17話 雪女と妖狐とドキドキ肝試し(2)
「へぇーこれがザンの森かぁー。確かにちょっと不気味かも」
「夏なのにヒンヤリしてるのが不思議だよね」
あれから何度も悲鳴を上げながらもなんとか桟橋を渡り切った私達は、揃って森の入り口でその鬱蒼とした木々を見上げていた。
……ああ、来てしまった。本当に来てしまった。
憂鬱な私とは裏腹に、桟橋ではあれほど青い顔をしていたみんなが、今は楽しそうに森を見回している。
なんで? 正直あのオンボロ桟橋なんかよりも、この森の方がよっぽど怖……いや、考えるのは止めよう。
「あれ? そういや……」
と、そこで夜鳥くんが不思議そうに首を傾げた。
「まだ風花さんと木綿が、来てねーじゃん」
「本当だ。森の入り口で待ってるって言ってたのに……」
キョロキョロと上空も見渡すが、それらしき白い浮遊物は見当たらない。
まさか道草でも食っているんだろうか? お母さんならあり得る。
「はっ!?」
そう内心呆れていると、唐突に夜鳥くんが何かをひらめいた様子で叫んだ。
「まさか二人は海神の怒りを買って……!?」
「いや、まっさかぁー! まだ何もしてないじゃん!」
「そうだよ、きっと近くにいるよぉ」
「ま、だよなぁ!」
夜鳥くんの冗談に、みんながドッと笑う。
――その時だった。
「ギャーーーーッ!!!」
突然鋭い絶叫が響いたかと思うと、森の奥からドドドドドッと砂煙を上げながら、何かがこちらへとものすごい勢いで向かって来る。
「えっ、えっ!? 何なにっ!!?」
「本当に海神様がお怒りになったんじゃないの!? さっき雷護が橋を壊してたしっ!!」
「いや、揺らしただけで壊してねーよっ!!」
言い合う間にも砂煙はどんどんと近づいてきて、そして――。
「ギャーーッ!! 海神様ごめんなさーーいッ!!!」
「もう肝試しはしませーーんッ!!!」
大絶叫を上げる数名の男女が私達を横切り、そのままこちらには目も暮れず、例の桟橋へと駆けて行った。
あまりの勢いに橋がバキッメキッ!! と嫌な音を立てているが、大丈夫だろうか?
「え、今のって……」
「多分俺達以外に肝試しに来た人達だろうね」
私の呟きに九条くんが冷静に答えてくれるが、他のみんなの顔色は悪い。
「ねぇ……なんかあの人達、海神様に謝ってなかった……?」
「はい。しかも〝肝試しはもうしません〟って……」
「まさかマジで風花さんと木綿も……」
「え……」
さっきまでの賑やかな雰囲気が一変し、辺りに神妙な空気が漂い始める。
そんな……嘘だよね?
お母さん、木綿せんせ……。
「お、来てる来てる。おーいっ! アンタ達ー!!」
「みなさん、お疲れ様でーすっ!!」
「ぎゃああああああああ!!?」
いきなり森からガサガサと物音がし、ぬっと現れた二つの人影に、私は悲鳴を上げて仰け反った。
「はぁ、こうも暗くて広いと歩くのも大変だわ。……て、まふゆ。アンタ尻餅ついて何やってんの?」
「お、お母さん……」
どうやら森から出て来た二つの人影は、お母さんと人型に戻った木綿先生だったようである。
な、なんだ。いきなり出てきて脅かさないでほしい。
しかしホッと胸を撫で下ろせば、周囲から感じるのは生暖かい視線。
「まふゆちゃん……」
「雪守、お前やっぱりビビッて……」
「ないっ!! ビビッてなんかないっ!! たださっきの話の流れだと、てっきりお母さんと先生は死んだと思うじゃない!? みんなだってさっきは神妙な顔してたでしょ!?」
動揺してたのは私だけじゃないと主張するが、それにみんなは「え?」という表情で顔を見合わせる。
「いや、マジでそうとは誰も思ってねーよ。なんつーか、ノリだよノリ。肝試しの雰囲気作りっつーか」
「はぁっ!!?」
出たよノリ!! そんなもん分かるかっ!!
「というかアンタ達……。どういう話をすれば、わたしと先生が死んだ流れになるのかしら?」
呆れたように溜息をつくお母さんに、私は先ほど走り去った集団のことを伝える。
するとお母さんは「ああ」と頷いて、木綿先生の肩を叩いた。
「そりゃその少年少女が見たのは木綿先生であって、海神じゃないわ。ね、先生」
「えっ! そうなの!?」
お母さんの言葉に木綿先生が顔を顰めながらも頷く。
「そうなんですよぉー!! まったく彼らったら、僕を見て海神の怨霊だとか言って叫んだんですよ!? 失礼しちゃいますっ! 一反木綿って、そんなに知名度の低い存在でしたかね!?」
「はあ……」
プリプリと興奮気味に木綿先生が語るが、今は一反木綿の知名度のことなどどうでもいい。
大事なのは、さっき走り去って行った男女のグループが単に勘違いをしていたということである。
……あれ? でも、
「じゃあつまり二人はさっきの人達と森で鉢合わせしたってことでしょ? そもそもお母さん達は、なんで森の中から出て来た訳?」
「なんでってそりゃ、肝試しのコースを決めて目印を付けていたのよ。この森も広いし、ただ闇雲に歩いてたら迷っちゃうでしょ」
そう言ってお母さんが履いてる短パンのポケットから赤いリボンを取り出し、私達に掲げて見せる。
なるほど、それを木に括り付けてコースの目印にしたのか。
「ってことで早速ルール説明よ。くじ引きで2組に別れて、互いに違うコースをくるっと一周。で、先にこの場所に戻ってきたチームが勝ちってことで」
お母さんがそう説明を終えると、いつの間に作ったのか、木綿先生がクジ箱を私達に見せた。
え、というか……。
「もしかしてお母さんと先生は肝試ししないの?」
「わたし達は審判よ。じゃないとどっちのチームが先に戻って来るか分かんないでしょ」
「でも先生は人魚に会うってあんなに張り切ってたのに?」
不思議に思って聞けば、木綿先生は悲しげに眉を下げた。
「それが僕もそのつもりでしたが、先ほど風花さんと一緒に空から森を見下ろした際には、それらしい姿は見当たらなかったんですよね……」
「うーん、そうなんですか……」
やっぱり迷信はあくまで迷信ってことなんだろうか。
シュンとする木綿先生だが、しかしそれ以上にその話を聞いていた雨美くんがガッカリとした表情をして呟いた。
「そっかぁ、居ないんだ。人魚に一度は会ってみたかったのになぁ」
「雨美は人魚一族との付き合いはないのか? 蛟一族と人魚一族は遠い親戚関係と聞いたことがあるが……」
「へぇ、そうなの? 雨美くん」
私が目を丸くして言うと、雨美くんが頷く。
「うん。蛟一族と人魚一族が遠い親戚なのは確かだよ。でも残念だけど、ボク達一族が陸で生きる選択をした頃からずっと疎遠なんだ……」
「そっか。人魚一族はかなり内向的だって言うもんね」
同じ水棲の妖怪であるにも関わらず一切の交流がないとは、いかに人魚一族が排他的であるかが伺える。
「まぁまぁ、雨美くん」
と、そこで落胆して肩を落とす雨美くんに対し、またもお母さんが励ましの言葉を掛けた。
「そんなにガッカリしないで。じゃあそうねぇ。話のついでに、海神にまつわるもう一つの言い伝えを教えてあげるわ」
「え? もう一つの言い伝え……?」
そんなものあっただろうか? 頭を捻るが、私にはなんの心当たりもない。
「〝海神の姿を見た者は一つだけ、なんでも願いが叶う〟……ですって」
「海神の……?」
これまた抽象的な話に、みんなが互いの顔を見合わせた。
「え、でも海神様って深い海底に住んでるんだよね? 姿なんてどうやって見れるんだろう?」
「その前にその話って信憑性があるんですか?」
「さぁ? あくまで言い伝えなんだもの。試そうと思って試せるものでもないし。でも夢があっていいじゃない? それよりほら、みんな元気が出てきたところで、そろそろクジ引きを始めるわよ」
「あ、うん」
そういえば話に夢中ですっかり忘れてたけど、私達は肝試しをする為にザンの森へ来ていたんだった。
出来ればいっそもう忘れたままでいたかったが……。
「はい、まふゆの番」
「あ」
遠い目をしていると、いつの間に木綿先生からお母さんの手に渡ったのか、クジの箱をぐいぐいと私に押し付けてくる。
それに私はゆっくりと箱の中に手を入れて、ゴクリと喉を鳴らした。
「さーて、まふゆは誰とチームになるのかなぁー?」
「……」
囃し立てるお母さんの声は無視して、ドキドキと心臓が激しく鼓動を刻むのを感じながら、私は箱の中に入れた手を彷徨わせて強く念じる。
願うのはただひとつ……。
どうか……。
どうか九条くんとは違うチームになりますように……!!
◇
「おおーっ! 結果はそうなったのねーー!」
それぞれが引いたクジを見ながら、お母さんがうんうんと頷いた。
対してクジを引いた当人達は嫌そうに叫ぶ。
「はぁ!? 水輝と一緒かよ! いつも通り過ぎてつまんねー!」
「それはボクの台詞なんだけど! けど不知火さんも一緒なら、なかなか楽しくなりそうだね」
「はいっ! 一緒に夜鳥さんを怖がらせましょう!!」
「いや、肝試しってそういうんじゃなくね!?」
なんだかんだと楽しそうに騒ぐ三人。
そんな彼らををよそに、私は引いたクジを握り締めてプルプルと震えた。
だって朱音ちゃんと夜鳥くんと雨美くんがチームってことは、私と組むのは…………!
「俺はまふゆとか。……まふゆ?」
「う゛ぇ!? う、うんっ!! よろしくね、九条くんっ!!」
背後から声を掛けられて肩をビクつかせた私は、ギクシャクと九条くんに笑みを浮かべる。
ヤバいっ!! また声が裏返った上に、妙にテンション高く返事してしまった!! これじゃあ絶対に九条くんに変に思われるよ……!!
もう絶対に意識しない。意識しない。意識しない……。
「はーい。じゃあ無事にチームも決まったことだし、各チーム出発してー。楽しんで来んのよー!」
脳に刷り込むように念じていると、お母さんがパンパンと手を叩く。
するとそれが合図となって、肝試しは始まった。
「しゃーねー、ボチボチ行くか」
「だね」
「まふゆちゃん、お互い頑張ろーね」
「うん。朱音ちゃんも」
手を振って見送れば、朱音ちゃん達が私達とは逆の方向から森の中へと入っていく。
「じゃあ俺達も行こうか」
「う、うん」
「みなさーん、頑張ってくださいねー!」
木綿先生の声援を背に、九条くんに先導された私は、ゆっくりと不気味な森の中へと足を踏み入れる。
ああ、なんでこうなったんだろう……?
目の前で揺れる広い背中を見てドキドキと心臓がうるさいのは、恐怖か緊張か?
ぐちゃぐちゃな気持ちを抱えつつも、こうして私達の肝試しは幕を開けたのだった。
※第二章もちょうど半分まで到達しました。今後の展開について練り直しをしましたので、次話以降の更新ペースを少し落とします。
毎日お読みに来てくださっている方がおられましたら、申し訳ありません。より面白いお話になるよう頑張ります。




