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雪女ですがクラスのイケメン妖狐の癒し係になりました  作者: 小花はな
第二章 南国の島ティダと雪求める人魚

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28話 雪女と人魚と繋がる心



「――――――っ」



 頬に激しく打ちつける冷たい感触に、ハッと目を見開く。


 雨だ。酷い雨が降っている。


 先ほどまで何か夢を見ていたような気がするが、しかしいくら頭を捻っても何も思い出せない。



「……」



 ボーっとした頭のまま周囲に視線を巡らせれば、土砂降りの地面に誰かが倒れているのが見えた。


 ……あれ? その水色のショートヘア、どこかで見覚えが――って!!



「カイリちゃんっ!?」


 

 なんでカイリちゃんが倒れて!?

 あっ! そうだ私、カイリちゃんと大波に呑み込まれて……っ!!


 ぼやけた頭がようやく覚醒し、私は慌てて身を起こして、倒れたままのカイリちゃんに駆け寄る。

 すると気は失い人間の姿に戻っているものの、外傷は無いようでひとまずホッと息をついた。



「……ふぅ」



 とはいえ、ここはどこだろう? どうやら偶然どこかに流れ着いたようだが。

 このまま外にいては風邪ひいてしまうし、雨宿り出来る場所があればいいのだが……。


 キョロキョロと辺りを伺えば、視界の端に見覚えのあるものが映った。



「あれって……」



 見えたのは岩場に建つ、小さな石碑のようなお墓。


 それは忘れもしない肝試しの夜、カイリちゃんがお母さんのお墓だと言っていたもので間違いなかった。



「あのお墓があそこにあるってことは……」



 もう一度注意深く辺りを見回す。

 大雨で景色は様変わりしているが、……間違いない。

 ここはザンの森の最奥――人魚姿のカイリちゃんと初めて出会ったあの入り江だ!


 船着き場から〝人魚の流れ着く場所〟と呼ばれるこの森までカイリちゃんと一緒に流されていたとは。

 どこか因果めいたものを感じるが、それにしても大荒れの海に投げ出されて無傷で助かったのだ。先ほどに続き、本当に運が良い。



「ぅ……、っ……」


「……カイリちゃん?」



 微かにカイリちゃんが苦しげな声を上げ、私は視線をお墓から彼女に戻す。

 すると意識を失っている体は完全に冷え切っており、呼吸は酷く荒く苦しげで、このまま激しい雨に打たれ続けるのは危険だった。



「どうしよう……」



 一刻も早くどこか屋根のある場所で休ませてあげたいが、ここは人の寄りつかないザンの森だ。


 民家なんてどこにも……。



「――――っ!!」



 そこまで考えて、ハッと思い出す。



『肝試しぃ? あたしはここに住んでんだよ。ほら、あの家』


「!! そうだ!! カイリちゃんの家!!」



 カイリちゃんはあの時確かにこの森に住んでいると言っていたではないか!


 彼女があの時指を差していた方向を見やれば、視界が悪い中でも赤瓦の屋根が微かに見え隠れしているのが見えた。



「よしっ!! カイリちゃん、すぐに家に着くから頑張って!!」



 私は意識のないカイリちゃんに声を掛け、励ましながら彼女の肩に腕を回して、赤瓦の屋根を目指して歩き出した。



 ◇



「お邪魔しまーす……」



 なんとか赤瓦の家に到着し、念の為そう声を掛けてから玄関へと足を踏み入れた。

 恐らく魚住さんはかなり慌てて家を出たのだろう。玄関扉が開け放たれたままになっている。



「よいしょ……と」



 カイリちゃんを家の中に運び入れた後、見つけたタオルを拝借して、ずぶ濡れになってしまった彼女の顔や髪を拭いていく。

 そしてこれまた慌てていたのだろう。部屋に敷きっぱなしの布団があったので、これ幸いとそこにカイリちゃんをそっと寝かせた。



「はぁーー……」



 首をゴキゴキ鳴らす。

 疲れた。さながら大仕事を終えた気分だ。


 一息ついて、自分の髪と体もタオルで拭く。

 こういう時、火の妖力があればすぐに体を乾かせて便利だろうなぁ……なんて思うが、私は火の妖力は苦手なのでどっちにしろ無理だった。



「――――ん?」



 とそこで、机の上に写真立てが置かれていることに気づいた。

 そっと覗き込めば、活発そうな水色髪の女の子を真ん中にして、左に麦わら帽子を被った優しそうな男性。そして右には水色のロングヘアの綺麗な女性が微笑んでいる。


 もしかしなくても、これは……。



「真ん中の女の子が小さい頃のカイリちゃん? じゃあ男性が魚住さんで、そしてこの綺麗な女の人が――」


「っはぁ……はぁ……」


「! カイリちゃん!?」



 写真に見入っていると、布団で眠るカイリちゃんが辛そうな声を発し、私は慌てて彼女に駆け寄る。



「……母さ……ごめ……」



 すると悪夢に(うな)されているのか、カイリちゃんは苦悶の表情を浮かべて、うわ言を呟いている。



「カイリちゃん! カイリちゃん! しっかりして!!」


「っ……うぅ……」


「!? 熱っ!!」



 彼女の体に触れた手を慌てて引っ込める。どうやら熱も上がってきたようだ。

 その苦しげに呼吸する姿は、どこか九条くんと重なる。



「かあ……母さ、……っ……」


「カイリちゃん……」



 どうしよう。カイリちゃんがこんなに苦しんでるのに私は何も出来ず、ただ見ていることしか出来ないの…? 


 何か、何か彼女を助ける方法は――……。



「――――あ」



 そこまで考えて、唐突に気づいた。


 九条くんと一緒なら、私の半妖としての能力、〝癒しの力〟を使えばもしかして……?


 今まで九条くんにしか使ったことのない力。カイリちゃんにも有効なのかは分からない。

 それに氷の妖力を使えば、私がカイリちゃんに嘘をついていたこともバレてしまうだろう。



「…………」



 でも――。



 不思議だけど、あれほど正体を明かすことに抵抗を感じていたのに、今は知られていいと思える。

 

 雪女でも、半妖でも、私は私。

 雪守(ゆきもり)風花(かざはな)の娘で、日ノ本高校の副会長。

 私が雪守まふゆであることは変わらない。


 嘘がバレて失望されても、怒られても、きっと分かり合える。


 だから、大丈夫。


 もう、迷ったりしない……!!



「――――――」



 すぅっと息を吐き、私はカイリちゃんの額にそっと手のひらを当てて、氷の妖力を込める。



「はぁ……ぁ……、……」



 するとみるみる内にカイリちゃんの荒い呼吸は(やわ)らいでいき、熱も緩やかに引いていく。

 妖力がきちんと効いたことを実感し、私はホッと胸を撫で下ろす。


 そして少しした頃、カイリちゃんの(まぶた)がフルフルと震え出した。



「ぁ……?」


「! カイリちゃん、気がついた?」


「……あ、たし……」


「覚えてる? 私達、高波に流されて……」


「…………っ!」



 ぼんやりと私の話を聞いていたカイリちゃんは、突然クワっと目を見開いたかと思うと、即座に頭から布団を被って隠れてしまう。



「え、えっ!? カイリちゃんっ!?」



 あまりの早業(はやわざ)に慌てて布団で出来た小山に呼びかければ、予想外にか細い声が返ってくる。



「あたし……もう終わりだ。取り返しのつかないことをしちゃった……」


「……え?」



 思わず聞き返せば、カイリちゃんは布団を被ったまま、ポツポツと話し出した。



「父さんの船をダメにした上に、助けてくれた(みずち)を傷つけた。アンタだって海に飛び込んで死にかけて。……ごめん、謝って許されることじゃないのは分かってるけど……」


「カイリちゃん……」



 表情こそ見えないが、その震えた声色から彼女が今どんな表情をしているのかは容易に想像がついた。

 なんと言葉を掛けようか考えあぐねていると、それをどう受け取ったのか、カイリちゃんが声を低くして呟く。



「やっぱり母さんの時と一緒だ」


「え?」


「あたしはいつも誰かを傷つけて不幸にする」


「…………」


「あたしなんか、海に沈んでしまえばよかっ……」


「それは違うよっ!!」



 聞き捨てならない言葉に思わず強く反論すると、布団で出来た小山がビクリと震える。

 そのあまりにも痛々しい姿が、私の中の懐かしい記憶を呼び起こす。



 ――ああ、そうか。



 お母さんがカイリちゃんに私の正体を明かすよう促した理由が、今なんとなく分かった。


 カイリちゃんは似てるんだ(・・・・・)

 自分自身の存在に負い目を感じ、何でも自分で解決しようと一人で空回ってた頃の私に。



『へぇー。やっぱり雪守さんって、なんでも要領よくこなすよね』


『なんかいつも澄ましてて、余裕っていうか』



 違う。本当はそうじゃない。

 本当は私だって頼りたい。でも……頼れない。


 私は嘘をついているから。今みんなに見せている私は、私じゃないから。


 そう自分に言い訳して、ずっとずっと殻に閉じこもってた。


 あの頃の私に――……。



「怒鳴ってごめんね。でも、ひとつだけ言わせて」


「…………」



 私に対し、カイリちゃんは何も言わない。

 それを話してもよいのだと受け取って、私は話を続ける。



「海に飛び込んだのは私の意思。だからカイリちゃんに傷つけられたとは思ってないし、ましてや不幸になったとも思わない。これは他のみんなも一緒だと思う」


「!」


「それに取り返しのつかないことをしたのは、私も同じだよ。私が雪女で(・・・)あること(・・・・)を始めから明かしていれば、カイリちゃんが海に行くこともなかったのに……」


「そういえば、アンタさっき……」



 そう言って、カイリちゃんがそろそろと布団から顔を出す。その顔はやっぱり想像通り、涙で濡れていた。



「――ねぇ、カイリちゃん。人って誰でも間違うんだよ。だけど間違えたからって終わりじゃない。間違えた後、どうしていくかが大事なんだって、私自身も最近やっと気がついたの」


「どうしていくか……。でも、あたしはもう……」



 小さく呟いたカイリちゃんの水色の瞳から、ポロリとまた涙がこぼれる。

 それに私はゆっくりと布団に近づき、カイリちゃんと向き合った。



「カイリちゃん……。なんで私達がカイリちゃんを探しに来たのか分かる?」


「え……」


「カイリちゃんのお父さんが私の家まで訪ねて来たからだよ。この家だって、カイリちゃんが居ないことに気づいてよほど慌ててたんだろうね。布団はそのままだったし、玄関も開けっ放しになってた」


「…………っ」


「これでもカイリちゃんは、本当に〝もう終わり〟だって思うの……?」



 私の問いかけに、カイリちゃんが緩く首を横に振る。

 そしてポロポロと溢れる涙を拭いながら、カイリちゃんは私を真っ直ぐに見て言った。



「あたし、謝らなきゃ……! 父さんにも、あたしを探してくれたみんなにも、ちゃんと……!」


「うん!」



 その眼差しは本来のカイリちゃんらしい力強さを取り戻していて、私は笑って頷く。

 たくさん苦しんで尚、人を想う優しさをもつ彼女ならば、きっともう大丈夫。



 ああでも、これだけは……。



「ねぇ、カイリちゃん。こういう時は謝るんじゃなくて、もっとピッタリな言葉があるんだよ――」



 ◇



 ……間違えて、傷つけて。

 きっと人から見たら、まわり道だらけのでこぼこ道だろう。


 だけど平坦じゃないその道の先、ようやく私達の心は繋がった。



残り5話で第二章は完結です。

是非最後までお付き合いください。

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