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雪女ですがクラスのイケメン妖狐の癒し係になりました  作者: 小花はな
最終章 眠れる妖狐と目覚める雪女の力

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4話 雪女と妖狐と妖怪国の王子様(1)



「きゃあ!! まふゆちゃーんっ!?」


「うわっ!? 頭から湯気出てんだけど!?」



 頭のキャパシティが完全に超え、そのままひっくり返った私。



「……あ」


「あらあら副会長さん、気がついた?」



 目を覚ますと視界にどアップで飛び込んできたのは、部長さんだった。



「……っ!??」



 それにギョッとして飛び上がれば、肌触りの良いブランケットがお腹からずるりと滑り落ちた。

 どうやらここはまだ演劇部の部室。例のゴージャスな金の縁取りのされたソファーに私は寝かされていたようである。



「あの……、他のみんなは?」


「朱音とカイリは隣の練習室。会長さんは副会長さんのカバンを取りに教室へ戻っているわ」


「あ、そういえばカバン、教室に置きっぱでした……」



 言いながら絨毯(じゅうたん)に落ちたブランケットを拾い上げると、頭が妙にスッキリしていることに気づく。

 もしかして気絶してそのまま寝ちゃったんだろうか? このソファー、お布団みたいにふっかふかだしあり得る。


 じゃあ倒れる前のあれやこれやも全部夢だった、なーんて――……。



「はい、副会長さん」



 しかし現実逃避する私を引き戻すように部長さんから差し出されたのは、〝人間国のお姫様と妖怪国の王子様〟と記された分厚い台本。


 ……やっぱり夢じゃなかった。



「早速で本当に申し訳ないんだけど、明日から読み合わせをするから、今日はしっかり台本を読み込んできてねぇん」



 満面の笑みで告げられ、口元が引き()る。


 だが既にポスターは学校中に貼り出され、私と九条くんの舞台主演は周知の事実。

 完全に外堀は埋められていた。

 ここで今更イヤと言っても逃げ場はない。



「……はい」



 結局私は大人しく台本を受け取る他なかった……。



 ◇



 ――――が、



「だぁーーっ!! ダメだぁ!! 何回読んでも、同じ場面で思考停止しちゃうっ!!!」



 ベッドに寝転んで読んでいた台本をバンッと乱暴に閉じて、私は頭を抱える。


 今日の生徒会は私が倒れたこともあり中止。いつもより早く寮に帰れたので、部長さんから言われた通りに台本を読み込もうとしているのだが、何度読んでも同じ場面で詰まってしまう。

 どの場面かと言えば、言うまでもなくもちろん例のキスシーンである。

 毎回〝姫、王子にキスをする〟という簡潔な一文が何度も私を(あお)り、羞恥心で悶えさせるのだ。



「うーん……。ストーリー自体はロマンティックだとは思うんだけどなぁ……」



 チラリと枕元に置いた分厚い台本を見つめる。

 演劇部部長、六骸(ろくがい)千亞希(ちあき)氏(高3)が書いた〝人間国のお姫様と妖怪国の王子様〟のストーリーはこうだ。


 長らく敵対し、形ばかりの和平を結んだ現在もいがみ合いを続けていた人間国と妖怪国。

 そんな両国にそれぞれ人間国には姫が、妖怪国には王子がいた。


 王族らしい洗練された立ち振る舞い。その美しい容姿。

 一見すると完璧に見える二人には、しかし〝決して人に知られてはいけない秘密〟があったのだ――。



『まぁ! ぐったりしてどうしたの!? 貴方(あなた)は妖怪国の王子様じゃありませんか!』


『……そういう君は人間国の姫君だな。その耳と尻尾……まさか妖怪の血が?』


『えっ! ああっ、いけない! 驚きのあまり隠すのを忘れてしまっていたわ!』



 ある日、両国の親睦という名目で開かれた夜会。

 そこで病の発作を起こした王子がひっそりと人目のつかない裏庭で休んでいると、偶然現れたのが獣耳と尻尾を生やした人間国の姫だったのだ。



『……そうか、姫は〝半妖〟だったのか』


『はい、表向き人間国は妖怪を嫌っております。決してこのことを国民や妖怪国に知られる訳にはいきません』


『それは私も同じだ。この身を蝕む〝重い病〟を知られれば我が国を、そして他国を揺るがす大事になってしまう』


『はい……』



 思いがけず互いの秘密を知った二人は、家族以外で初めて秘密を隠さず接することが出来る相手に心を許し、急速にその距離を縮めていく。


 そして……、



『姫、病は確実に私の身体を日々苛んでいる。恐らく貴女(あなた)と添い遂げることは叶わないでしょう。けれどそれでも私は貴女に伝えたい。姫、私は貴女を愛してる』


『王子様……。はい、わたしも例え短い時であったとしても、貴方と共に居たい』



 やがて王子と姫は互いに異性として心惹かれ合い、愛し合うようになる。

 周囲には隠しての関係だったが、それでも王子と姫は幸せだった。



 ――しかし幸せな時は長くは続かない。



『妖怪国の王子と人間国の姫が恋仲だったって!?』


『しかも王子は重い病、姫は半妖だと!』


『許せない!! ずっと私達を騙してたんだわ!!』



 王子と姫の関係を知った両国の王がそれぞれの秘密を明かしてしまい、妖怪国と人間国は大混乱。

 二人は怒り狂った国民達によって互いの国を追われてしまう。



『はぁ、はぁ……』


『姫、この森を抜ければ、国境を越えます! どうかもう少し頑張ってください! ……うっ!!』


『王子様!?』



 なんとか命からがら逃げおおせた二人。

 懸命に慣れない森を駆け抜ける。


 しかしもう間もなく両国の国境を越えるというところで、王子は病の発作を起こして倒れてしまう。



『姫……。どうやら私の命はここまでのようです。追手が来ます。どうか……貴女だけでもお逃げ、くださ……』


『そんな! 貴方を置いていくなんて出来ないわ! どうか、どうか気を確かにして!!』



 気を失ってしまった王子に(すが)りつき、大粒の涙を零しながら姫は彼の唇に口づけを送る。


 するとどうしたことだろう。

 王子の固く閉じられた(まぶた)がふるふると震え、目を覚ましたのだ。



『姫……』


『ああ、王子様! よかった……本当に……』



 安堵から泣き崩れる姫の頬に王子は手を伸ばそうとして、しかし自身の腕に全く力が入らないことに気づいて苦笑する。



『王子様、王子様……』


『姫……、私は貴女を愛しています。……心から』


『あ……』



 あまりにも幸せそうな笑みを浮かべる王子。それに姫は時が止まったように目を奪われる。

 しかしまたもや王子の瞳がスッと閉じられると、姫は泣き叫んだ。



『ああっ、いやああ!!! 王子様!! どうか目を覚まして!! お願い、起きて……!!』



 姫はもう一度王子に口づけを送る。

 だが奇跡は二度起こらない。


 完全に意識を失ってしまった王子を己の胸に抱き寄せ、姫はボロボロと涙を流す。


 でも、それでも――。



『ありがとう』



 最後には姫は微笑んでそう呟き、ここで物語の幕は下りるのである。



「……切ない」



 物語を反芻(はんすう)し、私は目を閉じた。


 どれだけ枷があろうが、互いへの愛を貫き通した姫と王子。

 結果周囲に及ぼした影響は甚大で、二人の行いを手放しに素敵だとは言えない。


 でも、私にも周りなんて見えないくらいに情熱的な恋をしてみたいという憧れは心のどこかに存在する。

 きっと部長さんもそんな思いを込めて、この台本を書いたのだろう。


 いきなり主演を頼まれたり、キスシーンがあったりで、抵抗感ばかりが先走っていたが、実際に最後まで目を通してみると、なかなかどうして完成度が高く面白いと感じた。

 これなら朱音ちゃんが素人を代役に立ててまで舞台を続行させたい気持ちも理解できる。



「……ま。理解したことと、納得することは、別ものだけどね」



 呟いて私は自身の唇をそっと指でなぞる。


 片思いしている相手と主演の舞台だなんて、良いのか悪いのか……。

 ていうかキスって、本当にするの? それとも、ただのフリ?



 ――九条くんと、キス。



「…………っ!!」



 うあああああっ!! ダメダメっ!! 想像したら、また羞恥心がぶり返してきたっ!!

 ゴロゴロと激しくベッドの上を転がると、首につけていたホタル石のネックレスも動きに合わせて弾む。

 するとそれが視界に入り、九条くんが頭をよぎってまたベッドを転がる。エンドレスだ。



「はぁ、はぁ……」



 ああ、私。こんな調子で本当に主演舞台だなんて、やれるのかなぁ……?



 ◇



「会長さんに副部長さん、お疲れさまぁ。待ってたわよぉん!」


「あはは、どうも」


「今日はよろしくお願いします、六骸部長」



 次の日の放課後。

 九条くんと一緒に演劇部の部室に隣接する練習室へと向かうと、部長さんがにこやかに出迎えてくれた。



「すいません。他の生徒会メンバーにしばらくの間の仕事の引き継ぎをしていたら、来るのが予定より遅くなってしまいました」


「いいのよぉ、そんな謝らないで! 無理言ってるのは、こっちなんだからぁ。体育祭の準備で忙しい時期に本当にごめんなさいね。お礼はたっぷり弾ませてもらうからね!」



 言いながら部屋の中に入ると既に演劇部の部員達は全員揃っていて、朱音ちゃんやカイリちゃんの顔もあった。それぞれに挨拶(あいさつ)をして、私達も指定された席に着く。


 何人かの部員達には顔を見るなり謝られたので、どうやら彼らが本来主演を演じる予定だったのだろう。フォローは任せてほしいと言われ、ずっしりと重かった気持ちがいくらか軽くなった。



「さてと、これで役者も全員揃ったし、読み合わせを始めましょっか。実際に声に出すことで役作りも深まるから、頑張ってねぇん」


「〝役作り〟……ですか?」



 聞き慣れない言葉に首を傾げると、部長さんが頷く。



「ええ。役の心情を理解しないことには、どう演技をしていいのか分からないでしょ? だからこうやって読み合わせ、つまりそれぞれ台詞(せりふ)を読んでいくことで徐々に役の雰囲気を掴んでいくのよ。ちなみに朱音とカイリには客観的な意見をどんどん言ってもらうつもりだから、よろしくね」


「なるほど……、分かりました」


「じゃあ習うより慣れろってことで、早速実践よ! 副会長さん、出来るかしら? 人間国の冒頭シーンからよ」


「は、はいっ!」



 いきなりトップバッターで当てられ緊張するが、言われた通りやってみるしかない。

 私は指定されたシーンまで台本のページを捲り、ゆっくりと姫の台詞(せりふ)を読み始めた。



『どうしてわたしは半妖なのかしら? 万が一この耳と尻尾が城外の者に知られてしまったら、その時わたしは……』


『ああ姫様、お(いた)わしや』


『ありのままの姿で外を出歩くことが叶わないとは、なんと不憫な』


「…………」



 私――つまり姫の台詞に対し、城の侍従の役である演劇部の部員さん達が言葉を返すのだが、やはり上手い。私のがただの〝音読〟なら、彼らのは台詞に気持ちが乗って、ちゃんと〝演技〟になっている。

 それにより緊張を感じならも指定されたシーンを全て読み終えると、パチパチと部長さんが拍手してくれた。



「はい副会長さん、ありがとう。さぁ朱音、カイリ。今のを聞いてどう思ったかしら?」


「う~ん。初めてだから仕方ないけど、かなりたどたどしい……かな」


「そうだな。詰まりがちだったし、聞き取りにくい部分も結構あったな」


「う……」



 分かってはいたことだが、実際に指摘されると結構ヘコむ。家に帰ったら自主練しないとなぁ……。



「ああ副会長さんっ、そんな落ち込まなくていいのよ! 部員達は随分前から練習しているんだもの、上手くて当然よ! 副会長さんはまだまだこれから。伸びしろしかないわっ!」


「はい、頑張ります……」



 目に見えてしょんぼりする私に、慌てたように部長さんが慰めてくれる。

 その言葉になんとか自身を奮い立たせて頷くと、彼女はホッとしたように笑って今度は九条くんに視線を向けた。



「じゃあ次は妖怪国のシーンに移りましょっか。会長さん、行ける?」


「ええ、大丈夫です」



 それに九条くんが頷き、その形のいい唇からゆっくりと王子の台詞が紡ぎ出される。



『何故神は私にこのような苦難を与えたのだろう?』


「……っ!!」



 瞬間、ザワッと揺れる室内。



『こんな病さえなければ、今頃私は……』



 別に下手くそだったからじゃない。

 むしろその逆で、あまりにも上手過ぎた(・・・・・)のだ。


 もしかして本職の方ですか? と聞きたくなるくらいに臨場感のある読み方。

 ティダでした絵付けの時も思ったけど、九条くんって色々器用過ぎじゃない!?



「んまぁ! 会長さん、すんごいわぁ! アタシ本物の〝妖怪国の王子様〟が居るって、感動しちゃったわ!!」


「ホントすごいです、神琴様!!」


「ああ、なんか聞いてて鳥肌が立ったな!!」



 もちろんみんな拍手喝采の大絶賛。

 むぐぐ。九条くんも仲間だと思ってたのに、これじゃ私だけ素人丸出しじゃん! もう絶対寮戻ったら自主練する!!



「さーて。二人の調子も出て来たところで、次はいよいよ姫と王子のシーンにいってみましょうか! 副会長さんも準備はいいかしら?」


「は、はいっ!! もちろんです!!」



 気合いを入れ直したタイミングで、いよいよ姫と王子のシーン来てしまった……!! 


 私はぎゅっと台本を握り締めて、部長さんに力強く頷く。

 気恥ずかしい気持ちはあるが、すごいものを見せられて、私の中の闘争本能に火が付いた。絶対に九条くんより上手くなってやる……!!



「互いに惹かれ合い、溢れる想いをついに王子が姫に伝えるシーンよ! はい、スタートッ!」



 あ、いきなりそのシーンなんだ。

 内心ドキッとしていると、部長さんの掛け声と共に九条くんが話し出した。



『姫、病は確実に私の身体を日々苛んでいる。恐らく貴女(あなた)と添い遂げることは叶わないでしょう』



 やはり上手い。

 なんかもう王子本人かと錯覚するくらい、話し方に鬼気迫るものがある。

 演技とはいえ、好きな人に情熱的な言葉で愛を囁かれるのだ。私の胸は早鐘のように高鳴った。



『けれどそれでも私は貴女に伝えたい。姫、私は貴女を――……、……』


「……?」



 しかし〝愛してる〟と続くはずが、いつまで経っても九条くんは言葉を発しない。

 それに不思議に思って、私は台本から顔を上げて隣を伺う。



「……九条くん?」


「…………」



 けれどどうしたことか、小さく名前を呼んでも、九条くんは台本を見つめたままだ。



「あの……?」



 他のみんなも異変に気づき、何事かと彼に視線を向ける。

 すると不意に台本をテーブルに置いて、九条くんがボソリと呟いた。



「……出来ない」


「え?」



 そのままガタンと九条くんがイスから立ち上がり、扉に向かって歩き出す。



「ちょ、九条く……」


「ごめん。やっぱり俺、この役は出来ない。……少し、時間をくれないか?」


「え……」



 突然の言葉にこの場に居た全員が固まった。

 そしてパタンと練習室の扉が閉まった瞬間、真っ先に我に返った私はイスから立ち上がって叫んだ。



「えっ、ええっ!? ま、待ってよ、九条くん!!」



 私よりも遥かに上手な九条くんが〝出来ない〟って、一体何があったっていうの……!?



「ねぇ!! ねぇってば!!」



 困惑しながらも、私は慌ててその後ろ姿を追いかけた。



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