32話 雪女と妖狐とティダとの別れ
なんだかんだと目白押しだったティダへの帰郷も、いよいよ今日が最終日だ。
帝都までは方舟を使っても数時間は移動に費やす為、午前中にはティダを出ることになる。
「はー。夏休み中ずっといたのに、なんかあっという間な気がすんな」
「だね。ティダに来たのは初めてだったけど、快適過ぎてこのまま住みたいくらいだよ」
荷物をまとめて玄関先に出たみんなが、名残惜しそうに我が家を見上げる。
最初は〝壁が薄い〟だの〝ウサギ小屋〟だの、散々な言われようだったが、みんなすっかりティダでの暮らしに馴染んだようだ。
そんな様子を見て、お母さんが豪快に笑う。
「あはは! そんなに気に入ったなら、また冬休みにもおいで。アンタ達ならいつでも歓迎するわ! ……と、ちょうど来たみたいね」
「え」
お母さんが上空を見たのにつられて、私も顔を上げる。
するとゴウゴウという音と共に、方舟が徐々にこちらへと近づいて来るのが見えた。
「おーいっ! 嬢ちゃん達ぃーー!」
「あ、天狗のおじさん!」
ひょこっと方舟から顔を出して手を振るのは、行きでもお世話になったあの赤鼻の天狗のおじさんだった。おじさんは慣れた様子で方舟を着陸させ、ストンっと地上に降り立つ。
そして荷物を抱える私と九条くんの姿を見て、キョトンと首を傾げた。
「あり? せっかくティダまで駆け落ちしたってぇのに、嬢ちゃん達まで帝都に帰んのかい?」
「えっとそれ、おじさんの勘違いというか……」
「ん??」
そうだった。すっかり忘れてたけど、このおじさんには妙な誤解をされたままだったんだ。
しかも駆け落ちって、なんか前と話の設定が変わっているような……?
「――まふゆ、後は君の荷物だけだよ」
「えっ! あ、ごめん!」
私がおじさんと話している間に、他のみんなは荷物を方舟に積み込み終えていたようだ。
私は慌てて手を差し出してきた九条くんに、持っていたカバンを渡す。
「ありがとう。……それにしてもすごいね、このお土産の量」
「まぁ、それぞれの家族や友人の分があるからね」
私の言葉に九条くんが頷いて、方舟の荷台を見る。
荷台にはティダ土産定番のちんすこうを始め、泡盛にマンゴーにと様々なものが積み込まれていて、ちょっとしたお店が開けそうな量だ。
「……んっ!?」
と、そこで目を疑うようなものが荷台に積み込まれているのを発見して、思わず私は絶叫した。
「ちょっ、ちょっとぉ!! 魚なんて積み込んだのお母さんでしょ!? ビチビチしてるし、生きてんじゃん!!」
「は? 何当たり前のことで騒いでんの? 魚は鮮度が命なんだから、生きてて当然でしょーが」
「そういうこと言ってるんじゃないよ!! 方舟に乗せたら船内が生臭くなるって言ってんの!! みんなも魚と同乗なんてイヤだよね!?」
同意を求めて力強く振り返れば、何故かみんなは拍子抜けするほどケロリとした顔をしている。
え、何その反応?
「はあ? 別に魚くれぇ、オレは気にしないけどなぁ」
「うんボクも。元々水棲の生き物は好きだし」
「まぁまぁ雪守さん。せっかくの風花さんの好意を無碍にしてはいけませんよ」
「えへへ。みんなで食べたお魚すごく美味しかったし、帝都でも食べられて嬉しいな」
「ぐっ、う……!?」
毒されてる!! みんなお母さんに毒されてる……!!
みんなはよくても私はイヤだ! 魚なんて今すぐ方舟から出してしまいたい!
でも、そしたら朱音ちゃんの笑顔が曇って……ああああ!!
「ん? これで荷物はもう全部なんかい? んじゃあそろそろ出発の時間だから、別れの挨拶をするなら早く済ませちまいな」
「!」
魚を置いていくか否かで葛藤していた私だが、天狗のおじさんの言葉にハッとお母さんを見た。
タンクトップに短パンを履いて、紫色の髪を高くひとつに結んだその姿。
帰省してからは毎日飽きるほど見ていたのに、いざ離れるとなると途方もなく寂しく感じるのは、何故だろう?
私はお母さんの姿をしっかりと目に焼き付けてから、口を開いた。
「じゃあお母さん、またしばらく留守にするけど元気でね。部屋はちゃんと掃除するんだよ」
「う゛。まぁ、努力はするわ。まふゆこそ体には気をつけて頑張んなさい。それに今年の体育祭にはわたしも応援に行くから、また秋には会えるわよ」
「へっ!?」
意外な言葉に目を見開く。
確かに体育祭に応援に来る父兄は多いが、我が家は遠方ということもあり、去年はお母さんは来ていない。
なのに今年は来るなんて、一体どういう風の吹き回しなんだろう?
そんな疑問が顔に出ていたのか、お母さんが苦笑した。
「これでも親だしね。アンタがどんな風に学校生活を過ごしているのか気になるのよ」
「んー、そっか……」
そう言われてしまえば、それ以上何も言えない。釈然とはしないが、私は頷くに留めた。
「……さて。名残惜しいけど、これ以上引き止めたら帝都に着くのが遅くなっちゃうわね。みんな、これからもまふゆのことをよろしくね。今度は体育祭で会えるのを楽しみにしてるわ!」
「はい! 一か月間本当にお世話になりました」
「体育祭で会えるの楽しみにしてます!」
それぞれお母さんに挨拶して、方舟に乗り込んでいく。
「まふゆ」
「うん」
最後に私が乗り込む番が来て、方舟に足をかける。
――その時だった。
「ちょっと待ったーーっ!!」
「!?」
唐突に引き留める声が鋭く響き、私は動きを止める。
見ればこちらに向かって人影が二つ、ドタバタと走って来るところであった。
「なんだぁ?」
「まふゆちゃん、あれって……!」
「え、カイリちゃん!?」
「それに魚住さんもいる!」
人影の正体がカイリちゃんと魚住さんなんだと気づいて、みんなが方舟から降りて来る。
あんなに慌てて、もしかして見送りに来てくれたのだろうか?
「はぁ、はぁ……。よかった、間に合った……」
「どうしたのカイリちゃん? 昨日、見送りには来ないって言ってたのに」
「そのつもりだったけど、事情が変わったんだよ……」
「?」
事情とはなんだろう?
不思議に思って首を傾げると、カイリちゃんが横で荒げた息を整えている魚住さんを呼んだ。
「ほら、父さん。銀髪に用があるんだろ?」
「え? 魚住さんが、俺に?」
カイリちゃんの言葉に九条くんだけでなく、私達も目を瞬かせる。
「ああ、そうだべ。はー……、なんとか思い出せてよかったべぇ……」
そう言いながら息を整えた魚住さんが、懐から何かをゴソゴソと取り出して、九条くんへと差し出した。
「これをおまいさんがいつかティダに来た時に渡してほしいと、10年以上前にある旅行者に託されたんだべ」
差し出されたのは、両手に収まる程度の大きさの古びた四角い缶箱。受け取った九条くんは不思議そうにそれを見つめた。
「旅行者、ですか?」
「んだ。なんでも開けずに、おまいさんの母に渡してほしいと言ってたなぁ」
「え……?」
その言葉に九条くんが、そして側で聞いていた私も固まる。
だって九条くんの母って……。
『妾は神琴の親ぞ? 親が子をどうしようが、妾の自由であろう』
頭に浮かぶのはあのトンデモ当主しかいない。
あ、でも確か九条くんは養子なんだっけ……? じゃあ〝母〟っていうのは、あの当主じゃないってこと?
私が頭の中でこんがらがっていると、カイリちゃんが「なぁ」と魚住さんを見た。
「そもそも父さんは、どういう経緯でその缶を預かることになったんだ? 旅行者ってのは何者だ?」
「それがたまたま釣りの帰りに海辺を歩いてる父子の旅行者を見かけてな。思えば『九条神琴』、あの時そう名乗った男の子がおまいさんだったんだべなぁ……」
「それは……、俺が昔ティダに来たことがあるということでしょうか……?」
しみじみと頷く魚住さんとは対照的に、缶を持ったまま九条くんが困惑したように呟く。
「まだ小さかったから覚えてないのは無理もないべ。オラもおまいさんを見るまで、コロッと約束のことを忘れてたべな」
「…………」
缶を見つめたまま九条くんが黙り込んだ。
その表情は本当に覚えがなく、腑に落ちないと言っている。
けれど九条くんはソーキそばの店にお城に海。事あるごとに既視感を訴えていた。
ならばやっぱり以前、九条くんはティダに……。
「俺と一緒にいた……その、父は……どんな人だったんですか?」
「んー、銀髪で瞳は紫色だったな。顔もちょうど今のおまいさんとそっくりな男前で、だからおまいさんを初めて見た時、どっかで見たことがあるなぁ~と思ってたんだべ」
「……っ」
「くじょ……」
その言葉に缶を持つ九条くんの手が震え出す。それに思わず声を掛けようと私は身を乗り出したが、ぐいっと誰かに後ろから肩を掴まれ阻まれる。
振り向けばお母さんが真剣な顔で私を見ていて、ゆるりと首を横に振った。
「……父は貴方に名乗っていましたか?」
「名前か? えっとなー……」
少し沈黙した後、魚住さんは「あ!」と声を上げ、答えた。
「――――紫蘭」
「!」
ティダに来て以来、幾度となく聞いた名をまたここでも耳にし、私は驚きに目を見開く。
「そうだ、九条紫蘭。彼はそう名乗ったべ」
次回が第二章ラストです。




