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雪女ですがクラスのイケメン妖狐の癒し係になりました  作者: 小花はな
最終章 眠れる妖狐と目覚める雪女の力

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15話 雪女と妖狐の恋の行方(2)



 カランコロンと互いの下駄の音が、地面を叩いて響く。


 このホテルには西洋風の広大な庭園があり、私達は今そこを歩いている。

 もうとっくに日付けも変わった時間だというのに、庭には遊歩道に沿って鮮やかなライトアップがされていた。



「浴衣で西洋風のお庭を歩くって、面白いかも。でも本当にキレー……」



 独り言のように呟いて、その神秘的な光景に目を奪われていると、私の前方を歩く九条くんも口を開いた。



「昼間はまだまだ残暑の名残りがあるけど、夜は少し肌寒いね」


「うん。でも私にとっては、これくらいヒンヤリしてる方が心地良いくらいかな?」


「君ならそうだろうね。冬には修学旅行でカムイにも行くし、これからまふゆのイキイキした姿が見られると思うと楽しみだな」


「えへへ、うん。実は修学旅行はすっごく楽しみにしてるんだよね」



 日ノ本帝国の北部に位置する島、カムイ。

 極寒の地のため人口は少なく、独自の文化が発達しているらしいその場所は、雪女を筆頭にした雪妖怪達の大半が暮らしている、いうなれば雪女の聖地。気にならない訳はなかった。



風花(かざはな)さんは元はカムイの出身なんだっけ?」


「うん、らしいね。詳しい話は私も全然知らないんだけどね。でもあのお母さんなら、そこでも楽しくやってたんだろうなぁって思う」


「だろうね。風花さんならどこに行っても、上手くやれそうだ」



 互いにお母さんのことで盛り上がり、クスクス笑う。

 そしてそんな楽しそうな九条くんの横顔を視界に収め、私は歩く足をそこで止めた。



「…………」



 ドキドキと心臓がうるさい。

 覚悟を決めたはずなのに、躊躇(ためら)ってしまう。


 ――ダメだよ、私。


 言わなきゃ、ちゃんと。

 向き合わなきゃ、ちゃんと。

 この先も、九条くんと共にある(・・・・)ために(・・・)



「……あの……」


「ん?」



 ようやく意を決して私が口を開くと、九条くんも歩く足を止めて、私を振り返った。

 彼の視線が私に注がれるのを感じて、より緊張が走る。



「あ……あのね、九条くん。実は舞台の日、九条くんが倒れた時に真っ先に見つけたのは、私でも朱音ちゃんでもなくて……、九条家の暗部の人だったの」


「!」



 緊張で辿々(たどたど)しくなってしまったが、なんとか告げると、九条くんは少しだけ目を見開いた後、「……そっか」と静かに頷いた。



暗部(彼ら)が俺の監視を続けているのは知っていたけれど、そうだったんだ。じゃあまふゆに暗部は接触してきたのかい? 大丈夫? 何か、嫌なことはされなかった?」


「う、ううん!」



 心配そうに眉を下げて言う九条くんに、慌てて私は首を横に振る。



「何もされてないよ! むしろ私には感謝してるって言われて、その……」



 一瞬言い淀むが、伝えない選択肢はない。

 私は身の内に溜まった苦しさを一気に吐き出すようにして叫んだ。



「私、その暗部の人から教えてもらったの! 九条くんの病気、それがどんなものなのかを……!!」


「……!」



 つ、ついに言ってしまった……。

 言った瞬間、九条くんの体が微かに震えたのが見えたけど……。



「…………」



 私は恐る恐る、明後日の方向に向いていた自身の視線を九条くんへと向ける。

 すると九条くんは私の視線を避けるようにして目を伏せた。



「……ごめん、ずっと黙ってて。本当はもっと早いタイミングでまふゆには伝えないとと思ってたんだけど……。なんだか言えなかった」


「…………そ、か」



 その言葉になんと返せばいいのか分からず、私は曖昧(あいまい)に頷く。

 すると九条くんから、ふっと微かに笑ったような気配がした。



「引いた? まだ17だっていうのに、もう俺には僅かな寿命しか残されていないなんて」


「……っ、そんな訳ないでしょ!!」



 おどけたように言う九条くんに思わずカッとなって言い返してしまい、瞬間私はハッと口元を手で覆う。



「……ごめん」


「ううん。俺の方こそ、ふざけたこと言ってごめん。なんかこういう時、どういう反応していいのか分かんなくて……」


「……っ、」



 困ったように笑う九条くんに、胸がぎゅっと苦しくなる。


 そんな風に無理して笑ってほしくないのに。

 私の前では隠さずに本音を(さら)け出してほしいのに。


 どうして上手くいかないんだろう……。



「私こそ怒鳴ってごめんね。本当はもっと、九条くんにそんな顔させないような上手な言い方もあったはずなのに。私、九条くんの前だと、いつもダメな私(・・・・)になっちゃう……」



 高ぶる感情のまま、ポロポロと私の頬を涙がつたう。



「あ……」



 それに慌てて目元を拭おうとするとするが、しかし伸びてきた九条くんの手にそっと制されてしまい、私は濡れた瞳のまま、その美しい金色の瞳と視線を合わせた。



「……〝ダメなまふゆ〟って?」


「ん、うん……。恥ずかしいんだけど私ね、小さい頃はめちゃくちゃお母さん子で、どこへ行くにもお母さんに着いて回ってたの」



 お母さんが見当たらなくなったら、わんわん泣いて。学校でちょっとでも嫌なことがあったら、またお母さん。

 あんまり私が泣いてばかりだから、お母さんには〝泣き虫〟って、よく笑われてた。



「意外だな。まふゆは小さい頃からしっかり者なのかと思ってた」


「年を経るごとに、外行きの顔が出来るようになっただけだよ。だから本当はすぐに泣いちゃう、ダメな私なの」


「じゃあ外行きじゃないまふゆを、俺には見せてくれるんだね。……嬉しいな」



 そう言って、九条くんは私の瞳から流れる涙を指で(すく)い取った。それに私の頬が赤く染まる。



「そう、……だよ。九条くんだけ。こんな風になっちゃうのは、九条くんだけなんだから」



 九条くんの反応にいちいち一喜一憂して、胸が高鳴ったり、不安になったり。

 笑ってくれるだけで、ただ側に居てくれるだけで、言葉で言い表せないくらい幸福感を感じるのも、全部。全部。



「私、九条くんが――」


「待った」



 突き動かされるように、私は思いの丈を伝えようと口を開く。

 しかしそれは九条くんによって遮られてしまった。



それは(・・・)俺に言わせてほしい」


「え」



 銀色の髪から覗く真剣な眼差しにドキリとする。

 そしてそのまま魅入られたようにその金の瞳を見つめていると、九条くんがゆっくりと口を開いた。



「……まふゆも知っての通り、俺はこの身を蝕む病によって長く生きられない。父である紫蘭(しらん)がいくつまで生きたのかは定かじゃないが、俺の歳から推測すれば、恐らく20代半ばにはこの世を去ったんだろう」


「っ」



 突きつけられる現実にぐっと押し黙る。

 しかしそんな私とは裏腹に、九条くんの表情は何故か晴れ晴れとしていた。


 何か吹っ切れたような、そんな表情。



「俺はこの病がある以上、誰かと親しくなるのが怖かった。その先にあるのは、悲しみしかないと思っていたから。ましてや恋なんて、相手の心を大きく傷つけてしまう。……そう、思っていた」


「……うん」



 それは舞台の読み合わせをした時にも言っていた。〝妖怪国の王子様の気持ちが理解出来ない〟と言った九条くんの真意が、苦悩が、今ならよく分かる。



「でも、まふゆはそんな俺の考えを(くつがえ)してくれた。まふゆは俺に言っただろ? 〝好きな気持ちは止められない〟って」


「あ……」



 確かに私はそう九条くんに言った。

 まだ、彼の病の真実を知らない頃に……。



『きっと短い間だったとしても王子様に愛されて幸せだったと思うよ、お姫様は』


「その言葉をまふゆから聞いた時、俺は思った。止められないものをもう止めなくていいのか、と。君を想うこの気持ちを、君に伝えてもいいのか、と」


「――――……」



 その言葉にハッとして、私は九条くんを見つめる。

 鮮やかなライトアップの光に照らされた九条くんの唇は、微かに震えていた。



「まふゆ、俺は君が好きだ。ずっと、ずっと前から。永遠なんて言わない。だけど許されるのなら、俺はこの生を全うするその時まで、君の側にいたい」


「……っ、バカッ!」



 また一言叫んで、ポロポロと流れる涙をそのままに、私は思い切りその体に飛び込んだ。



「バカバカ! そんなの私だっておんなじだよ! ずっと九条くんの側にいたい! 病気だからって関係ない! この先何があったって、私は九条くんの隣にいる……!!」


「……まふゆ」



 力任せにぶつけた体をぎゅうっと抱きしめられて、まるでパズルの欠けていたピースが嵌るように、心がしっくりと満たされていく。


 なんだかそれは、まるで始めから私と九条くんがこうなることが決められていたかのようだ。



「私も九条くんが好き。大好きよ……!」



 ――最後の時までずっと一緒に。


 そんな気持ちを込めて、私もぎゅっと九条くんの体を強く抱きしめ返した。



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