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雪女ですがクラスのイケメン妖狐の癒し係になりました  作者: 小花はな
第二章 南国の島ティダと雪求める人魚

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30話 雪女と人魚とティダに降る雪



「まふゆ、暗いから足元に気をつけて」


「う、うん。ありがとう」



 以前は拒否したその手を取って、ザンの森へと続くボロボロの桟橋(さんばし)に私はゆっくりと足を乗せた。

 周囲が寝静まった深夜、ギシギシと桟橋の軋む音だけが響き渡る。


 どうして私と九条くんがまたこの橋を渡っているかというと、ザンの森の最奥で見つけたあの入り江へと向かう為だ。



 すべてはあの水色の半妖の人魚に会う為に――。



 ◇



 海神(うみがみ)様が去った後、カイリちゃんを含めた全員で我が家に帰った私達をお母さんが笑顔で出迎えてくれた。

 ふかふかのタオルに、沸かしたてのお風呂に、全員分のレモネード。いつになく甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるお母さん。


 その姿にすっかり油断していたが、私とカイリちゃんの無謀な行動は、しっかりお母さんの耳に入っていたのだ。



『まふゆ、カイリ。アンタ達には特別な話があるから。……何を言われるか、分かってるわよね?』



 そのまま別室へと連れて行かれた私達を待っていたのは、案の定お説教。

 終わった頃にはもうお昼になっており、ザンの森へ帰ると言うカイリちゃん親子を見送った後は、みんな家の中で何をするでもなくずっとゴロゴロして過ごした。



 ――それが就寝前までの話。



「すぴー……すぴー……」


「…………」



 そしてその日の深夜。


 横で寝ている朱音ちゃんが完全に寝入っているのを確認してから、私はそっと部屋を抜け出した。

 そのまま足音を立てないように気をつけ玄関を出て、静かに扉を閉める。



「――ふぅ」


「誰にも気づかれなかった?」


「!?」



 前方から予期しない人物に声をかけられて、ビクリと私の肩が跳ねる。


 もしかしなくても、この声は……。


 背中を冷や汗が流れるのを感じながら、そろそろと視線を上げる。

 するとやはりというか、渋面を作った九条くんが腕を組んで立っていた。



「く、九条く……」



 なんでここに? という私の言葉より先に、九条くんが口を開く。



「〝なんでここに?〟って顔してるね。君、みんなが寝静まるのを待つかのようにずっと不自然にソワソワしてただろ? そんなの見てたら、そりゃあ何かあると思うよ。まふゆの行動は分かりやすいんだから」


「う……」



 度々指摘されてはいるが、まさかそこまで一部始終筒抜けなものなんだろうか?

 でも確かにソワソワしてた自覚はあるので、呆れたような視線にグウの音も出ない。



「――ほら」


「え……?」



 と、そこで押し黙った私を見つめていた九条くんが、おもむろに目の前に手を差し出してくる。



彼女(・・)のところに行くんだろ? だったらザンの森を通り抜けなきゃならないけど、こんな深夜にまふゆは一人で行けるのかい?」


「! そりゃもちろん、行け……」



 ……る。とは即答出来なかった。


 なにせあのザンの森なのだ。前に訪れた際に味わった不気味さだけでもうお腹いっぱいである。

 正直言って九条くんが一緒に来てくれるのなら、これほど心強いことはない。


 でもそうなると、またもや九条くんと二人きりになってしまう訳で――、……っ!?



「ほら、行くなら早く行こう」


「え、あ」



 まごまごとなかなか手を出さない私に焦れたのか、九条くんが強引に私の手を取って歩き出す。

 その勢いに顔が赤くなったり青くなったりしながらも、結局振り解くことも出来ず、私は九条くんに手を引かれるがまま着いて行くしかなかった。



「…………」



 動きに合わせて揺れる九条くんの銀色の髪を見ながら、私は考える。

 さっき九条くんは、私の行動は分かりやすいと言った。ならば今から私がすること(・・・・・・)も、きっとお見通しなんだろう。



「……ごめん」



 ポツリと呟けば、九条くんの足がピタリと止まり、ゆっくりとこちらを振り返った。



「――いいよ、それがまふゆなんだから」



 振り返った九条くんが、そう言って困ったように微笑む。

 そして大丈夫と言うように、ぎゅっと繋いだ手に力が込められた。



「うん、ありがとう」

 


 小さく呟いた言葉は、しかしちゃんと九条くんに届いていたみたいで、答える代わりにまたぎゅっと手に力が込められた――。



 ◇



 空いっぱいに広がる満天の星々を海面に映す海は、朝とは打って変わってとても穏やかだ。

 その真ん中に架かる粗末な桟橋を、ギシギシと音を立てながら私と九条くんは歩いて行く。


 そして橋をすべて渡り切った瞬間、突如広がった光景に私達はポカンと目を瞬かせた。



「森が……消えている」


「ウソ……、橋を渡り切るまでは確かにあった筈なのに……」



 そうなのである。


 以前肝試しをした際に散々私達を苦しめた、あの鬱蒼(うっそう)と生い茂っていた木々が、ソックリそのまま忽然と消えていたのである。


 存在するのは広大な野っ原と、遠くまで続く一本道だけ。まるで狐につままれたような気分だが、肝心の狐は私の隣で同じようにポカンとしている。



『しかし、アンタらもわざわざこんな場所で肝試しなんて変わってるな。道は一本道で単調な上に、ずーっと入り江まで野っ原が広がってるだけで、全く肝試しにならないだろーに』



 野っ原に一本道。

 その光景はまさに、以前カイリちゃんの言っていた言葉と重なる。



「どうして急に森が消えたんだろう? というか消えてないの? 遠くからは森があるように見えたよね??」


「うーん、……これはあくまでも俺の仮説だけど」



 首を傾げた私に九条くんがそう前置きして、話し出す。



「このザンの森一帯には、海神の妖術が掛けられているのかも知れない」


「え、森に? それは一体何の為?」


「多分この森に住まう、彼の家族(・・・・)を守る為……じゃないかな」


「家族って……カイリちゃん達のこと?」



 海神様が去り際に、カイリちゃんのことを〝孫〟と言ったことは記憶に新しい。



「恐らく海神は、妖術を使うことによってこの地を森に見立て、魚住さんと彼女の母の正体が周囲に広まらないようにしていたんだと思う」



 人魚が陸に上がるのはとても珍しい。親子の秘密が周囲に広まれば、彼らの穏やかな暮らしは脅かされてしまう。

 だからザンの森を不気味に見せかけ、人が近寄らないようにした。


 そして万が一森の中へ入ったとしても、決して彼らの住まう入り江には辿り着けないようにした――。



「……ちょっと待って! それならひとつ、不思議なことがあるよ。あの時なんで私達は、入り江に行けた訳?」



 そう、あの肝試しの夜、聞こえた歌声に導かれるようにして、私達は決して行けない筈の入り江に辿り着いた。

 その歌声の主こそがカイリちゃんだった訳だけど、九条くんの仮説が正しいとしたら、そもそも彼女の声が聞こえてきたこと自体がおかしい。



 そんな私の言葉に、固かった九条くんの表情がふわりと緩み、こちらを見て微笑んだ。



「それはまふゆ、きっと君だったからだよ」


「へ、私……?」



 予想もしていなかったことを言われ、私はキョトンとする。



「森への侵入者を阻むか受け入れるかは、たぶん魚住さんの〝心〟が鍵になっているんだ。肝試しの時はコンテストを終えた後だったから、まふゆに対して彼女は少し心を開いていたんだろう」


「だから少しだけ、入り江への道が繋がった?」


「恐らくね」


「…………」



 カイリちゃんの心が鍵となって、入り江への道が拓かれる。

 もしそれが正しいのだとしたら、今目の前に広がっている光景が指し示す意味は――……。



「――行こう、九条くん」



 私は横に立つ九条くんを見上げて笑う。



「カイリちゃんが待ってる」



 ◇



 一本道を抜けた先にある入り江は、今朝方の荒々しい様子とは打って変わって、ザーンザーンと静かに波打つ音が響いて穏やかだ。


 そんな入り江の端、海にポツンと浮かぶ岩場の上に以前と同様、私達に背中を向けてひっそりと腰掛ける人影があった。



「――なんだよ、またアンタら二人して来たのか。ホント仲良いな」



 私達の足音に反応して、カイリちゃんが振り返る。どうやら今は人魚の姿ではないようだ。

 残念、あの綺麗な水色のヒレをまた見たかったのに……って! 何か今、聞き捨てならないことを言われたようなっ!?



「違っ! これは成り行きっていうか! 別に示し合わせて来た訳じゃ……!!」


「へぇー? 手まで繋いでんのに?」


「…………!!」



 カイリちゃんに指摘されて、私は今の今まで九条くんと手を繋ぎっ放しだったことに気がついた。


 あれぇ! まさか家を出た時からずっと繋ぎっ放しだった!? ウソでしょ!? めちゃくちゃ違和感なくて、繋いでたことすら忘れてたんだけどっ!?


 あわあわと真っ赤になって慌てて手を離せば、思いの外あっさりと九条くんも手を離してくれて、ホッとしたような残念なような微妙な気持ちになる。


 ――って、今はそれどころじゃないし!!



「で、何? マジで深夜のデートに来たとか?」


「ち、違うよ! 迷惑かなって思ったけど、カイリちゃんの様子が気になっちゃって……」


「はぁ? あたしが寝てたらどうした訳?」


「それならそれで安心っていうか、でもなんだかカイリちゃんはまだ起きてる予感がしたから……」



 おずおずと私がそう言えば、カイリちゃんが呆れたような顔をして溜息をついた。



「ふぅ……、アンタってホントお節介だよね」



 そうやって憎まれ口を叩きながらも、その頬は赤い。分かりやすい態度に思わず笑みが(こぼ)れる。



「何だよ、笑って」


「ふふ、ごめんね。カイリちゃん可愛いなと思って」


「はぁ!? なんだよそれ……」



 クスクスと笑えば、ますますカイリちゃんの頬が赤く染まる。

 そうしてその場に穏やかな空気が流れ始めた頃、私はカイリちゃんに気になっていたことを聞いた。



「……お父さんの釣り船はどうするの?」


「ひとまずは父さんの知り合いから、使ってない船を譲ってもらえることになった」


「そっか! よかったね!」


「ああ、よかった……」



 パッと顔を明るくした私とは裏腹に、カイリちゃんの表情は複雑そうだ。

 それに首を傾げると、彼女がポツリと呟く。



「……あたし、夢が出来たんだ」


「夢?」


「絶対に父さんに新しい釣り船をプレゼントするって夢。その為にいっぱい勉強して、たくさん金を稼いでやるんだ!」


「カイリちゃん……」



 力強く言い切るカイリちゃんの大きな水色の瞳は、希望に満ち満ちていてとても眩しい。



「……そっか。いい夢だね」



 だからこそ、私の中で躊躇(ためら)いが起きる。


 前に進もうとしているカイリちゃんにとって、私が今しようとしていることはやはり彼女の言う通り、〝お節介〟なのかも知れない……と。



「――まふゆ」



 しかしそんな考えを打ち消すように、九条くんが私を呼んだ。

 視線を合わせれば、しっかりと大丈夫と頷いてくれる。



「あ……」



 そうだね。その為にここまで来たんだから、何もせずに帰る訳にはいかない。

 私は九条くんに頷き返して、少し緊張しながらもカイリちゃんを見た。



「あのね、カイリちゃん。上手く出来るか分からないけど、空をよーく見ててね」


「え……?」



 私の言葉に目を瞬かせるカイリちゃんを視界に収めた後、私はそっと目を閉じて両手にありったけの氷の妖力を込めた。



『両手にありったけの妖力を込めて、息を吹きかけるの。そうすれば降るはずよ、ティダにもきっと――』



 あの我が家に皇帝陛下が現れた日。

 お母さんに教えられた言葉を思い出しながら、私は両手を広げてそっと息を吹きかける。


 するとふわふわと氷の妖力が辺りを拡散し、次第にちらちらと空から花片(・・)が舞い落ちた。



 ――冷たくて白い花片が。



「は……? まさか、これ……」



 カイリちゃんが手をかざし呆然と呟いた。その手にはふわりと花片が乗っては消えていく。



「ははっ、すごいな。気温はこんなにも高いのに、本当に雪が降ってる」


「雪……。これが、雪……」



 そう呟くカイリちゃんの頬を、ポロポロと涙がつたった。

 しかし彼女はその涙を拭うことなく、雪が舞い散る空をジッと見上げている。



「あたしさ……。海神の言った通り、ホントはとっくに分かってた」



 ――カイリ。


 ――泣かないで、カイリ。


 ――ティダに雪が降ったら、また母さんと会えるから。



「母さんはガキだったあたしが寂しくないように、あんな風に言ったんだって」


「カイリちゃん……」


「でも分かっていても、あたしは事実と向き合うのが怖くてずっと逃げてた。けど――」



 そこで言葉を切ったカイリちゃんは、ぐいっと腕で涙を拭って、こちらを振り返った。



「ありがとう、まふゆ(・・・)。アンタのお陰で、やっとあたしも前に踏み出せそうだ」


「あ……」



 涙を流しながらも笑うカイリちゃんの表情は晴れ晴れとしていて。

 もう本当の意味で彼女が過去を吹っ切ることが出来たのだと感じてホッとする。



「まふゆ」


「!」



 不意に肩に手を乗せられて振り向けば、九条くんが私を見て微笑む。

 それに私も心からの笑みを返した。



 ――よかった。本当に。



 ◇



 チラチラと南国に降る雪は、地面に触れることなく儚く消えていく。

 深夜に起きたこの小さな奇跡を知る者は誰もいない。


 私達以外、誰もいない――。



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