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雪女ですがクラスのイケメン妖狐の癒し係になりました  作者: 小花はな
第二章 南国の島ティダと雪求める人魚

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23話 雪女と妖狐と生徒会の夏休み(5)



「せ、先生……」



 砂浜に戻った私達を出迎えたのは、寝っ転がった体を砂で女体に固められた木綿先生であった。

 その姿はさながら、西洋の宗教画に描かれた女神のよう。クオリティが無駄に高いのが、逆に恥ずかしい。



「うわぁぁん!! そんな不憫なものを見る目で見ないでくださいっ!! 雪守さぁぁん!!」


「えへへ、サンドアート楽しかった」


「そ、そっか……」



 ツッコみたいのは山々だが、朱音ちゃんが楽しかったなら何も言うまい。



「ところでまふゆちゃんはどこに行って……、あ」



 視線を先生から私に向けた朱音ちゃんは、私の後ろにいる九条くんを見て、何やらいたずらっぽい笑みを浮かべた。



「あれ、二人で遊んでたの? まふゆちゃんの耳が赤いけど、もしかして何かあった?」


「え゛っ!?」


「朱音」



 朱音ちゃんの言葉に、反射的に両耳に手をやる。

 するとそれを見た九条くんが、咎めるように朱音ちゃんを軽く睨んだ。



「まふゆで遊ぶのはよせ」


「ごめんなさい、神琴(みこと)様。慌てるまふゆちゃんが可愛くて、つい」



 そう言ってペロリと舌を出す朱音ちゃんこそ、ちょっと小悪魔ちっくでとても可愛い。

 でもまさか二人の会話を察するに、朱音ちゃんが私にカマを……?



「それよりもまふゆちゃん、わたしともボートに乗ろうよ!」



 クイっと軽く私の手を引っ張り、くりくりの大きなチョコレート色の瞳でこちらを見上げてくる朱音ちゃん。

 それを目にした瞬間、私の中で生まれた疑念は一瞬にして消え去った。


 だってこんなにも可愛い朱音ちゃんが、私にカマを掛けるはずがない!

 なんだただの思い過ごしか。



「おっ! お前らも海に出るのか? よっしゃあっ! ならオレの華麗な泳ぎ、とくと見せてやるぜ!!」


「は? バカなの?? (ぬえ)の癖に、(みずち)であるボク以上に華麗な泳ぎが出来ると思ってるの?」


「何ィ!? じゃあ競争すっか!?」


「いいけど、泣きを見ても知らないからね?」



 ボートに向かう私達の横から、夜鳥くんと雨美くんがバチバチと火花を散らしながら海へと歩いて行く。競争するのはいいが、準備運動はきちんと済ませたのだろうか?


 そう思いながらもボートに乗り込むと、九条くんがオールを手に取った。



「ボートを出すなら、俺が漕ぐよ」


「ありがとう、九条くん」


「えへへ。ウミガメとかいないかなぁ?」



 にこにこと嬉しそうな朱音ちゃんにほっこりしていると、ボートはゆっくりと動き出す。

 しかし少しして、「はて?」と首を傾げた。



 そういえば誰かを忘れているような……?



「ええーーっ!? みんなして僕を置いてどこに行っちゃうんですかぁーー!? 待ってぇーーっ!! サンドアートのまま置いていかないでぇーっっ!!!」


「あ」



 この時の木綿先生の絶叫は、水平線の向こう側まで響き渡ったという。



 ◇



「ふぅ。久々に本気で泳いだよ」


「ちっくしょー、結局水輝(みずき)の圧勝かぁ」


「まぁ雨美は泳ぎのプロみたいなものだし、仕方ないさ」


「それにしても熱帯魚と珊瑚礁がすごく綺麗で、わたし感動しちゃったよぉ~」


「へへへ。ティダの海の綺麗さは、帝国一だからね」



 ひとしきり遊んでレジャーシートに戻った私達は、海の家でお昼ご飯を購入し、食べながらお互いに遊んだことを話す。

 ボートに乗った後は夜鳥くん達と合流して一緒に泳いだりと、なんだかんだとすっかり海を満喫してしまった。



「ふぁぁ」


「まふゆちゃん、眠い?」


「ちょっとね……」



 欠伸(あくび)をした私を見てくすりと笑う朱音ちゃんに、こくんと頷く。

 早起きしてたくさん遊び、お昼を食べ終えて満腹。こんなん眠くならない方がおかしい。



「よし、んじゃまぁ……」



 しかしそんな眠気とは無縁な男、夜鳥くんが勢いよく立ち上がって、元気に叫んだ。



「腹ごなしに、そろそろアレ(・・)やろーぜっ!!」


「アレ?」



 夜鳥くんが叫んで指差す方を見れば、あるのはレジャーシートの片隅に置かれた緑と黒の縦しまの丸い果実。つまりスイカだ。

 そういえばまだスイカ割りをしていなかった。



「んー……、じゃあスイカ割りする?」



 眠気を散らそうと伸びをしてみんなに聞けば、九条くんが頷く。



「そうだね。なら早速準備して、誰が割るか決めようか」


「はいはいっ! だったらもう僕も起き上がっていいですよね!?」


「いえ、先生はそのままで」


「なんでっ!?」



 私達が遊んでいる間もずっと女体に土で固められたままだった木綿先生が、出たい出たいと騒ぎ出す。


 お昼もみんなに食べさせて貰うという不憫な状態だったので、出してあげたいのは山々だが、朱音ちゃんがダメと言う以上、私に出してあげることは出来ない。

 木綿先生にはもうしばらくこのままで居てもらう他ないようだ。



「じゃあ割るのは恨みっこなしで、木綿先生以外のジャンケンで勝った人でいいね?」


「おっし!! 絶対に勝ってやる!!」


「いくよ? ジャーンケン――……」


「ポンッ!!」


「うわーーーーっ!! 水輝に一人勝ちされたぁぁ!!!」



 結果は雨美くんがチョキ。それ以外がパー。



 と、いうことで……。



 ◇



「あー、右、もうちょい右!」


「逸れた! 左に行って!」



 私達の声を頼りに、目隠しをした雨美くんが真っすぐ棒を持って砂浜を歩く。

 やはり目を隠すと平衡感覚が失われるのか、あっちへふらふら、こっちへふらふら。スイカからは遠ざかるばかりである。


 するとそれに痺れを切らせた夜鳥くんが雨美くんに向かって叫んだ。



「だからそっちじゃねぇって、水輝! 男ならもっと真っ直ぐ歩けよな!!」


「はぁ!? 誰か女みたいだってぇ!?」


「いや、そこまで言ってねーし!」


「いいや言った!! 少なくともボクの耳にはそう聞こえた!!」



 夜鳥くんのゲキに、雨美くんが棒を振り回して激昂する。

 あら? なんだか雲行きが怪しくなってきた。まだ二人は言った言わないで争っている。



「ちょ、ちょっと二人とも! こんな時までケンカは……」


「もぉーいいっ!! ボクは自分でスイカの位置を特定するから、みんなは指示しないでっ!!」


「ちょっ!?」



 取り成そうとする私の声を遮って、雨美くんが叫んだ。

 そして私達の声など聞かず、棒をある一点に定めて前進する。


 しかしゆっくりと近づくその先にあるのは、スイカではなく――……。



「へあっ!? あああ雨美くん!? こっちじゃないです!! この先にはスイカじゃなくて、僕の頭がぁーーっっ!!!」



 そう! 雨美くんが歩く先にあるのはスイカではなく、木綿先生!

 未だサンドアート状態に土で固められた先生が必死で叫ぶが、しかしそれでも雨美くんは止まらず、ニヤリと口の端をつり上げた。



「ふふふ、もうボクは誰の声にも惑わされたりはしない!! 覚悟しろっ、スイカっ!!!」


「あーーーーっ!!?」


「せ、先生ぇーーーーっ!!」



 万事休す。木綿先生が絶叫した瞬間、私達が雨美くんを止める間もなく、瞬く間に一反木綿(いったんもめん)へと姿を変えた先生が砂の中から勢いよく飛び出した。



 スポーーーーンッ!!



「あっ! スイカがっ!!」



 しかもその際、木綿先生が放った風の妖力によって砂浜に砂嵐が巻き起こり、スイカがどこか遠くへと飛ばされてしまう。



「あ゛ーーっ!? おいっ! 木綿に水輝!! お前ら何やってんだよ!?」


「雷護がボクのこと怒らせるからでしょー!」


「僕だって命が惜しいんですぅー!」


「もうっ、話はあと! それより早くスイカを追いかけよう!!」



 言い合う三人にそう叫んで、私達は飛んで行ったスイカを追いかける。



「まふゆ、あそこ!」


「あっ!」



 バタバタと走って九条くんが指で示した先。


 たどり着いたのは以前も来た釣り場で、岩壁に着岸させた一艘(いっそう)の釣り船の傍らに立つ麦わら帽子の男性が、スイカを持って首を捻っているのが見えた。



「あの、すいません! そのスイカ、私達のなんです!」


「お怪我はありませんでしたか?」



 恐らく釣り人であろうその人の側に駆け寄って私達が口々に言えば、男性は緩く首を振る。



「いんや、オラはなんともないべ。立派なスイカが空から降ってきたと思ったら、アンタらのだったのかぁ」


「そうなんです。拾ってくださり、助かりました」



 どうやら男性がキャッチしてくれたお陰で、スイカは割れずに済んだようだ。

 私は受け取ったスイカを大事に抱えて、お礼を言う。



「みなさーん! スイカは無事でしたかー!?」



 と、そこで不毛な罪の擦りつけ合いをしていた先生達三人もこちらに走ってくる。

 すると麦わら帽子の男性は、驚いたように私達を見遣った。



「はぁしかしまた大勢で……、みんなで海水浴だべか?」


「はい。俺達は帝都の学生で、夏休みを利用してティダに遊びに来たんです」


「はぇー帝都から」



 そりゃ遥々(はるばる)ティダまでよく来たべさと頷き、麦わら帽子の男性は優しい笑顔を見せる。

 妖力は全く感じないし、きっと人間なんだろう。朗らかな口調といい、その柔和な態度といい、随分と人の良さそうな人だなと私は思う。



「若ぇ内はたくさん遊ぶのがいい。オラの娘もアンタらと似た年だべ。仕事を手伝ってくれるんは助かるが、たまにはアンタらみたいに遊んで……」


「父さん? さっきから誰と話して……」



 と、そこで釣り舟からひょっこりと一人の人物が顔を出す。

 見覚えのある小麦色の肌と水色のショートヘア。左右の耳元で揺れる大きなピアスに、私は「あっ」と目を丸くした。



「カ、カイリちゃんっ!!?」


「げっ! アンタらがなんで父さんと……!?」



 なんと現れたのはカイリちゃん!

 対面するのはあの入り江での出来事以来となる。


 そして私達と〝父さん〟と呼んだ麦わら帽子の男性を交互に見て、彼女はなんとも言えない微妙な顔をした。



「なんだべカイリ、知り合いか?」



 キョトンとする男性に、カイリちゃんは渋々といった感じで頷く。



「……まぁ、知り合いと言えば知り合いだけど。その紫髪は風花(かざはな)さんの娘なんだってさ」


「おお! そかそか風花さんの! 通りでよく似ているべ!」



 私を指差したカイリちゃんを見て、男性は嬉しそうに破顔した。



「風花さんには本当にいつもお世話になっているべ。まさかその娘さんがカイリと仲良くなっていたなんて! いやー良かったべなカイリ、話せる子が出来て」


「違っ! そいつはそんなんじゃっ……!!」



 否定しながらもニコニコと笑う男性には強く言えないのか、カイリちゃんは困った顔をして口籠る。

 ていうかこの男性。さっきのカイリちゃんの言葉通りなら、もしかしなくても……。



「ああ申し遅れたべ。オラはカイリの父で、この辺の海で漁師をしている者だべ」


「あ、ご丁寧に。雪守(ゆきもり)まふゆです」


「俺は九条(くじょう)神琴(みこと)と申します」



 深々と頭を下げられて、私達も慌てて順番に名乗る。そして心の中で「やっぱり」と呟いた。


 この人がカイリちゃんのお父さん。

 ということは、人魚の女性と結婚した……。



「ん? 九条……神琴……?」


「?」



 と、そこで不意にカイリちゃんのお父さんが、九条くんをジッと見つめて首を捻った。

 その様子に私達も首を捻る。



「あの……、俺に何か?」



 顎に手を当てて考え込むような仕草に九条くんがそう聞けば、カイリちゃんのお父さんは苦笑して首を横に振った。



「いんや。なんでもないんだべが、ただおまいさんの顔、どっかで見た気がしてなぁ……」


「え……」



 その言葉に驚き顔を見合わせる私達に対し、カイリちゃんは呆れたように息を吐いた。



「はぁ? こんな目立つイケメンが、こんなど田舎を何度も闊歩(かっぽ)してる訳ないじゃん。それよか父さん、さっさと魚卸しに行くよ」


「おーそうだべ。じゃあみなさん、オラ達はこれで失礼するだ」


「あ、はい。こちらこそお仕事中に引き留めてしまって……」



 去り際にも深々とお辞儀をしてくれたカイリちゃんのお父さんは、彼女と一緒に魚の入ったカゴを抱えて町の方へと歩いて行く。


 それをぼんやりと見送っていれば、端で見ていた夜鳥くんがボソリと呟いた。



「娘は不愛想だけど、父親は丁寧な人じゃん」


「けどなんだか不思議なことを言ってたね。九条様を見たことがあるとかなんとか」


「はい。神琴様は初めてティダに来られたのに、どうして……」


「…………」



 朱音ちゃん達の言葉になんと返していいか分からず、私はチラリと九条くんを伺う。

 しかしその表情はいつもと変わらず涼しげで、なんの感情も読み取ることは出来ない。



 でも……。



『不思議なんだ。ティダに来るのは本当に初めての筈なのに、この海を俺は前にも見たような気がする』



 九条くんが何度も感じた既視感。

 そして実際に彼と似た人物を見た気がするという証言。


 総合すると、やっぱり九条くんは以前にもティダに……?



「ま、よく分かんねーけど、とにかく気を取り直してスイカ割りしよーぜ」


「だね。今度こそちゃんと割りたいし」


「えっ! また水輝がやんのかよ!?」


「もう僕を狙うのはナシですからねっ!」


「じゃあビーチに戻ろっか、まふゆちゃん」


「……うん」

 


 賑やかな周囲に反し、黙り込んだままの九条くんを見つめて、私は朱音ちゃんに頷く。



 ――こうしていくつかの疑問を残しつつも、私達は日が暮れるまで思う存分、海での楽しいひと時を過ごした。


 収まらない心の騒めきを、胸の奥で感じながら……。



 ◇



「はー、遊んだ遊んだ」


「スイカ甘かったねー」


「つーかまだ塩水でベタついてる気がすんな。もう一回シャワー浴びてぇー」



 海からの帰り道。相変わらず思い思いのことを言いつつ、私達は我が家へと向かう。

 やはり夕飯時ということもあり、あちこちの家から漂ういい匂いに、みんなのお腹がぐぅと音を立てた。



「今日の夕ご飯は何かなぁー?」


「カレーだよ。お母さんに材料は買って来るように言ってあるから」


「やった! カレー!」



 はしゃぐみんなに笑っていると、見慣れた我が家が見えてくる。

 そうして家がもう間近に迫ったその時、目の前を歩く九条くんが急にピタリと足を止めたので、私は目を見開いてその背中を見上げた。



「……」


「? どうしたの、九条くん?」


「なんであの方(・・・)がここに……」


「……え?」



 呆然とした様子で呟く九条くんの言葉の意味が分からず、私はその背中からヒョイと顔を覗かせて家の前を見る。


 するとそこに居たのは――。



「え、あれって……」


「おいおい、まさか……」



 九条くんと同じように固まった私を見て、他のみんなも次々と家の前へと視線を向ける。

 そして誰に言うでもなく、全員が同じことを呟いた。



「なんで、皇帝陛下がここに……」



 ――そう。



 私達の視線の先に居たのは、お母さんと黒髪の壮年の男性。

 その姿は以前お城で見かけた時のような豪華な衣装ではなく、一般市民と変わらないラフな服装をしている。


 しかしどのような姿であろうと、その滲み出る圧倒的な存在感は見間違える筈がない。


 黒髪の壮年の男性……いいや、日ノ本帝国皇帝陛下が、何故かお母さんと共に我が家の前に立っていたのだ。



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