9話 雪女と妖狐と南国ギャル(2)
「嘘だっっ!!!」
「まふゆっ!!」
「まふゆちゃんっ!!」
カイリちゃんが叫んだ瞬間、パンッ! と何かが弾ける音と共に、体が高く放り出される。
「――――っ!!」
そのまま勢いよく落下していく感覚に、地面に叩きつけられることを想像して、私はぎゅっと目を瞑った。
「……?」
しかし、いつまで経ってもその瞬間は訪れない。
「え?」
不思議に思って握りしめていた手を下ろす。すると何か柔らかい感触を手のひらに感じる。
「?」
私は恐る恐る視線を下ろし、そして視界にいっぱいに広がる光景に絶叫した。
「ぎゃあっ!! くく九条くん!? ごごごごめんっ、大丈夫っっ!!?」
――そう、何故か九条くんが私の体の下敷きになって寝転んでいて、私は慌てて彼の体から降りる。
すると九条くんも体を起き上がらせて、そのまま私へと手を伸ばした。
「大丈夫かい、まふゆ? どこも怪我は無い?」
「あ……」
言いながら怪我の有無を確かめるように、九条くんが私の体のあちこちに触れる。
その焦った様子から、私が地面に叩きつけられないよう、庇ってくれたんだと悟った。
私、また九条くんに守られてしまったんだ……。
「うん、どこも怪我してないよ。助けてくれてありがとう、九条くん」
「そっか」
守られてばかりで申し訳なく感じる半面、同じくらい嬉しさも感じる。綺麗な金色の瞳を見つめてお礼を言えば、ようやく九条くんはホッとしたように微笑んだ。
そのあまりに美しい表情に思わずポーっと見惚れ、
「あ」
しかし手にあった筈のものが無くなっていることに気づいて、私は一転して顔を青ざめさせた。
「くくく、九条く……!」
「? どうかした?」
あわあわとする私を見て、九条くんが不思議そうに首を傾げる。それに私は涙目で叫んだ。
「かき氷っ!! 飛ばされた衝撃で、手ぇ離しちゃった!!!」
両手を見れば、先ほどまでしっかり持っていたかき氷が忽然と消えてるではないか!!
間違いなくどっかへ吹っ飛んだに違いない。ショックでうなだれていると、ポンポンと頭を軽く叩かれた。
「かき氷なら大丈夫だから」
「へ?」
「あれ」
視線で促されて、私も九条くんの視線の先を辿る。
するとそこにいたのは……。
「あ」
「まふゆちゃん、神琴様ー! かき氷無事にキャッチしましたよぉーー!!」
「朱音ちゃん!! よ、よかったぁ……!」
元気に腕を上げた朱音ちゃんが、遠くから大きな声で叫んでる。その両手にはしっかりとかき氷が握られていて、やはり先ほどの衝撃で随分と飛ばされたらしい。
「はぁ……、気が抜けた」
とりあえずかき氷の無事を確認し、ホッと息をつく。するとそんな私の目の前に、バタバタと誰かが走って来るのが視界の端に見えた。
それにその人物へと顔を向けた瞬間、ぐいっと横から強い力で抱き寄せられ、私の体は一気に傾いた。
「えっ、わっ!?」
「――それで。突然なんのつもりなんだ、魚住カイリさん。先ほどの力は妖力なのか? 君は一体何者なんだ?」
矢継ぎ早にカイリちゃんに問いかける九条くんの声。
それはまるで地を這うように恐ろしく重く響き、私の背筋がゾッと凍った。
横で聞いていただけの私ですらそうなのだから、直接面と向かって言われたカイリちゃんの恐怖は計り知れないだろう。
「あ、あたし……、ごめ……」
やはりというか、カイリちゃんの体は九条くんの怒気にあてられてカタカタと震えていた。それでも恐怖で掠れた声を絞り出すようにして、彼女は謝ってくる。
「ごめん……、ごめんなさい……」
「カイリちゃん……」
謝罪を繰り返すカイリちゃんの顔色は真っ青だ。その様子から先ほどのことは彼女が意図してやったのでは無いと伝わってくる。
そしてそれは九条くんも同じだろうに、一向に横から放たれる恐ろし過ぎる妖力を収めてはくれない。とにかくまずは九条くんに落ち着いてもらわないと。
「くじょ……」
声を上げて、きつく抱きしめられている腕から抜け出そうと身をよじる。
その時だった――。
「あーはいはい、ストップ! アンタ達、こんな人通りのある場所でケンカすんじゃないわよ。さっきからずーっと、注目の的になってるじゃない」
パンパンと手を叩きながら、お母さんがこちらに歩いて来る。その言葉に改めて周囲を見渡せば、確かにいつの間にかたくさんのギャラリーがこちらを何事かとチラチラ見ていた。
「風花さんっ!」
カイリちゃんはお母さんを見るなり、すぐに駆け寄って頭を下げる。
「すいません、あたし……」
「いいのよ、分かってくれれば。ただし休憩中だとしても、いきなり何も言わずに店を離れてケンカなんて、もうしちゃダメだからね」
「はい」
カイリちゃんが反省した様子で頷いて、それを見たお母さんが満足げに笑う。
「九条くんも、その物騒な妖力しまってちょうだい。せっかくティダに来てくれたお客さん達が怖がって逃げちゃうでしょ」
「……はい」
お母さんの言葉に、九条くんは渋々といった様子で頷く。するとようやく恐ろしかった妖力も鎮まって、やっと生きた心地が戻ってくる。
するとそんな私に、お母さんは一枚の紙を差し出してきた。
「さて。一件落着したところで、さっきの話、店まで聞こえてたわよ。揉めるくらいなら、それで決着つけなさい」
「え、それって……」
私の手元の紙をお母さんが指差し、それに目線を紙に向ければ〝ピチピチ☆渚のマーメイドコンテスト〟と書かれている。
「あ。これ、わたしがさっき言ってたやつだ」
かき氷をキャッチした場所から戻って来た朱音ちゃんが、私の手元を覗き込んで言う。
「このコンテストはこの辺の屋台の店主が共同で開催する予定なんだけど、いかんせん出場選手の集まりが悪くてね……。ちょうど参加者を探していたのよ」
「はぁ……」
お母さんの説明に、私は曖昧に頷く。
つまり数合わせ要員が欲しいということだろうか? しかしコンテストとカイリちゃんの妖怪探しに、一体なんの関係が??
「ふっ、ふっ、ふっ」
疑問が顔に出てたのか、お母さんが妙な笑い声を上げた。
「これにまふゆとカイリが出場して、順位が高い方を勝ちにするのよ! ケンカするよりよっぽど健全でしょうが。まふゆが勝ったら、カイリにはまふゆに妖怪探しを頼むことを諦めてもらう」
「や、私は別にケンカしてたつもりはないんだけど……。まぁいいや。で、カイリちゃんが勝ったら?」
「カイリが勝ったら――」
そこでお母さんは言葉を切り、意味深に私をヒタと見つめた。
「まふゆ、アンタが責任持って氷の妖力を持つ妖怪を紹介してあげなさい」
「責任持ってって……」
微妙な顔をする私に、お母さんはニコリと笑う。
「アンタ生徒会なんでしょ。特権でもなんでも使って学校中調べてみなさいよ。案外一人くらいは、正体を隠している生徒がいるかも知れないでしょ?」
「なっ……!?」
お母さんの言わんとする意味に気づいて声に詰まる。
だってそれじゃまるで、私の正体を教えろと言っているようなものじゃない! お母さんが散々私に雪女の半妖であることを知られちゃダメって言ってきた癖に、なんで!? ていうかだったらお母さんが雪女だってバラせば……!!
――て、お母さんには妖怪じゃない疑惑があるんだった……。
「カイリもそれでいいわね? 負けたらまふゆに頼るのはキッパリ諦めなさい」
「分かりました。ありがとうございます、風花さん!」
「ちょっ、ちょちょっ、ちょっと待って!?」
カイリちゃんがお母さんに力強く頷いて、二人は話がまとまったと言わんばかりにお店へと戻ろうとする。
しかし私はまだ了承した覚えはない。慌てて呼び止めれば、振り向いたお母さんが笑う。
「そうそう、コンテストには水着で来なさいよ。今週末だから忘れないようにねー」
「ちょっ……!」
私の言葉を完全スルーし、好きなことを言って去っていくお母さんに、私は頭を抱えた。
するとそんな私を九条くんが呼ぶ。
「――まふゆ」
「九条くん!! 今の酷いと思わない!? さすがに横暴過ぎる……!!」
この遣り場の無い憤りを共有しようと、涙目で振り向く。
しかしそれに九条くんは申し訳なさそうに眉を下げただけだった。
「ごめんまふゆ。気持ちは分かるけど、それよりもまず、早くかき氷を持って行かないと……溶ける」
「あ」
その言葉で、そもそも私達がなんの為にここまで来たのかをやっと思い出した。
◇
「うーん、うーん……」
なんだかんだとありながらも無事に美味しいかき氷にありつけた、その日の夜。
みんなでの賑やかな夕食を終えて、私は自室であるものを探していた。
「うーん、どこにやったかなぁー?」
「まふゆちゃん、お風呂空いたよ」
「あ、ありがとう朱音ちゃん」
振り返れば、頬をほんのり薔薇色に染めた湯上がりの朱音ちゃんが立っていた。
普段とは違うそのちょっと色っぽい姿に思わず鼻血が出そうになるが、変態だと思われたくないのでなんとか我慢する。
「他のみんなはまだ居間にいるの?」
「うん。木綿先生、顔真っ赤になってたよ」
「うわぁ、後で水持ってってあげなきゃ」
夕食中からどんどんお母さんに勧められるまま泡盛を飲んでいた先生を思い浮かべ、溜息をついた。
あんな無茶な飲み方して、明日二日酔いにならなければいいが……。
「それより、まふゆちゃんは何か探しているの?」
「うん、ちょっと水着をね……。あ、あった」
話しながらもゴソゴソとタンスの奥を探せば、もうずっと使っていなかった水着が見つかった。手に取って見分すれば、問題なく使えそうなのでホッと息をつく。
「……まふゆちゃん」
「? 朱音ちゃん?」
すると私の水着を横から眺めていた朱音ちゃんが、いつものふわふわした雰囲気ではなく、どこかピリッとした空気をまといながら私を呼んだ。
そのいつにない様子に若干及び腰になりながらも、恐る恐る朱音ちゃんを伺う。
「ど、どうしたの?」
「まさかこの水着で、例のコンテストに出るつもりなの……?」
「え? そうだけど……」
戸惑いながらもおずおずと頷く。すると朱音ちゃんがおもむろに私の手からするりと水着を抜き取った。
「朱音ちゃん……?」
行動の意味が分からず私が首を傾げた瞬間、グシャ!! と音がしそうな程に水着を強く握り締められて、私は驚愕する。
「!!?」
「……まふゆちゃん」
「は、はい……」
ただならぬ様子に言い知れぬ恐怖を感じて、思わず敬語で返事をする。
「もう一度聞くよ。ほんとーに、この水着でコンテストに出るつもり?」
「え、えーっと、その水着ならワンピースみたいで体が隠れて恥ずかしくないし、何より動きやすくて――」
「まふゆちゃん」
「はい」
朱音ちゃんがまとう妖力はどこか九条くんを彷彿とさせる恐ろしいもので。再度名前を呼ばれた私は思わず居ずまいを正して、お言葉を待つ。
そして――。
「こんなお子ちゃまな水着で、カイリちゃんに勝てる訳が無いよーーっっ!!!」
瞬間、家が揺れたのではと思うほどの大絶叫が巻き起こる。
ショックで心臓がバクバクと音を立てていると、がっちりと両肩を朱音ちゃんに強く掴まれ、そのままどアップで顔を覗き込まれた。
「あ、朱音ちゃ……」
「こうなったら仕方ない。明日わたしと一緒に水着を選びに行こう!!」
「――え゛?」
決定事項とばかりに宣告されて、思わず声が上擦る。
「まふゆちゃんっ!! わたしが絶対に優勝出来るよう、まふゆちゃんにピッタリの水着を選ぶから、大船に乗ったつもりでいてねっ!!」
「え、ちょ、待……!」
待ってと言おうとして、「うっ」と言葉が詰まる。
キラキラと楽しそうに私を見つめる朱音ちゃんは、湯上がり効果も相まって大層可愛らしい。天使を超えて、もはや女神である。
そんな彼女の期待を裏切ることなど出来るだろうか? いや出来ない。(また反語)
「……分かったよ」
結局私は観念するしかなく、こうして明日、私の水着探しをすることが決まってしまったのであった。
キャラメモ9 【魚住 カイリ うおずみ かいり】
まふゆと同い年の派手ギャル
水色のショートヘアに水色の猫目で眼力強め
風花のかき氷屋でバイト中
氷の妖力をもつ妖怪を探している




