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雪女ですがクラスのイケメン妖狐の癒し係になりました  作者: 小花はな
第二章 南国の島ティダと雪求める人魚

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33話 ある旅行者の旅行記



 夏も真っ盛り。今日もティダは快晴。

 むしろ酷暑という表現が正しいんじゃと思う程、ギラギラと照りつける太陽が眩しい。


 ……はてさて、帝都は今どんな天気だろうか?



「お父さま、ぼくお腹空いたー」


「おお、そうだな! もうすぐお昼だ。何か食べにお店に入ろうか」


「やったー!」



 腕を引っ張る息子に目線を合わせてそう言えば、僕と同じ銀髪を元気いっぱいに揺らして喜んでくれる。

 うん、うちの子ホント可愛い。


 考えていたことなどあっという間に吹き飛んだ僕は、息子の手を引いて〝ソーキそば〟と看板が掲げられた、南国建築が目を引く赤瓦の屋根の店へと足を踏み入れる。


 今日はせっかく息子との初めての旅行なのだ。


 目一杯楽しまなければ。



 ◇



「はいよ、ソーキそばといなり寿司のセットね」



 注文してすぐに運ばれてきた料理に、息子が待ちきれないように目を輝かせる。

 それに思わず笑って、取り皿に移して冷ましてから食べさせてやる。



「美味しいか?」


「おいしい! あっちのいなり寿司も食べたい!」


「おー、今取ってあげるから待ちなさい」



 息子の小さい口には到底入らないであろう、大きないなり寿司を箸で半分に分けて食べさせてやる。

 すると息子はいなり寿司を口いっぱいに頬張って幸せそうに顔を蕩けさせた。


 それを見て、僕もいなり寿司を一口頬張る。

 うん、美味しい。どうやらティダのいなり寿司は帝都のものとは作り方が少々違うようだが、これはこれで美味しかった。



「いなり寿司もっと!」


「ははは、本当にいなり寿司が好きだなぁ」



 妻が幼い頃から仕えている侍女の得意料理がいなり寿司ということで、妻も息子もその彼女が作るいなり寿司が大好物だ。僕も食べたことはあるが、確かに優しい温かみのある味がした。

 そしてどうやらこのティダのいなり寿司も、息子の口にあったらしい。


 では妻の口にも合うだろうか?


 一瞬そんな考えが頭をよぎったが、しかし帝都までいなり寿司を持ち帰ることは無理だし、レシピを覚えて再現しようにも僕は料理が出来ない。


 仕方ない、別のものを土産にしよう。そう考えて、食べ終えると店を出る。

 すると息子が何か見つけたのか、また僕の腕を引っ張った。



「お父さま、隣のお店は何?」


「ん? ああ、これは……」



 見ればソーキそばの店の隣に、獅子人形の絵付けやホタル石のアクセサリー作りなど、観光客向けの工芸体験を行なえる店が建っていたようだ。


 アクセサリー……、ふむ。



「ちょっとやってみようか?」


「うん!」



 笑顔で頷いた息子に微笑んで、僕達は軽い足取りで店内に入った。



 ◇



「お父さま、色塗り出来た!」


「おー、すごいな! よく塗れてる! 父様ビックリしたぞ!」


「えへへ」



 お世辞じゃなく本当に出来がいい獅子人形を手に取って、僕はまじまじと見つめる。

 どうやら横にある見本そっくりに塗ったようだ。


 息子はかなり器用らしい。まだ4歳だというのに、末恐ろしいな……。



「お父さまのはボロボロー」


「あはは……、父様はちょっと不器用だから……」



 妻への土産をと思ってホタル石でネックレスを作ってみたのだが、息子にはダメ出しをされてしまった。

 確かに息子の言う通り、根付けが甘くボロボロである。



「母様こんなんじゃ喜ばないかなぁ?」


「お母さまにあげるの?」



 息子の質問に素直に頷く。

 すると息子は顔をパッと輝かせた。



「だったらお母さま、大喜びするよ。だってお母さま、お父さまのこと大好きだもん!」


「あはは……」



 嬉しいことを言ってくれるが、現実は少々違うことは分かっているので、息子の言葉に苦笑する。



「うん、ありがとうな。じゃあ勇気を出して、母様にプレゼントしようかな」



 そう言って、僕は少々(いびつ)なホタル石のネックレスを指で撫でた。



 ◇



「お城だー、お城があるー!」


「こらこら、引っ張るな」



 興奮気味にはしゃぐ息子に苦笑しながら、ティダに来たら是非見たかった観光名所へと向かう。



「わぁ、赤色の屋根! おっきーい!」



 目を引く赤い南国建築の城に大喜びの息子。

 その手前、顔には出さないが、内心僕も初めて見る実物を前に興奮していた。


〝冒険好きの殿下〟として名を馳せていた國光(くにみつ)が、ティダで一番オススメと言っていただけはある。重厚な中にも斬新さも感じる佇まいだ。


 しかし國光と言えば、あのジッとしてられない性格で政務は捗っているだろうか? 

 ……まぁ彼には優秀な宰相がついているから、これは余計な心配か。


 どちらかというと気にかかるのは、彼女(・・)とのこと(・・・・)だ。

 引き離す原因を作った僕が願うのもおこがましいが、二人には絶対に幸せになって貰いたいのだから。



「よし! 中も見学出来るみたいだし、行くか?」


「うん!」



 目をキラキラとさせて頷いた息子の手を引いて、意気揚々と足を踏み出す。……が、



 ――異変が起きたのはその時だった。



「……っ、ごほっ! ごほっ、ごほっ!」


「お父さまっ!?」



 計算よりも早く来た発作に心の中で舌打ちをして、とっさに休める場所を探して周囲に視線を走らせる。



「お父さま! お父さま!」


「大丈夫だよ。ビックリさせてごめんね」



 息子には手のひらについた吐血の後を見せないようにして、どうにか城の敷地内に設置された休憩用のイスに座って一息つく。

 今にも泣き出しそうな息子の頭を撫でてやって、自身の体に溜まった熱を吐き出すように息を吐いた。



「はぁ……」



 ――妖狐一族男子にのみ現れる奇病。この病とも、もう26年。随分と長い付き合いになった。


 あちこちの医師を尋ね、時を経る内に発作が起きる間隔や、症状を和らげる呼吸法など、日常生活を人並みに送る術は学んでいったものの、病の根本的な解決法は未だ見つかってはいない。


 発作の間隔は年々縮まり、症状は重くなっていく。もう僕に残された時間はそう多くはないだろう。



「……ぐす」



 息子が鼻をすすりながらぎゅっと僕に抱きつく。

 幼子特有の高い体温に包まれ、張り詰めていたものが緩んでいくのを感じながら、僕はそっと息子の小さな背中を撫でた。


 この子もいずれ近い内に病を発症し、僕と同じように症状に苦しむことになる。

 それが妖狐一族男子の運命(さだめ)とはいえ、どうか息子だけはこの理不尽な運命から逃れてほしいと願ってしまう。



「…………」



 不意に妻の顔が頭に浮かんだ。


 黙って屋敷を出てティダに来たことは、とっくにバレている頃だろう。

 怒るかな? いや、息子を連れ出した時点で怒るどころか血祭り確定か。


 容易に浮かぶ怒り顔に苦笑して、次に浮かんだ泣き顔に、僕の笑みが消える。



『……う、っ……ああっ……!!』



 息子が生まれた時、気丈な妻が初めて泣いた。

 僕が君の涙を拭ってあげられるのは、後何回だろうか――……。



「――――さま」


「…………」


「お父さまっ!!」


「!!」



 息子の声にハッと飛び起きれば、こちらを心配そうに見つめる息子の金色の瞳で視界がいっぱいになった。

 妻譲りのその美しい瞳には、赤い夕陽がキレイに映っている。



 ……ん? 夕陽?



「!?」



 慌てて空を見上げれば、あれ程ギラついていた太陽が沈みかけている。

 どうやらあのまま意識を失ってしまったらしい。この時間では、城の見学もとっくに終わっている頃だろう。



「あちゃー、ごめんな。せっかくお城の中に入れたのに……」


「いいよ、また一緒に来ればいいんだから」



 無邪気にそう笑う息子を見て、じくりと胸に痛みが走る。


 きっと〝また〟など永遠に来ない。


 今日でさえ監視の目を掻い潜り、やっとの思いでティダに来たのだ。

 僕の残された時間を考えれば、二度目はないだろう。



 分かっている。



「そうだな。また来よう」


「今度はお母さまも一緒にね!」


「ああ、母様も一緒に」



 分かっていて、嘘をついた。



 ◇



「わー! この砂、星の形してるー!」


「ははは、スゴいよな。まんま〝星の砂〟って呼ぶみたいだぞ」



 体調が戻った僕は、息子と手を繋いで散歩がてら海岸へと立ち寄った。エメラルドグリーンの海が赤く染まって、とても幻想的な光景である。

 砂浜にしゃがみこんで夢中で星の砂を拾う息子に、持参した小瓶へ入れるよう促した。



「これもお母さまのお土産?」


「うん。母様は屋敷から出られないからね」



 今日の旅行も出来るなら家族三人で来たかった。けれど妻の立場上それは難しい。ならばせめて気分だけでも味わってほしかった。


 本当は誰よりも外へ出たかったのは、他ならぬ妻なのだから……。



「お母さま喜ぶね!」


「んー……、そうだなあ……」



 残念ながら僕から渡したところで、中も見ずに突き返されるのがオチだ。

 かといって息子に渡させたところで、僕の入れ知恵だとすぐに気がつくだろう。

 

 それにこの土産は、今すぐ渡しては(・・・・・・・)意味がない(・・・・・)


 屋敷に置いておくのも不安だし、さてどうしたものか――。



「……そろそろ方舟(はこぶね)に乗らないと、帰る頃には日付けが変わっちゃうな」


「えー!? もう帰るのー!?」



 頬をぷくっと膨らます息子に苦笑して、そのまあるい頭を撫でる。



「ごめんな。けど早く帰らないと、暗部がここまで来るかも知れないし……」


「暗部って?」


「おっと、こっちの話」



 つい余計なことを言いそうになって口を(つぐ)む。



「むぅー!」



 それに息子が不満げにむくれた時だった――。



「うぉ!? おめぇさん達、えれぇキレイな顔してんなぁ! ここらじゃ見かけたことねぇし、観光客だべ?」


「……っ!?」



 背後から突然声を掛けられ、僕は一気に警戒し、すぐさま振り返る。

 すると側に立っていたのは、手に魚が入ったカゴと釣竿を持った麦わら帽子の男性だった。



「ふぅ……」



 風貌を見るに、恐らく地元の釣り人だろう。僕は警戒を解き、肩の力を抜いた。



「わー、お魚いっぱーい! これ〝アオダイ〟ってお魚でしょ? 図鑑で見た!」


「こら! 触っちゃダメだよ!」


「あはは、利発な子だべ。うちの娘と同い年くらいなのに、えれぇ違いだべなぁ! ボクは名前はなんて言うんだべ?」


「ぼく、神琴(みこと)九条(くじょう)神琴(みこと)っていうの!」


「ほぉーそかそか、神琴くんだべか」



 名字を名乗った息子に一瞬ヒャッとしたが、どうやら男性はこちらがあの九条家(・・・・・)とは気づいていないらしい。

 魚の入ったカゴを覗き込む息子に嫌な顔ひとつせず、目尻を下げて笑う男性にホッと息を吐く。



「息子がすいません。おっしゃる通り僕達は観光でティダに来ていて、そろそろ帝都に帰ろうとしていたところなんです」


「はぇー帝都だべか! オラ帝都には行ったことねぇけども、ギンギラな大都会だってことは知ってるべ! この子の名前もさすがハイカラだべー!」


「ははは。ハイカラかどうかは分かりませんが、〝神〟に〝琴〟で神琴。少々おこがましいかとは思いましたが、この子にはこの名前しかないと思いまして」



 琴は神へと通じる唯一の楽器。



『この子が病に負けることなく末永く生きてほしい』



 そんな僕達夫婦の願いが神まで届くよう付けた名だ。

 いつもは僕のやる事なす事否定的な妻が、唯一褒めてくれた自信作でもある。



「…………」


「あ、すみません! 初対面の方にペラペラと!」



 思わず語ってしまっていたことに気づいて、僕はサッと顔を青ざめる。

 普段なら絶対他人に自ら情報を晒す真似はしないのに、ウッカリしてしまった。


 ……まさかいつもと違う非日常に気が緩んだ? いいや違う、僕に限ってそれは無い。



 ――じゃあ、相手がこの人(・・・)だから……?



「いやいや、素敵な話を聞かせて貰ったべ。きっとこんなにも両親に思われて育つ神琴くんは、素敵な大人に成長するに違いないべ」


「――――――」



 思いついた。妻に土産を渡す方法。



「あのっ……!」


「?」



 僕は慌ててカバンから四角い缶を取り出して、土産を全て中に入れる。

 ……それともう一つ。懐から出した封筒も缶に入れ、そのまま男性に差し出して僕は頭を下げた。



「初対面の貴方にこんなことを頼むのは大変失礼だと承知していますが、どうかこの缶を神琴がまたティダを訪れる時まで預かっていてもらえませんか!?」


「へ……?」



 缶を目の前に突きつけられた上に、いきなり初対面の相手に頭を下げられて、当然だが麦わら帽子の男性は目を白黒させる。



「……この缶をオラが預かる? 神琴くんがティダにまた来るまで?」


「はい。何年後かに神琴がまた貴方(あなた)の前に現れた際には、この缶をこの子の母に渡すように伝えて渡してほしいんです」


「何年後か……? そりゃまた随分曖昧な話だべなぁ……」



 突然の申し出に案の定男性は困った表情を浮かべ、自分の名を出された神琴もキョトンとして首を傾げた。



「ぼくがまたティダに来るまで、お母さまにお土産渡さないの?」


「そうだ。神琴が大きくなった時ティダに行き、お前が母様にお土産を渡すんだ。……出来るな?」


「うん、出来る!」



 力強く頷いた神琴に僕が微笑むと、その様子を見ていた麦わら帽子の男性が感嘆の声を上げた。



「うーん。分かっただ! ここで出会ったのも何かの縁だし、神琴くんがまたティダに来るまではオラが責任持ってこの缶を預からせてもらうだべ!」


「ありがとうございます!」



 根負けしたように缶を受け取った男性に、僕はもう一度頭を下げる。


 人の良い彼を利用してしまい、チクリと罪悪感が胸を刺すが、しかし神琴は記憶力がいい。必ずやティダに行き、僕との約束を果たすに違いない。

 これできっと何年掛かってでも、土産は妻の元へと届くだろう。



 ――そしてそれが一族の闇(・・・・)に囚われた妻を救うのだと、そう信じてる。



 ◇



「太陽いなくなっちゃた」



 ポツンと言った神琴の言葉に顔を上げれば、辺りはすっかり暗くなっており、空には星がいくつも浮かんでいた。早く帰らなければマズい時間だ。



「すみません。それでは僕達は方舟(はこぶね)の時間が近いので、これで失礼させていただきます」


「そかそか。んじゃあ二人共、気をつけて帰んだべよ」



 大きく手を振る男性に頭を下げ、神琴を促して僕達は海岸を後にする。

 しかし少し歩いたところで、「あ!」と男性が声を上げた。



「どうしました?」


「そういえばお前さんの名はなんて言うんだべ?」


「え? ああ! そういえばお互い名乗ってもいませんでしたね。僕は――……」



 男性の言葉に苦笑して振り返り、告げる。



「――僕は紫蘭(しらん)九条(くじょう)紫蘭(しらん)と申します」




 第二章 南国の島ティダと雪求める人魚・了



キャラメモ10 【九条 紫蘭 くじょう しらん】

神琴の父で故人

皇帝・國光とは旧知の仲

神琴と同じ病を長年患っていた

息子にとある〝お土産〟を託す



第二章完結です!ここまでお読み頂き本当にありがとうございました!

中盤からペースを落としながらの更新でしたが、無事終えられてホッとしております。

感想、ブックマーク、評価も大変励みになりました。本当にありがとうございます!!


そして次回、第三章が最終章です!

自分なりに納得のいく形まで仕上げてから公開したいと考えておりますので、開始はお待たせしてしまいます。

三章が開始した際には、是非また読みに来て頂けましたら嬉しいです。

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