11話 雪女と妖狐と温泉旅行
たくさんの方舟が離着陸する、週末の飛行場。
そこを抜けて隣接する展望台へと向かった私は、鼻にツンとつく硫黄の匂いをいっぱいに吸い込んで歓声を上げた。
「わぁーーっ!! ここが帝都民癒しの地、ハコハナ温泉郷かぁ……!!」
「すっごいよねぇ! 白いもくもくがあちこちいっぱいだよ! あれって煙?」
「いや、温泉の湯気だな。さすが温泉郷、至る所で温泉が湧き出てるんだ」
展望台から見えるのは、ノスタルジックな木造建築の街並みが情緒あふれる温泉街。週末とあって、浴衣を着た観光客がたくさん街歩きをしている。
その常とは違う雰囲気に、私の横に立つ朱音ちゃんと九条くんも、いつもよりも口調が弾んで楽しそうだ。
「はぁー、着いた着いた」
「あ」
その様子が微笑ましくてクスリと笑ったところで、ちょうど後ろから聞き慣れた声と足音がした。
「やっぱ帝都と違って、空気がうめぇーぜ!」
「いいよねぇ、ハコハナ。何度行っても飽きないよ」
「何より温泉が楽しみですっ! 日頃の疲れを癒す絶好のチャンスですからね!! ついでにこの、未だくっきりと残っている、お腹の落書きも消したいっ!!」
「あ、まだ消えないんだ? 油性マジックで思いっきり強く書いたからかな? あの時は緊急事態だったとはいえ、悪かったな、先生」
振り返れば夜鳥くん、雨美くん。それに木綿先生にカイリちゃん。今ではすっかりお馴染みとなったメンバーも、荷物を片手にこちらへ向かって来る。
「けど部長さんが弾むって言ってた舞台協力のお礼が、まさかハコハナ旅行だったなんてね」
「ねっ、嬉しいよね! こんな有名な温泉地に、みんなで泊まれるんだよ!」
「うん。このワイワイ賑やかな感じ、なんだかティダを思い出すよ」
瞳をキラキラさせてはしゃぐ朱音ちゃんに可愛いなぁと頬を緩めながら、私は舞台後に行われた打ち上げでの出来事を思い出す。
今私達が居るのは、帝都にほど近い場所にある、人気の温泉地ハコハナ。
どうしてそんな場所に居るのかというと、それは全て部長さんの計らいによるものだった――……。
◇
「今日の舞台はハプニングもあったけど、結果的にはお客さんも大盛り上がりで大成功だったわ!! 本っっ当に、みんなご苦労さまぁぁ!! さぁっ! 今日は食べて飲んで、目一杯楽しみましょぉぉぉ!! カンパーーイ!!!」
青と白を基調とした港町風の内装がお洒落な、魚料理がメインのお店。
そのお店を貸し切りにして、部長さんの乾杯の挨拶を皮切りに、演劇部の打ち上げは盛大に開催された。
「あ、このムニエル美味しーい! ティダのお魚だぁ! バーベキューした時も食べたやつだよね!」
「わぁ、ほんとだ! 帝都でこれが食べられるなんて、嬉しい!」
朱音ちゃんが幸せそうに頬張っているムニエルとやらを私もぱくつく。
すると懐かしいティダの魚の味が口いっぱいに広がって、私の顔も自然と笑顔になった。
ムニエルっていうのは、お魚のバター焼きってことなのかな? まろやかなバターの風味が淡泊な白身魚にマッチして素材の甘味を見事に引き出している。
「お、こっちはパエリア! あっちにはアクアパッツァまであるじゃん! 帝都で食えるなんて、ここの店主やるな……!」
「ずっと帝都に住んでるけど、こんな良いお店があったなんてボク知らなかったよ」
「パエ……、あくあ……?」
ポンポン飛び出す未知の言葉。夜鳥くんと雨美くんのやり取りに着いて行けず、目を白黒させていると、クスリと笑う声が後ろからした。
「パエリアとアクアパッツァ。パエリアは魚介と米を炒めた料理で、アクアパッツァは魚とトマトの煮込み料理だね。はい」
「へぇー。あ、ありがとう」
私の隣に来た九条くんが、説明ながら手際よくお皿にパエリアとアクアパッツァとやらを取り分けてくれる。
それらを受け取って口に含むと、どちらも初めて食べる味だがやはりとても美味しくて、私は顔を綻ばせた。
「んんっ! 美味しい……!」
「ふふん。だろう」
そうして素晴らしい料理にみんなで舌鼓を打っていると、向こうでジュースを飲んでいたカイリちゃんがこちらにやって来て、心なしか得意げに笑った。
「他ならぬ部長の頼みだし、特別におじさんとおばさんが店を貸し切らせてくれたんだ。感謝して、じっくり父さんの魚の味を噛み締めろよ」
――そう。
テーブルにズラリと並べられた、豪勢なお魚料理の数々。これらに使われている魚は全て、カイリちゃんのお父さんである、魚住さんの獲った魚なのだそうだ。
そしてこのお店こそが、以前彼女が言っていた魚住さんの知り合いのお店。つまりカイリちゃんの下宿先なのである。
「うんうん。本当にありがとうね、カイリちゃん。やっぱりティダのものを食べられるのは嬉しいよ」
言って私は、店内の端っこで木綿先生と頭を下げ合っている老夫婦へと視線を向けた。
二人ともロマンスグレーの髪が素敵なご夫婦で、とても人の良さそうな様子は、カイリちゃんのお父さんである魚住さんともどこか重なる。
きっとここでなら、カイリちゃんも居心地よく過ごせているんだろうなぁと感じた。
「うふふ、みんな盛り上がってるわね。副会長さんも楽しんでる?」
「あ、部長さん」
と、そこで声を掛けられて振り返ると、舞台でも着ていた艶やかな深紅の着物姿の部長さんがこちらへと近づいて来る。それに私は持っていたお皿をテーブルに置いて頭を下げた。
「はい、もちろんです! 私と九条くんだけでなく、他の生徒会メンバーまで打ち上げに呼んでくださり、ありがとうございます」
「いいのよぉ、そんなかしこまらないで! 生徒会のみなさんには本当に何から何までお世話になったんだもの! この程度じゃ全っ然っ、恩は返せないわっ!!」
「いやいや、恩だなんてそんな……」
拳を握り締めて力説する部長さんに私は苦笑する。
恩どころか、むしろ舞台を中断してしまったりと、迷惑の方が多く掛けてしまった気がするのだが……。
しかしそれを口に出すより前に、部長さんが何やら意味深な視線をこちらに向けた。
「――ということで副会長さん、来週末の予定は空いてるかしら?」
「来週末? はい、大丈夫ですけど……」
〝ということで〟って何? そう思いながらも素直に頷くと、部長さんはパァっと顔を輝かせた。
「よかったわぁん!! ならこれで全員の予定は合ったわね! 副会長さんっ、旅行の準備をしといてね! あ、日程は一泊二日よっ!!」
「へっ!?」
「舞台のお礼、弾むって言ったでしょ?」
「え、あ……」
そういえば確かにそんな風なことを言っていたような……?
でも全員で旅行?? その全員って、一体誰の事!?
「ま、待ってくださいっ! いきなり旅行って……、一体どこに行く気なんですか!?」
「うふふ、それはねぇ……」
私の問いに部長さんがそっと自身の唇に人差し指をあてて、蠱惑的に微笑んで告げる。
「もちろん、帝都民癒しの地――〝ハコハナ温泉郷〟よ」
◇
……そんなやり取りを経て、帝都から方舟に乗ってあっという間にハコハナへと到着したのがつい先ほど。
そこからは今日泊るホテルからの迎えだという黒塗りの高級車に乗って揺られること数分。
日頃の疲れからか、車内では終始うつらうつらしていた私。
しかし目的の建物に到着した瞬間、私の目は冴え過ぎるくらい冴え、足はガクガクと震え上がった。
「こ、ここが、今日泊まるホテル……?」
「すご……、高過ぎて上が見えないんだけど……」
「ひゃー……」
私とカイリちゃんと朱音ちゃんが目を点にして、目の前にそびえる大きな建物を見つめる。
先ほどの展望台よりも高台に建つ、一見西洋の白亜のお城にしか見えないこのホテル。
その高級感溢れる外観は、おおよそ庶民が泊まるようなランクのホテルではないことだけは理解出来た。
「ぶ、部長さん、『ホテルで待ち合わせね』って言ってたけど、もしかして場所間違えたんじゃない!? こんなとこ、一学生が泊っていい場所には到底見えないんだけど……!?」
そもそも黒塗りの高級車に乗せられた時点でおかしいと気づくべきだった……!
しかし頭を抱えていると、何故か九条くんが冷静な表情で「いいや」と首を横に振った。
「間違えてなんかないさ。ほら、あのホテルのロゴ、六つの骸を重ねた星だ。あれは六骸ホテルの証なんだよ」
「えっ、〝六骸〟!?」
「ええ。全国展開している、日ノ本帝国一の五つ星ホテルグループですね。その洗練されたおもてなしは一度体験したら二度と忘れられず、三大名門貴族どころか、皇族も御用達だと聞きます」
「そ、それって――……」
うっとりと語る木綿先生の言葉にハッとする。
――豪華過ぎる演劇部の部室。上質な素材で作られた衣装に、本物の宝石が散りばめられたティアラ。
その絶対に部費だけでは賄えない資金源がずっと不思議でならなかったが、つまりその答えはこういうこと!? 思い至った事実に、驚きのあまり口をパクパクさせていると――。
「ああっ!! みんなぁ、待ってたわぁぁーーんっ!!」
聞き覚えのある独特の喋りが聞こえ、前方を見やる。
すると、今日は爽やかな萌黄色の着物を着た大柄なオネェさん――もとい演劇部部長、六骸千亞希氏がホテルのエントランスホールから出て来て、にこやかに近づいて来た。
その背後には、恐らくホテルマンであろう燕尾色の制服を着た人達をズラッと引き連れている。
「部長さん……」
「マジかよ……」
あまりのことに私と同じく呆然と部長さんを見つめている、朱音ちゃんとカイリちゃん。
そんな彼女達に微笑んで、部長さんがバチンっとウインクした。
「六骸ホテルへようこそ! 今日のアタシは演劇部の部長ではなく、六骸グループの御曹司として、みんなに最高にラグジュアリーなおもてなしをしちゃうわよっ!」
キャラメモ11 【六骸 千亞希 ろくがい ちあき】
高校3年生で演劇部部長
がしゃドクロのオネェさん
かなりの大柄で独特の喋り方をする
実は高級ホテルの御曹司




