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雪女ですがクラスのイケメン妖狐の癒し係になりました  作者: 小花はな
第二章 南国の島ティダと雪求める人魚

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番外 半妖三人娘のある日の昼下がり

カイリ視点で時系列は32話前。

後半の内容は、32話とリンクしています。



 きっかけは風花(かざはな)さんの一言からだった。



「カイリ、今日は早上がりしていいわよ。客入りも落ち着いたし、たまには若い娘らしく遊んで来なさいな。誰かと騒ぐのも、たまにはいいものよ」



 いつものように観光客で賑わう、風花さんが営むかき氷屋さん。

 店の前にずらりと並ぶ客を全て捌き切り、昼休憩している際にそう声を掛けられた。



「え? いや、いいですよ。遊びに行くくらいなら一日も多く働いて、お金を稼ぎたいです。早く父さんに新しい船を買ってあげないと……」



 先日の台風――〝海神(うみがみ)御成(おなり)〟の際にあたしが起こした後先考えない行動によって、父さんの船を壊し、海に呑まれてしまったことは記憶に新しい。

 父さんは「気にするな」と言ってくれたが、漁師にとって船は命。やはり気落ちしていない筈はないだろう。


 だから一刻も早く、あたしは新しい船を買う資金を貯めたかった。その為には、遊んでいる暇なんてない。



「うーん、もちろんカイリの気持ちは分かるわよ」



 あたしの話を黙って聞いていた風花さんが、苦笑する。



「でもそんなに脇目も振らずに働いて、それで本当に魚住さんは喜んでくれる? 17歳の年頃の娘らしい姿を見せるのも、ひとつの親孝行だとわたしは思うけど」


「……っ」



 風花さんの言葉にあたしは押し黙る。

 確かにそれは一理あるからだ。



『カイリ、オラの手伝いはもういいべ。もっと自分のしたいことを優先させるといい』



 父さんはことある事にそう言う。

 働く以外にも、世の中には楽しいことはいっぱいある。それを知ってほしいと。



『一緒に見ようよ、カイリちゃん! せっかく友達になったんだからさ!』



 そして父さんが言う〝楽しいこと〟は、風花さんの娘――雪守(ゆきもり)まふゆを筆頭に、帝都からの来訪者達と接したことによって、なんとなくあたしも理解していた。

 あいつらはどうでもいいような些細なことですら敏感に反応し、心底()を楽しんでた。



「でもいきなり遊べと言われても、何をしたら〝楽しい〟のか、あたしには分かりません……」



 なにせ幼い頃から両親以外との交流は皆無だったし、娯楽とはてんで無縁の生活だったのだ。

 言ってて恥ずかしくなり、あたしは顔を俯かせる。



「まぁそうよね。じゃあ特別に、この風花さんからプレゼントよ」


「え?」



 ペラっと下を向いたあたしの目の前に突き出される、何か薄っぺらい紙。



「これは……?」



 受け取ってみれば、〝パンケーキ無料券〟と印字されていた。



「それは今日オープンした、パンケーキ屋さんの無料券よ! わたし、そこの店長さんとは釣り仲間でね。よかったら食べに来てって、この前貰ったのよ」


「えっ? じゃあこれは風花さんが……」



 慌てて券を返そうとすると、風花さんはぶんぶんと首を横に振った。



「無理むり! カイリは知らないかも知れないけど、最近のパンケーキって生クリーム盛り盛りで、おばさんには胸焼けがちとキツいのよ。こういうのは、〝若者の味〟って言うの。食べ盛りの子が食べなさい!」


「はぁ……」



 風花さんはよく自らを〝おばさん〟と自虐するが、その容姿は若々しく、とてもあたしと同い年の娘がいるようには見えない。


 釣り仲間や屋台仲間も多く、社交的で明るい風花さんを本気で狙ってる男達が大勢いるのも、あたしは知ってる。

 まぁみんな風花さんが既婚者と知って、一様に落胆してたけど……。


 ――実は一度だけ、風花さんに旦那さんはどんな人なのか聞いてみたことがあった。



『どんな旦那ぁ? そうねぇ……どうしようもなく破天荒で、決めたことは絶対に譲らない、頑固者よ』


『へぇ……』



 正直風花さんよりも破天荒な人というのが想像つかなかった。

 けれどそう語る彼女の表情は初めて見るもので、あたしはドキッとする。



 だってまるで――……、



『……でも、誰よりもカッコいい人かな』



 あの銀髪の妖狐と一緒にいる時の、まふゆみたいな顔をしてたから。



 ◇



「場所は繁華街、か……」



 結局あの後風花さんに押し切られる形であたしはバイトが午後から休みとなり、今はくだんのパンケーキ屋を目指して歩いている。


 無料券の裏面に書かれた地図によると、場所はティダのシンボルである赤い城のすぐ近く。どうやら観光客向けの店のようだ。



「あ、あれか」



 目的の店は迷うことなく、すぐに見つかった。


〝パンケーキ♡ハピネス〟といかにも女子が好きそうな、ふんわりポップな書体で書かれた看板。店構えも明らかに女子受けを狙った、カラフルでファンシーなものになっている。


 普段なら絶対にこの手の乙女ちっくな店には入らないが、風花さんの言う〝若者の味〟に全く興味がない訳ではない。



「……ふぅ」



 深呼吸し、いざっ!

 そんな気持ちで、店内へと扉を開こうとした時だった――。



「あれぇ? カイリちゃん!?」


「!!」



 聞き覚えのある声に背後から名を呼ばれ、あたしの手は止まる。



「…………」



 瞬間無視するかどうか悩んだが、その決断をする前に、パタパタと二つの軽やかな足音があたしに近づく。



「やっぱりカイリちゃんだぁ!」


「もしかしてカイリちゃん()、パンケーキ食べに来たの?」


「……〝も〟?」



 声を掛けられては仕方ない。覚悟を決めて振り返れば、やはり立っていたのは、雪守まふゆと不知火(しらぬい)朱音(あかね)であった。

 彼女達の手元を見れば、二人もまたあたしと同じ無料券が握られている。



「ああ、アンタらも無料でパンケーキを食べに来た口?」


「うん、そうだよ。今朝お母さんが午後のおやつに食べて来なさいって、くれたの」


「風花さんの知り合いの人が始めたお店らしいけど、無料なんて、すっごいよねっ!」


「え……」



 それはあたしが風花さんに昼聞かされたのと、全く同じ説明。つまりこの二人もまた、風花さんにこの店へと誘い出されたのか。

 何やら風花さんの作意めいたものを感じる。



「ちょうど今カイリちゃんも誘おうかって、話してたんだよ」


「でもバイト中に悪いかなって思ってたから、カイリちゃんも食べに来てたのなら、よかったぁ」


「一緒に食べようよ」


「…………」



 にこにこと笑って話す二人。



『誰かと騒ぐのも、たまにはいいものよ』



 恐らくはこれは、風花さんの気遣いなのだろう。

 もしくはひとりぼっちのあたしを心配する、親心のようなもの。

 更にはあたしに自身が雪女であることをずっと黙っていたお詫び……、であるのかも知れない。


 であればその気持ちを無にするのは、普段とてもお世話になってる分、(はばか)られる。



「そう、だな……」



 だからまぁ、今日だけ(・・・・)

 これはわたしの意思じゃなく、あくまで風花さんの顔を立てる為。



「一緒に……食べる」



 そう自分の中で言い訳して、あたしは二人に頷いた。



 ◇



「ふわぁぁぁっ!! フルーツ盛り盛り!! 生クリームも盛り盛り!!」


「パンケーキはプルップルに震えてるぅ!!」



 満員という程ではないが、女性客で賑わう店内。

 注文して間もなく、店長だという女性によって運ばれてきたパンケーキを見た瞬間、その見た目にまふゆと朱音は歓声を上げた。


 ふるふると少しの揺れでも震える三段重ねのパンケーキに、どっさりのトロピカルフルーツと山のような生クリームが盛り付けられた、目にも華やかな一品。

 これは確かに女子ならば、誰もが心くすぐられるだろう。



「きゃー食べるのもったいなーい! でも食べちゃう!」


「うーん! ふわふわ! おいひーっ!!」



 きゃっきゃっと嬉しそうにパンケーキを頬張る二人の姿は、この辺りでもよく見かける、キラキラリア充そのものだ。

 しかしそんな二人にも、〝半妖〟という重い背景があることをあたしはもう知っている。



「…………」


「? カイリちゃん、食べないの?」


「すごく美味しいよ?」


「あ、ああ! 食べるよ」



 考え込んでいたら、つい手が止まっていたらしい。心配そうにこちらを見る二人に首を振って、あたしは慌ててパンケーキを一切れ、口の中に放り込んだ。



「……っ!」



 すると途端に口いっぱいに広がるパンケーキの優しい甘さに、あたしは驚いて目を見開いた。


 これが、〝若者の味〟……!!



「うま……いな」


「でしょでしょー!? 無料で食べさせてもらうのが、申し訳ないくらいだよね!」


「ねーっ! こんな美味しいものわたし達だけで食べちゃって、神琴(みこと)様達にちょっと悪いかも」



 その言葉で、そういえばいつもこいつらとくっついている、男共がいないことに気づく。



「そういや銀髪達は連れて来なかったのか? あの(ぬえ)なんて、こーゆーのめちゃくちゃ喜びそうだけど」



 花火大会の日に屋台の食べ物にひたすら練乳をかけていた、バカ舌の黄色いツンツン頭の男を思い出して言うと、まふゆが苦笑した。



「あはは。確かに夜鳥(やとり)くんは絶対好きだろうけど、今日は女の子だけで遊んで来なさいってお母さんが」


「みんながいるとつい気を遣って、ゆっくり買い物出来なかったもんね」


「そうそう。男子ってなんであんなに、買い物がせっかちなんだろうね?」


「ふぅん」



 確かに父さんと買い物に行っても、目当てのものを買ったらすぐに帰りたがり、いわゆるウインドウショッピングなんて出来ない雰囲気だ。

 風花さんはそんな二人の気持ちも汲んで、無料券を渡したということだろうか?



「買い物って、土産か? そういやアンタら、明日帝都に帰るんだっけ?」


「うん、なんだかんだであっという間だったぁ! カイリちゃん、明日見送りに来てね!」


「は? ヤダよ、面倒くさい」


「ええーーっ!?」



 つんとそっぽを向いて言うと、まふゆは大袈裟にリアクションした。

 黙ってりゃ風花さんそっくりの超美人の癖に、そのくるくる変わる表情がこの女を一見すると、〝普通の女の子〟に見せている。


 これじゃああの銀髪、大変だろうなぁと勝手に同情した。



「別にわざわざあたしが見送りに行かなくっても、いいだろ? アンタはせいぜい銀髪と末永くイチャついてなよ」


「なっ!? なんで今そんな話に!? ていうか何度も言うけど、私と九条くんはそんなんじゃ……っ!!」



 真っ赤な顔してりゃ、否定したって意味ないだろと思うが。

 ……つーかマジであの銀髪と付き合ってないの? マジで?


 そんな気持ちを込めてまふゆの隣のピンク髪を見れば、朱音は困ったように頷いた。

 なるほど、アンタも大変だね。こんな無自覚バカップルが近くにいて。



「もう! 私のことはいいよ! そう言うカイリちゃんはどうなの!?」


「は?」



 どうってまさか、恋愛のこと聞いてる??



「あたしが家と仕事の往復しかしてないの、アンタも知ってるだろ? そんなあたしに浮いた話なんてある訳ないじゃん」


「それはそうだけど、花火大会では雨美(あまみ)くんと楽しそうに話してたじゃん! カイリちゃん的にはどう思ってるのかなって!」


「はあ?」



〝雨美〟って……、(みずち)のことか。

 確かにアイツには海神の御成の時にめちゃくちゃ世話になったし、それなりに話したけど……。



「いい奴とは思うけど、別にそれだけだよ」


「だぁーーっ! それ! それが恋の入り口なんだよ!! 現に私も最初は九条くんのこと〝いい人〟って……あ゛」



 失言に気づいたのか、まふゆは口を覆って耳まで真っ赤にした。自分で墓穴を掘ってどうする。



「わぁ! まふゆちゃん! ついに自覚したんだ!!」


「え、〝ついに〟って何!? 朱音ちゃん!? まさか私の気持ち、前から知って……!?」


「食後の紅茶です。ミルクとシュガーはご自分で調整されてくださいね」


「あ、どうも」



 ぎゃいぎゃいと騒がしい二人を放って、パンケーキを完食したあたしは、運ばれてきた紅茶を啜る。

 うん、美味い。普段はさんぴん茶しか飲まないけど、たまにはこういうのもいいな。



「そう言う朱音ちゃんはどうなの!? 夜鳥くんとかっ!!」


「ええ?」



 すっかり全身真っ赤に染まったまふゆが、意趣返しとばかりに朱音に向かって叫んだ。


 なんだ、朱音はあの鵺が好きなのか?



「ふふ。……やだなぁ、まふゆちゃん」



 しかし先ほどのまふゆの反応が乙女ちっくなものであったのに対して、こちらはまるでブリザードでも吹きそうな冷めた表情だった。

 これじゃどっちが雪女だか、分からなくなるな。



「夜鳥さんはなんていうか、(しつけ)のなってない飼い犬って感じ? 恋愛対象とかありえないよ」


「へ……」


「…………」



 一瞬にして場がしんと静まる。


 まるで天使のようなふわふわした見た目と表情で、言うことがえげつない。

 こいつはこいつでかなり癖が強いらしい。


 なんかほんと、こいつらって……。



「ぷはっ!!」



 あたしはもう堪えきれず、吹き出した。



「あははははっ!! あーもー! 墓穴は掘るわ、辛辣だわ、アンタら揃いも揃って面白過ぎだろ!!」


「「…………」」



 いきなりゲラゲラと腹を抱えて笑い出したあたしをポカンと見つめる二人。

 しかし少しして、二人もまたおかしそうに笑い出した。



「あはは! そういうカイリちゃんだって、なかなかだからね!」


「そうだよ! 人魚なのにカナヅチって、相当ギャグだよ!」


「おまっ、カナヅチのことは言うなよ!!」



 あーもーなんだこれ。ただここに居るだけで楽しいって、初めての経験だ。


 こういうのって、なんて言うんだろう……?



「女子会っ!!」



 考えていると、まふゆが目を輝かせてそう言った。



「こういう恋バナしてスイーツ食べるのって、〝女子会〟って言うんだよね! 私初めて!!」


「わたしも! すごい楽しい! またしようよ!」


「うん! ね! カイリちゃんも!」


「え、あ……」



 ――――女子会。


 まさか当たり前のように、あたしまで数に入っているとは思わなかった。



「……うん」



 でも、それがなんだか無性に嬉しくて。

 いつの間にか勝手にそう、口が動いていた――。



 ◇



「……まるで〝海神の御成〟みたいに騒がしい奴らでしたね」



 先に家に戻るという父さんに手を振って、未だ遠ざかっていく方舟(はこぶね)を見つめる風花さんの背中に、あたしは声を掛ける。



「あははっ! 確かに〝台風一過〟言い得て妙ね」



 豪快に笑いながらも、その表情は慈愛に満ちていて、遠方に向かう娘を想っているのは一目で分かった。



「カイリ、昨日はティダでの最後の日(・・・・)だった訳だけど、楽しめた?」


「はい、パンケーキとても美味しかったです」



 ありがとうございますとお辞儀すると、風花さんはこちらを振り返って「ふふっ」と笑った。



「アンタに会えるのも次は体育祭の時(・・・・・)ね。優秀なバイトちゃんが旅立つのは寂しいけど、あっちではまふゆのことよろしくね」


「まぁ、よろしく出来るかは分かりませんが、善処します。それより急な転入(・・)なのに、全部便宜を図ってくれて、本当に風花さんには感謝してもしきれません」


「ふふ。いいのよ、そんなこと。わたしあの学校には〝強力なツテ〟があるから、カイリ一人転入させるくらい訳ないわ」



 なんてことのないように笑う風花さんだが、ティダで暮らす彼女にどうしてそんなツテが帝都にあるのか、疑問は尽きない。

 そもそも雪女(今は元がつくらしいが)でありながら、どうして南国のティダに来たのかも。


 けれどそれを紐解くのはあたしではないのだろう。少なくとも、今はまだ……。



「日ノ本高校で勉強頑張んなさい、カイリ」



 そう言って紫の長い髪を靡かせて微笑む風花さんは、まるでどこか国の女王様のようで。



 ――凛として、美しかった。




 番外 半妖三人娘のある日の昼下がり・了



とても久しぶりの更新です。

第三章の冒頭に繋がる番外編を、カイリ視点で書きました。

最終章となる第三章も現在書き進めております。

もう暫し、お待たせ致します。

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