29話 雪女と人魚と海神の真実
「カイリちゃん、準備はいい?」
「ああ」
私の言葉に、玄関で靴を履いていたカイリちゃんが頷く。
あれからカイリちゃんが落ち着くのを待って、私達はみんながいる船着き場まで戻ることにした。
ここから悪天候の中を歩いて行くのは少々骨であるが、みんなへの連絡手段もない以上、そこはもう致し方ない。
「よし、行こっか」
カイリちゃんが靴を履き終えたのを見計らって、私は玄関の扉を開く。
――その時だった。
「まふゆっ!!!」
「ひぇっ!?」
突然目の前に白銀の耳と九つの尾が飛び込んで来たかと思うと、私の顔を見るなり思い切り抱きしめられたのだ。
「は、え??」
見覚えのあるモフモフ……じゃなく姿。
これは以前、九条の屋敷で見た妖狐姿の九条くんだ……!!
えっ!? なんで九条くんがここにっ!!?
「く、くくく九条く……!?」
「まふゆ、はぁ……、無事でよかった……」
「え、えと……」
九条くんのずぶ濡れの体が密着して、ようやく乾いた私の体をも濡らしていく。
それに腕から抜け出そうと身じろいでいたのだが、九条くんの心底ホッとしたような声を聞いてしまい、私の体は石のように固まった。
な、なんだよズルいな。そんな言い方されたら抵抗出来なくなるじゃないか……。
とりあえず状況を整理したい。私は顔を上げて九条くんに問いかける。
「なんで九条くんがここにいるの? 偶然……じゃないよね?」
「もちろん。そのまふゆにあげたホタル石のネックレスのお蔭さ。実は石に俺のマーキングを仕込んでおいたんだ」
「石にって……、へぇっ!!?」
予想外の返答に、思わず叫んで九条くんを凝視する。
マ、マーキング? マーキングって、あの妖狐一族の秘術だという、一度マーキングした場所にはどこへでも飛べるという、あの……!?
「あくまで保険のつもりだったんだけど、まさかこんな形で役立つとはね。まふゆが海に落ちてすぐに術の発動を試みたんだけど、なかなか君の元へ飛べなくて焦った。……本当に、無事でよかったよ」
「そ、そっか。……ごめん、心配かけて」
マーキング付きのネックレスをプレゼントとは何事か!? と喉まで出かかったが、元はと言えば私の向こう見ずな行動が原因なので、素直に謝るしかない。
言葉を交わす間も九条くんは私を抱きしめたまま、開放してくれる様子はない。更についでに言うと、九つの尾はゆらゆらと揺れている。
それに嬉しいような恥ずかしいような、そんなむず痒い気持ちを抱えつつ、とりあえず九条くんの気の済むまでこのまま大人しくしてよう。
……そう思った瞬間、すぐさま私は前言撤回したくなった。
「――ねぇ、イチャついてるとこ悪いけど、あたしにも分かるように状況を説明してほしいんだけど」
「!!」
横から聞こえたカイリちゃんの声に、私はハッと彼女の方を振り向く。
そうだ!! カイリちゃんが居たんだった!!
見ればカイリちゃんの視線のなんと生暖かいことか!!
「~~~~っ!」
あまりの羞恥に耐えきれず、九条くんの腕から逃れようと今度は全力で藻掻くが、力が強くて振り解けない……! クソッ! 馬鹿力めっ!!
「あ、あのね、カイリちゃん! これは別にイチャついているんじゃ……!」
「俺の妖術で船着き場まで一瞬で移動出来る。厄介なことが起きたから、二人とも急いで戻ってほしい」
「なるほど。けど厄介なことって、なんだよ?」
私の必死の反論は、九条くんの声によって掻き消されてしまう。
しかもカイリちゃんまで私をスルーして、話進めちゃってるし!!
「まふゆ達が高波に流された後、海面から海神を名乗る存在が現れた」
「ちょっとちょっと! 二人とも……えっ?」
私を無視するなと言おうとして、しかし思いがけない言葉に、私とカイリちゃんが揃って目を見開く。
すると九条くんがようやく私の体を解放し、おもむろにこちらに向かって手を差し出してきた。
「朱音のいる場所にマーキングしてある。まふゆ、魚住さんも手を握って!」
「分かった! カイリちゃんも早く!」
「え? あ、ああ……」
九条くんの言葉はかなり端的で、焦っていることが伺える。
私はすぐさま頷いて彼の手を握り、 勝手が分からずキョトンとしているカイリちゃんの手を引っ張った。
「――行くよ」
そして九条くんがそう呟いた瞬間、体が揺れるような感覚と同時に周囲の光景が一変したのだ。
◇
「ああっ!! まふゆちゃんっ!!」
「わっ! 朱音ちゃん!?」
「まふゆちゃん、まふゆちゃん……! よかったぁ、無事で。本当に……」
「朱音ちゃん……。ごめんね、心配かけて」
九条くん達と共にマーキング地点に降り立つと、朱音ちゃんが飛びつくようにして私に抱きついてきた。
その顔が濡れているのはきっと、未だ激しく打ちつける雨のせいだけじゃないのだろう。
ああ本当に。あの時は必死だったけど、向こう見ずな真似をしてしまった。
「雪守ちゃん! よかった無事で!」
「雪守! お前、マジでビビらせんなよ……」
「そうですよぉ!! 雪守さんが海に飛び込んだ瞬間、生きた心地がしませんでしたよ!!」
「みんな……。ごめんなさい、心配させちゃって」
雨美くん、夜鳥くん、木綿先生。みんなが私に駆け寄り、口々に声を掛けてくれる。
そのいつになく動揺した様子に、本当にとんでもないことをしたのだと、今更ながらに罪悪感が私の胸を苛んだ。
「カイリちゃんも。よかったぁ、無事で」
「あ、ああ……」
私に抱きついたまま、朱音ちゃんは顔をカイリちゃんに向けてにこりと笑い、それにカイリちゃんが戸惑いながらもぎこちなく頷いた。
――と、
「カイリ……」
みんなの後ろに立っていた魚住さんが、呆然とカイリちゃんを見つめている。
そしてその表情のまま、ゆっくりとカイリちゃんへと近づいた。
「――っ父さん! あの、あた……」
「カイリッ!!」
「……っ!」
カイリちゃんが言葉を発する前に、魚住さんがカイリちゃんを抱きしめた。
「よかった……。無事で本当によかったべ……」
「父さん……」
そう顔を伏せて呟く魚住さんの背に、カイリちゃんが手を伸ばす。
しかしその手が魚住さんの背に届く前に、恐ろしい稲光と共に鋭い声が響いた。
「――来たか、人魚の子よ。今こそお主に問おう」
「!?」
突如聞こえたのは、まだ若い青年のようであり、しかし壮年にも老人にも聞こえる不思議な声。その声の出所を探そうと辺りを見回すが、それらしい人影はない。
けれどひとつ思い当たることがある。
『まふゆ達が高波に流された後、海面から海神を名乗る存在が現れた』
恐らく……。
「ねぇもしかして、さっき九条くんが言っていた……」
「ああ」
私の言葉に九条くんが頷く。
「この声の主こそ、――〝海神〟だ」
「っ、」
やっぱり。
ゴウゴウと荒れ狂う海。まさか本当に台風と共に現れるなんて……!
姿は見えないものの、桁違いの妖力が一帯に渦巻いているのは痛いほどに伝わってくる。
でも……、
「…………?」
さっきの声、どこかで聞いたような……?
「それに〝人魚の子〟って……」
私達の視線が一斉にカイリちゃんへと注がれる。
それにカイリちゃんが憮然とした顔をして、姿の見えない海神様に言った。
「問うって何をだよ? 海神があたしに何を聞きたい訳? もしかしてあたしの願いを叶えに来たのか?」
カイリちゃんが矢継ぎ早に質問する。
しかし海神様はそれらには答えず、静かに言葉を紡いだ。
「人魚の子カイリよ、我と共に海へ来る気はあるか?」
「はっ……!?」
「ええっ!?」
予想外の言葉にカイリちゃんだけではなく、私達も驚いて目を見開いた。
その中で海神様だけは淡々と話し続ける。
「本来人魚一族の者は皆、海底にて暮らすのが掟。それは半妖であっても同じこと。背く者には相応の罰が与えられる」
「…………」
つまり海神様はカイリちゃんの願いを叶えに来たのではなく、彼女を海へ連れて行く為に現れたということだろうか?
それが人魚一族の掟だから。
でも、そんなの……。
「……ひとつ聞きたい」
「なんだ?」
海神様の言葉に顔を俯かせたカイリちゃんがスッと顔を上げ、真っ直ぐに海へと視線を向ける。
「もしあたしがアンタに着いて海に行ったとしたら、そん時はあたしの願いを……母さんに会わせてくれるのか?」
「!? カイリちゃんっ!?」
まさか着いて行く気!?
とっさにダメだと言おうとした私の声は、しかしより大きな声によって遮られてしまった。
「カイリは渡さないべ!!!」
「……っ、父さんっ!?」
カイリちゃんを覆い隠すように彼女の前に立った魚住さんが、姿の見えない存在を睨みつけるようにして叫ぶ。
「海神様! カイリは貴方にとっても同胞かも知れねぇが、オラにとっては唯一の娘……! オラにはどんな罰を与えてくださってもいい! だけどカイリは……、カイリだけは連れてかねぇでくれ!!」
「父さん……」
魚住さんの必死の叫びに、カイリちゃんが息を呑んで目の前に立つ魚住さんを見つめる。
「――ふむ」
すると海神様が思案するような声を上げた。
「自ら罰を所望するとは、随分と奇特な人間だ。ならばお望み通り、罰を与えるとしよう」
「!?」
海神様の言葉が耳に届いた瞬間、周囲を渦巻いていた妖力が更に重苦しいものへと変わる。
その圧倒的なプレッシャーに、私達の背筋が震えた。
「うっ、すごい妖力……!!」
「これが海神様の力なの!?」
「みんな、警戒するんだ! ……何か来る!!」
九条くんが叫ぶのと、海上から海水を巻き上げながら巨大な竜巻が発生したのは同時だった。
そしてその竜巻は真っ直ぐに私達……いや、魚住さん目掛けて猛スピードで迫り来る。
「きゃあ!? あんなの、この前の木綿先生の比じゃないよ!!」
「っ! 全員で魚住さんを守れ!!」
「クソッ! どんな妖術も弾かれちまう!」
「魚住さんっ!!」
みんなが必死で竜巻に妖術で対抗するが、海神様の力の前にはなす術がない。
そして――……!
「父さーーんっ!!!」
迫り来る竜巻。
それにカイリちゃんが叫んで、魚住さんに手を伸ばす。
――その瞬間だった。
あれほど激しかった雨も、殴りつけるような風も、そして唸るように迫って来た竜巻も、全てが一瞬にしてピタリと止んだのだ。
……いや、止んだんじゃない。
跳ね返したんだ。
それをハッキリ認識した時、海に何かがドーンッと跳ね返される音と共に凄まじい水飛沫がこちらまで飛んで来る。
「い、今のって……」
「うん。間違いないよ」
飛沫に打たれながら呟く私に、朱音ちゃんが頷いた。
「カイリちゃん、妖力をコントロール出来たんだね」
「コントロール……? あたし、父さんを守りたいって思ったら、自分の意思であの力を出せた……?」
朱音ちゃんの言葉に、カイリちゃんは自身の手を見つめて呆然としている。
すると……、
「うむ。よくぞやり遂げた」
「!?」
またも耳に届いた海神様の声に、私達は慌てて身構える。
しかし先ほどまでの重苦しい妖力は既になく、次には驚くほど柔らかな声が私達の耳に響いた。
「今し方の非礼、どうか許してほしい。実はカイリが以前のように半妖の力を自分のものと出来るよう、一芝居打たせてもらったのだ」
「ひ、一芝居……?」
「それに〝以前のように〟って……」
まるで以前は使いこなせていたと言うような口振りに、みんなが首を傾げる。
「? よく分かんないけど、つまりアンタは最初っから、あたしを海に連れてく気はなかったってことか?」
「いかにも。そもそも半分人魚の血を受け継いでおるとは言え、17年間陸で暮らしてきたのだ。お主は既に陸の者。今更泳ぐことも出来ない者が海で暮らせる訳がないであろう」
「ぐっ……!」
痛いところを突かれたのか、その言葉にカイリちゃんが顔を歪めた。
そうだね、カイリちゃんカナヅチだもんね……。
でもそんなことまで知っているなんて、一体海神様はいつからカイリちゃんの存在を知っていたんだろう?
「なら海神様、貴方がこのような行動に出た本当の理由をお聞かせ願ってもよろしいですか?」
飛沫を手で拭い、妖狐からいつもの人型に戻った九条くんが海神様に問いかける。
すると「よかろう」という声が耳に届いた。
「カイリが夜毎奏でる悲痛な歌声は、海底に住む我の元にも届いていた。そして我は、どうにかその憂いを取り除いてやりたいと考えたのだ」
「カイリちゃんの歌声が……」
確かにあの美しくも悲しい歌声は、未だに私の耳にも残っている。
でもまさか海底にまであの歌が届いていたなんて……。
「じゃあ海神、やっぱりアンタはあたしの願いを叶える為にここに来た訳?」
「否。お主の母はもうこの世にいない。いない者を会わせることは我にも出来ぬ」
「……っ!」
キッパリとした言葉に、カイリちゃんはぎゅっと唇を噛み締めた。
そして今にも泣きそうな顔で叫ぶ。
「っ、だったらアンタは何しに来たってんだよ!! あたしは母さんに絶対会わなきゃいけないのに……!!」
「カイリちゃん……」
「カイリよ、何故命を賭してまで母に会うことに拘る? 母の言葉の真意。気づいていないお主ではないであろう?」
「それ、は……」
海神様の柔らかな声に、カイリちゃんが一瞬言葉を詰まらせる。
しかしそれでも絞り出すようにして、彼女はまた叫んだ。
「けどっ、母さんはあたしのせいで死んだんだ!! あたしのこの変な力のせいで、あたしはみんなを不幸にしてしまう……っ!!」
「カイリ、それは違うだ」
するとそこでずっと黙ってカイリちゃんと海神様のやり取りを聞いていた魚住さんが口を開く。
そしてそのままカイリちゃんの肩に静かに手を乗せて、緩く首を横に振った。
「父さ……」
「カイリ、母さんの死は断じてお前のせいじゃないべ。元々母さんは陸に上がった時から、もう僅かな寿命しか残されていなかったんだべ」
「え……?」
「それは、一体どういう……?」
思いがけない言葉に、カイリちゃんだけでなく私達までも目を見開く。
すると魚住さんの言葉を引き継ぐようにして、海神様の声が耳に響いた。
「人魚一族には陸の者と結ばれてはならぬという掟がある。これは海神である我が生まれる以前よりある絶対の掟。そして掟を破った者は、罰を受けて泡となりて消える」
「罰……? 泡って……」
「そんな……、じゃあ人魚一族が陸の者と決して交流しようとしないのはその為? そんな理由だったなんて……」
雨美くんは驚きのあまり言葉を失っている。
どうやら蛟と人魚は遠い親戚関係ではあるものの、掟のことまでは知らなかったようだ。
「本来であれば、お主の母は父と結ばれて間もなく泡となる運命であった。しかし既に腹にいたお主の持つ〝反射能力〟が母を罰から遠ざけ、生き長らえさせたのだ」
「あたしの力が、母さんを……?」
「そうだ。お主は物心つく以前より能力を使いこなし、母を守っていたのだ」
「まさか……」
カイリちゃんが信じられないと呟く。
そりゃあそうだろう。だって……、
『死んだんだ。……いや、あたしが母さんを死なせたんだ』
海神様の説明は、以前のカイリちゃんの話と全く逆なのだから。
「しかし罰は罰。緩やかであれど進行する。そしてお主は母の死を受け入れられず、いつしか自身の能力によって母が死んだのだと思い込むようになった」
「あ……」
まるで見てきたかのように、スラスラと語られる海神様の言葉。
やっぱり海神様はカイリちゃんを以前から知っているんだ。
それもきっと、彼女が生まれるずっと前から……。
「幼いお主を残してこの世を去るのは無念だっただろう。しかし本来なら叶わなかったお主が成長していく姿を見届けられたのだ。我はお主の母が不幸だったとは思わん」
「…………」
「なぁ、カイリ」
海神様の言葉を受けても、俯いたまま何も発しないカイリちゃん。
そんな彼女の頭を魚住さんが優しく撫でる。
「オラと母さんは共に過ごせる時は僅かだと分かってて夫婦になった」
「父さ……」
「けどもカイリが生まれて、三人で過ごす時間は本当に幸せでなぁ」
「……」
そう言って目を細める魚住さんは本当に幸せそうだ。
未だ俯いたままのカイリちゃんを見て、柔らかに微笑む。
「だからな、カイリ。母さんが死んだのは自分のせいだなんて、頼むから絶対に思わないでくれ。お前は不幸どころか、たくさんの幸せを与えてくれた、オラ達の大事な宝なんだから……!」
「……っ、父さん!!」
真っ直ぐ伝えられる愛情。
それに堪えきれなかったのだろう。
ついに俯かせていた顔を上げて抱きついたカイリちゃんを、魚住さんは優しく受け止める。
「父さん、ごめん!! 危険な目に合わせた上に、船もめちゃくちゃにして……あたしっ……!!」
「いいんだべ、お前が無事ならそれで」
「ごめん……ごめんなさい。父さんがあたしを探してくれて、すごく嬉しかった。……父さん、ありがとう」
「カイリ……」
固く抱き合う父娘。
そんな二人の様子に私達の涙腺も潤み、そっと涙を拭う。
……よかった。
本当によかったね、カイリちゃん。
「ふふ、どうやら憂いは晴れたようだな」
「あ……」
しんみりとした空気の中、柔らかな海神様の声がまた耳に届く。
「さて、そろそろ時間だ。これ以上留まっていては、陸の者の目に触れてしまう。我は去る」
その言葉の通り、辺りを渦巻く海神様の妖力はどんどん薄まっていく。
しかしそれにカイリちゃんが慌てたように海に向かって叫んだ。
「待ってくれ! あたし、アンタに色々失礼なことを言ってしまって……」
「よい。母を想っての言葉であろう。それに我も孫の顔を見れただけでなく、話まで出来て楽しかったぞ」
「え」
サラリと零された言葉に私達が目を瞬かせた瞬間、海神様の朗らかな笑い声が海に響いた。
「ではさらばだ、陸の者達よ」
その声を最後にして、海神様の妖力は完全に辺りから消え去る。
すると不思議なことに、あれほど激しかった雨風も綺麗にピタリと止んでしまった。
まるで海神様が一緒に連れて行ったかのように。
〝海神の御成〟
言い伝えでは海神様が最も陸に近づいた時に台風は起きるとされているが、本当のところは分からない。
……でも、きっと。
「あーーっ、見て! 朝日に虹が架かってる!」
「つーかやっと夜明けかよ!?」
「なんかめちゃくちゃ時間が経った気分だよね」
すっかりずぶ濡れのぐちゃぐちゃになった姿で私達は笑い合う。
分厚い雨雲の隙間から覗く明るい太陽は、ずっと過去に囚われていたカイリちゃんの新たな門出を祝福するかのようだ。
そんな祝福の光は、すっかりいつもの様子を取り戻したエメラルドグリーンの海をキラキラと明るく照らしていた――。




