19話 雪女と妖狐とギャルの秘密(1)
「アンタ達……、なんでここに……」
ザンの森を抜けた先。
小さな入り江の端に浮かぶ岩場に腰掛けて美しい歌声を響かせていた人物は、カイリちゃんだった。
そしてそんな彼女の腰の先から伸びる、その美しい水色のヒレが意味することは――……。
「…………っ、見んな!!」
「わぷっ!?」
私達の視線がヒレに集中していることに気がついたカイリちゃんが、そのヒレを使って海水を掬い、バシャッ! と勢いよく私達にかけた。
それによって服はずぶ濡れだが、それよりも何よりも――。
「痛ッ!! 痛ぁ~いッ!! 海水が目に入ったぁーーっ!!」
「大丈夫かい!? まふゆ!」
「ジロジロと人の足を見てんからだろ!!」
「うう……。見たのは謝るけど、海水を目にかけるのはヒドイ……」
ズキズキと目に滲みる海水を手で拭いながら、私はそうこぼす。
そして痛みがようやく和らぎ、目が開けるようになった頃には、既にカイリちゃんの足はヒレではなく、いつもの二本足へと戻っていたのだった。
「……それで?」
そのまま腰掛けていた岩場に立って腕を組み、カイリちゃんが警戒するように私達を見下ろす。
「なんでアンタらがここにいんだよ?」
「なんでって、えっと……。私達は肝試しをしに来てたんだよ。そしたらいきなりこの場所に出ちゃって……。むしろカイリちゃんこそ、どうしてここに?」
「肝試しぃ? あたしはここに住んでんだよ。ほら、あの家」
そう言ってカイリちゃんが私のすぐ横を指差したので目線をやれば、確かに側には小さな赤瓦の家が一軒だけポツンと建っている。
まさかこんな森の奥に人が住んでいたなんて……。
私が驚きに目を見開くと、カイリちゃんが呆れたように溜息をついた。
「しっかし、アンタらもわざわざこんな場所で肝試しなんて変わってるな。道は一本道で単調な上に、ずーっと入り江まで野っ原が広がってるだけで、全く肝試しになんてならないだろーに」
「え?」
カイリちゃんの言葉に私は目を瞬かせる。
一本道……? 野っ原……??
「…………」
つい先ほどまでビクビクしながら歩いてきた場所とは似ても似つかない表現に、私と九条くんはお互い顔を見合わせる。
「……えーと。カイリちゃんに確認だけど、一本道で野っ原って、〝ザンの森〟のこと言ってるんでいいんだよね……?」
「はぁ? 当たり前だろ。けどザンの森っていうのに、ただの野っ原なんて不思議だよなぁ」
「…………」
どういうことだろう? 彼女が嘘を言っているようには見えない。
不気味な森に見える私達がおかしいのか、それともカイリちゃんがおかしいのか……。
そのまま首を捻っていると、九条くんが「まふゆ」と私を呼んだ。
「森についての考察は後だ。それよりも魚住さん、君について教えて貰いたい」
「な、なんだよ改まって……? あたしはアンタに教えることなんて何も……」
「先ほど君が見せた水色のヒレ。聞かれたくはないようだが、聞かせてもらう」
九条くんの鋭い視線にカイリちゃんはたじろぐが、その様子を気にすることなく、九条くんは言葉を続けた。
「――君は〝人魚〟なのか?」
「!」
静かに、しかしハッキリと聞こえた言葉に、カイリちゃんの肩がビクリと跳ねて視線を彷徨わせる。
「あ、あたしは……」
「君が氷の妖力を持つ妖怪に執着する理由はなんだ? その後ろに建っているものと、関係があるのかい?」
「……え?」
その九条くんの言葉で、ようやく私もカイリちゃんの背後に何かが建っていることに気づく。そういえば先ほどカイリちゃんは、そちらの方を向いて歌を歌っていたんだった。
一体何が建って――。
「あ……」
目にした瞬間、私の口からポロリと声が出る。
「誰かの……お墓?」
――そう。
彼女が腰掛けてた岩場の更に向こう。飛び石のようにそびえる少し背の高い岩場に建っていたのは、小さな石碑のようなお墓だった。
何か文字らしきものが刻まれているが、それは暗くてよく見えない。
「? なんて書いて……」
そこでもう少し近づこうと足を前に踏み出した瞬間、鋭い声が静寂を切り裂いた。
「その墓に近づくなっ!!!」
「!!」
カイリちゃんが叫んだ瞬間、私の体が急に何かに弾かれるような衝撃を受け、一気に吹き飛ばされる。
そしてそのまま地面に叩きつけられ、激しい衝撃が背中に走る――!!
……ことはなかった。
「っ、九条くん!?」
既視感のある柔らかな感触にハッと下を見れば、やはりまた以前のように九条くんが私の下敷きになっていた。
私は慌てて九条くんから飛び降りて、その体を抱き起こす。
「まふゆ、大丈夫?」
「私より九条くんがっ……!!」
「大丈夫、俺はなんともないよ」
「――――っ、ごめん!!」
バタバタと近づいて来る足音に視線を上げれば、いつかのようにカイリちゃんが息を切らせてこちらへと走って来ていた。
どうやら思った以上に、遠くへと吹き飛ばされてしまったらしい。
「ごめんっ!! あたしまた……!!」
そう震えた声で謝るカイリちゃんの顔は青ざめており、その様子を見て私は確信する。
やっぱり以前に朱音ちゃんが言っていた通り、カイリちゃんはまだ上手く半妖の力をコントロール出来ていないんだ。
私は服に着いた砂粒を払って立ち上がり、走り寄るカイリちゃんに向かって首を横に振った。
「ううん、そんなに何度も謝らないで。幸い私も九条くんもケガはないし、そもそも私が不用意に近づこうとしたのが悪いんだから」
「けど……っ!!」
「それよりも私からも確認させて。カイリちゃんは〝人魚の半妖〟……それで間違いないよね?」
「――――っ!?」
私の言葉にカイリちゃんが驚いたように目を見開く。
そうして少しの間こちらをジッと見た後、やがてボソリと彼女は独り言のように呟いた。
「そ……うか。半妖ってことまで、とっくに見抜かれてたのか……」
「カイリちゃん……」
「はぁー、分かった。そこまで知られてたんじゃ、あたしの負けだ。……いいよ。あたしの秘密、全部話す」
深い溜息をひとつ吐いた後、私達にそう告げたカイリちゃんは苦く笑った。
◇
ザーンザーンと岩場に波が打ちつける音が響く入り江。
夜でもティダの気温は高く、カイリちゃんに海水をかけられずぶ濡れだった服は、今やすっかりと乾いていた。
「……まず、さっきアンタが言った通り、あたしは人魚の半妖で間違いないよ」
そう言ってカイリちゃんは先ほどのお墓を仰ぎ見る。その後ろ姿はどこか寂しげだ。
「そっか……ありがとう。ごめんね、無理に聞き出して」
「いいけど。でもよくあたしが半妖だって気づいたよね? 一度だってこのことを誰かに漏らしたことなんて無いのに……」
「えっ!?」
カイリちゃんがこちらを振り返り、訝しげな視線を向けてくる。
それに私は慌てて言い募った。
「そ、それは……! 私の友達も半妖だから……かな!? ほらっ、カイリちゃんも知ってるでしょ!? ピンク色でふわふわな髪をした女の子!」
「ああ、あの。……へぇ。そっか、あのピンク髪も半妖なのか……」
「……」
うう。視線をかわす為とはいえ、思わず朱音ちゃんのことを出してしまった……。ごめんね、朱音ちゃん……。
心の中で平謝りしつつ、しかしそれによってカイリちゃんが納得してくれたようなので、ひとまずホッと胸を撫で下ろす。
「半妖……。そうか、だから気配で気がつかなかったのか。じゃあ君の両親のどちらかが人魚ってことかい?」
「ああ……」
九条くんの質問にカイリちゃんが頷く。
「母さんが人魚で父さんは人間。元々母さんはザンの森に流れ着いた人魚で、たまたまその近くで魚を獲っていた父さんが母さんを見つけたのが始まりらしい。それで二人でこの森に住むようになって、少ししてあたしが生まれた」
「じゃあカイリちゃんは、生まれた時からずっとここに?」
「そう。人魚は陸との交友が無いから、母さんも自分の存在を周囲には気づかれたくないみたいだった。だから人が寄り付かないザンの森に住むのは都合が良かったんだ。半妖のあたしもそれは同じで、子供の頃から父さんの仕事の手伝い以外は全部ここで過ごしてた」
「学校はどうしてたの?」
「行ってない。勉強とか歌とか家事とか……、そういうのは全部母さんに教わったし」
「……優しいお母さんなんだね」
なるほど。ずっとこの森で過ごしていたから、私達は同い年にも関わらず、カイリちゃんのことを全く知らなかったのか。
うーん。それにしても、カイリちゃんのお母さんかぁ……。
人魚の女性って、一体どんな人なんだろう? 会ってみたいって言ったら、カイリちゃんに嫌がられちゃうかな?
色々と想像を膨らませていると、不意にカイリちゃんが呟いた。
「……まぁでも、その生活も10年足らずしか続かなかったけどな」
「え……?」
どういうこと?
言わんとする意味が分からず、私が目を瞬かせば、カイリちゃんが微かに笑う。
その笑いがどこか自虐めいたものに見えるのは気のせいだろうか?
「アンタらがさっきから気にしてる墓、あれが母さんの墓なんだ」
「――――え?」
お母さんの……お墓……?
その言葉でカイリちゃんが何故このお墓の前で悲しげに歌っていたのかを悟る。
けど待って。
じゃあそれってつまり、カイリちゃんのお母さんはもう――。
「死んだんだ。……いや、あたしが母さんを死なせたんだ」
「――――っ!?」
耳を疑うような言葉にギョッとすると、カイリちゃんが今度はハッキリと笑う。
それはまるで悲しみと痛みを堪えるような、苦い苦い笑み。
「アンタ達ももう2回目だし分かってるだろ? このあたしから放たれる不気味な力。昔からそうだった。感情が昂ぶると勝手に妖力が暴れて周囲を傷つける。こんな力のせいで、母さんは――……」
「カイリちゃん……」
カイリちゃんは爪が食い込むほど両の手を握り締めて立ち上がり、私達と視線を合わせて言った。
「……でも、死ぬ時に母さんは言ったんだ。〝ティダに雪が降ったら、また母さんと会える〟――って」




