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雪女ですがクラスのイケメン妖狐の癒し係になりました  作者: 小花はな
第二章 南国の島ティダと雪求める人魚

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12話 雪女と妖狐と皇帝陛下(1)



「はー、楽しかったねぇ! わたしたちが絵付けした獅子の置き物。木綿先生、喜んでくれるかなぁ?」


「もちろん喜ぶよ! 朱音ちゃんのは芸術的だし、九条くんのはお手本みたいだし! ……私と夜鳥くんと雨美くんのは分かんないけど」



 工芸体験を終えてお城に向かう道すがら。

 眉毛が繋がってたり、たらこ唇だったりと、散々な出来だった獅子を思い浮かべて、私は遠い目をして呟く。



「何言ってんだよ! 太眉にたらこ唇の獅子なんてどこにも売ってねぇレアものじゃねーか! 喜ぶに決まってんだろっ!」


「そうそう! なんてたって他でもない、可愛い教え子の作品なんだからね! 泣いて喜ぶに違いないよっ!」


「えぇ……」



 その自信はどこから湧いてくるのか?

 二人のポジティブさだけは、逆に尊敬する。



「つーか、繁華街を抜けてからひたすら坂を登ってんだけど、一体いつになったら城に着くんだよ!?」


「この坂を登り切った先だから、もうちょっと頑張って!」


「あ、赤い屋根が見えてきたよ」


「えっ!?」



 急な上り坂にヒーヒー言っていたみんなが、九条くんの言葉に一斉に前方を見上げる。

 すると確かに澄み切った青空によく映える赤瓦の屋根が、石垣で出来た高い城壁の奥からちょこんと覗いているのが見えた。



「おおマジだっ! よしっ! んじゃオレが城に一番乗りしてやるぜぇーーっ!!」


「あっ、ズルい! 一番はボクが貰うから!!」


「もうっ、お二人とも! 走って転んでも知りませんからね!?」


「言いながら朱音ちゃんも走っちゃってるし……」


「ははっ」



 坂をどんどん駆け登って小さくなっていく三人の後ろ姿を見ていると、私の横を歩いていた九条くんが笑った。



「本当に彼らといると、毎日騒がしくて飽きないよ。特に朱音がこんなに活発な性格だとは思わなかった」


「九条くん……」



 元気に走る朱音ちゃんを、九条くんは眩しそうに見つめる。


 幼い頃から、監視する側とされる側だった二人。

 もしあの騒動が無ければ、今もまだ二人が言葉を交わすことは無かっただろう。


 九条くんの心の内は分からないが、嬉しそうなその表情を見る度に、やっぱりあの時九条家に行ってよかったのだと、心から思うのだ。



「まふゆ」



 想いを馳せて首元で揺れるホタル石をそっと撫でていると、九条くんが私を呼ぶ。



「俺達も置いて行かれないように急ごうか」


「うん」



 それに頷いて、私は九条くんと肩を並べて坂道を登る。


 ――さぁ。水着探しと共に目的のひとつだったお城は、もうすぐ目の前だ。



 ◇



「わぁ……っ!」


「これは圧巻だね」



 赤瓦と赤い壁。更に金の装飾が際立つ、大きく美しい宮殿。

 かつてティダの地を支配していたという王族が築城したこの真っ赤なお城は、その圧倒的な存在感を持って私達を出迎えてくれた。



「すごいよ! 次々と着想が湧いてくる……!!」



 言葉もなく目の前の光景に圧倒されていると、朱音ちゃんがすかさずカバンからスケッチブックを取り出して、一心不乱にスケッチを始めた。すごい。さすが根っからの芸術肌だ。


 私も訪れたのは初めてでは無いが、かなり久し振りなので新鮮に感じる。



「ん……?」


「どうしたんだい? まふゆ」


「いや、なんか妙に警備員の姿が多い気がして……」



 夏休みで観光客が多いから? でもそれにしても多過ぎなような……?

 しかも警備員達は皆一様にピリピリしていて、なんだか物々しい雰囲気だ。もしかして何かあったのだろうか?



「確かに気になるけど、俺達の目的はあくまでも観光だし、一通り外観を見たら、次は城内を見学しようか」


「うん」



 それもそうか。

 九条くんの言葉に頷いて、私達はお城に向かって足を踏み出す。



 ――しかしその時、



「ピピーーーーッ!!!」


「わっ、うるさっ!?」


「なんだぁ!?」



 浮かせた足を地面につけた瞬間、耳をつんざくような笛の音が響いて、思わず顔を(しか)めた。



「そこの5人組、ただちに止まりなさい!」



 すると笛を持った(いか)めしい顔つきの警備員さんがそう叫んで、私達の元へと小走りで近づいて来るではないか!!



「えっ、えっ、何!? 私達何かやらかした!?」


雷護(らいご)……」


「いや、オレ何もしてねーし!」



 そのまま不毛な罪の擦りつけ合いをしていると、ついに私達の前まで来た警備員さんが、「ちょっとちょっと、君達!!」と声を荒げた。



「ダメじゃないか! 線の内側まで出て来ちゃ! さぁ、線の外まで下がった下がった!!」


「…………線?」



 警備員さんが地面を指差すので、私達も地面に視線を下ろす。

 すると確かに長い黄色の線が左右に一本ずつ地面に引かれており、観光客達はみんな線の外側に立っているようだった。


 ――どういうこと? というか、

 


「あれ? なんかみんな線のギリギリ外側に陣取ってない? お城を見に来たって訳じゃないのかな?」


「本当だね。妙に色めき立っているし、何かあるのかも。……すみません、今日はこれからイベントでも行われるんですか?」



 九条くんがそう尋ねると、厳めしい警備員さんが驚いたように目を瞬かせた。



「ええっ!? もしかして知らなかったのかい!? 今日はこれから、皇帝陛下が城の視察に訪れるんだよ!」


「え……、ええっ!?」


「皇帝陛下がティダに!?」



 予想外のことに私達は全員、驚きに目を見開く。

 確か皇帝陛下は数日前に、雨美くんや夜鳥くんのお父さん達を皇宮(こうぐう)に呼んでいたと聞いていたが……。それはもう終わったのだろうか?



「陛下はもう間もなく到着されるよ。見るならちゃんと線まで下がってね」


「は、はい。ありがとうございます」



 なるほど。それで警備が異様に物々しい上に、観光客が色めき立っていたのか。



「どうする? せっかくだし俺達もこのまま皇帝陛下が通るのを待ってみる?」



 九条くんの言葉に全員が頷いた。



「はい! 皇帝陛下を拝見出来るチャンスなんて、もう二度と無いかも知れませんしね!」


「是非待ちましょう!」



 元気に返事する雨美くんと夜鳥くんの貴族コンビに、私は「あれ?」と首を傾げる。



「九条くん達貴族でも、皇帝陛下には会ったことが無いの?」


「成年貴族はともかく、未成年のボクらはまだまだ謁見する機会なんかないんだよね」


「そうそう」


「俺の場合はそもそも社交界には滅多に顔を出していない上に、当主の葛の葉(くずのは)があの調子だしね」


「あ……」



 そう言えば木綿先生の話によると、九条家当主と皇帝陛下には何やら浅からぬ因縁があるんだっけ?

 心配になって九条くんを見上げると、私の視線に気づいて頭を撫でられる。



「俺は大丈夫だから。心配してくれてありがとう」


「う、うん……」



 視線ひとつで私の考えていることが伝わってしまうのは、なんだか面映(おもは)ゆい。

 つい目を逸らすと、突然周囲が騒がしくなり、誰かの「皇帝陛下だ!」という叫びが聞こえた。



「えっ、マジで皇帝陛下!?」


「警備員さんが言ってた時間より少し早くない!?」


「ていうかどこどこ!? 人が多過ぎて、全然見えないんだけど!?」


「わっ、わわっ!?」



 皇帝陛下を一目でも間近で見ようと、ぎゅうぎゅうと群衆が前にせり出して、おしくらまんじゅう状態になる。ウゲッ、息が出来ない! 



「……ふゆ!」


「…………ちゃん!」


「えっ、みんな!?」



 しかもみんなの声が微かに聞こえるが、姿は人波に紛れてすっかり見えなくなってしまった。慌てて探そうとキョロキョロ視線を動かすが、見つからない。



 ――その時だった。



「――――――!」



 人波の隙間から覗く目の前を歩く人物に、ハッと息が止まる。


 黄色い装束をまとい、結い上げた黒髪の上に烏帽子(えぼし)を被っている壮年の男性。

 瞬時にこの人こそが、皇帝陛下なのだと悟る。


 陛下のまとう空気はどこまでも清廉で、彼の一挙手一投足に騒がしかった歓声が潮を引いたようにして静まり返った。

 そして歩を進める度に自然と人々が(こうべ)を垂れていく。


 皇帝陛下をぼうっと見ていた私も、みんなに(なら)って慌てて頭を下げようと陛下から視線を外すが、



「――――っ」


 

 目線を下げる一瞬の間、ふと陛下の吸い込まれそうな黒い瞳と視線がカチ合った――ような気がした。



 ◇



「……ふゆ、まふゆ!」


「はっ!?」



 肩を揺さぶられて慌てて前を向けば、先ほどはぐれた筈の九条くんが心配そうにこちらを見ていた。他のみんなもこちらに向かって走って来るのが見える。



「大丈夫? ぼぅっとして。もう陛下は城内にお入りになられたよ」


「えっ!?」



 その言葉に慌てて周囲を見回せば、ついさっきまでたくさんいた筈の警備員はいなくなっており、あれほど溢れかえっていた筈の群衆もいつの間にやらいない。



「城の中の見学も通常通り受け付けているみたいだけど、行けそう?」


「もちろん行けるよ! ごめん、なんかちょっとボーっとしてたみたい」



 笑って九条くんにそう答えながら、しかし内心は先ほどの出来事で頭がいっぱいだった。


 先ほどの出来事――皇帝陛下と視線が合った時、なんだか不思議な既視感を感じた。まるで懐かしいような、そんな不思議な既視感。



「……まさかね」



 私と皇帝陛下に接点なんかある筈も無いのに、変なの。

 脳裏に浮かんだ想像を振り払って、私はこちらへ走って来た朱音ちゃん達に手を振った。



 ◇



「こちら城内の順路図です。ごゆっくりどうぞ」


「ありがとうございます」



 はぐれたみんなと無事合流して受付を済ますと、職員さんに小冊子を手渡された。どうやらお城の内部は見学用の順路が決められており、それに沿って進んでいくようだ。

 細やかな細工が施された赤色の柱や豪華な金の調度品は、当時の王族達の豊かさを感じさせ、実に興味深い。



 ……興味深いのだが。



「はー、マジ凄かったよな! 皇帝陛下!」


「なんというか存在感が違ったよね! さすが人間でありながら、海千山千の妖怪達の頂点に立つお方だよ」



 城内を歩きながらも出る話題は、皇帝陛下のことばかり。みんな城の内部よりも、先ほど見た皇帝陛下に夢中だった。

 まぁそれだけインパクトのある出来事だったのだから、仕方ないと言えるが……。



「木綿先生、来れなくて本当に残念だったね。陛下のスケッチを見せたら元気出してくれるかな?」


「あはは、そうだね。朱音ちゃんの絵を見たら少しは元気になるかも。でもめちゃくちゃ悔しがるだろうなぁ」



 容易にその様が想像出来て苦笑する。「皇帝陛下を拝見出来るなら、這ってでも行ったのにぃぃ!!」とか言い出しそうだ。



「そういえば、陛下の後ろを歩いてた人って誰だったのかな? 雰囲気からして偉い人そうだったけど」


「後ろの人?」


「この人」



 そう言って朱音ちゃんは自身のスケッチブックを指差す。そこにはスーツ姿と思しき老齢の白髪の紳士が、確かに陛下の後ろにスケッチされていた。



「うーん……。確かに偉い人そう。そんでもってなんか怖そう」



 しかしこんな人が居たのかはうろ覚えだ。

 お付きや護衛の人達が陛下の後ろをぞろぞろ歩いていたのは覚えているが、いかんせん陛下のインパクトがあり過ぎて、他のことはほとんど覚えていなかった。



「ん? どれどれ……」



 と、そこで雨美くんがスケッチブックを覗き込み、「ああ」と声を上げた。



「その方のことはボク知ってるよ。三大名門貴族のひとつ、鬼一族近衛家(このえけ)の当主にして、日ノ本帝国宰相でもあらせられるお方だよ」


「あ、そういやオレも夜会で見た。文字通り〝鬼の宰相〟があだ名の、めちゃくちゃキレ者の爺さんなんだよな」


「えっ!? 通りで怖そうと思った! ていうか、宰相さんだったんだ!?」



 陛下だけじゃなく宰相までティダに視察とは、政務は大丈夫なのだろうか? 余計なお世話だろうが、つい考えてしまう。

 というか三大名門貴族か……。九条くんも宰相さんのことは知っているんだろうか?



「ねぇ、くじょ……」



 問いかけようと九条くんを見上げて、しかし私はすぐに違和感を感じた。



「九条くん……?」


「…………」



 名前を呼ぶが、返事はない。


 目は開いているし足も動いているが、その表情は虚ろな上に、額には汗の粒がいくつも浮かんでいる。



「九条くんっ……!!」



 嫌な予感が頭をよぎり、彼の腕に手を伸ばし触れた瞬間、ぐらりと九条くんの体が傾いた。



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