31話 雪女と妖狐と花火大会の夜
ある日の夕方。
「あ……あ……」
私は目の前の光景に感極まり、そしてそのまま昇天しかけていた。
――何故ならば。
「どうかな、まふゆちゃん。似合う?」
天使様が……、私の部屋に天使様がいる……!!
白地に赤い金魚柄の浴衣を着た朱音ちゃんが、私を見て可愛らしく小首を傾げる。
髪をアップにしているからか、その表情はどことなく大人びて見えた。
「〜〜〜〜っ!!」
そのいつもとはまた違う表情にずきゅんとハートを撃ち抜かれた私は、思いのままに叫ぶ。
「めっっちゃくちゃ可愛いよ、朱音ちゃんっ!!! さすがお母さん!! 朱音ちゃんにピッタリのナイスチョイス!!」
「ふふ。でしょう?」
朱音ちゃんの着付けを終え、自身も素早く浴衣に着替えたお母さんが、興奮冷めやらない私を見てニヤリと笑う。
「そんなに喜んでくれるなら、わたしも準備した甲斐があったわ」
「はいっ! ありがとうございます、風花さん! いきなり押し掛けて泊めてもらった上に、まふゆちゃんだけでなくわたし達にまで浴衣を用意してくださって……」
「まふゆの友達が遠路はるばる遊びに来てくれたんだもの、礼には及ばないわよ。それにわたしも久々に家の中が賑やかになって楽しかったしね」
申し訳なさそうな顔をした朱音ちゃんの憂いを吹き飛ばすように、お母さんがケラケラと豪快に笑う。
――コンコン。
と、そのタイミングで扉をノックする音が響き、それに私は「あ」と呟いた。
「あっちの着付けも終わったのかな?」
「だろうね。――いいよ、入っといで」
お母さんがそう扉に向かって言えば、ガチャリと扉が開く。
すると現れた人物達を見て、朱音ちゃんとお母さんが歓声を上げた。
「わぁ! お二人とも浴衣姿カッコいーー!」
「へぇ、なかなか様になってるじゃないか。さすがわたしの見立て」
「へへん、当然だろ! なんたってオレは日ノ本帝国の貴族男子だからな! 和装を着こなすぐらい訳ないっての!」
「とか言って雷護、着付けが分からなくてほとんど九条様にやってもらった癖に」
「なっ……!?」
部屋に入って来たのは、お察しの通りの夜鳥くんと雨美くんだった。
だがしかし、その身にまとう衣装がいつもとは違う。それぞれにお母さんが用意した浴衣を着ているのである。
「んだよ! 水輝なんか浴衣の丈が長いとか言って、裾上げしてたじゃねーか!」
「あ゛? それ今ここで言う必要あんのか?」
その凛とした着こなしは、確かにさすが貴族である。しかし入って来るなり、いきなりケンカは止めてほしい。
そんな私の思いが通じたのか、二人の後ろからお馴染みのゆる〜い声が上がった。
「まあまあ二人とも。ケンカはそこまでにして、前を見てくださいよ。やっぱり女性陣の浴衣姿は華やかでいいですねー」
こちらもまた浴衣姿の木綿先生がそう言いながら、睨み合う夜鳥くんと雨美くんをベリッと引き剥がす。
ん? ……というか、あれ?
「三人だけ? 九条くんは?」
「あー……」
私がそう問いかければ、夜鳥くんがバツの悪そうな顔をする。
その表情を横目で見た雨美くんが、夜鳥くんの代わりに私の質問に答えてくれた。
「ついさっきまで雷護の着付けをやってたから、まだ着替えてるとこなんだよ」
「僕達は先に雪守さん達のところへ行くよう言われましたが、きっともうそろそろ……あ」
「どうしたんだい、入り口に溜まって。まふゆ達はもう着替えて……」
「あ」
噂をすればなんとやら。
廊下がギシリと軋む音がしたかと思うと、九条くんが木綿先生達の後ろからスッとこちらに顔を出した。
その表情はいつもと変わらず涼しげで、けれど常とは違う姿に私の心臓がドキリと音を立てた。
九条くんが着ているのは、紺地にかすれ縞の入ったシンプルな浴衣だった。
だがそのシンプルさ故か、生来のスタイルの良さが引き立ってとてもカッコいい。
更にカッコよさに加えて色っぽさも増しているような気がして、ついポーッと見惚れてしまう。
するとそんな私の前へと九条くんが歩み寄って、私の姿をじっと眺めて言った。
「白地に青牡丹。さすが風花さんの見立てだ。まふゆにすごく似合ってる。それにまとめ髪のせいか、いつもより大人っぽく見えるな。綺麗だ」
「あ、ありがとう。……九条くんも、その……カッコいいよ」
直球で褒められて、上手く九条くんの顔が見れない。
しかしそれでもお礼を言おうと、ごにょごにょと私が呟く。
――その時だった。
突然あちこちから既視感のある生温かい視線を感じ、背中をゾゾゾッ! と悪寒が襲う。
「――――――っ!?」
それにハッと周囲を見渡せば、みんながニヤニヤといやらしい笑みを浮かべてこちらを見ており、私の体温が羞恥で急上昇するのを感じた。
「ちょっ……!! 何みんなして同じ顔して、こっち見てんの!? ほら!! 早く行かないと、花火始まっちゃうからっ!!」
「おー怖。そっちがいきなり二人の世界に入ったんじゃんかねぇ。ま、いいわ。まふゆの言う通り、馬に蹴られない内に早く花火を見に行きましょっか」
「もう!! お母さんっ!!」
戯けたように言うお母さんに私が真っ赤になって叫べば、みんなが楽しそうに笑い出す。
――そうなのだ。
台風によって延期になって、早一週間。
ついに今夜、待ちに待った花火大会が開催されるのである!
◇
花火会場である海岸には、もう既に花火を待ちわびる人々でいっぱいだった。
どうやら打ち上げまではまだ時間があるらしく、花火が始まるまでの間、私達は屋台巡りをすることにした。
お面屋さんに、わたあめ屋さん。
様々な屋台を巡り、その中でも特に朱音ちゃんが興味津々だった射的を、私は実演してみせることになったのだが……。
「うげっ! また外した!」
コンッと小気味よい音と共に、銃から撃ち出されたコルクが景品を外して明後日の方向へと飛んで行く。
それを銃を片手に眺めていた雨美くんが、やれやれと首を横に振って笑った。
「わぁー、雷護はノーコンだねぇー」
「んだと!? そう言う水輝だってさっき全部外してたじゃねーか、下手くそ!」
「なにをー!?」
そのままギャアギャアとまたも小競り合い始める夜鳥くんと雨美くん。
私はそのすぐ横で精神統一をし、目当ての獲物を定めて銃の引き金を真っ直ぐに引いた。
――コンッ!
「おおっ!! お見事ーーっ!! お嬢ちゃん特賞獲得ーーッ!!」
コロンと景品が倒れた瞬間、射的屋の厳ついおじさんが、持っていた小さな鐘を鳴らして高らかにそう叫んだ。
「やった!」
「きゃああ!! まふゆちゃん、すごーいっ!!」
ふぅと息をついて構えていたコルク銃を下ろすと、朱音ちゃんがバラ色に頬を染めてバンザイする。
そのあまりの愛らしさにニヨニヨしていると、おじさんに何かの紙を渡された。
「特賞はマッサージ機だよ! 自宅へ方舟で配達するから、住所をここに書いておくれ」
「あーはいはい」
おじさんに示された書類にサラサラとペンを走らせながら、未だこちらに尊敬の眼差しを向けてくる朱音ちゃんにドヤ顔をする。
朱音ちゃんの前でカッコいいとこを見せることが出来て大満足だ。マッサージ機はお母さんにあげようかな。
そうワクワクと思案していると、不意に横から強い視線を感じた。
「……何?」
見れば夜鳥くんと雨美くんが、こちらを微妙な表情をして見ていた。
そういえばこの二人も一緒に射的をしていたのだったか。
「別に」
「なんでもない」
「?」
しかし取り付く島もなく即答され、更に盛大に溜息をつかれた。
なんだよ、感じ悪いな。
「まふゆ」
「あ、九条くん」
二人の様子に私が怪訝な顔をしていると、後ろから肩をトントンと叩かれる。
それに振り返れば、九条くんは私の肩を叩きながらも、視線はある一点に釘付けになっていた。
「? どうしたの?」
「あれはどういう屋台なんだい?」
「あれ?」
視線の先を辿れば、大きな水槽に張られた水の中で、スイスイとたくさんの金魚が気持ち良さそうに泳いでいる。
ああ、あれは……。
「金魚すくいだね。水槽の中の金魚をすくう遊びだよ」
「き、金魚すくい? ええっ!! 金魚をすくうの!?」
「へぇ、やってみたいな」
私の言葉に九条くんのみならず、朱音ちゃんまでもが食いついて目をキラキラさせるので、思わず苦笑してしまう。
どうやらこの二人は子どもの頃に体験するような遊びをしたことが殆ど無いようで、こういったお祭りに来るのも初めてなんだそうだ。
彼らの生い立ちを考えれば無理もないが、なんだかとても切ない。
ならば今日はたくさん満喫してもらおうと、私は浴衣の袖を捲って、早速金魚すくい屋に直行した。
「すいません、3人分お願いします」
「はいよ」
私は屋台の店主にお金を払い、紙で出来たポイと器を受け取る。
九条くんと朱音ちゃんにもそれぞれ手渡した。
「じゃあ私が実演するから、しっかり見ててね。ほら、こうやってポイが破けないように注意しながら金魚をすくって、そのまま素早く器に入れるの」
言いながら金魚を一匹器に入れると、二人がワッと歓声を上げる。
「すごいっ! あっという間に金魚をすくった!」
「まふゆは本当になんでも出来るんだね」
「あはは……ありがとう」
射的に引き続き、こんなことで尊敬の眼差しを向けられるのは微妙な気もするが、でも悪い気はしない。
二人の楽しそうな笑顔を見て、私もクスクスと笑った。
◇
屋台も一通り巡ってお腹も空いてきた頃、飲食出来るよう設置された休憩所に集まった私達は、屋台で買ってきたものをそれぞれ持ち寄り頬張った。
「ん~、サーターアンダギー美味しー」
「こっちは紅いも味だって」
「そんなモサモサしたの食べてたら喉乾くでしょ。ほら、こいつはわたしからの奢りよ」
するとお母さんが全員にビン入りの飲み物を配り、私と木綿先生以外がキョトンと目を瞬かせた。
「なんだこれ、炭酸? どうやって飲むんだ?」
「フタの下にビー玉があるね」
どうやら九条くん朱音ちゃんの妖狐コンビは元より、夜鳥くんと雨美くんもラムネは知らないようだ。
まぁどちらかというと庶民的な飲み物だし、みんなが知らないのも無理もないか。
「これはラムネって飲み物なんですよ。見ててください」
そう言って木綿先生がビンのフタを押し込めば、プシュという音と共にビー玉がビンの底に落ちて、シュワーと炭酸の良い音が響く。
「へぇー! ビー玉で飲み口が塞がれてたのか」
「どうやって押すの? こう?」
そうしてワイワイとラムネを開けるのにみんなが奮闘していた時だった。
下駄のカランコロンという音が近づいて来て、私達の前で止まる。
「アンタらは相変わらず騒がしいな。この人混みでも声が響いてたんだけど」
「え、カイリちゃん!?」
聞き覚えのある声に顔を上げれば、カイリちゃんが呆れたような顔でこちらを見ていた。
しかもその姿は……!
「わぁ! 水色に黄色いお花柄の浴衣だ! カイリちゃん、可愛い!」
「本当! その浴衣すごく似合ってる!」
私と朱音ちゃんが口々にそう誉めそやせば、カイリちゃんがプイとそっぽを向く。
「ホントうるさい。…………けど、ありがと」
小さく呟く頬はやっぱり赤らんでいて、相変わらずツンデレなその様子に私達はこっそり笑う。
「カイリちゃんも花火を見に来たの? あ、魚住さんも一緒?」
「いや、父さんは一緒じゃない。……これ、アンタ達に渡そうと思って」
そう言ってカイリちゃんが差し出してきたのは、一枚のチケット。
「ん? 花火大会特別観覧席……? え、これって!?」
みんなが一斉にカイリちゃんを見れば、彼女はバツの悪そうな顔をして言う。
「それ、前の早食い大会の景品。アンタらには散々迷惑かけたし、使って貰いたくて」
「ダ、ダメだよ!! これはカイリちゃんが貰ったものなんだから、カイリちゃんが使わなきゃ!」
「いや、あたしは毎年見てるからアンタ達に……」
「でも!」
更に私が言い募ろうとするが、にゅっと目の前に出てきた手のひらによって言葉を制されてしまう。
「はいはい、二人とも一度深呼吸しな。そんで落ち着いてからこのチケットをよーく見てご覧」
「何? よーく?」
お母さんに言われて、チケットをじっと見つめて……。
「あ」
そして気づいた。
〝この一枚で8人入れます〟
チケットには確かにそう書かれている。
「8人」
私に九条くんに朱音ちゃんに……。
指折り数えれば、お母さんはにっこりと笑った。
「ね、分かったでしょ? ちょうどここに居るのも8人なんだし、みんなで花火を見ればいいじゃない」
「え。いや風花さん、あたしは……」
ブンブンと首を横に振って後ずさるカイリちゃんの手を、私はぎゅっと掴んだ。
「一緒に見ようよ、カイリちゃん! せっかく友達になったんだからさ!」
「友達……」
「ねっ!」
「……」
呟いて真っ赤になったカイリちゃんはややあってコクンと頷いた。
それに私達は笑って、早速食事もそこそこに特別席へと向かう。
「おおーーっ!!」
到着した特別席はさすが特別というだけあって、一般の観覧場所よりも前方に張り出すようにして座り心地の良さそうなふかふかのイスが階段状に並べてられていた。
「すごっ! これならバッチリ花火が見られるね! ありがとう魚住さん!」
「あ、ああ。蛟が喜んでくれてよかった」
「……そこは雨美か水輝って呼んでほしいけど」
にこにこと笑って声を掛ける雨美くんに、カイリちゃんがホッとしたように頷く。
するとその横でどっかりとイスに座った夜鳥くんがカラリと笑った。
「いやぁー、けど場所取りしなくて済んでマジ助かったわ。サンキューなギャル人魚!」
「ギャル人魚言うな!」
「んだよ、そっちだって蛟とか言ってたじゃねーか!」
「まぁまぁ……」
――ヒュー、ドーーンッ!!
「!!」
カイリちゃん達がわちゃわちゃと言い合っている間に、いよいよ花火大会の開始時刻になったらしい。
ドーンッ! という大きな音と共に、鮮やかな花火がいくつも夜空に打ち上がった。
「わぁ……!」
「キレー!」
みんなが言葉を忘れて花火に見惚れる。
こうしていると、ティダに来てから起こった色んな出来事が走馬灯のように頭を駆け巡っていく。
最初はみんなが押し掛けてきてどうなることかと思ったけど、カイリちゃんとも仲良くなれたし、結果的には最高の夏休みになった。
九条くんの病気。それにお母さんの秘密。
まだまだ解決していないことは多いけど、それでもなんとかなるって思うのは楽観的過ぎるかな?
……でも、みんなで力を合わせればきっと何があっても大丈夫って、今はそう思えるんだ。
「ありがとう、まふゆ」
「――え?」
唐突に聞こえた言葉に思わず隣を見やれば、九条くんが驚いたように私を見た。
どうやら花火の音で聞こえないと思って、無意識に声に出たらしい。九条くんは言い淀みながらも、お礼の真意を教えてくれた。
「ティダに来て、俺は初めて外の世界を見れた気がするんだ。だからこの旅行を一生の思い出にしようって思ったら、無意識に声が……」
「……」
そう言う九条くんの声はとても穏やかだ。
しかしなんだかその言葉に言い知れぬ引っ掛かりを感じて、私はそっと手を伸ばす。
――そっと、九条くんの頬へ。
「い゛っ!?」
「何!? 一生って!! まさかティダに一回来たくらいで、全部を知った気でいる訳!?」
「いや、そういう意味じゃ……」
睨みながら九条くんの頬っぺたをぐいぐいと引っ張れば、痛みからか苦しそうな声が上がる。
「一生なんかじゃないよ! 思い出っていうのは、積み重ねるほど楽しいことが増えていくの! 来年はもっと楽しくなる! だから一生とか、言わないでよ……」
「まふゆ……」
「……」
頬っぺたを引っ張っていた手はいつの間にか九条くんに取られ、彼の大きな手に包まれていた。
雪女には熱すぎるくらい温かい手。
その温もりに、私の涙腺はまたじんわりと緩んでいく。
「そうだね。ごめん、一生なんてもう言わない。これからも楽しいことはたくさんあるんだもんね」
「そうだよ。夏休みが終わっても、3年生になっても。卒業したって――」
「うん」
頷く九条くんの表情は暗くてよく見えず、それが余計に私の中の不安を駆り立てる。
――でも、それでも何があっても絶対に離さない。
そんな思いを込めて、私は九条くんの手をぎゅっと握り返した。




