15話 雪女とギャルと波乱のコンテスト(2)
「――スタート!!」
「制限時間は15分よ! 二人とも頑張って!!」
観客とお母さんの声が砂浜に響き、私とカイリちゃんは一斉にかき氷を食べ始める。
シャクシャクシャク……。
うん。かき氷自体は山のように巨大であるものの、味はいつものお母さんのかき氷だ。美味しい。
ふわふわの白雪みたいな氷の上に、この前のバーベキュー後にも食べたマンゴーソースと更にカットしたマンゴーがたっぷりと盛りつけられている。
今はちょうどスタートから5分ほど経過した頃だろうか?
やはり私とかき氷は相性が良いらしく、スルスルと氷が喉を通って胃の中へと収まっていく。
「まふゆのスピードがスタートからずっと変わらないわね! もう三分の一を食べきったわ!!」
「まふゆちゃん、頑張れぇーーっ!!」
朱音ちゃんの声援が耳に届き、良いところを見せようと私は更に食べるスピードを上げる。
このまま勢いに乗ってドンドン食べ進めて、カイリちゃんと差をつけなければ!!
気合いを入れ直した私は、スプーンを氷に突っ込んで一気に山を崩した。
――――しかし、
「うっ……!?」
突然に頭に走る、ズッキーン! という鋭い衝撃。
「あいたたたた……!」
「あら! 急にまふゆが苦しみだしたわ!! これは冷たいものを一気に食べて、頭痛が起きたのかしら!?」
はい、そうです。
体の作りは人間とそう変わらないので、雪女と言えども慌ててかき氷を食べると頭が痛くなるんです。
けれどこんなに悶絶するほど痛くなったのは初めてだ。このコンテスト、想像以上に過酷である。
……ていうかなんでこのコンテストに参加者が集まらなかったのか、今ハッキリと理解した。
女子がっ! 水着でっ! 公衆の面前でかき氷早食いっ!!
字面だけ見てもアウトである。
心なしかお腹周りがぽっこりと膨らんできたように感じて恥ずかしい。お腹の中に至っては、かき氷の水分でもうチャポンチャポンだ。
だんだんかき氷を見るのも嫌になってきた……。
「オラ、雪守ぃ! 頭痛に負けてないで、もっと手ぇ動かせ!!」
「頑張れ、雪守ちゃーん!! ボクらの花火大会特等席の為にーー!!」
ゲンナリとしていた私に掛けられる、夜鳥くんと雨美くんの声援。
別に花火大会の為にやってる訳ではないのだが……。
「まふゆ!」
――――あ。
未だ花火花火と騒がしい二人の横で、九条くんが私の名前を呼んだ。
そしてその金色の瞳と目が合った瞬間、私の手は完全に止まった。
「あーーっ!! まふゆの手が完全に止まったわーーっ!!」
「雪守さぁぁぁん!! ガッツです!! 最後まで諦めちゃいけませんよぉぉーー!!」
木綿先生……。
その鼓舞になんとか応えたいが、なんでだろう? 九条くんの目を意識した途端、今私が彼にはどう映っているのかばかりが頭を占めてしまう。
このままじゃカイリちゃんに負けちゃうって、焦るのに。
……そういえばカイリちゃん。彼女は今どれくらいかき氷を食べたんだろう?
私はチラリと横目で様子を伺い――。
「――――!?」
まさかの光景に言葉を失った。
「おーっとぉ!! まふゆが頭を抱えている間に、カイリが一気に追い上げて来たわよっ!! カイリのかき氷はもう残り半分!! まふゆ、アンタも早く復活しないと負けちゃうわよ〜!?」
「……っ!」
う、嘘でしょ!? あの巨大なかき氷の山の半分がもう消失しているなんて……っ!!
想定外のカイリちゃんのスピードに、私は一気に動揺する。
ど、どうしよう!? 正直もうすっかり食欲は失せている。
それでもなんとか余力を振り絞ってムリやり口に詰め込むか、それとも――……。
「…………」
「あーっとぉ! ここでまふゆがヘルプカードを挙げたわーーっ!! 観客席から助っ人を一人選べる訳だけど、まふゆは一体誰を選ぶのかしら!?」
私が静かに挙げたヘルプカードを見て、お母さんが観客席に向かって叫んだ。
すると観客達は誰が呼ばれるのかと、ザワザワし出す。
「さぁ、まふゆ! 早く助っ人の名前を呼んで!!」
「……えっと」
誰……呼ぼう?
とっさに挙げちゃったけど、誰を呼ぶかまでは全然考えてなかった……!
「ほらほら、早く!」
「ううーん……」
そのまま悩んでなかなか答えない私に焦れたのか、ついにお母さんが無茶振りをし出す。
「ほらほら! 早く呼ばないと、カイリに負けちゃうわよ!? あっ、それか今ここで好きな男の子の名前を暴露しちゃってもいいのよ?」
「ちょっ、なんでそうなるの!? そんなのいないし!! 変なこと言わないでよ!!」
「えー、いないの? 女子高生の癖につまんないわねぇー」
「いないよっ!!」
真っ赤になって反論する頭の中に、何故か一人の人物が浮かんだけれど、私は慌てて考えを散らすようにして首を振った。
「じゃあ結局、誰を呼ぶのよ?」
「それは……」
『君が有能なのは分かっているけど、どうか無理はしないで。本当に困ったら絶対俺を頼ってよ』
脳裏を過ぎるのは、かつて彼に言われた言葉。
私は胸元に揺れるホタル石をぎゅっと握り締め、そして――……。
「――夜鳥くんッ!! すぐこっちに来てぇーーッ!!!」
「はぁっ!? オレェェェ!!?」
私が呼んだのが予想外だったのか、観客席に座る夜鳥くんが素っ頓狂な声を上げる。
そしてその隣に座る九条くんが騒ぐ夜鳥くんを見て驚いた顔をしているのがチラリと見えて、私は慌てて視線を逸らした。
何故かは分からないけど、なんとなく気まずい。
「はーいっ! じゃあまふゆご指名の夜鳥くん! ステージにどうぞーーっ!!」
お母さんに促された夜鳥くんは、周囲の観客達に囃し立てられ渋々といった感じでステージに上がって来た。
そして私の代わりに巨大かき氷の前にどっかりと座り、ジロリと私を睨む。
「お前なぁー、なんでそこでオレを呼んでんだよ……」
「や、だって夜鳥くん、甘いもの好きじゃん……」
モゴモゴと口ごもる私に夜鳥くんが呆れたように溜息をついて、かき氷を食べ始める。
うう……。だってだって、大量にかき氷を食べて膨らんでいるこのお腹を間近で見られたくなかったし。
……て、え? 誰に見られたくないって??
「…………?」
なんで私、さっきから〝彼〟のことばかり――。
「おおっ!! 水色の髪の子の方がスゴイぞ!! もう食べ終えちゃいそうじゃん!!」
「!!」
考え事をしていた頭に観客席が騒がしい声が響き、私はハッと隣を見て……、
またも言葉を失った。
「カ、カイリちゃんっっ!!?」
なんとカイリちゃんの器に残っているかき氷は、あと僅か。今まさにラストスパートをかけるところだったのだ……!!
「ちょっ……、夜鳥くん急いで!! カイリちゃんが食べ切っちゃう!!」
「おまっ、無茶言うなよ!! だいたい雪守が全然食えてねーからじゃねーかっ!!」
「うう……」
私はハラハラと夜鳥くんとカイリちゃんを交互に見やる。
「…………?」
するとかき氷をドンドンと口に入れ、絶好調に見えたカイリちゃんの様子が変であることに気がついた。
「……っ、」
唇は紫を通り越して青色だし、肩も小刻みに震えている。
そりゃあ、あんな巨大なかき氷を一人でほとんど食べ切ったのだ! 具合が悪くならない方がおかしい……!
「カイリちゃん! 無理はしちゃダメだよ!! ヘルプカードを使って――……」
「いい! あたしはあたしの力だけでアンタに勝ってみせる! そして絶対に、氷の妖力をもつ妖怪に会うんだ……!!」
「!!」
唇が震えているにも関わらず、カイリちゃんがこちらを見て強く言い切った。
彼女のその力強い眼差しに、私は気圧される。
……なんで?
なんでそこまでして、氷の妖力をもつ妖怪を――……?
◇
「はーいっ! ということで、勝者はカイリー!! これ賞品の花火大会の特別観覧席のチケットね。おめでとぉーー!!」
「ありがとうございます」
観客達の盛大な拍手の中、ステージの真ん中で賞状と賞品をカイリちゃんはお母さんから受け取る。
結果は見ての通り、夜鳥くんの健闘も虚しくカイリちゃんの圧勝だった。
雪女の癖に全然かき氷を食べられなかったのは恥ずかしい限りだが、カイリちゃんのあの危機迫る覚悟の前には負けて当然なのかも知れない。
問題は〝負けたら氷の妖力をもつ妖怪を紹介する〟という約束なのだが……。
「――なぁ、アンタ」
「あ、カイリちゃん。おめでとう!」
表彰式を終えたカイリちゃんがステージ下へと降りて来たので、私は笑顔で祝福する。
するとまたもやカイリちゃんはプイと素気無くそっぽを向いた。
「別にアンタに言われても嬉しくないけど。……まぁ、ありがとう」
うん。本当に素直じゃないけど、いい子なんだよなぁ。だからこそ、約束はちゃんと守ってあげたいんだけど……。
「あのね、カイリちゃん。約束はちゃんと守るつもりだけど、今すぐって訳にはいかなくて……」
「それは分かってる。アンタが帝都に戻ってから、もし探しても見つからなかったら、その時はそれでもいい。ちゃんと約束を守ってくれるなら」
「あ……」
思いがけずアッサリと頷かれてしまい、またもや罪悪感が顔を出してきた。
私が正体を明かせば全部スッキリすることは分かっている。だけど縫いつけられたように、上手く口は動いてくれない。
「……なぁ」
「え?」
煮え切らずにずっとモゴモゴと口を動かしていると、不意にカイリちゃんが口を開いた。
「さっき助っ人で呼んだ黄色いツンツン髪って、アンタの恋人か? 前にアンタを庇った銀髪も恋人なんだろ?」
「へ……?」
黄色いツンツン髪……。銀髪……。
「~~~~っ!!?」
彼女の言わんとすることを理解しようと脳をフル稼働し、そうしてようやく理解した瞬間、私の頭は大爆発した。
「こっ……恋人じゃないし!!!」
「どっちが?」
「どっちも!!!」
いやどっちも恋人だったら、えらいことじゃん!! カイリちゃんは私をどんなヤツだと思ってるのっ!?
そんな勘違いをされていた上に、指摘までされるとは……! 絶対お母さんが途中で変な無茶振りをしたせいだ!!
恥ずかしさで顔が燃えるように熱い。
しかし誤解だと必死に首を振る私に、カイリちゃんは更に問いかけてきた。
「――でもアンタは好きなんだろ?」
「……え?」
「あの銀髪こと。コンテスト中もそいつの視線を気にして、途中から全然食が進んでなかったし」
「…………」
〝でもアンタは好きなんだろ? あの銀髪こと〟
好き? 好き?
私が九条くんを……〝好き〟…………?
「――――」
好き……。
頭の中で何度も何度も繰り返すその言葉は、自分でもビックリするくらいにしっくりときて。
ずっと見つからなかった答え。気づいてしまえば至極単純な答え。
見つかった瞬間、頭の中のピースがカチリと嵌る。
そんな音がした。




