6話 雪女と妖狐と生徒会の夏休み(3)
「まふゆ、あそこ」
「あっ! ホントだ、いたっ!! もぉー二人とも! 突っ走り過ぎだよー!!」
朱音ちゃん達と別れ、九条くんと二人で海岸沿いの釣り場に来た私。
そこで雨美くんと夜鳥くんを探せば、この人混みの中でも目立つツンツンの黄色い髪とツヤツヤの青い髪はすぐに見つかった。
「……ん?」
急いで駆け寄れば、何やら二人が大声で喚いている。
「クッソォー! なんで釣れねーんだよっ!」
「もーつまんなーい! 釣り飽きたー!」
「ええ……」
どうやら釣りが上手く出来なくて癇癪を起こしているらしい。その姿に思わず「子どもかっ!?」と言いたくなる。
周囲の釣り人も何事かと二人をジロジロ見ているし、恥ずかしいので早く回収せねば。
「ちょっとちょっと、二人とも! そんなやり方じゃ、釣れないに決まってるじゃん!!」
「あ、雪守ちゃんに九条様」
「なんだよ? オレらのやり方の何が違うってんだよ!?」
「もうっ、よく見てなさい!」
騒ぐ二人の釣竿を取り上げて、見本を見せてやるべく、私は釣竿を構える。
「まずエサはちゃんと付けて。じゃないと魚が食いつかないから」
「けどよ、そのエサ生きてて気持ち悪ぃじゃん……」
そう言って私が摘んで見せたエサを、ビクビクしながら夜鳥くんが指差した。
いや、乙女かっ!?
「何、女子みたいなこと言ってんの!? ほらっ、それからきちんと沖に向かって釣竿を振るの!」
ビュッ! といい音と共に、エサが海面に着水する。
「えーっ!? そんな真っ直ぐに振れないよぉー! ずっと立ちっ放しで腰も痛いし……」
そう言って雨美くんが自分の腰をさすって見せる。
いや、年寄りかっ!?
「もぉーっ! 高校生の癖に、そんなおじいちゃんみたいなこと言わないでよ!!」
ぶーぶー文句を言う貴族コンビに青筋を立てながら、最大限に懇切丁寧に釣りのいろはを教えていると、横で二人と一緒に私の説明を聞いていた九条くんが呟いた。
「あ、来た」
「え?」
来た? 何が??
慌てて横を見れば、今まさに九条くんが釣竿を胸に手繰り寄せて魚と格闘しているところであった!
「マジかよ!? あのエサに触るとか九条様ヤベーな!!」
「真っ直ぐに釣竿を振れたんだね! スゴイよ、九条様!!」
「まふゆ、この後はどうすればいいんだい?」
「程よい力加減で一度魚を泳がせて、疲れさせた頃に思いっきり引いて! 糸が切れないように注意してね!」
ピントのズレた貴族コンビの感想はマルっと無視して、私は力こぶしを握り、九条くんに指示を出していく。
そして――。
シュパーンッ!!
大きな水しぶきと共に、巨大な魚が勢いよく釣り上がった。
「――――っ」
ビチビチと勢いよく尾をバタつかせる巨大魚。その姿を全員でしばし呆然と見つめる。
周囲の釣り人達も大物が釣れたということで、わらわらとこちらに集まってきた。
「おおっ! スゴイな兄ちゃん!」
「こんな大物釣ったの、風花さん以外で初めてだぞ!」
「ああ、風花さんはスゴイ腕前だよなぁ。昨日ももんのすごかった」
「あんな細っこい美人が、大物を悠々釣り上げてんだもん。初めて見た時はたまげたなぁ〜」
「そうそう」
何故か釣り人達の話は目の前の大物の話題から、お母さんの話にシフトしていた。
まさかこんなところでお母さんの話を聞くとは思わず、なんとも居た堪れない。
「クソー、オレも大物釣りてー! なんか他に良い釣り場ねぇのかよ?」
「あっ! あそこなんて釣れそうじゃない!?」
「あそこ?」
雨美くんが指差す方を見れば、あるのは海岸から簡素な桟橋が掛かった先にポツンと海に浮かぶ鬱蒼とした木々に覆われた小島だった。
というか、あの小島は――……。
「ああ、〝ザンの森〟に近づくのは止めといた方がいい」
一人の釣り人がそう言うと、周りの釣り人達も同意するように頷く。
「そうそう。昔からあの森は〝人魚が流れ着く場所〟なんて呼ばれていて、森を荒らすと海神様の怒りを買うって言い伝えられてんだ」
「まぁもっとも、最近の若ぇヤツらは言い伝えなんてお構いなしに、肝試しして遊んでるって聞くけどな」
「そうなんです! まったく、許せないですよねっ!」
釣り人達の言葉に強く頷いて憤っていると、九条くんが不思議そうに首を傾げて私を見た。
「海神? この辺に人魚がいるのかい?」
「うん、いるとは聞くよ。見たことは無いけど」
海神……、それは人魚一族の当主のことを指す。
圧倒的な妖力を持ち、陸の者に幾度もの絶望を与えたとされ、畏怖の念を込めて〝海神〟と呼ばれるようになったとか。
ティダの海には古くから人魚が住み着いていると言われている。しかし人魚一族はかなり内向的な性質の持ち主が多いようで、決して陸の者には姿を見せない。
彼らは普段、深い深い海底で暮らしているというし、普通に生活していたらまず出会うことのない妖怪だ。
「肝試しか……」
「肝試しね……」
「?」
人魚の話をする私達の横で、夜鳥くんと雨美くんが何やらブツブツと呟いている。
にんまりと笑い合う様子に、イヤーな予感がするのは仕方あるまい。
だってこの二人が結託すると、ロクなことにならないんだよなぁ。
また変なことを企んでなきゃいいんだけど……。
◇
「あっ、みなさーんっ!!」
「お疲れ様でーす!!」
魚釣りを終えて砂浜に戻ると、ブンブンと元気よく手を振る朱音ちゃんと木綿先生が出迎えてくれた。
そしてその後ろには、既に準備された網の上に肉や野菜を刺した串が焼かれていて、なんとも食欲をそそる香りが辺りに充満している。
「うぉぉぉ!! うまそっ!!」
「ほらまず手ェ洗って!」
串に今にも飛び付かんとする夜鳥くんを静止して、手洗い場に行くよう促す。
作法に厳しい貴族の癖に、今やすっかり夏休みを満喫する子どもである。
「ふふ、魚は釣れた?」
「へへ、じゃじゃーんっ!! すごいでしょ? 大物だよ! 九条くんが釣ったんだ!」
九条くんの釣った大物を見せると、朱音ちゃんは目を丸くした。
「ええっ!? すごいです、神琴様!!」
「はは、ただのマグレだよ」
「いやいや、初めてでこんな大物釣れるなんて才能だよ。誇っていいよ」
謙遜する九条くんの背中をポンポン叩きつつ、他の魚達もバケツから取り出す。
実はあの後、コツを覚えた雨美くんと夜鳥くんが釣り上げた魚もあり、なかなかの釣果だった。
もちろん朱音ちゃんリクエストの海老も、この私が抜かりなく釣り上げ済である。
「じゃあ早速焼こっか!」
魚を手早く捌いて網に乗せれば、ジュウジュウといい音がして、魚介特有の磯の香りが鼻腔をくすぐる。
「おいっ! 手ェ洗ったぞ、雪守! 早く食おーぜ!!」
匂いに釣られたのか、夜鳥くんがバタバタと走って来る。
そしてその声が合図となって、待ちに待ったバーベキューは始まったのだった。
◇
「お、うまぁっ!!」
「なんかこーゆーところで食べると、いつもよりも美味しく感じるかも」
「あー、分かる分かる!」
雲ひとつ無く晴れ渡る青空に、エメラルドグリーンの海。そして真っ白な砂浜で食べるバーベキュー。
最高のシチュエーションを前に、みんながいつも以上に饒舌になり、食事もガンガン進んでいく。
「まふゆちゃんも海老食べて。美味しいよ」
「あ、ありがとう! 朱音ちゃん……!」
朱音ちゃんの手ずから皿に海老を入れてもらい、私は込み上げる嬉しさを隠しきれずニマニマと破顔する。
〝ああ、朱音ちゃんの海老。大事に食べよう〟
そう考えて、海老に箸を伸ばす――が、
「ああー雪守ちゃん、そのままじゃ海老本来の美味しさは感じられないよ?」
「え?」
チッチッと人差し指を振って、雨美くんが何やら赤い物体を私の海老にぶっかけた。
「え……?」
「おいっ! んな真っ赤な海老、水輝しか食えねぇだろうが!! ほら雪守、やっぱ女はこっちの方がいいだろ!!」
今度は夜鳥くんがそう言いながら、白い物体を赤く染まった私の海老の上にぶっかける。
「は……?」
「ちょっと雷護! 何やってんのさ!? そんな甘いの、雷護しか食べられないでしょ!!」
「はぁ!? ハバネロソースなんかの何倍もこっちの方がうめぇだろ!!」
「練乳なんて常識的に考えて海老に合う訳ないじゃん!! バカでしょ!!」
「何を!?」
「何さ!?」
「…………」
一瞬の出来事に何が起きたのかとっさに理解出来なかった私だが、睨み合う二人を呆然と見つめている内に、ふつふつと怒りが沸いてきた。
……ハバネロソース? 練乳だぁ?
『まふゆちゃんも海老食べて。美味しいよ』
よくも。
よくも朱音ちゃんが私にくれた海老を……!
「雨美くんっ、夜鳥くんっ!! 食べ物で遊ぶんじゃなーーいっっ!!!」
この時の私の怒号は水平線の彼方まで轟いたとか、なんとか。
なおハバネロと練乳まみれの海老は、貴族コンビが美味しく頂いたことだけは忘れず付け加えておく。




