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雪女ですがクラスのイケメン妖狐の癒し係になりました  作者: 小花はな
最終章 眠れる妖狐と目覚める雪女の力

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10話 雪女と妖狐の舞台の結末



六骸(ろくがい)部長っ!!」


「すみません、お待たせしました!!」


「部長さぁん!!」



 あれからすっかり元気を取り戻した九条くんは、私や朱音ちゃんと共に舞台袖へと戻った。

 するとそれを見た部長さんが、ホッとした表情で出迎えてくれた。



「会長さん、副会長さん! それに朱音も! よかったわぁ! 戻って来てくれて本当によかったわぁ!!」


「すみません、六骸部長。俺のせいで大変な迷惑を掛けてしまいました」


「いいのよぉ! こうして無事に戻って来てくれたんだから! もうカイリの歌や部員の演技、書記さんや会計さんのトークや木綿(ゆう)先生の腹踊りまでやり尽くして、場を繋ぐのも限界だったのよぉ!」


「……って、トークはまだしも、本当に腹踊りをやったんですか!?」



 私がギョッとして叫んだその時、ちょうど舞台からカイリちゃんと雨美くんに夜鳥くん、そして一反木綿(いったんもめん)姿となった木綿先生がぞろぞろと舞台袖へと戻って来る。

 皆一様に疲れた表情をしているが、私達を見た瞬間に息を吹き返したように明るい表情を浮かべた。



「あっ! 雪守達に九条様!」


「よかったぁ! みんな戻って来てたんだ!」


「うわぁぁぁぁん!! 雪守さぁん、聞いてくださいよぉぉ! 魚住さんってば、酷いんですよ!! 僕の自慢の真っ白で美しい体に落書きして、あまつさえ腹踊りまで強要してぇーー!!」



 私の目の前でよよよと泣き崩れる木綿先生のお腹……もとい白い布には、確かに〝へのへのもへじ〟と人の顔のような落書きが黒いマジックでされている。



「えと……」



 そのなんとも間抜けな姿になんと言っていいか分からず困惑していると、先生に名指しされたカイリちゃんが心外とばかりに鼻を鳴らした。



「なんだよ、盛り上がったんだから結果オーライだろ」


「だな。ギャル人魚の機転には舌を巻いたぜ」


「先生が過去一番、輝いてた瞬間だったよね」


「うぇぇぇん!! 寄ってたかって酷いですぅぅぅっ!!!」


「あはは……」



 容赦ないカイリちゃん達に、もう笑うしかない。


 しかし妖怪姿とはいえ、丸出しのお腹を生徒に見せつける行為は教師としてどうなの? でもそんなに盛り上がったのなら、どんな風か興味あるかも。


 ……なんて。


 先生が聞いたらまた大泣きしそうなことを考えていると、九条くんがみんなの前に進み出て、がばっと頭を下げた。



「先生達まで駆り出させて、本当にすみません! 全て俺が……」


「あーあー! 謝罪はいいから、とにかく今は舞台だって!」


「そうですよ、神琴様! 部長さん、舞台はどこまで進んだんですか?」



 そう言って朱音ちゃんが部長さんを見ると、彼女は表情を引き締めて私達に告げる。



「妖怪国と人間国の夜会が開かれたところまでよ。次は王子と姫の出会いのシーン。休む間もないけど、会長さんも副会長さんも準備はいいかしら?」


「はい、もちろんです!」



 部長さんの言葉に九条くんは頷いて、私に手を差し出す。



「行こう、まふゆ」


「うん」



 私を真っ直ぐに見つめる九条くんの顔は血色も良く、体調はすこぶる良さそうだ。

 それに内心ホッと胸を撫で下ろして、私は九条くんの手に手を乗せた。



「頑張ってください! 九条様、雪守ちゃん!」


「オレらまで出張ったんだ、絶対いい舞台にしろよ!」


「お二人ならきっとボクの腹踊り以上の歓声を観客から引き出せますっ!」


「みんな……本当にありがとう! 必ず成功させてみせるから……!」



 たくさんの応援を背に、私達は舞台へと向かう。


 中断し下ろされていた幕が、ようやく今また上がった――。



 ◇



『まぁ! ぐったりしてどうしたの!? 貴方(あなた)は妖怪国の王子様じゃありませんか!』



 私――人間国のお姫様は、城の裏庭のセットを背景に、ぐったりと倒れ込んでいた妖怪国の王子様(九条くん)を慌てて抱き起す。

 すると王子様は耳と尻尾のついた()を見て、その美しい金色の瞳を大きく見開いた。



『……そういう君は人間国の姫君だな。その耳と尻尾……まさか妖怪の血が?』


『えっ! ああっ、いけない! 驚きのあまり隠すのを忘れてしまっていたわ!』



 城の者以外には決して半妖としての本性を露わにしてはいけないと言い聞かせられていたにも関わらず、この失態。

 姫はサッと顔を青ざめさせるが、彼女の正体を知った王子様の表情は穏やかだった。そのまま彼は目を細めて美しく微笑む。



『先ほど夜会で見た無理に澄ました姿よりも、その姿の方が君の愛らしさが出ていて素敵だな』


『え……?』



 思いがけない言葉に、姫の頬はポッと赤く染まる。 

 そして彼女はそう言う王子様こそ、普段の何にも表情を動かさない冷めた姿よりも、今の優しい姿の方がよほど素敵だと感じた。



『また次の夜会でもここで会えないだろうか?』


『は、はい。わたし……、お待ちしておりますわ……』



 これが互いに秘密を抱える王子と姫の出会いであり、二人がひっそりと愛を育むこととなったキッカケ。



 ――そして密やかな逢瀬を重ねたある日のこと、

 


『姫、病は確実に私の身体を日々苛んでいる。恐らく貴女(あなた)と添い遂げることは叶わないでしょう。けれどそれでも私は貴女に伝えたい。姫、私は貴女を愛してる』



 初めて出会った裏庭で、王子が姫に囁くように秘めた愛を告げる。



『王子様……。はい、わたしも例え短い時であったとしても、貴方と共に居たい』



 それに姫は涙ながらに王子の想いに応える。



「…………」



 そして()はというと、演技をしながらも、頭の中はあることでいっぱいだった。



『だって、一度自覚したら止められないんだもの。〝好き〟って気持ちは』



 以前私が九条くんに対して言った言葉。

 あの時は相手のことばかり(おもんばか)る九条くんが切なくて、そう伝えたけれど……。



『そしてそれは年齢を重ねるごとに重症化し、例外なく二十歳前後で発症者は死に至る』



 私はもう一度、九条くんに同じことを言えるのだろうか?


 二十歳を迎える頃には命を落としてしまうという、彼に――……。



 ◇



『妖怪国の王子と人間国の姫が恋仲だったって!?』


『しかも王子は重い病、姫は半妖だと!』


『許せない! ずっと私達を騙してたんだわ!!』



 私の胸中はともかく、物語はその後も順調に進み、いよいよクライマックスへと突入した。

 王子と姫の秘密がついに国民達にバレ、二人は追われる身となってしまうのである。


 姫は王子の手に引かれ、ドレスの裾をたくし上げて必死で森の中の道なき道を走る。



『はぁ、はぁ……!』


『姫っ! この森を抜ければ、国境を越えます! どうかもう少し頑張ってください! ……うっ!!』


『王子様!?』



 突然胸に手を当てて苦しみ出した王子に、姫は慌ててその顔を覗き込む。



『……っ!? 王子様っ!!』



 するとその顔色はゾッとするほどに土器色に染まっており、ただ事じゃないことが瞬時に理解出来た。



『王子様っ!! 王子様っ!!』


『ひ、め……』



 叫んで胸に(すが)りついてきた姫の紫色を髪を王子は愛しそうに撫で、呼吸をするのも辛いだろうに必死で声を絞り出す。



『姫……。どうやら私の命はここまでのようです。追手が来ます。どうか……貴女だけでもお逃げ、くださ……』


『そんな! 貴方を置いてなんていけないわ! どうか、どうか気を確かにして!!』


『ひめ……』


『王子様……っ!!』



 と、ここで気を失ってしまった王子に姫が口づけをするという流れだが、私がするのはあくまでもフリだ。


 そして口づけ(フリ)の後、姫が涙を零しながら王子の顔を覗き込むと、固く閉じられた王子の(まぶた)がフルフルと震える。



『…………ひめ……?』


『!! ああ、王子様! よかった……本当に……』



 なんと口づけによって息を吹き返した王子に、姫は奇跡が起きたのだと歓喜する。


 ……しかし、その喜びも長くは続かない。



『王子様、王子様……』


『姫……貴女を愛しています。……心から』


『あ……』


『…………』


『あ……あ……』



 今度こそ完全に事切れた王子様。

 そんな愛しい人を腕に抱き、()は泣き叫ぶ。



『ああ……っ、いやあああ!!! 王子様ぁ!! どうか目を覚まして!! お願い、お願い、起きて……!! ……っ、」



 するとどうしたことだろう?

 打ち合わせの時には予期していないほどの大粒の涙が、ボロボロと私の頬をつたった。


 どうしよう、せっかくの部長さん渾身のメイクが全て落ちてしまう。

 そう思うのに、涙は止まらない。



「……まふゆ?」



 それに九条くんも不審に思ったのか、閉じていた目を薄っすらと開いた。



「あ……」



 不意打ちで美しい金色の瞳と視線が合わさる。

 心配そうにこちらを伺うその顔は、妖怪国の(・・・・)王子様(・・・)ではなく、九条くん(・・・・)で――。


 それを目にした瞬間、私も人間国のお姫様じゃない、〝雪守まふゆ〟が顔を出した。



「……どうしたの?」



 観客席に聞こえないくらいの小さな声で私に囁く九条くん。

 それに私は引き寄せられるように、九条くんの顔に自身の顔を近づけた。



「……っ、!?」



 すると九条くんは薄っすらとだった瞳を大きく見開き、そして――。



『ありがとう』



 そんな姫の台詞(せりふ)と共に、チュッと軽やかな音が静まりかえった劇場に響いた。


 さぁ、これにて〝人間国のお姫様と妖怪国の王子様〟の物語は終了だ。

 しかし暗転し完全に幕が下りた舞台を尻目に、ザワザワと観客席が波打つように騒めいた。



「え……? 最後のところ、本当にキスしてなかった……!?」


「なんか音してたよね!?」


「したした! えっ、じゃあまさかホントに……!?」



 きゃあきゃあと騒がしい幕を隔てた向こう側の声を耳にしながら、私達(・・)はというと――……。



「「…………」」



 幕が閉じて暗くなった舞台でお互い見つめ合う。

 きっと今、私の顔は茹でタコのように真っ赤に違いない。暗くて本当に助かった。



「まふゆ……」


「な、何……?」



 今し方してしまった大胆な行動。

 自覚はあるので、恥ずかしいしさっさと立ち上がりたいのだが、九条くんが倒れ込んだままがっちりと私の背中に腕を回していて動けない。



「なんでフリも出来たのに、キスしたの?」


「…………」


「それも〝(ひたい)〟だし」



 暗くて九条くんの顔はよく見えないが、はぁと溜息をつかれた。

 それが心なしか残念そうに聞こえるのは、私の都合の良い解釈だろうか?



「そ……それは、ティダでのお返し、……だし」


「え」



 しどろもどろに呟くと、九条くんがポカンとした気配がした。

 そしてややあって、「あれ、気づいてたんだ」と小さく笑う。


 ――そう、ティダで乗ったボート。そこで私がひっくり返った時に感じた、おでこへの柔らかな感触。

 その正体がなんなのかすぐには分からなくて、ようやく気づいた時、私の心臓はもの凄く騒がしかった。


 だからさっきのは……、そのお返し。



「あー、だからってここでかぁ……。はぁ、参った」


「!? ……っ、ちょっ!?」



 背中に回された腕の力が更にぐっと入り、私は九条くんの胸に倒れ込むような体勢になってしまう。

 そして不意に以前も感じた柔らかい感触がまたおでこに触れた瞬間、私は真っ赤になって両手両足をジタバタさせた。



「なっ、なんでまたおでこにキスしたのっ!?」


「そしたらまた、まふゆがお返ししてくれるのかなって思って」


「はぁぁ!?」



 なんで急にそんな意味わかんない行動を取るの!? 九条くんのこと結構分かったつもりでいたけれど、やっぱり全然分かんない!!


 とにかく腕から抜け出そうともがくと、九条くんは苦笑して、私の背中に回していた腕を離す。

 それにホッとしたような寂しいような複雑な気持ちになっていると、先に立ち上がった九条くんがスッと私へと手を差し出した。



「……やっぱりまふゆには敵わないな」


「??」



 それはどっちかというと、こっちの台詞じゃない? やっぱり九条くんの真意は分からない。


 でも何故だかその声色がとても切ない感じて、私は目を伏せ、差し出すその手を取って立ち上がった。


 すると……、



「会長さんっ、副会長さんっ!! お疲れさまぁぁぁん!!!」


「まふゆちゃん、神琴様っ!! 超よかったよぉぉーー!!」


「!?」



 真っ暗だった舞台が突然パッと明るくなり、舞台袖から部長さんや朱音ちゃん、カイリちゃん。それに部員さん達。

 更には夜鳥くんや雨美くん、木綿先生までもがこちらに走って来た。



「色々波乱はあったし、ラストは意味深だったけど、ともあれ舞台は大成功!! さぁカーテンコールよっ!!」


「えっ!?」



 ――パチパチパチパチ



 九条くんと騒いでて気づかなかったが、確かに幕の向こう側ではたくさんの拍手が聞こえる。



「ほら、アンタらは真ん中だ。寄った、寄った!」


「わわっ!?」



 カイリちゃんにぎゅむっと押され、私と九条くんが真ん中に押し出される。

 そしてみんなで横並びになって手を繋いでいると、また幕が上がった。


 すると目の前で一斉に巻き起こる、盛大な歓声。



「……っ!」



 それを目にした瞬間、この場に至るまでの様々なことが全て報われた気がして、自然と瞳が潤んだ。



 ◇



 ――とんでもない無茶振りから引き受けることになってしまった、舞台の主演。

 最初は絶対無理って思っていたけど、無事にやり遂げた。


 だったら〝無理〟なんて無いのかも知れない。

 九条くんのその整った横顔をチラリと見て思う。



『この病はどんなに高名な医者でも治せなかった、原因不明の奇病です。発症したが最後、発作的に妖力が体の中で暴れ出し、異常な発熱と呼吸困難に陥る。そしてそれは年齢を重ねるごとに重症化し、例外なく二十歳前後で発症者は死に至る』



 知ってしまった九条くんの病の真相。

 不安がない訳じゃない。怖くない訳じゃない。


 ……でも、


 九条くんは出来ないと言っていた、妖怪国の王子様を演じきった。

 それは彼が前を向いて進み始めた証に他ならない。


 なら私に出来ることは、ただ一つ。


 私も前に進む。

 絶対に九条くんを諦めたりしない。


 そんな思いを込めて、離さないと誓った九条くんの手を、私はぎゅっと強く握り締めた。



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