7話 雪女と妖狐と過去との遭遇
「はー食った食った。食後に何か甘ぇもん食いたくなってくんなぁ」
「散々肉にも魚にも野菜にも練乳かけて食べてた癖に、よく言う……」
「は? 飯と菓子は別モンだろーが」
「それはまぁ、分かるけど……」
さっきの海老のこともあり、つい冷めた目で夜鳥くんを見てしまうが、確かに食後のデザートが食べたいのは同感である。
「じゃあよかったら、うちのお母さんのかき氷食べる? すぐ近くの屋台だから、私がひとっ走り行って買ってくるよ」
「え? かき氷は食べたいけど、まふゆちゃんだけなんて運ぶの大変だよ。お店も見てみたいし、わたしも行く」
「いや、朱音と二人でも大変だろ。俺も一緒に行くよ」
そう言って私と同時に立ち上がった九条くんと朱音ちゃんに、思わず苦笑してしまう。妖狐というのは心配性な生き物なのだろうか?
とはいえ朱音ちゃんとは今朝、一緒にお母さんの店に行こうと言っていたのだっけ。それに九条くんの言う通り、全部で六つのかき氷を運ぶのだから、手は多い方が助かるのも事実。
「ありがとう。じゃあ二人にも一緒に来てもらおうかな。先生は雨美くんと夜鳥くんを見ててください」
「はい、後片付けも任せてください。三人とも、お気をつけてー」
木綿先生に手を振られ、私達はお母さんのお店へと向かうのだった。
◇
「――へえ。まふゆもよく風花さんのお店の手伝いをしていたんだ」
「うん。氷を削ったりとか、お会計とかね。お母さんのかき氷はオシャレだって観光客に結構人気だから、期待してていいよ」
「わぁー、楽しみ!」
かき氷屋へと向かう道中、三人で他愛ない話をしながら歩く。観光シーズンということもあって、辺りにはお母さんの屋台以外にも多くの屋台がずらりと立ち並んでおり、とても賑やかだ。
唐揚げや焼きそばといった定番ものから、ティダ名物のタコライスやサーターアンダギーの屋台まであって、美味しそうな匂いが辺りに立ち込めている。
「なんかさっきバーベキューしたばっかりなのに、また食欲が湧いて来ちゃうね」
「だよね! 後で何か買っちゃおうか?」
「うん、そうしよう!」
「……二人揃ってお腹壊さないよう、ほどほどにしなよ」
あちこちの店をキョロキョロ見渡しながらクスクス笑い合う。
それに九条くんが呆れたように苦笑した時、朱音ちゃんが何かを見つけたのか、「あっ」と声を上げた。
「あのポスター、どの屋台にも貼ってあるね。何かのイベントかなぁ?」
「ん?」
朱音ちゃんの指差す方を見れば、確かに同じポスターがいくつも目についた。
「本当だ。……〝ピチピチ☆渚のマーメイドコンテスト〟?」
「今週末に開催だって」
「へぇ……」
文化祭の何かを彷彿とさせる小っ恥ずかしいネーミングだが、名前の感じからしてミスコンの類いだろうか?
「まふゆちゃんが出たら、きっとブッチ切りで優勝だね」
「いやいや、そこは朱音ちゃんでしょー。――と、あそこ」
足を止めて、私は前方を見る。
すると目の前にはポップな色合いの可愛らしい屋台があり、私はその店を指差した。
「あれがお母さんのお店」
「えええっ、可愛いっ!! それにすごいお客さんの量!!」
朱音ちゃんが驚くのも無理はない。
屋台前はたくさんの若い女性達で混雑しており、お母さんの姿を見つけることも出来ないくらいなのだ。
毎年の見慣れた光景ではあるが、お母さんはきちんと店を切り盛り出来ているようで、私は内心ホッと胸を撫でおろす。
「ちょっと待つことになりそうだけど、大丈夫?」
そう二人に聞くと快く頷いてくれたので、早速店の列に並ぼうと足を踏み出した――その時だった。
「――あれ? お前、雪守じゃね?」
「!!」
突然背後から名前を呼ばれ、驚いた私は足を止めて振り返る。
するとそこにいたのは……。
「……え?」
派手な水着を着た金髪の男が二人。年齢は見た感じ、高校生くらいだろうか?
男達はこんがりと日焼けした肌に、重そうな金のネックレス。耳にはいくつものピアスをつけている。
……はて? こんな方々とお知り合いになった覚えは無いんですが??
「えーと、どこかでお会いしましたっけ?」
「何言ってんだよ、雪守! オレらだよ、オレオレ!」
?? オレオレ詐欺?
「中学で一緒だった!」
「え?」
――――中学?
中学の、同級生……?
その言葉に目をパチクリさせて、もう一度彼らをじっくり見る。
しかし……。
「???」
いやこんな人達、同級生にいたっけ??
どんなに首を捻っても、頭から何も出て来ない。
そんな私の薄すぎる反応に、自称同級生だと言う男二人は微妙な顔をした。
「あーあ。やーっぱ、オレらのことなんか覚えてねーかぁー」
「中学一の高嶺の花だったもんなぁー。〝雪の女王〟なんて呼ばれてたくらいだし」
「はっ!?」
なんだその恥ずかしいあだ名は。初耳なんだが。
「ていうか雪守って、帝都の高校に行ったんじゃなかったっけ?」
「あ、夏休み? つーか一緒にいるの、彼氏……じゃないよなぁ? 女の子もいるし」
男達の視線が私から九条くんと朱音ちゃんへと移る。
「あの……私達急ぐから」
そのジロジロと不躾な視線が嫌で、話を切り上げ立ち去ろうとした。
――が、
「待てよ! まだ話は終わってないし」
「!」
そう言われて、自称同級生の一人に腕を取られてしまう。
「ちょうどオレらの他にも、同中のヤツらが海に来てんだよね。せっかくだし、同窓会しよーよ。あ、女子もちゃんといるからさ」
「そっちの二人も一緒に来ればいいし。てか、全員顔面偏差値高ぇな! 他のヤツらも盛り上がりそう!!」
「はあ!?」
なんだか勝手に話がまとまってるが、冗談じゃない! 同窓会なんて、顔も名前も殆ど覚えていない状態で行っても、ただ気まずいだけじゃないか!!
「ほら、他のヤツらも雪守に会いたがってんだって!」
「ちょっ……!?」
とりあえず腕を離してくれと言おうとしたところで、有無を言わさず掴んだ腕を引っ張られて、思わず顔を顰める。
すると……、
「――待った」
そんな私達の間に割って入るようにして、九条くんが私の腕を掴む自称同級生の肩を掴んだ。
「な、なんだよ?」
「申し訳ないですが、俺達の他にも連れを待たせているので、同窓会はまたにしてもらえませんか?」
言葉遣いは丁寧だが無言の圧を感じる。
そしてそれは自称同級生も同じだったようで、男二人が目に見えてたじろいだ。
「え、えー……、じゃあその連れも一緒でいいからさぁー――……」
それでもしつこく男が言い募ろうとして、しかし途中で口がピタリと止まった。
「……っ、いやっ! やっぱいいわ!! おい、もう行こーぜ!!」
「おうっ!! じゃあな、雪守! 久々に会えて嬉しかったわ!」
「え、あ……」
あれだけしつこかったのが嘘のような変わり身。掴んでいた私の腕を離し、慌てたように走り去って行く二人組をポカンと見つめる。
一体どうしたのだろう……?
「まふゆちゃん、大丈夫!?」
「朱音ちゃん」
声を掛けられて振り向けば、朱音ちゃんが心配そうにこちらを見上げている。
「もうっ! あの人達、まふゆちゃんの元同級生だかなんだか知らないけど、神琴様に睨まれたくらいで逃げ出すなんて、根性無しなんだからっ!!」
「え?」
九条くんが睨んだ? だから慌てて走り去ったの?
思わず九条くんを仰ぎ見る。
「ごめん、まふゆ」
「へっ!? どうして!?」
すると目が合った瞬間に謝られてしまい、意味が分からずに慌ててしまう。
「まふゆの同級生だって言うし、余計な手出しは止めておこうと思ってたんだけど、彼らが強引な行動に出そうだったから、思わず出しゃばってしまった」
「ううん! むしろ割って入ってくれて助かったし、謝らないでよ!」
というかこちらの方こそ、いかに私の人間関係が希薄かということを知られてしまい、恥ずかしい。
そんな気持ちが顔に出ていたのだろうか、朱音ちゃんが「気にしなくていいよ」と笑う。
「半妖は元々特殊な存在だし、特にまふゆちゃんの場合は正体を隠してきたんだから、周囲との接触が必要最低限になるのは仕方ないよ」
「うん……、ありがとう」
慰めてくれる朱音ちゃんに、私も笑いかける。
そう、正体を隠してきたんだから仕方ない。
――でも、最近はこうも思うのだ。
『私にとって生徒会は大切な場所で、そこには九条くんだって必要なんです! 外せと言われて外すことなんて出来ない、だって私達は……!』
生徒会のみんなや朱音ちゃん、クラスの女子達。
雪女の半妖であることを隠しながらも、少しずつ私はみんなとの距離を縮めてこられた。
『大丈夫だよ。朱音ちゃんが誰だって、何をしていたって、関係ない。だって私は知ってるもん。朱音ちゃんは頑張り屋さんで、ふわふわ可愛くて、いつだって私のことを心配してくれていたのを』
そして半妖であることを知られたとしても、築き上げた関係がそう簡単に壊れたりはしないことも知った。
だからこそ、思う。
以前までの私は、〝雪女の半妖〟であることを他者と関わらない言い訳にしていたんじゃないのか――と。




