25話 雪女と鬼と告げられた真実(2)
これは時を遡ること、22年前。
陛下達がまだ日ノ本高校の学生だった頃の話です。
当時の生徒会には、ある四名の人物が在籍しておりました――。
「あっ! 葛の葉、紫蘭、おっはよー! 今日の全校集会頑張ろーねー!」
一人目は北の極寒の地カムイより、雪女一族の次期当主として、見識を深める為に日ノ本高校へと通っていた、雪守風花。
「はぁ……風花、そなたは毎朝毎朝、元気じゃのお。何がそんなに楽しいのか、ゲラゲラ笑いおって」
「あはは、でも女の子はそれくらい元気な方が可愛いよ」
「なんじゃ紫蘭。つまり陰気な妾は可愛くないということか?」
「めっ、滅相もない! 葛の葉様はとても可愛らしいですよ! もちろん!」
「……ふん」
二人目は三大名門貴族のひとつ、妖狐一族九条家の次期当主である、九条葛の葉。
三人目は、その彼女の婚約者であった九条紫蘭。
そして……、
「ははは!! お前達は全員朝から元気だぞ!! なにせ廊下まで話し声が聞こえてきたからな!!」
最後の四人目は、他の三人より遅れて生徒会室に入って来た一際目立つ男子生徒。
彼こそが後の日ノ本帝国皇帝となる、國光殿下でした。
「……殿下。殿下こそ、人一倍声がでかく、騒がしいですぞ」
「おお、そうだったか! それはすまなかったな、正宗」
……ちなみに影の五人目は、当時より陛下にお仕えしていたこの私、近衛正宗。
当時の彼らは生徒会という輪の中で共に切磋琢磨し、仲はとても良好でした――。
◇
「ちょっ……! ちょっと待ってください! 宰相さんっ!!」
出だしからあまりの情報過多に、私は慌てて宰相さんの話に待ったをかける。
すると彼は不思議そうにしながらも、話を止めて私を見た。
「……何か?」
「い、いえ! 今いくつか聞き捨てならないことが……! お母さんが雪女一族の次期当主!? しかも紫蘭さんとあのトンデモ当主……じゃなくて、九条葛の葉が婚約者同士って……!!?」
矢継ぎ早に問うと、宰相さんが「ああ」と声を上げる。
「失礼、これもご存じありませんでしたか。風花殿は雪女一族当主の娘です。帝都の高校にわざわざ通われていた理由は、閉鎖的な一族の未来を憂いて見識を広める為だったそうですよ」
「じ、じゃあ、今雪女一族はどうなって……?」
「今は風花殿の妹君が当主をされているようですな。現状は遠方なことと、やはり閉鎖的な一族ですので、皇宮でもあまり把握しきれてはおりませんが」
「妹……」
お母さんに妹が居たなんて知らなかった。
しかも次期当主なんて立場だったのなら、お母さんが居ない22年間、さぞその妹さんは大変だったに違いない。
お母さんだってそんなことは分かっているだろうに、どうして――。
「頭で分かっていても、どうしても譲れないものもある……ということでしょう。陛下と風花殿は茨の道であると分かっていても、その道を選びました」
「え……?」
「陛下には当時、幼少より定められた婚約者がおりました。また皇族は人間としか婚姻を結んではならないという、しきたりもあります。二人が結ばれるにはいくつもの壁があった。けれど乗り越えて今がある」
「ちょっ……!! ちょ、ちょ、ちょっ!! 待ってください、宰相さんっ!!」
またも聞き捨てならない言葉に待ったをかけると、宰相さんは先ほどよりも少し不機嫌そうにしながらも、話を止めて私を見た。
「……何か?」
「い、いえ! その……。〝乗り越えて今がある〟って、なんだかまるでお母さんと陛下が今は夫婦であるかのように聞こえるんですが……?」
「…………」
勘違いだったらとんでもなく怒鳴られそうだと思いながらも恐る恐る切り出すと、宰相さんは何故か豆鉄砲を食らったような顔で目を丸くした。
「はあぁぁぁ……」
そして脱力したように顔を手で覆って、深い深い溜息をつく。
「……あの?」
「失礼。そうでした、皇女殿下はこのことも知らないのでしたな。……全く、風花殿の徹底した用心深さには舌を巻く」
「???」
誰……? 皇女……??
ふと私達の後ろにひっそりと佇む暗部長さんの方を見るが、首をゆるりと横に振られ、宰相さんがゴホンとひとつ咳払いした。
「いいですかな、まふゆ様。貴女は……」
そう言って宰相さんが私に向かって跪く。
「貴女は日ノ本帝国138代皇帝、國光陛下の皇女。まふゆ様でございます」
「は……」
宰相さんの言葉に、息をするのも忘れて固まる。
だって、皇女……?
私が、日ノ本帝国の皇帝陛下の……?
『ほら、まふゆ。こっちのフロランタンは美味いぞ。遠慮せずどんどん食べなさい』
ええっ!? だから陛下は私を知っていたし、何かと構おうとしてきたってことなの!?
友達の子供だから可愛いとかじゃなくって、私が陛下の娘だから……!?
『國光にまふゆの気持ちを尊重させるべきだって言われて……』
……いや、でも決して意外じゃない。
お母さんの言葉の端々には、常に陛下の姿があった。
『ではな、まふゆ。色々話せて楽しかったぞ』
何より私自身、なんとなく感じていたのだ。
あの人を一目見た時から、どこか陛下のことを他人のようには思えなかったから。
でも、そうなると……、
「じゃあお母さんは、日ノ本帝国の皇后様ってこと……?」
「む」
呟くように言った私の言葉に宰相さんは少し嫌そうに顔を歪め、やがてこくりと頷いた。
「ええ、そうです。それについては少々不本意ではありますが、風花殿は陛下の伴侶。ひいては日ノ本帝国の皇后陛下であります」
「…………」
お母さんが皇后……。
『えーそお? そんな汚い? 別にフツーじゃない?』
『あーまふゆ。片付けついでに、その魚もいい感じに捌いといてよー』
ズボラでちゃらんぽらんで。
礼儀なんか全く重んじてもいない、あのお母さんが……!!?
「え、この国大丈夫?」
「ええ」
思わず出た心からの言葉に、宰相さんは意外とあっさりとした調子で頷く。
「もちろん二人の婚姻には、多くの者が反対しました。〝皇帝の結婚〟は陛下個人の一存で運ぶものではないのですから当然です。かくいう私も反対した者の一人。風花殿自身は教養もあり優れた人物ではありますが、しかし彼女は雪女。しきたりを破る婚姻など、認められませんでした」
「…………」
〝しきたり〟……。
『やっぱりお子様がおられないからじゃねーか? 居て隠す理由がねぇもん。それか皇后陛下が人間じゃなく、実は妖怪だから公表出来ねぇとか……?』
『雷護、それは絶対無いでしょ! 人間と妖怪の均衡を崩さない為に、皇族は代々人間としか婚姻を結ばないしきたりなんだからさ!』
そういえば以前、雨美くん達もそんなことを言ってたっけ。
じゃあ、お母さんと陛下はどうやって――。
「陛下は皇族が妖怪の血と混じることを厭うなら、生まれてくる子の皇位継承権は放棄すると。次代は皇弟殿下に譲ると宣言されたのです」
「!!」
ハッと私が宰相さんを見れば、彼は私に向かって深々と頭を下げた。
「……そうまで言われては、私に返す言葉はありませんでした。故に貴女に皇位継承権はありません。申し訳ありません。妖怪の血が流れる者を皇位に据えることは出来ない。これだけは譲れない一線なのです」
「い、いいえ! 継承権なんてとんでもありません! そもそもずっと庶民として暮らしてきて、実は皇族でしたってだけでも頭が追いつかないのに……!」
ぶんぶんと首を横に振りながらも思うのは、お母さんのことだ。
そんな苦労をしてまで陛下と結ばれたのに、私がお腹に宿った時期にお母さんは一人ティダに移り住んだ。
家事も仕事もなんにも出来なかったお母さん。
私が嫌なことがあってわんわん泣いていたら、いつだってぎゅっと抱きしめてくれたお母さん。
いつも飄々として、ケラケラ笑っていたけれど、その表情の裏側で何を思っていたのだろう?
『無いよ。後悔なんて一度だってしたこと無い。だって一番の宝物が、こうして元気に育ってくれたんだから』
あの時の言葉にまた重みが増して、私の目尻にじんわりと涙が滲む。
するとそんな私を見て、宰相さんがふっと息をついた。
「……風花殿は皇女殿下に多くのことを隠していましたが、それは貴女を愛するが故のこと。そして陛下のこともどうか悪く思わないで頂きたい。あの方はこの16年間、貴女を想わない日はなかった」
「宰相さん……」
……それは、分からない訳じゃない。
〝お父さん〟がどんなものなのか、正直私にはよく分からない。
それどころか冒険家だなんてなんか怪しいし、お母さんは騙されたんじゃないのかと、今の今までずっと思っていた。
でも……、
『く、くっつくって、何だー!? まさかまふゆに男が出来たのか!? しかも先ほど風花は〝九条くん〟と言っていたか……!?』
『おじっ……!? 嫌われ……!? そうなのか、まふゆ!?』
陛下が私のことで一喜一憂していたその表情が嘘じゃないことは、ちゃんと分かっている。
私を疎んで姿を現さなかった訳ではないことも理解出来た。
「けどなんでお母さんは、お父さんの職業が〝冒険家〟だなんて言ったんでしょう?」
確かにストレートに「アンタのお父さんの職業は皇帝よ」と言われたら、お母さんに熱があるのを私は疑ってしまっただろう。
しかし冒険家も大概ぶっ飛んでいる。
「……恐らくは、陛下のあだ名から取ったんでしょうな。〝冒険好きの殿下〟と、かつてはよくそう呼ばれていましたから」
「冒険……」
そういえば鬼ごっこの時もそんなことを言っていたような……?
じゃああながち丸きり嘘って訳でもなかったんだ。
「陛下は事あるごとにティダを訪れていました。それこそこの前の夏の日のように、公務にかこつけて」
「それって――……」
グシャグシャと頭をかき回すようにして撫でてきた手を思い出して、私の目にまた涙が滲む。
ああ、会いたいな。
もっといっぱい話がしたい。
そんな想いを抱いて涙を手で拭っていると、宰相さんが「さて」と呟いた。
「そして皇女殿下のもう一つの問い、葛の葉殿と紫蘭殿のことですが……」
言って宰相さんが、ずっと私達の背後に佇んでいた暗部長さんを見やる。
「……はい、宰相様」
すると彼女は小さく頷き、次には自身の狐面をするりと外した。
「え――――?」
瞬間ぶわりと空気が揺れ、私は目を見開く。
何故なら暗部長さんの二十代と思しき容姿が、みるみる内に変わっていったのだ。
そして現れたのは、一人の白髪のおばあさん。
『昔ね。神琴様が5歳の時に、彼付きの侍女が居たの。神琴様は彼女のことを〝ばあや〟って呼んで、とても懐いていらっしゃった』
まさか……。
「あなたが……〝ばあや〟さん……?」
上擦って震える私の声に、目の前の女性はにこりと微笑み頷く。
「はい、この姿ではお初にお目にかかります、皇女殿下。私こそが、神琴様の幼き頃に世話役を姫様から仰せつかっていた〝ばあや〟こと、暗部長の九条三日月と申します」




