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雪女ですがクラスのイケメン妖狐の癒し係になりました  作者: 小花はな
最終章 眠れる妖狐と目覚める雪女の力

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24話 雪女と鬼と告げられた真実(1)



「――――え!?」



 まるで世界がひっくり返ったように目の前がぐるりと回り、気がついたらどこかで見覚えのある石床の部屋に尻もちをついて座り込んでいた。


 四角い部屋を照らす、頼りないランプの光。  

 ヒンヤリと冷たい石床の感触は、まざまざとあの日(・・・)の記憶(・・・)を私の脳裏に(よみがえ)らせる。



「ここって……」


「ほほほ」


「!」



 ゾワゾワと寒さとは違う悪寒に思わず眉をひそめると、コロコロと鈴を転がしたような美しい笑い声が正面から聞こえた。

 それにハッと顔を上げ、息を呑む。



「ご明察の通り、ここは九条家の地下室じゃ。懐かしいであろ? あの時はよくもまぁ、やってくれたものじゃったなぁ……」


「っ!!」



 現れたのは、やはり黒いレースで目元を隠した、着物姿の10歳くらいの女の子。

 だが彼女は見た目通りの子供じゃない。その正体は九条家の当主、九条(くじょう)葛の葉(くずのは)だ。


 もう出来れば二度と会いたくないと思っていた人物に再会し、私は警戒心を露わにして叫ぶ。



「こんなところに私を連れて来て、一体どういうつもり!? 私はあなたと喋ってる時間なんてないんだから! さっき体育祭でお母さんが……!!」


風花(かざはな)ならたいした怪我でもないであろ。全く忌々しいことに、(わらわ)()を外してしまったからな」


「は? 〝術〟……? それって――」



 頭に浮かぶのは、私とお母さんの間に突然現れた狐面をつけた巫女服姿の女性。

 てっきり九条家の暗部だと思っていたけれど、まさか……!



「お母さんを襲った狐面は、あなただったの!? それに九条くんが消した豪火を放ったのも、全部、全部……っ!!」



 声を震わせて睨みつけると、九条葛の葉はニタリと口の端をつり上げた。



「それもご明察。そうじゃ、あの狐面の暗部は妾が化けたもの。見たか? 風花の苦痛に歪んだ顔。いつも飄々(ひょうひょう)としている女が膝をつく様は全く傑作じゃったなぁ」


「――――ッ」



 コロコロと鈴の音のように美しい声は、今はただ不快でしかない。

 そのまま怒りに任せて立ち上がろうとするが、しかしその瞬間、〝ジャラッ〟という音と共に、私の両手首に鋭い痛みが走った。



「えっ!?」



 慌てて手首に視線を向けて、私は愕然とする。


 何故なら以前この地下室で九条くんが繋がれていたのと同じ手枷(てかせ)が私の両手首を拘束し、壁から伸びる鎖でがっちりと固定されていたからだ。



「なっ、何これ!? 外してっ!!」


「ほほほ、母親が無様なら娘も無様。そなたにはその姿がお似合いじゃ」


「バカなこと言ってないで、さっさと外しなさいよ!! お母さんもだけど、九条くんは発作を起こして倒れたんだよ!! しかも今までにないくらい、酷く!! なのになんでそんな状況で笑ってられるの!? 所詮義理の息子だから、九条くんが死んだってどうだっていいって訳!?」


「…………」



 はぁはぁと息を荒げて一気に叫ぶと、九条葛の葉は笑みを消してじっと私を見る。

 そしてザリザリと足音を立ててこちらに近づくと、ぐいっ! と私の髪を思いっきり引っ張った。



「いっ……!!」


「小娘が分かった口を聞きおって。そなたに何が分かる? 神琴のことも風花のことも國光のことも、そして何よりもこの妾のことを何も知らないというのに……!」


「うう……」



 髪を引く力がますます強まり、私は痛みに呻き声を上げる。


 私を見る九条葛の葉の表情は黒いレースに覆われていて見えない。

 しかし私の髪を握り締める手はぶるぶると震えていて、怒りに戦慄(わなな)いているであろうことは窺えた。



「っ」


「……?」



 ……あ、れ? 違う、なんだか様子がおかしい。


 これは怒りで手が震えているんじゃない。

 よく見ると薄っすらとレースから透けている九条葛の葉の顔色は酷く悪く、滑らかな頬にはいくつも汗が浮かんでいる。


 なんで? まさかこの人まで何かの病気なの……?


 (いぶか)しんで彼女の顔をジッと見ていると、不意にパッと髪を離された。



「わっ!?」



 反動で背中を石壁に打ちつけ、私が痛みで顔を(しか)めると、九条葛の葉は自身の長い黒髪をかき上げ、つまらなそうに鼻を鳴らした。



「……ふん、まぁ何も知らなくて()い。どの道そなたにはなんの関係も無い話じゃ」


「は?」


「妾が用があるのは國光と風花だけ。その娘には用は無い。しかしそなたはあまりにも神琴の周りをうろちょろとうるさいからな。事が終わるまでここにいて貰うぞ」


()って……!!」



 この期に及んでまだ何かするつもり!?

 うっそりと笑う九条葛の葉に、私の中の何かがグツグツと煮えたぎるように熱くなっていく。



「どういうつもり!? これ以上お母さんや九条くんに何かするつもりなら、絶対に……、絶対に許さないからっ!!!」



 ――ピシピシピシ



「!?」



 思いのままに叫んだ瞬間、突然背後から何か割れるような音がして、私はそれに気取られる。



「ではな」


「ちょっ!!」



 しかしその正体を確かめる前に、九条葛の葉が指先をパチンと鳴らした。

 これは前にも見た、転移の術だ!! 逃げられてしまう!!



「……一応言っておくが、逃げ出そうとしても無駄じゃ。今も姿が見えないだけで、何人もの暗部がそなたを見張っておる」


「……っ、待っ……!」



 声を張り上げて静止するが、九条葛の葉の体は一瞬にして火に包まれ、その姿は跡形もなく消えてしまった。

 私は一人取り残され、地下室は静寂に包まれる。



「どうしよう……」



 とにかく方法を考えなくちゃいけない! ここから出る方法を……! 


 まずこの邪魔な手枷を……。



 ――パキィーン!!



「は……?」



 邪魔な手枷をなんとかしなくちゃと考えた矢先、突然何かが割れるような音がして、不意に両手首が軽くなった。



「え、ええ……?」



 見れば一体何が起こったのか、手枷が見事に割れて、床に転がっている。

 どうやら今のは手枷が割れた音だったらしい。

 鉄製のとても頑丈なものだったのに、急に何故……?



「ま、まぁいいや! これで動けるようになったんだし、早くここから出ないと!」



 今は余計なことを考えている時間はない。

 私は立ち上がって地下室唯一の出入り口である、鉄扉のノブに手を掛けた。

 しかしもちろん扉には外側から鍵が掛かっており、開けられない。



「出してッ!!」



 ドンッ!! と鉄扉を叩くが、なんの反応も無い。



「聞いてるんでしょ!? 出してよっ!! ねぇ!!」



 私を見張っているという暗部達に呼びかけるが、しかし声どころか、物音ひとつしない。


 暗部達は知っているだろうに。

 九条くんがどんな目にあったのか、自分達の当主が何をしたのか。


 なのに、どうして……?



『ごほっ、がほっ!』



 脳裏に浮かぶのは、暗転する直前に見た九条くんの姿。あんなおびただしい量の血を吐いている姿は初めて見た。



『この病はどんなに高名な医者でも治せなかった、原因不明の奇病です。発症したが最後、発作的に妖力が体の中で暴れ出し、異常な発熱と呼吸困難に陥る。そしてそれは年齢を重ねるごとに重症化し、例外なく二十歳前後で発症者は死に至る』



 まさかもうその時(・・・)が、タイムリミットが来たって言うの……?


 もしこのまま九条くんと二度と会えなくなってしまったら、私は……。



「お願いっ!! 誰か答えてよっ!!」



 ――ドンッ!!!



 思いっきり鉄扉を殴りつけるがビクともしない。


 半妖の癖に、なんの妖術も知らずに育った私。

 こんなことなら、攻撃用の妖術くらい覚えておくんだった!!



「お願い、お願いだから出して!! 私がここに連れて来られる直前、九条くんが発作を起こしたの!! このままじゃ、九条くんが……!!」



 ――ドンドンドンッ!!



 反応が無いことが分かっていても、叩く手が止められない。


 何度も何度も何度も扉を叩く手が震える。

 ボロボロと溢れる涙も止まらない。



 ――でも、諦めない。絶対に。



『……俺は付き合うと決めた時、もうこれ以上彼女に俺のことで哀しい顔はさせないと、そう覚悟していましたから』



 みんなの前でそこまで言ってくれた。

 私はその気持ちに応えたい。


 だって幸せにするって、ずっと一緒に生きていくって、決めたんだから……!!


 思いのまま、鉄扉に向かって振り上げる(こぶし)



「お止めください。手の皮膚が破れ、血で真っ赤に濡れております」



 しかしそれは何者かによって止められてしまう。



「――――」



 不意にそっと手を取られたので振り返ると、顔に狐面をつけた巫女服の女性が目の前に立っていた。


 なんの気配も感じなかったけど、まさか転移の術で……?



「とりあえず応急処置をしますね」


「…………」



 女性は九条家で相対した暗部達とは違う。

 先ほどお母さんや九条くんを襲撃した、九条葛の葉が化けた姿とももちろん違う。


 そう、彼女は――。



「暗部長さんっ!!!」



 この人は九条葛の葉が指示をして、九条くんを監視していた人物。

 警戒するべきだって思うのに、何故か頭とは裏腹に、私は彼女に(すが)りついて泣き叫ぶ。



「お願い!! ここから出して!! 九条くんが……!! それにお母さんも……!!」


「はい、もちろんそのつもりでこちらへ参りました」


「ふむ。あまりの冷気で室内が氷点下に達しておりますな。雪女の妖力はやはり絶大だ」


「…………え」



 凛とした暗部長さんの言葉の後に聞こえた、覚えのある威厳のある声。それに私はピシリと固まる。


 だってこの声がここで聞こえるのはおかしい。あの人(・・・)があんな一大事に陛下の元を離れるはずがない。


 だって、だって彼は――……。



「ご無事なら結構。では妖力を鎮めてくださいませんかな。私が風邪をひく」


「さ、さささ宰相(さいしょう)さん!? どうしてここに!?」



 暗部長さんの後ろからゆらりと現れた人物に私は絶句する。

 思わず指を差して叫べば、宰相さんは何か物言いたげに顔を(しか)めた後、ひとつくしゃみをした。



「くちんっ」


「…………え?」



 何? その恥じらう乙女みたいな可愛いくしゃみは。

 あまりのことに凍り付いていると、宰相さんがギロリとこちらを睨みつけてきた。



貴女(あなた)の妖力のせいです。どうかお鎮めください。一刻も早く」


「よ、ようりょく……?」



 そう言われてもなんの自覚もない。

 キョトンとしていると、どこから出したのか、暗部長さんがサッと私に手鏡を見せてきた。



「ご覧の通り雪守殿は今、〝雪女の本性〟を露わにした状態となっております。恐らくこの一連の騒ぎをキッカケとして貴女の心に強大な感情の渦が巻き起こり、覚醒に至ったのではないか。そう(わたくし)は推測致します」


「か、覚醒……?」



 イマイチ状況を呑み込めないが、暗部長さんが持つ手鏡に映った自分の姿を見てやっと納得する。

 紫色だった髪は今は透き通るような白に近い薄紫色になっており、その体からは目に見えるほどに凍てついた冷気を放っていた。



「これが部屋の中が氷点下になった原因……?」



 興奮して気づかなかったが、いつの間にか吐く息が白い。これでは宰相さんがくしゃみをするのも無理もない。


 でも……。



「え、と。いつもの姿に戻るにはどうすれば……?」


「心を落ち着かせるのです。さぁ息を吸って、吐いて」


「は、はい」



 暗部長さんの言葉に従い、何度か深呼吸をする。

 するとあら不思議。いつの間にやら体から冷気は発しなくなり、手鏡を見ればいつもの自分がこちらを見ていた。



「わーよかった! 戻れました! もう寒くないですよね? 宰相さん!」


「…………」


「? 宰相さん……?」



 笑顔で宰相さんに報告するが、彼はジッと私を見つめたまま動かない。

 けれどその瞳はとても悲しい色をしていて、私は戸惑う。



「貴女は本当に……何も(・・)知らない(・・・・)のですな。妖怪の血が流れる者なら誰もが当たり前に知っている、そんなことすら」


「……っ!」



 その言葉に胸がズシンと重苦しくなる。



『小娘が分かった口を聞きおって。そなたに何が分かる? 神琴のことも風花のことも國光のことも、そして何よりもこの妾のことを何も知らないというのに……!』



 ――そう、私は何も知らない。


 九条葛の葉の行動の理由どころか、私という〝半妖の生き方〟そのものすら。



「でも、それは……」


「知っております。風花殿が意図的に(・・・・)禁じていた。彼女の気持ちは分かります。しかしこうなった以上、貴女が何も知らないままでいるのはもう無理なことでしょう」


「……!」



 この人は知っているの? お母さんが私を何から(・・・)守りたかったのか。



『まふゆ、いいこと? あんたが雪女の半妖だってことも、妖力を使えるってことも、ぜ~ったいに誰にも言っちゃダメよ』



 あの言葉の真意を――!!



「教えてくださいっ! お母さんはそもそもなんで土地勘も無いティダに移り住んだんですか? 前は『雪女だからって寒いところに住んでいるのは、普通過ぎて面白くない!』って言ってたけど、それが嘘だってことはもう私にも分かります。だったらどんな理由で……」


「――主様(あるじさま)でございます」



 今まで私達の話をじっと聞いていた暗部長さんが、静かに告げる。



「主様は陛下と風花様に復讐する機会をずっと伺っておりました。故に陛下は風花様とその頃お腹におりました雪守殿の身の安全を確保する為、帝都から遠いティダへと風花様を逃がしたのです」


「え……、〝復讐〟?」



 物騒の言葉にぶるりと身を震わせると、宰相さんが重く頷く。



「左様。これはお二人(・・・)が言えぬのなら、この私がお伝えせねばとずっと考えていた話です。全ての始まりは(さかのぼ)ること22年前、まだ陛下達が日ノ本高校の学生だった頃のことでした――」



キャラメモ13 【近衛 正宗 このえ まさむね】

日ノ本帝国の宰相を務める白髪の紳士

三大名門貴族、鬼一族の当主でもある

皇帝には幼少の頃から仕えてきた

顔は怖いが、性格は別に怖くない

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