8話 雪女と妖狐と南国ギャル(1)
「お母さん、かき氷六つね」
「あらまふゆ、それに九条くんに朱音ちゃんも。かき氷を買いに来てくれたのね」
自称同級生の二人組が去った後、ようやく私達はお母さんのお店へと辿り着いていた。
運良く先ほどまで大勢いた若い女性達もいなくなっており、すぐに注文を終えて出来上がりを待つ。
「はぁ、ちょうど空いててよかったぁ」
「うんっ! どんなかき氷か楽しみー」
「お待たせしました、かき氷六つです」
「わっ、早っ!? ありが……」
話をする間もなく、すぐにかき氷は出来上がったようだ。それに私はお礼を言おうと目の前の人物に目線を向け、瞬間ポカンと顔が固まった。
何故ならてっきりお母さんがかき氷を運んできたのだと思ったら、全くの別人だったからである。
「マンゴーかき氷の濃厚ココナッツミルクソース掛けを六つで間違いありませんね?」
「は、はい……」
少しハスキーな、けれど女の子だとは分かる声。
目の前に立つのは小麦色に日焼けした肌に水色のショートヘア、そして気の強そうな水色の猫目にビシバシと長いまつ毛が特徴の、私と同い年くらいの背の高い女の子だった。
両耳には大きなピアスが揺れており、その出立ちは〝ギャル〟という言葉がとてもしっくりくる。
妖力は感じないし、人間の女の子だろうか?
「あ、そうそう。この子が今朝言ってたアルバイトに入ってもらってる、魚住カイリちゃんね。歳はアンタと同じよ」
誰? という表情が顔に出てたのだろうか? 私達の前までやってきたお母さんが、〝カイリちゃん〟を紹介してくれる。
「カイリも。その紫髪が前に話した、普段帝都の高校に通ってる、娘のまふゆよ。どう? ビックリするくらい、わたしと瓜二つでしょ?」
「娘……」
お母さんの言葉に、カイリちゃんがピクリと微かに反応した……ような気がした。
「えっと、雪守まふゆです。よろしくね!」
「……ああ。こちらこそよろしく」
「……?」
ヘラリと笑って挨拶するが、カイリちゃんには無表情で素っ気なく返されてしまった。
その態度だけ受け取れば、私に全く興味が無いように見える。
しかし何故か彼女からもの凄く視線を感じるような気がするのは、気のせいだろうか……?
「じゃあお母さん、私達他のみんなを待たせてるからもう行くね。カイリちゃんも、かき氷ありがとう」
「はいはい。あ、そうだ。そのかき氷新作だから、みんなの感想聞いといて」
「分かった」
カイリちゃんの視線の理由は少し気になるが、それよりも早く夜鳥くん達のところへ戻らなければ。
ただでさえ自称同級生に絡まれて時間をロスしたのだ。この炎天下でかき氷が溶けてしまえば、また貴族コンビ辺りがブーブー言いそうである。
「ありがとうございます、またどうぞ」
ハスキーな声で響くお決まりの挨拶を背に、会計を済ませた私達は、足早にかき氷を持って店を後にした。
◇
「まふゆちゃん、風花さんのかき氷すごくキレイだね! 生クリーム盛り盛りな上に、フルーツがたくさん乗ってて美味しそう!!」
「帝都じゃ見かけないフルーツだけど、マンゴーってさっき言ってたね?」
砂浜を歩きながら、朱音ちゃんと九条くんが手に持ったかき氷を珍しそうに見つめている。その全く同じ仕草に吹き出しそうになりながら、私は頷いた。
「うん、マンゴーだよ。トロけるくらいにすごーく甘くて、ほら、太陽の香りがするでしょ?」
お母さんのかき氷は、そんなマンゴーがふんだんに使われており、ふわっふわの白雪のような氷にの上に、マンゴーソースとココナッツミルクソース。更には生クリームとカットしたマンゴーがキレイに飾りつけられている。
「本当だ! お日様の匂いがする!」
「マンゴーは初めて食べるし、楽しみだな」
楽しそうに笑う二人に私も笑い返し、口を開いた。
――その時だった。
「なぁ、アンタ。雪守まふゆ」
「え……?」
不意に後ろから名前を呼ばれて、私は足をピタリと止まる。
一瞬また自称同級生かと考えたが違う。何故なら掛けられた声は、つい先ほど聞いたばかりのハスキーな声だったから。
ということは、もしかしなくても……。
「えっと、どうしたの? ……カイリちゃん?」
振り返ってみればやはり想像通り、先ほどお母さんにアルバイトだと紹介された、魚住カイリちゃんが立っている。
少し息を切らしているところを見ると、店から走って来たのだろうか?
「え、どうして? お金はちゃんと払ったよね?」
「店は大丈夫なのかい?」
「…………」
九条くんと朱音ちゃんも、カイリちゃんを見るなり驚き、訝しげに彼女へ質問する。
しかしカイリちゃんはその質問には一切答えず、そのままツカツカと私の極至近距離まで歩いて来た。
「あ、あの……?」
「…………」
「カイリちゃん?」
あまりに近い距離で顔を突き合わせているのにたじろぐと、元々気の強そうなカイリちゃんの水色の猫目が、ますますつり上がった。
ビシバシ生えている長いまつ毛も相まって、目力が強くて怖い。
なんだろう? 私、何かしただろうか?
「……どうしたの?」
よく分からない状況に戸惑っていると、ずっと黙っていたカイリちゃんが、ようやく口を開いた。
「……アンタ」
「?」
「アンタって帝都の日ノ本高校に通ってんだろ?」
「え……あ、うん」
いきなり何を言われるのかと身構えていたので、なんだそんなことかとホッと肩の力を抜いて頷いた。
「そうだよ。私は日ノ本高校の、今2年生だよ」
「――――!」
すると私の答えに、カッ! と目を見開いたカイリちゃんが、ガッと強い力で私の両肩を掴んだ。
い、痛いっ!! 肩に指がめり込んでいるんですがっ!!?
「あのっ! カイリちゃ……っ!!」
「頼むっ!! あたしに氷の妖力をもつ妖怪を紹介してくれ!!」
あまりの痛みに私が文句を言おうとするのと、カイリちゃんが叫んだのは同時だった。
「え……?」
カイリちゃんの言葉に私だけでなく、横にいる九条くんと朱音ちゃんも目が点になる。
「え、えっと、〝氷の妖力をもつ妖怪〟を紹介って……?」
思わず上擦った声でオウム返しをしてしまう。まさか遠回しに私のことを言っているのだろうか?
特に正体を気取られるようなことをした心当たりは無いのに。心臓がバクバクとイヤな音を立てる。
「ちょっと待った。何故それをまふゆに頼む? そもそも君は何故、氷の妖力をもつ妖怪を探しているんだい?」
固まってしまった私の代わりに、九条くんがカイリちゃんに質問してくれる。
するとカイリちゃんは少し迷ったように視線を彷徨わせた後、やがてポツポツと話し出した。
「それは……。訳あって、氷の妖力を使ってやってほしいことがあるんだ。けど南国のティダにはそんな妖怪いないだろ? だから……」
「つまり氷の妖力をもつ妖怪を探そうにも、暑い南国のティダにはいない。だから全国から生徒が集まる帝都の日ノ本高校に通うまふゆならば、思い当たる妖怪がいるのではないかと、声を掛けたということかい?」
「ああ、そうだ」
九条くんの言葉に、カイリちゃんはこくんと頷く。
ということは、私の正体に気づいて声を掛けてきた訳ではないということか。ひとまずホッと胸を撫でおろす。
「知らないか? 氷の妖力をもつヤツ」
「うーん……」
けれどカイリちゃんには、なんと答えればいいんだろう。
確かに日ノ本高校には人間妖怪問わず全国から多くの生徒が集まるが、実は氷の妖力を持つ妖怪はあまりいない。いや、あまりというか、多分私以外にはいないのではないだろうか?
ここで知らないと言えば、彼女に嘘をつくことになる。そう思うと気が重いが、それでも私の答えは決まっていた。
「……ごめん、カイリちゃん。私には紹介出来そうな知り合いがいないよ」
私は首を横に振って、一応九条くんと朱音ちゃんにも心当たりがないか聞いてみるが、やはり微妙な顔をされる。
「氷の妖力をもつ妖怪の大半は北の極寒の地であるカムイに住み着いていて、独自の文化を築いて暮らしているそうだよ。だからあまり他の地に住み着かないと聞く。それでも帝都にも少しはいるんだろうけど、数は多くないだろうね」
「そうなんだ」
つまりカムイとは真逆の環境である南国のティダで育った私は、かなりの少数派なのか。
極寒の地カムイ。どんな場所なのか少々興味が湧いて来た。
「そういえば今年の修学旅行の行き先がカムイだよね」
「え、そうだっけ?」
朱音ちゃんの言葉に、頭の中に刻んだスケジュールを思い起こす。修学旅行の前に体育祭があるので、そちらの段取りにばかり気を取られてすっかり忘れていた。
「ねぇ、カイリちゃ……」
だがカムイに行くのならば、ちょうどいい。もしかしたらカイリちゃんに協力してくれる妖怪を見つけられるかも知れない。
そう伝えようと、私の肩を掴んだままのカイリちゃんの顔を見て、ハッと息を呑んだ。
「…………だ」
「!?」
何やら様子がおかしい。
彼女のまとう空気が徐々に張りつめたものへと変わっていく。
私の両肩を掴んだ指も更にキツくめり込んで、思わず痛みに呻いた。
その瞬間。
「嘘だっっ!!!」
――――パンッ!!
「まふゆっ!!」
「まふゆちゃんっ!!」
カイリちゃんの叫び声と共に何かが弾ける音が耳に響き、私の体は何かの強い力によって、高く吹き飛ばされてしまったのだ。




