1話 雪女と妖狐と季節外れの転入生(1)
最終章始まりました。全33話。
かなり手直ししながらなので、更新はおおよそ週1〜2日です。ゆっくりお付き合いください。
「副会長、今日の議題は?」
「はい、生徒会長」
夏休み明けの最初の授業が終わった放課後。
約1ヶ月半振りの生徒会が始まり、生徒会副会長である私――雪守まふゆは、事前に作成してきた資料をそれぞれ目の前に座る生徒会役員達に手渡す。
「二学期最初の議題は、来月末に行われる体育祭についてです。主だって動くのは、体育委員なのですが……」
「はぁぁーー」
「?」
話している最中に大きな溜息が聞こえて顔を上げると、犯人は書記の雨美水輝くんと、会計の夜鳥雷護くんだった。
二人してだらしなく机に突っ伏している。
「夏休みが終わったと思ったら、今度はもう体育祭かよ。はえーな」
「楽しかったよねぇ、ティダ。風花さん、何してるかなぁー?」
「あはは」
まだティダから帝都に戻って数日。
夏休みの余韻が抜けないのか、受け取った資料を読もうとせず、だるだるモードの夜鳥くんと雨美くんに私は苦笑する。
『なんでみんながティダに居るのぉーーっっ!!?』
そんな私の絶叫から始まった今年の夏休み。
ひょんなことから生徒会全員(プラス朱音ちゃん)が私の生まれ故郷ティダに押しかけてきて、一時はどうなるかと思ったが、蓋を開けてみれば最高の夏休みで終わった。
授業を受けて、勉強して。
学生としては帝都の生活こそが本来の日常ではあるのだが、いかんせん1ヶ月近くも万年常夏の島で毎日何かしらのレジャーをして楽しんでいたのだ。
恋しくなるのは私も同じだった。
「お母さんならどうせ私が居なくなったのをいいことに、今頃家を好き勝手に荒らしてゴロゴロしてるよ」
「ははは、それはなんだか目に浮かぶようだな。でもまふゆ、風花さんは確か別れ際、『体育祭は見に来る』って言ってたんじゃなかったかな?」
生徒会室のお誕生日席――つまり生徒会長席に座る我らが生徒会長九条神琴くんが、資料を読む手を止めて私を見る。
「ああ、そういえば」
『まふゆこそ体には気をつけて頑張んなさい。それに今年の体育祭にはわたしも応援に行くから、また秋には会えるわよ』
確かにあの時お母さんはそう言っていた。
「うん、そうだったね。でもお母さん、ティダから離れたことなんて私の知る限り一回もないのに、一体どういう風の吹き回しなんだろう?」
「くくく。んなことも分からねぇのか、雪守」
「? 夜鳥くん?」
考え込んでいると、何故か夜鳥くんが黄色いツンツン髪を揺らして不気味に笑い出す。
それに私が胡乱な視線を向けると、夜鳥くんは己を親指で差して高らかに叫んだ。
「んなもん、このオレの勇姿を見る為に決まってんだろーが!! 今年の徒競走もオレが一位は貰うからな!!」
「えと、?」
ビシッと決めて宣言する目の前の男にどう反応したものかと困惑していると、雨美くんが呆れたように夜鳥くんを見た。
「いやいや、娘の雪守ちゃん差し置いてそれはないでしょ。……ていうか雷護、それって単に自分は足速いって、アピールしたいだけじゃない?」
「だけじゃなくて、そうに決まってんだろ! 体育祭には毎年皇族も来るし、オレがいかに有能かアピールする千載一遇のチャンスだからな!!」
「ああーなるほど、それが目当てか」
得意げに鼻を鳴らす夜鳥くんの真意を知り、私は笑う。
――日ノ本高校の体育祭は、文化祭ほど大掛かりな準備はないものの、父兄の参加も許可された唯一の行事なので、毎年かなり賑やかだ。
更に先ほど夜鳥くんが言ったように、来賓には皇族が毎年招かれるので、良いところを見せて将来に繋げようと張り切る生徒も貴族平民問わず多い。
「んー、でも〝将来〟かぁ……」
「そういえば雪守ちゃん、進路はどうするの?」
ポソっと呟いた私に、雨美くんがペラリと一枚の紙を見せてくる。
それは今日のクラスのホームルームで木綿先生に渡された、進路調査票だった。
「もう進路調査とか、はえーよなぁ」
「だよねぇ」
「まぁ言ってもう、2年の秋だしね。みんなはこのまま大学に行くんだよね?」
私はぐるりと、夜鳥くん、雨美くん、九条くんを見回した。
日ノ本高校には内部進学制度があるので、卒業生の大半はそのまま日ノ本大学に進学する。
対して私は、将来のことを考えれば出来れば大学に進学して勉強を続けたいところだが、費用の問題もある。正直悩ましいところだった。
「ええ? 雪守ちゃんの成績なら余裕で特待生で、授業料も全額免除でしょ」
「細けぇことは後にして、雪守も〝内部進学〟って調査票には書いとけよ」
「あは、ははは……そう?」
そんな適当でいいのか? と思うが、ではすっかり馴染んでしまった帝都を後たった一年半で離れられるのかというと、離れ難いのは事実だった。
私がわざわざティダから遠い帝都にある日ノ本高校を進学先に選んだ理由は、ここが帝国有数の名門校だったから。
学歴をつけてティダに戻り、お給料の高い職に就く。それでお母さんを助けたいという気持ちで決めた進学だった。
――でも、
今はいつか来る、帝都を離れる日が怖い。
だって、帝都を離れてしまったらもう――……。
「……九条くん?」
そこでちらりと視線を九条くんに向けて、私は彼の様子がどこか変であることに気づいた。
普段の感情があまり読めない涼しげな表情ではなく、どこかぼんやりと虚ろな目。
「どうしたの? ねぇ」
不安になって肩を揺さぶれば、ハッとしたように九条くんが私を見た。
「! えっ、ああ、ごめんっ! ちょっと進路について考え込んでしまって……」
「えっ?」
てっきり体調が悪くなったのかと思ったので、意外な言葉に私はキョトンとする。
だって九条くんはあの三大名門貴族のひとつ、妖狐一族九条家の次期当主。
進路など悩むべくもない筈なのに……。
「……もしかして、大学に行かないの? あ、それか内部進学じゃなくて、別の大学に行くとか……?」
「いや……、ううん。多分、内部進学はすると思う。でも、その先は……」
「……?」
困ったように言い淀む九条くんに、私の瞳は揺れる。
――まただ。
また、九条くんは曖昧に〝未来〟を濁す。
そしてその度に私は思い出すのだ。
あの、皇帝陛下の言葉を――。
『昔から妖狐一族の男子には、この彼のような病を生まれつき患う者がいるらしい。私の友人もまた、同じ病に悩まされていた』
九条くん以外にも、彼と同じ病を患う妖狐一族がいたのだ。名前は紫蘭さん。
そして、その紫蘭さんこそが――……。
「――ごめん、そんな顔しないで。俺は調査票には内部進学と書くよ。雨美や夜鳥と同じで、俺もまふゆと一緒に日ノ本大学へ進学出来たら嬉しいかな」
ふわりと微笑まれ、私はハッと強張っていた表情を緩める。
「う、うん。……私も、九条くんと進学出来たら嬉しいよ」
そう言って、私は精一杯の笑顔を作った。
けれど一度沸き起こった胸騒ぎは、なかなか鎮まってはくれない。
『……父は貴方に名乗っていましたか?』
『そうだ、九条紫蘭。彼はそう名乗ったべ』
思い出すのは、ティダを離れる時の九条くんと魚住さんの会話。
紫蘭さんは九条くんのお父さんだった。
義理の母だという、あの妖狐一族のトンデモ当主――九条葛の葉とは違う、彼の本当の親。
つまり九条くんは、お父さんと同じ病を患っているということ。
『そうか……親友。私達は親友だったのだな』
『ええ、そうよね。國光と紫蘭はいつもバカばっかりやって、こっちが羨ましくなるくらい仲が良かった本当に……』
紫蘭さんが今どうしているのか、皇帝陛下にもお母さんにもティダでは聞きそびれてしまった。
でも九条くんはきっと、紫蘭さんの今を知っている。あの時、そんな表情をしていた。
そしてそれは、私の予感が正しければ――……。
「あ? そういや進路調査票といやぁ、木綿はどうした? まだ来てねぇじゃん」
「え、あれ?」
「ホントだ」
ハッと声を上げる夜鳥くんにつられて、私と雨美くんは生徒会室を見渡す。
今日は妙に静かだなぁと思ったら、木綿先生が居なかったのか。全然気づかなかった。
これ本人に言ったら、「僕はそんなに影が薄いですか!? 酷いですうぅぅ!!」ってまた大騒ぎしそうだな。
そんなことを考えていると、九条くんが「あ」と呟いて、申し訳なさそうに眉を下げた。
「ごめん。そういえば俺が木綿先生から伝言を受けていたんだった。先生は転入生に校舎内の案内をするから、生徒会に来るのは遅れるそうだよ」
「「「転入生??」」」
九条くん以外の全員の声がハモった。
だってうちの高校は基本、途中編入は認めていない。しかも春からじゃなく秋から転入だなんて、かなり珍しい。
「それって九条様はどんな生徒が来るのか、先生には聞いたんですか?」
「いや。急いでおられたし、俺達の隣……朱音と同じクラスだとしか聞いていない。ただ、歌がとても上手い生徒らしく、今回はそれが評価されて日ノ本高校に入ることになったとか」
「へぇー朱音ちゃんと? なら同い年。しかも歌かぁ」
我が校では学力以外にも、芸術やスポーツ分野で能力を評価されて入学する生徒も多い。
歌で評価されるだなんて、どれだけ上手いのだろう? ぜひ機会があれば聴いてみたい。
「カイリちゃんくらい綺麗な歌声の持ち主なのかなぁ?」
「ああ、確かに彼女の歌声は惹き込まれるくらいすごかったね。さすが人魚だと思ったよ」
「あ、いいなぁ! ボク達結局あの子の歌、聞けず終いだったんだよねぇ」
「そうそう、せがんでも『無理っ!!』の一点張りだったしなー」
ぷくっと頬を膨らませる雨美くんと、不機嫌そうな夜鳥くんに私は苦笑する。
「あはは、私達も聴かせてもらったというよりは、たまたま遭遇しただけだしね」
思いっきり海水をぶっかけられたことを思い出して、私は遠い目をする。
――魚住カイリちゃん。
夏休みに帰省したティダで出会った、小麦色の肌に水色のショートヘアが特徴の、眼力強めな派手ギャル。
『まずさっきアンタが言った通り、あたしは人魚の半妖で間違いないよ』
その正体は、私と同じく半妖の女の子。
最初はいきなり『氷の妖力をもつ妖怪に会いたい』って詰め寄られてビックリしたけど、彼女の辛い過去を知り、少しずつ私達の距離は縮まっていった。
そしてーー。
『ありがとう、まふゆ。アンタのお陰で、やっとあたしも前に踏み出せそうだ』
あまりにも不器用な、けれど何処までも真っ直ぐな彼女の想い。
それを理解し、ついに私達は友達になったのだ。
「カイリちゃん、今頃何してるかなぁ? お母さんのかき氷屋さんでバイト中かな?」
「ちげーねぇ。なにせあのギャル人魚、親父さんの為に一刻も早く船買う資金貯めるって、かなり張り切ってたからな!」
「そうだねぇ」
――ガラッ!!
と、ちょうど夜鳥くんが笑って言ったのと同じタイミングで、生徒会室の扉が開いた。
それにみんなの視線が一斉に扉へと向く。
するとそこに居たのは……、
「だーかーらぁー。〝ギャル人魚〟って言うなって、あたしは何度も言ってんだろ? 鵺」
「え」
「は」
「あ?」
不機嫌そうに言いながら、つかつかと生徒会室に入って来る人物。
水色のショートヘアをサラリと靡かせ、左右の耳には揺れる大きなピアスを着けている。
見間違えようが無い、彼女は……。
「え、え……」
パクパクと口を動かす私を見て、少しハスキーな声をもつ、背の高い綺麗な女の子はフッと笑った。
「よう、まふゆ。相変わらずアンタら騒がしいね」
「えええーーっ!!? カ、カイリちゃんっ!!?」
――そう、
ティダに居るはずのカイリちゃんが、何故かうちの高校の制服を着て、生徒会室に現れたのだ。




