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雪女ですがクラスのイケメン妖狐の癒し係になりました  作者: 小花はな
最終章 眠れる妖狐と目覚める雪女の力

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12話 雪女と妖狐と温泉パニック



 部長さんがまさかの高級ホテルの御曹司とだったという事実が発覚し、着いて行かない頭のまま案内された客室。

 そこでまた私はポカンと口を開けることとなった。



「す、ご……」



 全面ガラス張りの壁に大理石の床。

 そしてハコハナを一望出来る、見渡す限りの大パノラマ。

 更にとんでもなく広々とした空間には、見るからに高級そうな家具の数々が置かれている。


 このちょこんと飾ってある花瓶なんて、一体いくらするんだろう? 考えるだけで怖いから、こういうのを無闇に置かないでほしい。

 そしてそう思っているのは私だけはないようで、後ろにいる朱音ちゃんとカイリちゃんも全く同じ顔をして花瓶を眺めていた。



「最上階のスイートルーム、ワンフロア全部貸し切りって、マジ?」


「部長さん、一人一部屋使っていいって言ってたねぇ」


「正直この部屋だけで7人全員余裕で寝れちゃいそうなんだけどね……」



 さすがは日ノ本帝国を代表する巨大ホテルグループの御曹司ということなのだろうか。

 あまりにスケールの大きな〝お礼〟に、ただただ圧倒されるしかない。



「料理はめちゃくちゃ期待してていいって言うし、温泉も色んな種類があるって、さっき部長言ってたよな?」


「うん、わたしパンフレット貰ったよ! 香り湯にうたせ湯にジャグジーに……、他にも色々! しかも24時間入り放題な上に、男女が時間ごとに入れ替わるから、いつ入っても違う雰囲気が楽しめるんだって!」


「へぇー! お部屋がこんなに素敵だと、温泉の方も否応なく期待しちゃうよね」



 朱音ちゃんが取り出したパンフレットを三人で覗き込んで、きゃっきゃと盛り上がる。

 するとその時、部屋の外から何やら騒がしい声が聞こえてきた。



「あーオレ、こっちの角部屋な!」


「ええっ、雷護(らいご)ズルい! じゃあボクは反対側の角部屋!」


「うああああああッ!! こんな最高級スイートに泊まれる日が来るだなんて、僕はもうこのまま天に召されてしまうのかも知れません……っ!!」


木綿(ゆう)先生、それはさすがに大袈裟ですよ……」



 どうやら貴族コンビは部屋選びで揉めているらしいが、正直どの部屋も極上過ぎて、揉める意味が分からん。

 庶民の感覚としては、その横で感涙しているであろう木綿先生の反応の方がしっくりくる。

 まぁ二人にしてみたら、スイートなんて慣れたものなのかも知れないが……。



「そういや朱音なんかは三大名門貴族の妖狐一族なんだし、こういうお高い宿も慣れてるんじゃないのか?」


「そんなっ!! 滅相もないよっ!!」



 カイリちゃんの指摘に、私も一瞬確かに……と思ったが、しかし朱音ちゃんはブンブンと首を大きく横に振って否定する。



「〝妖狐一族〟って一口に言っても、わたしはただの血の薄い末端の半妖妖狐だもん! 本家の神琴様とは、天と地ほども違うよ! 特にわたしの場合は暗部だったから、暗部長の言いつけで野宿なんかもざらだったし! だからこんな立派なお宿に泊まれて、すごく嬉しい!」


「野宿って、マジ??」 


「あはは……」



 朱音ちゃん、前もそんなこと言ってたけど、一体暗部でどんな経験を……? 

 ていうか暗部長って、この前朱音ちゃんに化けてたあの狐面の女性のことだよね? 

 穏やかそうに見えたけど、実は結構怖いのかな……?


 南国のティダでもさすがに野宿してる人はいなかった。カイリちゃんが困惑するのも分かる。なんだか妙な雰囲気になったので、私は空気を変える為に明るく声を上げた。



「まぁ何はともあれ、今日はこんな素敵なお宿に泊まれてラッキーってことで、目一杯楽しもうよっ!」


「そうだな。もう二度とあるか分からない機会なんだし、細かいことは忘れて満喫するのがいいな!」


「うんうん! じゃあさっそく温泉に行こーよ! ハコハナ温泉に入ると、お肌がツルツルピカピカになるんだって!」


「へぇ! それは楽しみー!」



 そういうことで話はまとまり、一旦それぞれの部屋に戻って準備を整えた後、また合流して温泉へと向かう。


 どうやらスイートルームの宿泊者には、専用の浴場が用意されているらしい。

 それにまた驚きつつ、西洋風のお城の裏手から続く離れに向かうと、ちょうど九条くん達男子組とばったり鉢合わせた。



「あ」


「まふゆ達も温泉かい?」


「うん、九条くん達も?」



 彼らの背後には、西洋風のホテルと打って変わって純和風の(ひのき)造りの建物があり、二つある入り口にはそれぞれ〝男湯〟〝女湯〟と札が掲げられていた。

 なるほど、この札が時間ごとに掛け変わるということか。


 一人納得していると、お風呂セットを腕に抱えた夜鳥くんがご機嫌に笑う。



「やっぱハコハナに来たからには、温泉だからな! 真っ先に行かない手はないだろ!」


「まぁその意見はわたしも同意ですけど。……夜鳥さん、間違っても女湯を覗いたりはしないでくださいよ」



 対して朱音ちゃんは目をジトッとさせて言い、それに間髪入れずに夜鳥くんが叫んだ。



「ばっ……、バカヤロー!! 不知火(しらぬい)には、オレがそんなことするようなヤツに見えんのか!?」


「はい、見えます」


「な……っ!」



 キッパリと言い切る朱音ちゃんに絶句する夜鳥くん。それに私も追い打ちをかける。



「夜鳥くんは前科があるんだもんね。私に貝殻ビキニ勧めたりとかさ」


「あー、雪守ちゃんの際どい写真集を読んでたりもしてたもんね」


「ああ。そういえばありましたね、そんなことも」


「えっ、何それ写真集!? しかも際どいって!?」



 そんな話、初耳なんだけど!! と睨みつければ、夜鳥くんが慌てたように雨美くんと木綿先生を見た。



「おいっ!! なに雪守にバラしてんだよ!? てゆーかあの写真集はお前らだって読んでたじゃねーか!!」


「げーヤバ。(ぬえ)、アンタってそんな変態だったんだ」


「う゛っ!!」



 真っ赤な顔で()える夜鳥くんも、心底引いた様子のカイリちゃんを前にさすがに堪えたのか、ガックリと項垂れる。

 するとそれに九条くんが苦笑した。



「まぁそこまでにしとけ、朱音。俺達もちゃんと夜鳥を見張っておくから」


「むー、分かりました。神琴様がそう言うなら……」



 未だ警戒心を露わにして朱音ちゃんは夜鳥くんを見つめているが、やがて納得したのかコクリと頷く。

 そんな様子に私も苦笑して、朱音ちゃんを促し、女湯へと足を踏み入れたのだった――。



 ◇



「わああ……!」


「広ーーいっ! そして見晴らし良すぎぃ!」


「あのでっかい山、もしかして日ノ出(ひので)(やま)か!?」



 (ひのき)の良い香りがする綺麗な内風呂を抜けて露天風呂に出ると、真っ先に視界に飛び込んで来たのは、冠雪が美しい日ノ本帝国一大きな山――日ノ出山だった。

 有名だし一度は見てみたいと思っていたけど、まさかハコハナで叶うなんて!


 しかもこの露天風呂はスイート専用で他のお客さんも居ない。つまりこの景色は私達だけで独占なのだ。なんという贅沢なのだろう……!


 早速温泉に入ろうと、ウキウキと朱音ちゃんカイリちゃん共々体を洗い始める。


 すると……、



「いやー絶景ですねぇ! 少し木々が色づき始めていて、秋のハコハナは一段と風情があります」


「はぁーあったけぇ、芯まで温まるなぁ」


「あっ! 雷護ってば、もう温泉に浸かってるし!」


「ちゃんと体は洗ったのか?」



 先ほど離れの入り口で別れた男子組の声が聞こえて、私達は顔を見合わせた。



「男湯……」


「うん、壁挟んですぐ隣なんだね」



 私達は温泉を区切るようにそびえている、竹壁を見上げる。

 どうやらその向こう側はもう男湯らしい。



「このシチュエーション、地味にヤバくない?」


「ま、まぁ、九条くん達がちゃんと見張ってるって言ってたし……」


「そうだよね。じゃあ入ろっか」



 洗い終えた髪をまとめながら笑って、ちゃぷんと温泉に浸かる。



「はぁー……」



 雪女とはいえ、温泉は好きだ。

 というか温泉大国である日ノ本帝国に住んでいて、温泉が嫌いな人なんていないんじゃないだろうか?


 肩までじっくり浸かると、ちょっとトロミのある温泉が体の疲れを癒してくれるようで心地いい。

 腕を上げてみると肌がピカピカと輝いていて、朱音ちゃんが言っていた効能は確かなようだ。上機嫌で軽く鼻唄なんかも歌う。



「ふんふ~ん……ん?」



 (まぶた)を閉じてまったりと温泉を堪能していると、不意に感じる視線。

 それに目を開けば、朱音ちゃんとカイリちゃんが無言で食い入るように私を……いや、私の顔の(・・・・)下を(・・)じっと見ていた。



「……どうしたの?」



 もはやこのパターンも慣れたもので、嫌な予感しかしないが、とりあえず聞いてみる。

 するとやはり案の定なことを言われた。



「すご、胸って浮くんだな」


「脂肪だから理論上はそうなんだろうね、実際には浮くほどないけど。まふゆちゃんはすごいなぁ」


「んなっ!?」



 やっぱりと思いつつも、慌てて両腕で胸を覆い隠すと、「あーっ!!」と二人から同時に非難するような声が上がる。



「やーん、隠さないで! 勉強したいから、もっとよく見せて!」


「勉強って、なんの!?」


「何って、乳活(ちちかつ)的な?」


「乳活!?」



 そんな言葉初めて聞いたんですけど!?

 真っ赤になってますます身をすくませていると、朱音ちゃんが両手をワキワキさせて、私の胸へと手を伸ばした。



「ちょっ、ちょちょっ!? 朱音ちゃん!?」


「ちょっとだけ触らせてぇ! なんか触ったら、わたしのもおっきくなりそうな気がするのっ!!」


「なんで!? 私の胸にそんなご利益ないよ!?」



 いくら他ならぬ朱音ちゃんの頼みでも、さすがにこれはなんか嫌だ!

 そのままぎゃあぎゃあと不毛な攻防を続けるが……。



 ――ガサッ



「!?」



 唐突に露天の庭から異音がして、私達の動きはピタリと止まった。

 そして互いに顔を見合わせて呟く。



「…………今」


「ああ、なんか〝ガサッ〟て鳴ったな」


「まさか夜鳥さん……」


「いやいや、まさか……」



 言いながらも完全否定は出来ないので、私達は静かに湯船の側に置いておいたバスタオルを体に巻きつける。

 そして音がどこから鳴ったのか、息をひそめて伺っていると……、



 ――ガサガサガサッ!



「!? またっ!!」



 先ほどよりも大きな音に固く身構え、音の方向へと視線を走らせる――と、



「ウッキィ!!」


「わっ!?」


「まふゆちゃんっ!?」



 何か小さな物体が私目掛けてまっすぐに飛び込んできて、瞬間両の手のひらに感じるのは、温かな重み……。



「ウキッ」


「へ……?」



 声に誘われるように手のひらに乗るものへと視線を向けると、目の前にいたのは夜鳥くん……ではなく、一匹の小猿だった。つぶらな瞳でキョトキョトとこちらを伺っている。



「え、ええーーっ!? 可愛い!! けどなんでこんなところにお猿さんが!?」


「分かんない、自然が近いからかなぁ?」


「けどま、音の正体が(ぬえ)じゃなくてよかったな。さすがにあそこまで言われて覗くほどバカじゃなくって安心した」


「あはは……あ、」


「キキッ」



 散々な言われように苦笑していると、お猿さんがピョーンと私の手のひらから飛び上がって竹壁を越えて男湯の方に行ってしまう。



「あー行っちゃった、残念」


「一緒に温泉に入れたら可愛かったのにね」


「そういや温泉と猿って定番の取り合わせだな」



 言いながら温泉に浸かり直そうと、体に巻きつけたバスタオルに手をかける。


 その時だった――。



「ウキキィーーッ!!」


「わぁっ! いきなり猿が降ってきたんだけど!?」


「ひぇぇ! 僕は爪研ぎじゃないですよぉーー!! 引っ掻かないでくださーーいっ!!」


「なんだコイツ!? オレの髪を引っ張るんじゃねぇ!!」


「待て! 夜鳥落ち着け!」



 ドタンバタンと男湯から騒がしい音がしたと思うと、次にはバーンッ!! とけたたましい音が鳴り響く。

 それに私達が驚き固まっていると、先ほどの小猿がまた竹壁を越えて女湯へと戻って来た。



「キキッ、キキキッ!」


「え?」


「あ、ちょっと!」



 そのまま私達には目もくれず、ピョンピョンと慌てたようにどこかへと走り去って行く小猿。


 ……そして、



「くぉらぁ!! てめぇ、くそ!! 待てこのクソ猿がぁぁーーっ!!!」


「はっ……!?」



 ――バッシャーンッ!!!


 激しい水しぶきと共に小猿を追いかけるようにして女湯に落ちてきたのは、猿の顔に狸の胴体と虎の手足。そして蛇の尾を持った妖怪……鵺であった。

 もろにを温泉の湯を浴びて全身ずぶ濡れのまま、私は呆然とその生き物を見つめる。



「ちくしょう! オレの自慢の髪を思いっきり抜いていきやがって! どこ行きやがった、あのクソ猿……ん?」



 先ほどの愛らしい小猿の容貌とは真逆の厳ついボス猿のような顔をした鵺が、毒づきながらキョロキョロと周囲を見渡す。



「…………あ」



 そしてそこでようやく今自分がどこに居るのかを悟って、鵺は……。いや、夜鳥くんは一気に顔を青ざめさせた。



「や・と・り・さ・ん?」


「うわっ、待て不知火(しらぬい)!! これは不可こ……、うわあああああああっ!!!」



 バスタオルを体に一枚巻きつけただけの心もとない姿だが、腕を組んで仁王立ちする朱音ちゃんは勇ましくも恐ろしい。

 彼女の全身からは黒い妖力が(ほとばし)っていて、必死の弁解も虚しく、夜鳥くんの断末魔は温泉中に響き渡ったのだ。



 ◇



 ちなみに、騒動の発端であるお猿さんはというと……。



「ウキー」


「あ、お猿さん」


「アンタどこに隠れてたの?」



 夜鳥くんの悲鳴を聞きつけたのか、どこかに逃げ込んでいたらしいお猿さんがまた姿を見せた。



「キキ?」



 そしてボロボロになった夜鳥くんをつぶらな瞳で見つめて、キョトンと可愛らしく小首を傾げたのであった。



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