9話 雪女と妖狐と臨時メンバー
数日前から募っていた生徒会の臨時メンバー、通称〝文化祭実行委員〟のメンバーがやっと決まった。
私が作成した臨時メンバー募集のお知らせは瞬く間に学校中に広まり、あの九条神琴と一緒に仕事が出来る!? と女子が大挙して押し寄せて来たため、選考はかなり難航したのだ。
それがようやく今日になって、15名の臨時メンバーが正式に文化祭実行委員として動いてもらう運びとなったのである。
正直ここに至るまでの苦労(主に暴走した女子のせい)は言葉に言い表せない程ではあるが、元凶の九条くんが責任を感じてか率先して文化祭の準備を進めてくれているので、多少の文句は飲み込んでやろうか。
いや、この際私の涙ぐましい苦労は横に置いておいて、選出した15名の臨時メンバーの話に戻そう。性別はもちろん、妖怪人間を問わず〝真剣に文化祭の準備を行なってくれる人〟を基準に選考したので、士気の高いメンバーが揃ったと思う。
それぞれをポスターやパンフレットを作成する広報班、文化祭に使用する道具類全般を調達・管理する器材班、ステージ企画の進行をする企画班、各自の適正に応じて5名ずつ3班に振り分けた。
ここまでは順調。さあ、後は準備を進めるだけ! ……だったのだが。
「神琴さまぁ~。絵の具が制服に付いてしまいましたぁ~ん。どうしましょ~?」
「神琴さまぁあん。この音響動きませぇん。見てくれませんかぁあん」
なんということでしょう!
士気溢れる精鋭と思われた文化祭実行委員の一部のメンバーが、猫撫で声を出して横で作業している九条くんにアプローチをしているではありませんか!!
絶望した。この人達にというより、私の人を見る目の無さに。
選考担当は私だったので責任を感じる。すぐ近くに桃色ピンクの空間があるなんて、他のメンバーの士気に関わらなければいいのだが……。
「はぁ……」
ああでも、臨時メンバーを募ったことは何も悪いことばかりでは無い。ちゃんと良いこともあったのだ。
それは何かというと――。
「まふゆちゃーん! ポスターのデザイン案、いくつか出してみたんだけど、見てくれない?」
「わぁ、見る見る! 仕事が早くて助かるよ! ありがとう! 朱音ちゃぁん!!」
文化祭準備用に借りた空き教室へと勢いよく入って来たのは、ふわふわのピンク色の髪に、パッチリとしたチョコレート色の瞳の、可愛いが詰まった美少女。その名を不知火朱音ちゃんと言う。
ちなみに同じ2年生で人間の女の子だ。
選考の際に絵を描くのが趣味だという彼女に見せてもらった絵に私が一目惚れし、是非に是非にと頼み込んで文化祭のデザイン全般を担当してもらえることになった経緯がある。
完全に私得だが、これも役得ということで許してほしい。
「おおーっ! この躍動感、めちゃくちゃ良いよっ!!」
スケッチブックに描かれたポスター案をパラパラと捲り、私は絶賛する。
朱音ちゃんの絵は本人の可愛らしい見た目に反して、線が力強く色合いもパキッとしており、なんというか生命力に満ち溢れているのだ。
一見ふわふわしたパステル調の絵を描きそうな女の子がこんな力強い絵を描くなんて、そのギャップもまた堪らないではないか。
「わぁっ、こっちもいいなぁ!」
ニヤニヤと口元を緩めて、どのデザインがいいか悩む。私的にはこの元気な感じのがいいと思うんだけど、みんなはどう思うかなぁ? うーん、うーん……。
「……?」
そうやって唸っていると、後ろから誰かに覗き込まれる気配がして、持っていたスケッチブックに影が差す。
ああ、違った。〝誰か〟じゃないな。
この溢れんばかりの強大な火の妖力の持ち主は、学校中探しても一人しかいない。
「へー、上手いね。これ君が描いたの?」
「はわっ! は、はいっ! そうです!!」
その〝誰か〟が感心したような声を上げて、朱音ちゃんに視線を向ける。
すると朱音ちゃんは一瞬にして顔を真っ赤にし、首振り人形のようにカクカクと首を縦に振った。
「ふーん」
それに対して彼女に声を掛けたこの男――九条神琴は、眉ひとつ動かさずに私の手の中にあるスケッチブックをパラパラと捲っている。ちょっと! 私が見ていたんですけど!?
「あわわ……」
その間も朱音ちゃんは九条くんを見つめて小動物のようにプルプルと震えており、とても可愛い。
……が、なんとなくムッときた。私の朱音ちゃんを一瞬で誑し込むとは。九条くんめ、恐ろしい男である。
「あ、これなんかいいんじゃない?」
「え、どれ?」
私がアホなことを考えている間に、九条くんがお気に入りの一枚を見つけたらしい。どれどれ、参考までに確認してやろう。
「これ」
「あ」
九条くんが指を差したのは、さっき私がいいと思った絵と同じ。
え? まさかの美的センスが同じなの??
一瞬よぎった思考を、いやいやと即座に否定する。ただの偶然でしょ。
とにかく九条くんも同じ絵がいいと思ったのなら、ポスターはこの絵で決まりだろう。なんてったって、生徒会長と副会長のお墨付きなのだ。他のヤツらの意見は知らん。役得である。
「へぇ偶然だね。実は私もこの絵がいいと思ってたんだ。よし、朱音ちゃん! ポスターはこのデザインでお願い!」
「あわっ!?」
名前を呼ぶと我に帰った朱音ちゃんが、赤い顔をそのままに私が示した絵を慌てて見やった。
「そ、そっか! じゃあ早速今からこのデザインでポスター作成に取り掛かるね! またね、まふゆちゃん!」
「あ、うん。またね!」
そして私からスケッチブックを受け取ると、すぐさま脱兎のごとく走り去って行く。
そのあまりの勢いについポカンとした後、私はジロリと九条くんに視線を向けると、その視線に気づいた九条くんもこちらを見た。
「どうしたの? ジッと見て」
「…………」
とっさに「このタラシめ」という言葉が出かかったが、すんでのところで飲み込む。
「いや別にぃ? ただ私と九条くんって、美的センスが一緒だったんだなって思っただけ」
「美的センス? 別に俺、美術なんて全く興味無いから、そんなもの無いよ」
「へ?」
「雪守さんて考えてることがすぐ顔に出るから、分かりやすいよね」
「???」
不思議なことを言って、九条くんが頬を緩める。
え、何? 絵の好みと私の顔の出やすさとに、何か関係があるの??
さっき私と一緒の絵を選んだのは、ただの偶然……だよね?
それとも――?
「神琴さまぁ~ん」
「あ」
「はぁ……」
また女子の猫撫で声が九条くんを呼ぶ。そんな女子達に溜息をつきながらもちゃんと付き合ってあげる九条くんは、なんだかんだで優しい男なのかも知れない。
女子達の方に歩いていくその背中をぼんやりと見つめながら、先ほど浮かんだあり得ない仮説を頭の中で打ち消す。
だって――、
『雪守さんって考えてることすぐ顔に出るから、分かりやすいよね』
私の表情を見て、私がどの絵を気に入ったかが分かったとして、私が選んだから九条くんも選んだ、なんて。
しかも女子達をあしらいながらも、それが分かるくらいずっと私を見てた、なんて。
「~~~~っ」
そんなの無い。
ないない、絶対無い。
◇
一部の臨時メンバーが九条くんの親衛隊だったのは誤算だったが、概ね文化祭実行委員の出だしは良好である。それぞれの班の進捗を確認し、あらかたの指示も出し終えた。
そろそろ自分の担当の仕事も進めようと、後のことは九条くんに任せて、私は生徒会室へと戻る。
「あ」
「おう、雪守も仕事か?」
するとまるで壁のように積まれた書類の真ん中で、ぴょこぴょことド派手なツンツンの黄色い髪が揺れ動く。
居たのはコワモテな容貌と三白眼が特徴の生徒会の問題児こと、夜鳥雷護だった。
この間の生徒会で九条くんに燃やし尽くされた傷がまだ癒えないのか、ペタペタと顔中に貼られた絆創膏が痛々しい。
しかし本人は至ってケロっとした顔で、大量の書類を捌いていた。
「どしたの、その書類の量?」
「水輝に全部押しつけられた。これでこの間のことは水に流すって」
「ああ……」
なるほど。雨美くんらしい仲直りの仕方だ。
とりあえず頑張れと労って、私も席について自分の仕事を始める。
「…………なあ」
「…………」
「…………おい」
しかしその手はすぐさま夜鳥くんによって止められた。
なんだよ、集中してるのにうるさいヤツめ。軽く睨みつけてやれば、何やら珍しく夜鳥くんが戸惑った表情をしている。どうやら何か言いたいことがあるらしい。私は溜息をついて尋ねた。
「何?」
「それって、クラスでやる喫茶店の衣装?」
「そうだけど?」
ほら、と縫っている執事服を見せてやれば、夜鳥くんがすごく微妙な顔をした。
なんだ? 縫い目が荒いとでも言うつもりか?
「お前生徒会の仕事もあんのに、なんでも引き受け過ぎだろ。んなもん、クラスで暇してるヤツらにやらせりゃいーんだよ。人間ってのは、すぐに壊れる弱っちぃ生き物なんだから、あんま無茶すんなよ」
「…………」
言い方はアレだが、私を想っての言葉なのは伝わる。この夜鳥雷護という男は、一度能力を認めた相手には例え嫌いな人間であっても優しいのだ。まぁ、認められるまでが難しいのだが……。
「心配してくれるのは嬉しいけど、私はそんなヤワじゃないし大丈夫だよ。クラスのみんなも私が裁縫得意だから、是非私に作ってほしいって言って――……」
「だから! それが最近九条様と仲が良いお前に女子達が嫉妬した、嫌がらせだって言ってんだよっ!!」
「へ……?」
衝撃の発言にチクチク動かしていた針が止まる。
……嫌がらせ?
「わーマジかぁ」
確かに不審なところはあった。普段それほど親しくもない女子達が、妙に私をヨイショして頼み込んできたのだ。
例の九条くんショックがあった手前、いじめられることも覚悟していたのに、思いがけず頼られたことが嬉しくて、つい二つ返事をしてしまったが……。
「気づいてなかったのか? マジで? 天然すぎだろ」
「うーん、クラス全員分の衣装作成を任せられたのは、さすがに大変だなぁって思ったよ? でもまさかそれが嫌がらせの一環に繋がるなんて、思いもしないじゃん……」
ていうか九条くんと最近仲が良いって……。
「いや言っとくけど、別に九条くんとは全然仲良くなんてないよ!? 普通にただのクラスメイトだよっ!!」
誤解だと叫べば、同じくらいデカい声で叫び返される。
「アホか! そう思ってんのはお前だけだっ! どう考えても疑うだろ!? つい最近まで壊滅的な出席率だった九条様が毎日授業に出て、しかもお前と昼飯食いに行ったり、二人っきりで帰ったりしてればなっ!!!」
「ぐっ……!」
た、確かに短期間で距離を縮め過ぎである! いやでも、昼食や送ってもらった件は不可抗力で……!
実際にはみんなが想像するようなことはなんにも無い。私と九条くんはただの契約関係だ。
でも契約のことは誰にも言えないし……。
「うう……」
思考がこんがらがって、私は頭を抱えて唸る。
するとそんな私の様子をどう捉えたのか、夜鳥くんが「はぁ……」と溜息をついた。
「あのさぁ、雪守。こーゆーこと、あんま言いたくないけど、お前あんまし九条様に深入りすんなよ」
「……え?」
いつになく真剣なトーンで言われ、私は抱えていた頭を上げて、驚いて夜鳥くんを凝視する。
すると夜鳥くんはバツが悪そうに、顔を顰めた。
「九条家は名門一族じゃあるんだが、昔っから〝黒い噂〟が絶えねぇんだ」
「く、黒い噂……?」
何それと聞くが、夜鳥くんは頑なに首を横に振るだけ。内容までは教えてくれないようだ。
「別に九条様に何かあるとは言わねぇよ。でも万が一ってこともある。あの容姿に目が眩んだバカ女以外は、あの方とは最低限の距離までしか近づかないのが、貴族の常識だ」
「貴族の……」
そういえば問題児な夜鳥くんは貴族だった。
能天気な感想が頭を駆け巡ると同時に、なるほどと色々腑に落ちた。
夜鳥くんにしろ、雨美くんにしろ、人間(仮)の私に対しても友好的なのに、どこか九条くんへの態度には距離を感じた。
単純に爵位が上だとか、妖怪としての畏怖だとか、そんな風に解釈していたけど、そうじゃなかったのか。
「そっか、ありがとう。肝に銘じとく」
夜鳥くんは言いづらいことを私を心配する一心で言ってくれたのだ。無駄にしないよう、きちんと言われたことを頭に記憶する。
「――……」
『まぁ、普通気になるだろうしね。ちゃんとした説明は出来ないけど、〝家庭の事情〟……かな』
チクチクと針を動かしながら思う。
その九条家の〝黒い噂〟と、九条くんの言う〝家庭の事情〟は、繋がりがあるのだろうか、と。
キャラメモ5 【不知火 朱音 しらぬい あかね】
クラスは違うがまふゆと同学年
ふわふわのピンク髪にチョコレート色の瞳
まふゆ曰く、可愛いが詰まった美少女
絵が得意でまふゆとすぐに意気投合する




