6話 雪女と妖狐と楽しい(?)お昼ごはん
雨美くん夜鳥くんと別れ、曼珠沙華の部屋に入った私は、ウェイターさんに椅子を引かれ席に着く。
「…………」
上品な内装に圧倒され、高貴さ溢れる雰囲気に目がチカチカした。なんか場違い感半端ない。完全に自分が浮いてる。はっ! というか、これってもしかしてフルコースとか出てくる感じ!?
無理ムリむり! 私はテーブルマナーだってろくに知らない、超庶民なのにぃ~っ!! と内心頭を抱えていると、目の前に何かを差し出された。
「……? あ、メニュー?」
九条くんから差し出されたのは、いつも学食で見ているメニュー表。受け取って中を開くと、トンカツ定食にサバの味噌煮定食、ハンバーグ定食……。やはりいつもの学食メニューが載っている。
「好きなの頼んでいいよ」
この高貴な部屋に相応しく優雅に座る目の前の男は、サラリとそう言う。同じ制服姿なのになんでそんなに様になっているんだ。
でもフルコースじゃなくてよかったぁ……。
「決まったの?」
「うん」
せっかくの奢りなのだし、一番高価なステーキ定食に心惹かれたが、結局私はいつもの好物を頼むことにした。そして九条くんにメニュー表を渡そうとするが、何故か見もせずにウェイターさんを呼ばれる。
「え」
九条くんはまだ何頼むか決めてなくない? そう思ったが、しかしすぐにウェイターさんが現れたので、私は仕方なく注文する。すると……、
「俺も同じものを」
「へっ?」
九条くんの予想外の注文に、私は目をパチクリさせた。
「な、なんで……」
「雪守さんと同じものを食べてみたかったんだ」
「……何それ」
穏やかな表情で言われて困惑する。なんだかまた胸がむず痒くなってきた。
もしかして今までもこうやって女子の心を弄んできたのだろうか? 違うなら自覚してほしい。
九条くんの素が垣間見えるような砕けた表情は、それだけで人をおかしくさせちゃうってこと……。
◇
注文したものはすぐに運ばれてきた。
「冷やしうどん定食でございます」
完璧な所作のウェイターさんにこんな庶民的な料理を運ばせてすみませんと内心思うが、冷やしうどんは私の大好物なのだ。
「やったぁ! いただきまーす!」
ちなみに学食の冷やしうどん定食は豪華で、うどんは具沢山だし、いなり寿司も3貫ついてくる。つるんと真っ白なうどんを口に運べば、広がる優しい味に思わず頬が緩んだ。
「冷やしうどんが好きなのは雪女だから?」
ずるずるうどんを啜る私を見ながら、向かいに座る九条くんが首を傾げる。
「それも関係はあるかも。熱々の食べ物は嫌いだし、お母さんなんかよく氷をそのまま食べてる」
「氷をそのまま? それはすごい」
言いながら九条くんも冷やしうどんを口に運んだ。うどんがまるでパスタのようにスルスルと優雅に消えていく。
この人の場合、飛ばした汁で服を汚すことなんて無縁なんだろーなーとどうでもいいことを考えつつ、私はひたすら目の前のうどんを啜った。
「でもそれなら食事だけじゃなく、帝都の高温多湿な気候も君には辛いんじゃない? 雪守さんの故郷はやっぱり〝カムイ〟なの?」
「あー……」
カムイとはこの国、日ノ本帝国の北部に位置する島の名前だ。極寒の地のため人口は少なく、独自の文化が発達しているんだとか。
確かにいかにも雪女が住んでいそうな場所だが、生憎私はカムイには住んだこともなければ、行ったこともない。
「ううん、私は生まれも育ちも〝ティダ〟だよ。だから暑さにはわりと耐性あるかも。まぁそれでも帝都のじめじめした暑さは、確かに辛いけどね」
去年初めて体験した帝都の夏は、ティダのカラッとした暑さとは比較にならない不快さだったことを思い出す。
「ティダ……。それはまた、随分と極端な場所が故郷なんだね」
「あはは……」
驚いた顔を見せる九条くんに、思わず私は苦笑した。
「だよね、私もそう思う。なんでもお母さんが『雪女だからって寒いところに住んでいるのは、普通過ぎて面白くない!』って、私が生まれる前に移住したんだって」
私の故郷ティダはカムイとは逆に、日ノ本帝国最南端に位置する南国の島だ。高校入学を機にこの国の首都である帝都に出て来るまで、私は島でお母さんと二人、かき氷を売って生活していた。
「じゃあ今は寮生活? お母さんと離れて寂しくない?」
「寂しいよ。だからたくさん手紙を送るんだけどね、でもお母さんズボラだから数ヶ月に一回しか返事が来ないの。文句を言っても、『便りがないのは元気な証拠!』って笑ってるし」
「すごいなぁ。普通逆な気がするけど、雪守さんのお母さんって、かなり豪快な人なんだね」
「そうそう、そうなの!」
楽しそうに相槌を入れてくれる九条くんに、私は調子を良くして更にお母さんの愚痴をこぼす。
「豪快エピソードなら他にも山ほどあるよ! お母さんから時々仕送りが届くんだけどさ、マンゴーやパイナップルはいいとして、生きたままの魚をそのまま送りつけてきたんだよ!? あり得なくない!?」
「あはは! 確かに生きたままは困るね」
「大困りだよ!! 仕方ないから、寮母さんにその日の夕飯に使ってもらったけどさぁ!」
そこまで話して、はて? と頭の片隅で疑問に思う。
なんで私は九条くんにこんなにペラペラ、自分のことや家族のことを話しているんだろう?
九条くんとはやっと昨日まともに話したばかりの、ただお互いの秘密を守るために契約で結ばれただけの関係なのに。
……なんて、その答えは自分自身がよく分かっているんだけどね。
きっと、私は嬉しいんだ。
ずっと自分を偽って生きてきたから、こうやって堂々と自分のことやお母さんのことを話せることに。
そしてその話を迷惑がらず、楽しそうに聞いてくれることに。
どこまで狙ってなのかは分からないけど、誰かに話を聞かれる心配のない貴賓室に連れて行ってくれたことといい、私に合わせた食事を一緒に食べてくれることといい、全部私のことを気遣ってなのだろう。
なんだか悔しいからお礼なんて言わないし、楽しいなんて絶対思わないけど、でも……。
「? どうしたんだい? いきなり黙り込んで」
「……別に」
不思議そうな顔をする九条くんにぷいっとそっぽを向いて、またずるずるとうどんを啜る。大好物の味も分からないくらい、いつまでも消えてくれない胸のむず痒さに戸惑う。
「…………」
でも結局気になってちらりと九条くんを見れば、ちょうどいなり寿司を食べるところだった。
綺麗な箸使いでいなり寿司を口に運ぶと、九条くんの顔が幸せそうに綻んだ。
「……ふぅん」
それを見てピンときた。やっぱり妖狐はいなり寿司が好きなのだ。
「はい、九条くん」
彼の前に私のいなり寿司が乗った皿を差し出せば、九条くんがキョトンと目を瞬かせる。
「なんだい? 雪守さん」
「いなり寿司、好きなのかなって思ったから。あげる」
「……そんなに顔に出てた?」
そう言って恥ずかしそうにしている仕草は、私の故郷にもたくさん居るごく普通の男の子とそう変わらない。
もちろん本来雲の上の人ってことは忘れてないけど、それでもほんの少しだけ胸のむず痒さが消えて、心がスッとした。
「めちゃくちゃ出てたよ。なんか九条くんって高級料理とか好んで食べてるイメージだったから、意外かも」
「ははっ、なんだいそれ? ……いなり寿司は俺にとって、思い出の料理なんだよ」
「へぇ? どんな思い出?」
好奇心が湧いて私が聞くと、九条くんは幸せそうな、でもどこか辛そうな顔をする。
「良いことと悪いことが混ざり合った思い出……かな」
「うん?」
それはまたなんとも微妙な思い出だが、何かを懐かしむような様子の九条くんに、結局私はそれ以上何も聞くことは出来なかった――。
◇
「また一緒に昼食べよう」
食事を終えて教室へ戻る途中、九条くんがそう言った。
「ん、んー……。まぁ、いつか……ね」
それに即座に頷きそうになって、でも曖昧な返事に留めたのは、私だけの秘密である。




