11話 雪女と妖狐の贈り物
「バッカだなぁ雷護は。こうなるって分かりきってるのに」
「うるせぇっ! それでもやるのが男のロマンだろうが!!」
「夜鳥?」
「夜鳥さん?」
「はい、サーセン」
「あはは……」
黒焦げになった体でまだブツクサ言っている夜鳥くんを九条くんと朱音ちゃんが牽制する。
ちょっとしたトラブルはあったものの、無事に水着を購入した私達は、昼食をとるべく今は繁華街にある私オススメのお店へと向かっていた。
「うわっ、何これ気持ち悪っ!! 豚の顔が干してあるんだけど!?」
「ああ、それはチラガーだね。見た目はグロいけどお酒に合うって、お母さんはよくおつまみにしてるかな」
「うえ〜、こんなのよく食べられるね」
ティダ唯一の繁華街だけあって、周囲には様々なお店が点在している。
どうやら雨美くんが指差したチラガーが干してあるお店は、珍味の専門店のようである。
「おい、見ろよ! この酒なんか、小さい水輝が浮かんでるぞ!!」
「誰がボクだよ!? それは蛟じゃなくて、ただの蛇じゃないか!!」
今度は夜鳥くんが珍味の専門店の隣の健康酒を扱うお店を指差した。
確かに瓶詰めの液体の中に小さな蛇らしきものが浸かっているが、これは……。
「ハブ酒だね。飲むと健康になるんだって」
「うへー。飲んだ方がぜってぇ具合悪くなりそうじゃね?」
そんな調子であちこちの店を冷やかしながら歩き、ちょうど時計の針がお昼を差した頃、お目当てのお店へと到着した。
「ソーキそば? お蕎麦のお店?」
店の前にある看板を見て朱音ちゃんが不思議そうに首を傾げる。
ふふふ。よくぞ聞いてくれました。
「ソーキそばっていうのは、小麦粉で作った麺を豚骨スープに絡めたティダの郷土料理だよ。特にこのお店のソーキそばは、めちゃくちゃ美味しいんだから!」
「へー。ラーメンの親戚みたいな感じか?」
「お腹も空いたし、楽しみだね」
みんながワイワイとお店の中へ入っていく。
「…………」
「? 九条くん?」
けれど九条くんだけは、お店を見上げてぼんやりとしたままだった。
不思議に思って声を掛ければ、ハッとしたように九条くんがこちらを見る。
「ああ、ごめん。ボーっとしてた」
「大丈夫? もしかして体調が……」
真夏のティダは、暑さに慣れた現地住民でも結構しんどいのだ。初めての場所に寝泊まりする九条くんなら、尚更に体調を崩しやすいに違いない。
しかし九条くんはそうではないと首を横に振る。
「体調は本当になんともないんだ。なんというか不思議なんだけど、この店を以前にも見たことがあるような気がして……」
「え? 九条くんって、ティダに来たのは初めてだって言ってたよね?」
「うん。その筈なんだけど」
「??」
私もお店の外観をじっと見て、首を捻る。なんの変哲もない、少々古ぼけた赤瓦の小さなお店。
このお店に九条くんが……?
「いや、ごめん。変なことを言った。多分どこかで似たような店を見て、記憶が混同しているんだと思う。早く店に入ろう」
「…………」
九条くんはそう言うが、本当にただの記憶違いなんだろうか?
だって赤瓦の屋根の……南国建築のお店なんて、世界広しと言えど、きっとティダにしかない。
「まふゆ」
「あ、うん」
どこか釈然としない気持ちを抱えたまま、私も九条くんに続いてお店の中へと足を踏み入れた。
◇
「お待たせしましたー。ソーキそばといなり寿司のセットです」
「おおっ、来た来た! 雪守オススメのセット!」
「ほんとだ! 一見すると、そばっていうより、ラーメンに見える!」
「すごーい、お出汁のいい匂ーい!」
注文し程なくして運ばれて来た待望のソーキそばに、みんなが歓声を上げる。
早速いただきますしてトッピングの角煮を頬張れば、口の中でホロホロ蕩けてなんとも言えぬ至福の味わいに、私は顔を綻ばせた。
「これは……いなり寿司?」
すると隣でソーキそばを食べていた九条くんが、いなり寿司を箸で摘んで不思議そうに言う。
「そうだよ。帝都のとは少し違うけど、ティダではこっちのいなり寿司が主流なの」
ティダのいなり寿司は、真っ白なお揚げに酢飯をたっぷり詰めた大きな正三角形をしている。私的にはこっちの方が見慣れているんだけど、やはり九条くんには珍しかったみたいだ。
「薄味だから、最初はビックリするかもね」
「へぇー。じゃあ、いただきます」
言って、九条くんがいなり寿司を口にする。
「…………」
果たしてティダのいなり寿司を気に入ってくれるのだろうか? 私は九条くんが食べ終わるのを、固唾を呑んで見守った。
……すると、
「――うん。帝都のとは確かに違うけど、美味しいよ。ティダに来てこんなに美味しい、いなり寿司が食べられるとは思わなかった。連れて来てくれてありがとう、まふゆ」
「そっか! えへへ。よかったぁ、気に入ってもらえて」
ふっと柔らかな微笑みを見せる九条くんに、生まれ故郷の味を褒められたのが嬉しくて、私はニマニマと頬を緩める。
――が、
「…………」
ジーーっと周囲からの視線を感じ、私はハッと我に返った。
見ればみんなして食事の手を止めて、こちらを凝視しているではないか!!
えっ、えっ、いつから!?
「ゴホンゴホン!」
羞恥心を誤魔化すように咳払いすれば、みんなもパッと視線をソーキそばに戻し、麺をずるずると啜る音だけが響く。それに私はホッと息をついた。
ああ、いけない。またやっちゃった。
どうして私ってば、いつも九条くんを前にすると、周りが見えなくなっちゃうんだろう……?
◇
「ごちそうさまー!」
「はぁー、ソーキそばもいなり寿司も美味しかったぁ!」
「これって帝都でも食えねーのかなー?」
「どうだろうね? 帝都でティダ料理を出す店って、覚えはないけど……」
食事を終え、食後のさんぴん茶を飲んでみんなでまったりと一服する。
すると雨美くんが、ふと思いついたように「ねぇ」と言った。
「そういえば雪守ちゃんが出るコンテストって、優勝賞品はどんなのなの?」
「ん? ……えーと、確かお母さんの話だと、再来週にある花火大会の特別観覧席だったかな?」
「ええっ、花火!?」
私の言葉に即座に反応し、目をキラキラとさせているのは、もちろん朱音ちゃんだ。
更に雨美くんと夜鳥くんもそれに乗っかって歓声を上げる。
「やったぁ! 特別な席で花火が見られるなんて、楽しみだね!」
「雪守サンキューな!」
「いやまだ優勝するって決まった訳じゃ……」
むしろ優勝出来るとは到底思えないんですが……。
ていうか最初カイリちゃんより上の順位になればいいって話だったのに、なんかハードル上がってない?
花火で盛り上がる面々を見つめながら、プレッシャーによるものなのか、ソーキそばといなり寿司を収めた胃がキリリと痛んだ。
◇
――さて、腹ごしらえをした私達が次に向かったのは、もちろん水着探しと共に目的のひとつであったお城……だったのだが。
「おいっ! なんかこれ面白そうじゃね!?」
お城に向かう道中、そう言って夜鳥くんが指差したのは、〝工芸体験〟と看板が掲げられたお店だった。どうやら獅子人形の絵付けやアクセサリー作りなど、様々な工芸体験が出来る場所のようだ。
確かに楽しそうではあるけれど……。
「お城に行くんじゃなかったの?」
「まだ時間的には余裕あんだし、いーじゃん」
「うーん」
まぁお城は逃げないし、寄り道くらい構わないか。
「じゃあせっかくだし、寄ってみる?」
「いいんじゃないかな。ちょうど木綿先生へのお土産にもなりそうだし」
「そういえば先生、うちの屋根にある獅子の置き物にも興味津々だったもんね」
そんな訳で珍しく夜鳥くんの提案は満場一致で受け入れられ、みんなで獅子人形の絵付けを体験することになった。
――――が。
「ちょっと! この筆全然キレイに塗れないんだけどぉ!? 不良品なんじゃないの!?」
「はははっ! っつーか雪守、なんだよそれぇーー!? 獅子の眉が太過ぎて繋がってんじゃんか!!」
「むっ!? そう言う夜鳥くんこそ、獅子の唇が太過ぎてタラコ唇になってんじゃんか!!」
絵付け――それは既に出来上がっている獅子の置き物に色を塗ることを指す。
要は塗り絵の立体版ってことでしょ?
なんて舐めてました。すみませんっ! めちゃくちゃ難しいです!!
「雨美さん。筆が悪いんじゃなくて、持ち方ですよ。こう、鉛筆を持つように持ってください。夜鳥さんとまふゆちゃんは筆の角度を意識してみて。細かい部分はこうやって筆の角を使って――」
そう私達に説明をしながら、朱音ちゃんは自分の獅子に流れるような筆使いで色をつけていく。
正直上手過ぎて全く参考にならん。
あれ? というか、
「そういえば九条くんは?」
「神琴様ならもう絵付けを終えられて、隣の部屋の工芸体験も覗いてみると、少し前に出られたけど……」
「えっ、そうなの!?」
絵付けに夢中で全然気がつかなかった上に、もう終わったの!?
そう言えば以前、九条くんは自分で美的センスは無いって言ってたっけ。
ということは、さぞや絵付けの出来栄えも――。
「――――!?」
「えっ、それが九条様が塗った獅子!?」
「マジで!? もうプロじゃねーか!」
目の前の作品に驚き固まる私の後ろで、雨美くんと夜鳥くんが騒がしい。
しかしそれも無理はない。九条くんの絵付けした獅子は、お手本と寸分狂わずそっくりで。
いや、むしろお手本よりも美しくすらある。これで美的センス無いとか、絶対嘘でしょ!? 勉強に引き続き絵心でまで負けるなんて、地味にショックである。
そんな詮の無いことを考えていると、何やら絵付け部屋の入り口からキャーキャーと色めき立った声がした。
「? なんだろ?」
私が首を傾げると、様子を見に行った雨美くんと夜鳥くんが、揃って「あ」と声を上げた。
「九条様だ。女子に囲まれてる」
「マジだ。逆ナンかよ、肉食女すげぇー」
「へっ!?」
「もぉー、お二人とも! 楽しそうに言わないでください! まふゆちゃん、気にしなくていいからね!」
「え?」
雨美くんと夜鳥くんの言葉に、何故か胸がモヤッとする。そして朱音ちゃんはどうして私をそんなに心配そうに見るのか。
よく分からないままフラフラと私も部屋の外の様子を見に行けば、確かに何人かの女の子が九条くんに熱心に話しかけていた。
そしてその内の一人が、九条くんの腕に触れるのをバッチリ見てしまい、更に胸のモヤモヤが膨らんでいく。
――って、だからなんでモヤモヤ!?
九条くんが女の子と親しくしてたって、別に私には関係ないじゃないっ!!
なのに、なんで――……。
「――まふゆ」
「!」
よく知った声にハッと顔を上げれば、いつの間に女の子達を振り切ったのか、目の前に九条くんが立っていた。
「……っ!」
今考えていたことが伝わってしまいそうで、羞恥のあまりとっさに私は九条くんから視線を逸らす。
「な、何……? 途中からいなくなってたけど、一体何をして――」
「これを、まふゆに渡したくて作ってた」
「え……」
私が全て言い切る前に〝これ〟と言って見せられたのは、一本のネックレス。
そのトップにはホタル石が光を受けてキラキラと赤く輝いていた。
「作ったって……、じゃあ途中からいなくなったのって……。というか、なんで私に?」
「今までのお礼に。この石、まふゆの瞳の色に似てたから。……首を少し傾けて」
そう言ってネックレスを持った九条くんの両手が私の首に回される。
それに展開に追いつけないながらも素直に首を傾ければ、カチリと小さな音が首の後ろでした。
「やっぱり似合ってる」
顔をそっと上げると、九条くんの嬉しそうな笑顔が間近にある。
それにどんな表情をしていいのか分からず、私はただ小さく「ありがとう」と呟くしかない。
――ああ、でも。
「九条くんは……知ってるの?」
「ん?」
ホタル石というのは、光の当たり具合で様々な色合いになることを。
ちょうど私の方からは、まるで九条くんの瞳のような金色に見えていることを。
「……ううん」
先ほどまではあんなに胸に巣食っていたモヤモヤが今はすっかり晴れて、不思議なくらいに嬉しさで心が満たされていく。
結局また私は、九条くんしか見えていない。
「なんでもない」
九条くんのことで一喜一憂するこの気持ち。
私はまだ、この感情の正体を見つけられていない。




