと言ったように鼻で笑う。



「はっ、心底バカらしいじゃろ? じゃが妖狐一族は代々〝本家の血〟を守ることに心血を注いできた。歴史の中では本当に(・・・)兄妹や親子で夫婦になった者も居たらしいの」


「……っ!?」



 あまりにもおぞましい話だ。

 というかじゃあ、九条葛の葉が勧められた再婚相手っていうのは、まさか――……。



『はい。あの真っ暗に閉ざされた九条家で、紫蘭様は姫様にとっての唯一の光でしたから』



 三日月さんが言った〝真っ暗な九条家〟の真意。

 その言葉の一端が、今少しだけ分かったような気がする……。



「原因不明などではない。近親で繰り返される婚姻。その果てに蔓延(まんえん)したのが、忌まわしき〝奇病〟なのじゃ」


「あ……」


「矛先が妾の向くだけならば別によかった。だが奴らは言ったのじゃ。〝神琴も紫蘭のようにすぐに死ぬ。ならば一人でも多く、本家の血を継ぐ者を増やせ〟――と」


「!」



 それはあまりにも九条くんを軽んじる酷い言葉。

 九条葛の葉もきっとそう思ったのだろう。彼女は静かに怒りを(たぎ)らせて言った。



「神琴にまで〝一族の闇〟が降りかかるのは、どうしても許せなかった。だから妾は――」


「本家の者達を葬り去り……、それにまつわる全ての記憶を俺から封じた……ですね」


「! 九条くん……!」



 ゼェゼェと息を荒げながらも、九条葛の葉の言葉に答える九条くん。

 それに私は慌てて握った手に氷の妖力を込めた。



「……貴女(あなた)事故(・・)の代償に、多くの妖力を失った。だから残された微かな妖力を温存する為、子どもの姿に化けている。違いますか?」


「…………」


「教えてください。どうして俺の記憶を奪った? しかも記憶の無い俺に〝義理の母〟だなんて。そんな嘘を、何故……」


「ほほほ、そんなもの……」



 九条くんの言葉にコロコロと笑う九条葛の葉。

 だがその口元に、つーっと一筋の涙が流れ、私は目を見開いた。



「……そんなもの、いくら事故と言い張っても、人の噂に戸は立てられぬ。黒い噂が尽きぬ血で汚れた当主の実の息子になど、させられぬではないか。そなたはこれから新しい(・・・)九条家の当主となるのだから」


「――――」


「葛の葉、さん……」



 すべては九条くんを守る為に。


 あまりに壮絶な話に言葉を失っていると、不意に九条くんが葛の葉さんに向かって手を伸ばした。

 そしてそのまま、彼女から目元を覆っていたレースをするりと取り去る。



「え……」


「やっぱり」



 露わになったのは、九条くんによく似た金色の瞳(・・・・)

 それに九条くんは優しく微笑んだ。



「お父さまは昔、俺の瞳はお母さまと同じ色で綺麗だとよく褒めてくれました。お母さまもよく言っていましたね。〝顔は父親似だけど、目は妾にそっくりだ〟って。だからずっと隠していたんですね」


「み、こと、神琴……」



 隠すものが無くなった葛の葉さんの金色の瞳からは、ボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちた。



「お母さま……。貴女は本家の者達が居なくなった今も、一族の闇に囚われている。……もういいんです。貴女によって、本家(彼ら)に虐げられていた末端の妖狐達は救われた。だから……もう……、ゴホッ! ゴホッ!!」


「九条くんっ!!」


「いかん! まふゆっ、とにかくそなたの妖力を……! ありったけを彼に注ぐのだ!!」


「は、はいっ……!」



 切迫した空気の中、陛下が叫び、私はそれに頷く。

 そして更に九条くんの手を強く握りしめ、氷の妖力を込めた。



「九条くん! 九条くんっ……! 大丈夫だから……! お願い、頑張って……!」


「ま……ふゆ……」


「っ」



 けれどもどれだけ妖力を注いでも、火のように熱かったその手からは、どんどんと体温が抜け落ちていく。


 今は……もう、雪女よりも冷たい。



「っ神琴…… 、神琴、神琴……!」



 葛の葉さんがそんな彼の体に(すが)りつき、九条くんはその震える小さな肩に手を伸ばした。



「お母さま……、これ以上囚われてはいけない。貴女はもう、一族の目を気にせず外に出られる。何にも縛られずに生きられる。だって……、貴女は自由なんだから……」



「神琴……、いや、いやじゃ……!」



 何度も首を横に振る、葛の葉さん。

 それに九条くんは何か言おうと唇を動かすが、その金色の瞳が閉じた時、彼女へと伸ばされていた手がぱたりとベッドに落ちる。



 その瞬間――、



「いやぁぁぁぁぁぁっ!! 神琴ーーーーっ!!!」



 葛の葉さんの絶叫が保健室に響いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ