13話 雪女と妖狐と卓球パニック
「あらあら。ごめんなさいねぇ、モン吉が迷惑かけちゃって。最近飼い始めたのだけど、ちょーっとだけ、やんちゃな子なのよねぇ……」
「あはは。その子、〝モン吉〟っていうんですか」
騒動の後、温泉から上がった私達は、スイート宿泊者専用のラウンジに集まっていた。
みんなお揃いの浴衣に着替えて、温かなハーブティーを飲み、湯上がりで火照った体をゆったりと休めている。
「きっと雷護を見て、仲間だと思ったんだね。顔、猿だし」
「おいっ! 鵺と猿を一緒にすんじゃねーよっ!!」
「まぁまぁ、どうどう」
温泉に現れてめちゃくちゃな騒動を巻き起こした、小さなお猿さん。その正体はなんと、六骸部長のペットだったらしい。
今は「キキッ」と愛らしく鳴いて、部長さんの大きな肩にちょこんと掴まっている。
「せっかく寛いでもらおうと思ったのに、本当にごめんなさいね。お詫びと言ってはなんだけど、うちのホテル特製のモンブランを用意したから、よかったら食べてね」
「わぁ、とっても美味しそうです! ありがとうございます、部長さん」
ラウンジテーブルに並べられた黄金色のクリームが美しいモンブランに歓声を上げ、私達は早速頂く。
「うーん! 美味しーっ!」
「ああ、栗の味が濃厚で美味いな」
「さすが六骸ホテルですねぇ! 僕のお腹の落書きも無事綺麗に消えましたし、六骸さん様々ですよ」
みんながにこにこと、美味しいモンブランに舌鼓を打つ。
しかし……、
「……ったく」
その横で、未だ不貞腐れてたままの夜鳥くんが、不機嫌そうに毒づいた。
「あー、体が全身痛ぇ。その猿のせいで、とんでもねー目にあったぜ」
「それはお猿さんじゃなくて、夜鳥さんが悪いんでしょう? いくら悪さされて怒ったからといって、女湯に飛び込んで来る人がありますか」
「いや不知火、だからそれは不可抗力なんだって! オレは誓って女湯には一切の興味を示さなかった!」
プイッとそっぽを向く朱音ちゃんに、夜鳥くんが焦ったように弁解する。
「へぇ……?」
するとそれを側で聞いていた雨美くんが、どこか胡乱げに目を細めた。
「雷護ってば、それ本当かなぁ? 女湯での不知火さん達の会話、しっかり聞き耳立ててた癖に」
「夜鳥さん??」
「いやっ、聞いてたのはオレだけじゃねぇし! お前らだってみんな、雪守の胸のくだりで黙ってたじゃねーか!!」
「はっ!?」
聞き捨てならない言葉に、私はモンブランを食べていた手を止める。
そういえばあんなにハッキリと男湯の会話が聞こえていたのに、モン吉が騒ぎを起こすまでの間、パッタリその声が聞こえていなかったような……?
「……っ!?」
まさかと男子組を見ると、サッと視線を外された。なんと九条くんまでも、だ!
『すご、胸って浮くんだな』
『脂肪だから理論上はそうなんだろうね、実際には浮くほどないけど。まふゆちゃんはすごいなぁ』
『んなっ!?』
じ、じゃあ、何? あれを全部、みんなに聞かれていたってこと……!? 九条くんにまで……!!
「~~~~っ!!」
全てを察した瞬間、私は真っ赤になって座っていたソファーから立ち上がった。
「もうっ!! みんなバカっ!! しばらく誰とも口聞かないからっ!!」
涙目で叫ぶと、「まぁまぁ」と部長さんが私の肩を軽く叩く。
「怒るのも無理もないけど、それだけ副会長さんが魅力的ってことよ。悲観するんじゃなく、誇っていいことだわ」
「キキッ」
「部長さん、モン吉……」
部長さんの肩から私の肩へと飛び移ったモン吉が、スリスリと私の首に頭を擦り寄せてくる。
もしかして慰めてくれているんだろうか?
つぶらな瞳を見ていると、いくらか気持ちも落ち着いてきた。
「そうだわ、副会長さん。気分転換も兼ねて、ちょっとしたゲームをみんなでしてみないかしら?」
「え……。ゲーム、ですか?」
唐突な提案にキョトンと首を傾げると、部長さんが「実はね」と笑う。
「今晩のお夕飯なのだけど、少しだけ日ノ本牛のシャトーブリアンが手に入ったの。限定一名分ではあるのだけれど、そのお肉を使ったステーキを出そうと思うのよ」
「日ノ本牛のシャトーブリアン!!?」
部長さんの言葉に、私以外の全員が同時に叫んだ。
シャトーなんとかは聞いたことのない単語だけど、日ノ本牛なら私も知っている。
日ノ本帝国で一番美味しいお肉の名前だ。高級すぎて庶民にはとても手が届かないけれど。
でも今日はそんなお肉を食べれるのか。
……たった一人だけ。
「…………」
ゴクリと唾を飲み込む音と共に、全員の視線が交差した。
「つまり……ゲームっていうのは、その日ノ本牛のシャトーなんとかを賭けてって訳ですか?」
「そぉよぉ!〝シャトーブリアン〟ね。肉質がきめ細かくて、お肉がとろけるようにジューシーなのよぉ! 味はこのあたしが自信を持って保証するわ」
「……なるほど。それで一体なんのゲームを?」
「ふふっ」
私が問うと、部長さんはスッと片手を上げる。
そしてパチンッとその指を鳴らすと、どこからか現れた燕尾色の制服を着たホテルマン達が、テキパキとラウンジにあるものを運び込んできた。
「えっ……? それは卓球台!?」
「まさか、部長……!」
ザワッと驚きに揺れる私達を前に、部長さんは蠱惑的な笑みを浮かべて高らかに宣言する。
「――そう、温泉と言えば卓球!! 誰が日ノ本牛のシャトーブリアンを食すのか、正々堂々卓球で決めましょうっ!!」
◇
――そんな訳でいきなり卓球対決を行うことになった私達。
ご丁寧にも壁には〝シャトーブリアン杯〟という横断幕が掲げられ、更にはいつ用意したのか、部長さんがパラっと一枚の大きな紙を広げた。
「じゃあこれがトーナメント表よ。7人居るから、じゃんけんで勝った人は一回戦免除ね。はーい、じゃーんけーん……」
〝ぽんっ〟の瞬間、わっと部長さんが歓声を上げる。
「勝ったのは副会長さんね! あとの組み合わせもじゃんけんで決めちゃいましょうか」
そうして手早く決められた対戦カードは、雨美くんVS夜鳥くんと朱音ちゃんVSカイリちゃん。そして九条くんVS木綿先生だった。
早速それぞれ卓球台を挟んで向かい合わせに立ち、勝負が始まる――……が、
「きゃーん! 上手く球に当たらなーいっ!」
「ていうかネットに当たって、向こう側に球がいかないんだけど!?」
「ええ……」
「あらあら」
「キキィ……」
朱音ちゃんとカイリちゃんはネットに球をぶつけ合って、一度もラリーすることが出来ていない。結局二人とも時間切れで失格となってしまった。
「ははっ! なんだよ水輝、そのヒョロイ球。男ならもっと強く打って来いよな!」
「ああ? 男がなんだってぇ!?」
「えっ、ちょっ、二人とも待っ……! わああっ!?」
「いやああああ!?」
「ウキキィッ!?」
夜鳥くんと雨美くんは、妖力で凶器と化した球を飛ばし合う。これじゃあ勝負どころじゃない! 二人とも失格だ!!
何これ!? 誰も卓球になってないじゃん!!
まさかこれ、全員失格で終わるの……? と、思わず私は遠い目をする。
――コツンコツン
「!?」
しかしそんな私の耳に、ラケットに球が当たる小気味いい音が届いた。
「なんだか両サイドが騒がしいですねぇ」
「はは。どうやらまともに卓球をしてるのは、俺達だけみたいですね」
「九条くん! 木綿先生!」
二人は互いに顔を見合わせて苦笑しながらも、手元は忙しなく動き、コンコンとラリーが続いていく。
よかった! やっとまともな卓球だ!
なんでそんなことで感動しているのか分からないが、他が酷い有り様なのだから仕方ない。
「しかしそれはそれとして、かのシャトーブリアンが食べられるというのなら、例え教え子が相手でも手加減はしませんよ、っと!!」
「あっ!?」
バシュッ!! と風を切る音と共に、九条くんの横を球がすり抜ける。
その瞬間、部長さんが叫んだ。
「はいっ、勝負ありー! 勝ったのは先生ね。他の組み合わせはみんな失格だし、いきなり決勝戦! 副会長さんとシャトーブリアンを賭けて戦うのは、先生で決定よぉぉ!!」
……意外だ。てっきり九条くんが勝つと思ったのに。
そしてそう思っていたのは、私だけではないのだろう。みんなの視線を受けて、木綿先生が不敵に笑った。
「ふふん。実は僕、学生時代は卓球部だったんですよねぇ。昔取った杵柄ってヤツですか」
「はぁ!? んじゃあ上手くて当然だろ! こんな勝負、無効だ無効!」
「そうだそうだ!」
「経験者だって黙ってたなんて、木綿先生も失格ですよ!」
きっと腕前を自慢したかったのだろうが、みんなからは大ブーイングだ。
それに先生が慌てたように言い募る。
「えぇーーっ!? 嫌ですよぉ!! 僕だって大人気ないとはちょっと思いましたけど、でもたまには大人だっていい思いしたいんですよぉーーっ!!」
「ええ……」
わぁぁぁん!! と大泣きし出した木綿先生。
それに大袈裟な……という気持ちはあるが、思えば先生には色々とお世話になった上に、散々な目にもたくさん合わせてしまっている。
こういう時くらい、贅沢してもらうのもいい機会なのかも知れない。
……それにみんなも。
せっかくこのメンバーで旅行に来たのだ。
誰か一人だけが高級ステーキを食べるというのは、なんだか味気なくて寂しい。
そこまで考えて、私は横に立つ部長さんをおずおずと見上げた。
「あの……部長さん、お行儀は悪いのかも知れませんが、その……」
「ええ。アタシも同じことを考えていたの。ごめんなさいね、勝負なんて持ち掛けちゃって」
すると言わずとも真意が伝わったのか、彼女はにっこりと私に笑って頷く。
そして未だ泣いたり怒ったりと騒がしいみんなに、柔らかな声で言った。
「さぁ、勝負はここまで。みんな動いてお腹が空いたでしょ? すぐに夕食を用意するわね」
◇
――そうして待ちに待った夕食の時間。
ホテル内のレストランを貸し切りにしてテーブル並べられる、見たことが無いくらい豪勢なお料理の数々。
それに思わず涎が垂れそうになるが、中でも一番目を引くのは、それぞれのお皿に一切れだけ盛られた綺麗に焼き色のついたステーキだろう。
「これが日ノ本牛のシャトーブリアン……!」
「やわらか~い! おいひー!」
「あああ、生きててよかったですぅぅ~!!」
ぱくりとそのお肉を口に入れて、みんなが悶絶する。
その様子を見て、私の口元も自然と緩んだ。
「えへへ」
例え一口分になってしまったとしても、やっぱり独り占めするより、こうして美味しさを分け合う方がより美味しいよね。
「キキッ」
「あ、モン吉もちょっとだけ食べる?」
「ウキキィ!」
「ふふ」
嬉しそうに小さな両手で細かく切ったお肉を抱えるモン吉を見て、私はそっと微笑んだ。
◇
……ちなみに。
このほのぼのした空気の後、例によってバカ舌コンビがハバネロと練乳をみんなの料理にぶっかけてカオスになったことは、忘れず追記しておこうと思う。




