4話 雪女と妖狐と生徒会の夏休み(1)
「なんでみんながティダに居るのっ!!? ワビ湖は!? オモイ沢は!?」
混乱のあまり大絶叫する私に、最初に方舟から降り立った雨美くんが説明してくれた。
「それがうちの親が急に皇宮に呼ばれたとかで、避暑地行きも中止になっちゃったんだよ」
「えっ、〝皇宮〟?」
聞き慣れない言葉だが、つまり皇帝陛下に雨美くんのお父さんが呼ばれたということだろうか? さすが貴族。庶民にとっては雲の上の話である。
「オレん家も同じでさ、親父のヤツが朝から出かけちまってて、聞けば水輝の親もそうだって言うじゃねぇか。んで暇だし、だったら木綿でも冷やかしに学校に行こうかってなったんだよ。そしたら――」
「ちょうど僕と不知火さんが職員室で話をしている時に二人が来ましてね。そこでそういえば九条くんも寮にいるという話になりまして」
雨美くんの後から降りて来た夜鳥くんと木綿先生が、言葉を続ける。そして最後に方舟から降り立った朱音ちゃんが、申し訳なさそうに眉を下げて言った。
「ごめんね、まふゆちゃん。わたしがみんなに神琴様は今まふゆちゃんと一緒にティダに行ってるって、言っちゃったの」
「朱音ちゃん……」
しゅんとして今にも怒られるのを待っているかのような様子の朱音ちゃんを、誰が責めることが出来ようか? いや出来ない。(反語)
とはいえ事情は分かったものの、まだ疑問点は解消されていない。
「だからってなんで、みんなしてティダまで来ちゃってんの!? 雨美くんと夜鳥くんはともかく、朱音ちゃんは演劇部は? 木綿先生なんて、仕事はどうしたんですか!?」
「わたしは部長さんにみんなとティダに行くことを伝えたら、大賛成で送り出してくれたんだよ」
「僕は生徒会の引率って名目でダメ元で上層部にお伺いを立ててみたら、何故かOKされちゃいまして。せっかくなんで来ちゃった次第です」
「はあ……」
常夏のリゾートで過ごすなんて憧れだったんですよね〜と、のん気に笑う先生に一気に脱力する。
するとそんな私の肩を九条くんがポンと叩いた。
「まふゆ。とにかく今日はもう遅いし、話は明日にしよう。……泊まる場所はもちろん確保しているんだよな?」
最初の言葉は私に、後の言葉はみんなに向かって九条くんが言う。しかしその言葉にみんなが「あ」という顔をした。
「やべ、そーいえばそうだった」
「勢いで来たから、泊まるところなんて何も考えてなかったね」
「僕、野宿なんて嫌ですよぉ〜っ!!」
「うふふ。木綿先生ったら、野宿も一度体験すると楽しいものですよ」
「お前達……」
みんなの発言に頭痛がしたのか、九条くんが額に手を当てて盛大に溜息をつく。分かるよ、その気持ち。
ていうか野宿も体験すると楽しいって、朱音ちゃんは今までに一体どんな経験を……?
九条家暗部恐るべしである。
……まぁそれはともかく、さすがに本気で野宿という訳にはいかないだろう。
「だったら家に泊まりなよ。お母さんテキトーだから、お客さんが多少増えたところで何も言わないし」
私がそう言うと、九条くんが驚いたように目を見開いた。
「えっ! 多少って、一気に一人から五人だよ? 本当に全員泊めて平気なのかい!?」
「五人なら多少の範囲だよ。平気平気」
具体的な数字を出されると確かに多い気もしたが、まぁお母さんだし、大丈夫だろう。今日は酔い潰れて寝ちゃっているから、明日の朝言えばいいか。
そう考えてみんなを家に案内しようとした時だった。
「つーか雪守、なんか天狗のおっさんが九条様と雪守は恋人だから二人の邪魔すんなとか言ってんだが、お前らいつから恋人になったんだ?」
「は?」
言われた意味が理解出来ず、しばし固まる。
「おうっ、今朝振りだな嬢ちゃん達!」
すると今朝私達を運んでくれたあの赤鼻の天狗のおじさんが、ヒョコッと方舟から顔を出したのだ。
「済まねぇな。アベックの邪魔はしちゃなんねぇとコイツらに言い聞かせたんだが、いいから連れてけと何度もせがまれてな」
どうやらおじさんはまだ私達のことを、勘違いしたままのようだ。ていうかアベックって何?
「えっと、私達はそういうんじゃ……」
「おおっと! オレっちは次の仕事が控えてんだ! んじゃ大変だろうが、ご両親に認めてもらうんだぞ!!」
「あのっ……!」
私の話を聞かないおじさんは、そのまま慌ただしく方舟を発進させ、あっという間に夜の闇に紛れて見えなくなってしまった。
それを私と九条くんは呆然と見つめる。
「……朝も思ったけど、騒がしいおじさんだったね」
「うん……。結局誤解も解けなかったし」
アベックの意味も結局不明だが、まぁいいか。
気を取り直して、改めて家の中へと案内する為に私はみんなに向き直った。
「まぁ何も無い家だけど、ゆっくりしてってよ」
「おおっ! ティダ特有の赤瓦に、守り神である獅子の置物! うーん、これぞ南国建築! 素晴らしいですねー」
木綿先生が家をキョロキョロと見上げて、何やら感動している。よく分からないが褒めてくれているようなので、悪い気はしない。
対して雨美くんと夜鳥くんは微妙な顔で、我が家を見上げていた。
「なんか壁薄くない? セキュリティは大丈夫なの?」
「てか狭めぇな。ウサギ小屋か?」
「はい、雨美くんと夜鳥くんは野宿決定」
額に青筋を浮かべてギロリと睨みつければ、二人が慌てたように私に言い募る。
「や! 壁が薄いと同じ部屋にいなくても会話出来るし、便利だよね!」
「だな! それに使用人がいないなら、狭めぇ方が効率的だよな!」
「はぁ……」
褒められている気は全くしないが、これでも二人は精一杯褒めているつもりなのだろう。仕方ない、今回だけは頑張りに免じて失言は不問にしてやろうか。
「まふゆちゃんのお家でお泊まり……。えへへ、こういうのずっと憧れていたから嬉しいな」
「朱音ちゃん……」
ふわふわと幸せそうに笑う朱音ちゃんに、さっきまでの荒んだ心が瞬時に癒されていくのを感じる。
さすが天使! 私も朱音ちゃんが来てくれて嬉しいよ! ていうか、そのサマーワンピース姿も可愛過ぎるぅぅ!!
「――さて、問題は部屋割りだけど」
朱音ちゃんの可愛さにきゅんきゅん悶えつつも、当初の予定より大幅に増えた人数でどうやって寝るかを、この後私達は真剣に協議した。
結果、朱音ちゃんは私の部屋。木綿先生と雨水くん、夜鳥くんは客間。
そして九条くんは当初予定していた客間が使えなくなってしまったので、お父さんの部屋で寝てもらうことで落ち着いたのだ。
「俺が使っても大丈夫なの? もし君のお父さんが帰って来たら……」
「大丈夫だよ。少なくとも私は一度もお父さんが帰って来たとこを見たことが無いし」
お父さんの部屋に案内すると、九条くんが遠慮がちに眉を下げる。けど部屋だって、使われないより使われた方が嬉しいに違いない。
「まふゆのお父さんって、どんな人なの?」
「うーん、分かんない」
「分かんない?」
私の言葉に、九条くんが不思議そうに首を傾げる。
「うん。お母さんの話だと、人間で冒険家らしいけど、私は会ったことないし」
だから私にとって父という存在は、全くピンとこない。
冒険家という職業もかなり胡散臭いし、お母さんは騙されたんじゃと内心疑っている。まぁあのお母さんが、みすみす男に騙されるとは考え難いけどね。
「使われる予定も無い部屋を用意して、お母さん、バカだよね……」
「…………」
「とにかく、遠慮しないで使ってよ」
私が笑って言えば、ようやく納得してくれたのか、九条くんが頷いた。
◇
……ちなみに。
この後部屋割りについてまたも貴族コンビが雑魚寝は嫌だと文句を垂れたのだが、九条くんの右手にチラつく炎を見た瞬間、青ざめて口を噤んだのだった。




