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雪女ですがクラスのイケメン妖狐の癒し係になりました  作者: 小花はな
第二章 南国の島ティダと雪求める人魚

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25話 雪女と妖狐と海神の御成



 トンテンカンカン、トンテンカン。


 我が家の台所が爆発によって大破した翌朝。

 トンカチを振るう小気味よい音が、家の周囲まで響き渡る。



「うあー、腰痛ぇー! おい、こっちの補強は終わったぞ雪守っ!」



 そのトンカチを振るっていた人物――夜鳥くんが、腰をぐっと伸ばしながら渋面でこちらを見た。

 トレードマークの黄色いツンツン髪が白いタオルでぎゅっと巻かれ、その姿はさながらガテン系である。



「ありがとう夜鳥くん! これで明日からの台風もなんと(しの)げそうだよ!」


「けどいきなり天気が変わって台風だなんて、ツイてないよね。本当なら明日の夜は花火大会だったのに、遅延しちゃうし」



 そう言ってこちらに歩いて来たのは、夜鳥くんとは反対側の補強作業をしていた雨美くんだ。

 不満そうなその表情を見やり、私は肩をすくめた。



「まぁ残念ではあるけど、ティダじゃ突然台風が発生することはよくあるから仕方ないね。それより二人とも、明日は絶対に外に出ちゃダメだよ! ティダの台風は帝都と違って、建物だって吹き飛ばすんだから!」


「うへー。んじゃあこんなちっちぇ家なんて、あっという間に吹き飛ぶじゃねーか!」


「違いないよ! 雪守ちゃんっ! もうこのボロ家は捨てて、どこかホテルに避難を……」


「は?」



 聞き捨てならない言葉にギロリと睨めば、途端に二人は青ざめて口を(つぐ)む。


 全く、失礼な。

 今回こそ本当に野宿でもさせてやろうか。


 そんな不穏な考えが私の頭をよぎった時、カラカラと明るい笑い声が辺りに響いた。



「まぁまぁ、そう文句言いなさんな。ティダでは台風のことを〝海神(うみがみ)御成(おなり)〟って言って、そう悪いことばかりでもないんだから」


「あ、お母さん」



 笑い声のした方を振り向けば、お母さんが腕を組んで立っており、その後ろには昨日壊れた台所を修理していたはずの九条くんと朱音ちゃんもいた。


 もう修理は終わったんだろうか?



「お疲れ、もう台所の方は終わったの?」


「まふゆちゃーん! ごめんねぇっ!!」


「わっ!?」



 声を掛けるなりいきなり朱音ちゃんが飛び付いて来たので、私は慌ててその小さく柔らかな体を受け止める。

 そしてそのまま目が合えば、朱音ちゃんの瞳がウルウルと涙で潤んだ。



「昨日わたしがお米を炊こうとして台所を爆発させちゃったせいで、みんなの仕事を増やしちゃった……」


「そんなっ!! そんなに落ち込まなくていいんだよ!! 台所の一つや二つ、爆発なんてよくあることだからっ!!」



 誰かが「いや、ないだろ」と余計なことを呟いたのが聞こえたが、マルっと無視して朱音ちゃんのふわふわの髪を撫でる。

 ああ柔らかい。幸せ。この幸せの為ならば、台所の爆発くらい安いものである。



「あの、風花(かざはな)さん」



 すると(えつ)に浸っていた私の耳に、九条くんの声が聞こえた。



「先ほどの〝海神の御成〟……でしたっけ。悪いことばかりでないとは、どういう意味なんですか?」


「ん? ああ。悪いことばかりじゃないって言うのは、昔から台風は海神が最も陸に近づいた時に起こるって言い伝えられていて、雨量が少ないティダに海神が恵みの雨を運んでくるって考えられてるからよ」


「へー。それで〝海神の御成〟かぁ」


「けど海神って、人魚の当主のことなんだろ?」


「あ、そうだ。人魚一族は決して陸には近づかないはずなのに、どうしてそんな言い伝え……」



 夜鳥くんと雨美くんが不思議そうに言えば、お母さんが頷いた。



「そこはまぁそれこそ言い伝えだし、明確な理由は不明だけど、一説にはザンの森に流れ着いた人魚を迎えに行く為……なんて言われたりもするわね」


「ふーん……」



 お母さんの話を聞く内に、カイリちゃんのことが頭に浮かんでくる。



『母さんが人魚で父さんは人間。元々母さんはザンの森に流れ着いた人魚で、たまたまその近くで魚を獲ってた父さんが母さんを見つけたのが始まりらしい』



 そういえばお母さんは、カイリちゃんが人魚の半妖だと知ってるのだろうか?

 というかそもそもどういう経緯で、アルバイトとして雇うことになったのだろう?



「ねぇ、おか……」


「風花さーん! 屋根の補強終わりましたぁーーっ!!」



 問いかけようとした声は、しかし屋根から響いた騒がしい声によって掻き消されてしまった。

 声の主は言わずもがな、一反木綿(いったんもめん)姿の木綿先生である。



「あら先生、お疲れ様。じゃあ他にも頼みたいことがあるんだけど、いいかしら?」


「アイアイサー! お安い御用です、風花さん!」



 軽快に返事をした木綿先生が、いつになくキビキビとお母さんの指示に従って動き出す。


 なんというか、その姿は……。



(あね)さんと舎弟(しゃてい)って感じじゃね」



 夜鳥くんの呟きに、みんなが一斉に頷いた。



 ◇



 そうして慌ただしくも、なんとか〝海神の御成〟を迎える準備を終えたその日の深夜。


 異変は突然起きた。



 ――ドカーーーーンッ!!!



「!!?」



 まるで一昨日の台所爆発事件を彷彿(ほうふつ)とさせる酷い爆発音に、私は布団から跳ね起きて、慌てて周囲を見渡す。



「すーすー」



 するとすぐ隣の布団で穏やかな寝息を立てている朱音ちゃんが視界に入り、ここが自室であることを寝ぼけた頭で認識する。



「…………夢?」



 薄暗くてハッキリとは分からないが、見たところ寝る前と部屋の様子は変わっていない。家具が壊れたり、あまつさえ爆発したりしている様子も無い。


 ――やっぱり夢か。


 そう納得していると、外から激しく家を揺さぶられるような感覚がして、そっと窓を覗く。

 すると前が見えないほどの滝のような雨が、窓をバチバチと打ちつけていた。


 どうやら〝海神の御成〟が始まったらしい。

 恐らくさっきの爆発音も、この激しい雨音を勘違いしたのだろう。


 時計を確認すれば、針は4時を指している。

 正直まだ眠り足りないが、この雨音の中でまた寝入るのは難しい。



「…………」



 私は眠っている朱音ちゃんを起こさないようにして、そっと部屋を出た。



 ◇



「あ」


「おはよう」



 居間に入ると、九条くんがイスに座って本を読んでいた。視線が本から私へと向いて、ドキリと心臓が跳ねる。

 まだこんなに早い時間だから、誰も居ないと油断していた……。



「おはよう。もしかして九条くんもこの音で目が覚めたの?」


「そんなとこ。言い伝えが本当なのならすごいね、海神様というのは。陸に近づくだけで、こんな台風になるんだから」


「あはは。本当のところは分からないけどね。実際に姿を見た人はいないんだし。あ、九条くんもレモネード飲む?」



 言いながら昨日作っておいたレモネードを台所から持って来て二人分コップに注ぎ、ひとつはイスに座っている九条くんに差し出す。



「ありがとう」



 コップを受け取った九条くんが、そのまま私を見上げて笑う。

 それにまた胸がドキドキするのを感じながら、私は九条くんの向かいのイスに座った。



「……九条くん。あの、一昨日はお母さんと二人にしてくれてありがとう」


「ちゃんと言いたいこと言えた?」


「うん。肝心なことははぐらかされちゃったけど。……でも、前進は出来たと思う」


「そっか、ならよかった」



 私の言葉に九条くんがどこかホッとしたような表情をして、レモネードを飲む。

 どんなことを話したのか、何も聞いてこないのは九条くんの気遣いだろう。今はそれに感謝して、きっと後で九条くんにも伝えようと心に決める。


 そうして私もレモネードを一口飲めば、爽やかな酸味に頭がシャキッと目覚めるのを感じた。



「レモネードってあまり飲んだことがなかったけど、美味しいね」


「よかった。これはシークワーサー入りの特製なの。おかわり要る?」


「うん」



 頷く九条くんのコップに手を伸ばした瞬間、



 ――ドカーーーーンッ!!!



「!!?」



 天を切り裂くような落雷の轟音(ごおおん)が家を激しく揺るがし、私達は顔を見合わせた。



「大丈夫かな。まさか家が壊れるなんてことは……」


「いやいや、それはさすがに……」



 ……無い。とは言い切れなかった。


 昨日の夜鳥くんと雨美くんの言葉があながち間違いじゃなかったことに、内心冷や汗が流れる。



「ま、そん時は家を修理しつつ、雨風が収まるのを待つしかないわね。幸い今年は男手も充実してるんだし、なんとかなるわよ」


「!」



 後ろから聞こえた声に驚いて振り向けば、お母さんが眠そうな顔をして立っていた。


 そうしてそのまま大あくびをしながら私の隣にどっかりと座って、一言「レモネード」と呟くので、「はいはい」とレモネードをコップに注ぎ、お母さんに渡してやる。



「珍しいね。お母さんがこんな朝早くに起きるなんて」


「たまたまよ。さっきの落雷で目ぇ覚めた。でもどうせ今日は一日外に出られないし、しばらくしたら二度寝するわ。アンタ達は今日は何すんの?」


「宿題の続きがまだ残っているし、それをやるつもり――……」



 ドンドンドンドン!



「!?」



 話してる最中、唐突に雨風とは違う玄関を叩きつける激しい音が響いて、私達は驚きに目を見開く。



「え、今のって……?」


「風じゃない。明らかに人が扉を叩いた音だったね」


「でもこんな朝っぱらから、しかも荒天の日に出歩く人なんて……」



 ドンドンドン!!



「!!」



 また玄関を叩く音が響いた。これは間違いなく誰かが家の前にいるのだろう。

 私は慌てて玄関に駆け寄り、扉の取っ手に手を伸ばす。



「――待った」



 しかし横から声を掛けられ、私を静止した九条くんが代わりに取っ手に手を掛けた。



「俺が出るよ。まふゆは念の為、風花さんと後ろにいて」


「う、うん……」



 言われた通りお母さんと後ろに下がって、じっと扉の向こうを伺う。


 そうして九条くんが慎重に扉を開き、現れた人物は――……。



「こんな日にすまねぇだ、風花さん!!」


「魚住さん!? 一体どうしたんですか、こんな荒れた天気の中!」



 ……そう。


 玄関前に立っていたのは、ついこの間出会った麦わら帽子を被った男性――カイリちゃんのお父さんだった。


 激しい雨に打たれてずぶ濡れのその姿に、慌ててお母さんが家の中へと入るよう勧めるが、しかしそれを遮るようにして、カイリちゃんのお父さんが叫んだ。



「カイリを……、カイリを見なかっただか!? 物音で目ぇ覚ましたら、カイリがどこか外へと出て行っちまってたんだ!!」



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