31話 雪女と妖狐と生徒会の帰還
当主に言われた通り地下室から出た私と九条くんは、すぐにあの関所のような門へと向う。
どうやら思った以上に時間が経っていたようで、来た時にはまだ青かった空の色は、今やすっかり赤く染まっていた。
「わぁぁんっ!! 雪守さんに九条くん!! 二人共よくぞご無事で~っ!!」
「ま、オレは全然心配なんてしてなかったけどな!」
「とか言って雷護、待っている間ず〜っとソワソワして、気が気じゃなかったじゃない」
「あ!?」
「ふふ。とにかくまふゆちゃんも神琴様も、無事に戻って来てくれて本当によかった」
既に門の前には木綿先生に夜鳥くん、それに雨美くんと朱音ちゃんが揃っており、笑顔で私達を出迎えてくれた。
みんなと離れていた時間はそれほど長くなかった筈なのに、まるで随分と会っていなかった気がするのだから不思議だ。元気な姿を前にして、ようやく私の胸に巣食っていた不安も吹き飛んでいく。
「ところで九条様はともかく、なんで雪守ちゃんはあの狐面達と同じ格好してるの?」
「え」
雨美くんに指摘されて、私は今の自分の姿を思い出す。そういえば朱音ちゃんと服を交換したままだったっけ。事情を掻い摘んでみんなに話せば、夜鳥くんが不機嫌そうに唸った。
「なんだそりゃ。ホントとんでもねぇな、九条家の当主。てめぇが気に食わねぇだけで客を襲わせたり、九条様を地下室に繋いだり、めちゃくちゃ過ぎんだろ」
その言葉に九条くんが微妙な顔をする。
「葛の葉は自分の意に沿わないことが大嫌いなんだ。そしてそれを解消する為には、手段は選ばない。……俺の母のせいで危険に晒してしまい、本当にすまない。でもみんなが来てくれて嬉しかった。ありがとう」
九条くんはそう言うと、なんだか吹っ切れたように晴れやかな笑顔を見せた。するとそれを見たみんなも、照れくさそうにしながらも嬉しそうに笑い返す。
そこでようやく、私は九条くんを奪還したら一番に言いたかった言葉を笑顔で伝えた。
「九条くん、改めておかえり!」
「ああ……、ただいま!」
やっと私達は取り戻せたのだ。
生徒会の仲間を。そして、いつもの日常を。
「――それにしても」
再会をひときしり喜んだ後、雨美くんが朱音ちゃんをちらりと意味深に見やる。
「まさか不知火さんが、九条家の暗部だったなんてね。可愛い容姿にすっかり騙されちゃったよ」
「そうだぜ。暗部ってことは、あの狐面どもと同じくれぇ強いんだろ? んなちっこいのに、やるじゃねぇか」
「そもそも不知火さんからは、妖狐の気配を一切感じませんでしたからね。半妖……僕も初めてお会いしましたが、本当に不思議な存在ですね」
木綿先生が朱音ちゃんを見つめてしみじみと言う。
けど先生、実はとうの昔から私という半妖に会っているんですよ。……なんて、もちろん言えないけど。
「あはは……。正体を明かすことは、葛の葉様に禁じられていましたので。結果的にみなさんを騙す形になってしまって、ごめんなさい」
「えっ!? なのにみんなに言って大丈夫なの!?」
驚いてそう朱音ちゃんに聞けば、当主から「今回のことは不問。後は好きにしろ」と伝言があったらしい。
ついでに暗部の仕事もやらなくてよくなったそうな。あの当主、狭量なんだか、寛容なんだか……。
「朱音にも改めて礼を言う。まふゆを手助けしてくれて、本当にありがとう」
そこで私達の会話を黙って聞いていた九条くんが、朱音ちゃんの前へと歩み出た。
するとその瞬間、まるで火がついたように朱音ちゃんの顔は真っ赤に染まる。
「み、神琴様! そんな、勿体無いお言葉ですっ!! まふゆちゃんはわたしにとっても大切な友達。助けるのは当然のことですから!!」
お馴染みの首振り人形のようにカクカクと頷きながらも、そう早口で捲し立てる。
その姿はやっぱり何度見ても可愛いが、同時に以前感じた疑念がまたもや浮かんで、胸がモヤモヤしと出す。
「おい」
と、そこで夜鳥くんが朱音ちゃんを見て首を傾げた。
「なんだ不知火、顔真っ赤になってんぞ。まさかお前、九条様のことが好きなのか?」
「ふぇっ!?」
で、出た~っ!! 空気を読めずになんでも聞いちゃうお子ちゃま系男子~!!
私だってずーっと気になってたけど、あえて口にはせずにいたのにっ! しかもこんな公衆の面前、あまつさえ九条くんが目の前にいるってのに! なんとデリカシーの無い男よ……!!
「違いますっ!!!」
「朱音ちゃ……、え?」
〝無理に答えなくていいんだからね〟
私がそう言おうとする前に、朱音ちゃんが大声で叫んだ。
ん? 違うの?
キョトンと目を瞬かせていると、朱音ちゃんは赤い顔のまま更に叫ぶ。
「赤くなってしまうのは、ずっと神琴様の視界に入らないように気をつけていたから、視線を向けられるのが恥ずかしいからなんです! そもそもわたし、神琴様に対してはお母さんみたいな気持ちを昔から抱いていますんで……!!」
「おかっ……?」
まさかの〝お母さん〟発言に、私達がざわつく。
「お母さん……」
九条くんも動揺を隠しきれずに呟いた。
うん、気持ちは分かる。ドンマイ。
「そっか、お母さんかぁ……」
じゃあずっと感じていた疑念は、全くのお門違い。ただの私の勘違いだったんだ。ほーっと力が抜けて、自然と笑みが溢れる。
「……」
て、あれ? なんで私、こんなにホッとしてるんだろ?
内心首を傾げていると、ドンっと何か柔らかいものが私の胸にぶつかった。
「それにわたしが大好きなのは、まふゆちゃんなんですっ!!!」
朱音ちゃんが私に抱きつき、真っ赤な顔をしてこちらを見上げた。それに私は歓喜した。
「もちろん私だって、朱音ちゃんが大好きだよ!!」
「まふゆちゃんっ!!」
友情に打ち震える私達は固く抱きしめ合う。
「「「「…………」」」」
すると私達を見ていた男全員が沈黙した。
なんだよ、みんなして女同士で何やってんだとか思っているんでしょ? いいじゃないか、友情を確かめ合うくらい。
なんだか後ろから、「うわぁ、余計なこと言ってすみません九条様ぁ!!」とか、「雷護が悪いんだから早く九条様に土下座しなよね!!」とか、「あああちち!! 布だから燃えるぅぅ!!」なんて騒がしい声が聞こえてきたが……。
うん。気のせいに違いない。
「――とにかく、ここでずっと話している訳にもいきませんし、そろそろ学校に帰りましょう」
そう言ってお馴染みの一反木綿姿だった木綿先生が、スッと私達の前に背中を向ける。これは乗れってことだ。
乗せてくれるのはあくまでも先生の好意だと言うのに、失礼にも全員ゲッという顔をした。もちろん私もである。
「わぁ~、わたし一反木綿さんに乗るの初めてです」
唯一、空飛ぶ一反木綿のヤバさを知らない朱音ちゃんだけが、無邪気な天使のように喜んでいた。この天使の笑顔がもうすぐ曇るかと思うと耐えられない。
そんな訳で、先生にはゆっくり安全安心に飛ぶよう脅して……。あ、いや、丁重にお願いしておいた。
「行きますよー」
木綿先生が私達を乗せて、空にふわりと浮かび上がる。お願いが効いたのか、今までが嘘のように快適だ。頬を撫でる風が柔らかい。なんだ、やれば出来るじゃないか。
「わぁ……! 夕陽がこんなに近い」
朱音ちゃんの歓声に前を見れば、赤く染まった空に浮かぶ夕陽が、地上から見るよりも鮮やかに目に映った。
しばし全員がこの幻想的な光景に見惚れていると、ふと夜鳥くんが「もうすぐ夏休みだな」と呟く。
「どうしたのさ雷護? らしくなく感傷的になって」
「らしくないは余計だ! なんつーか、夏休みに入るとしばらくは生徒会活動ねぇじゃん? だからこうして全員揃ったのに、少し寂しいっつーか……」
「あ……」
確かに夏休みが始まれば、1ヶ月半みんなと会えなくなる。私は早々にティダに里帰りするつもりだし、他のみんなだってそれぞれ過ごすだろう。そう思えば、なんだかしんみりとしてしまう。
不思議だ、たかが夏休みの間会えないだけなのに。
「ふふ、それだけボク達の中で生徒会の存在が大きくなったのかもね」
「そうだね。初めはただの生徒会メンバーでしかなかったのにね」
雨美くんの言葉に九条くんが頷く。うん、私も。
単に成績順で選ばれて、義務で活動していたに過ぎなかった私達。ただのメンバーが、いつしか仲間になった。
そしてきっと、そのきっかけを作ったのは――。
「ん? どうしたんだい、まふゆ」
「な、なんでもないっ!」
ジッと隣に座る九条くんを見ていると、それに気づいた九条くんもこちらを見返す。それがなんとなく気恥ずかしくて、私はとっさにそっぽを向く。
するとそんな私を見て、九条くんが少々意地の悪い笑顔をした。
「そういえば来週はいよいよテストだね。今回も勝たせてもらうよ」
「何だとー!? 私だってめちゃくちゃ準備したんだから、絶対負けないんだからねっ!!」
期待していると笑う九条くんに、今に見てろよと拳を握る。だけどその笑顔が本当に楽しそうで、思わず私の毒気も抜かれてしまう。
『あらあら、神琴くんがまふゆちゃんと。しかもあんなに楽しそうに学校から帰って来るの、はじめて見たわ』
いつだったか寮母さんに、言われた言葉。その頃の私にはピンとこなくて、上手く答えられなかった。
でも今は違う。見えなかった九条くんの感情の動きが、耳や尻尾が無くったってハッキリと見えている。
『……分かっておるのか? その楽しい楽しい時間にも、必ず終わりが来ることを』
『元より覚悟はしています。そういうものだということも理解しています』
九条くんの家のこと、家族のこと。少しずつだけど知れて、だけどまだまだ知りたいことはたくさんある。
何より一番知りたかった九条くんの不思議な病の原因がなんなのか、結局聞けず終いのままだったし。
「さぁみなさん、間もなく学校ですよー」
「あ、ホントだ見えて来た!」
「やっと帰れたね」
夕陽に染まって赤くなった学校が、どんどんと近づいてくる。みんなと一緒に声を弾ませる九条くんを見つめて、私はまぁいいかと思う。
時間はたくさんあるんだし、焦らなくても少しずつ九条くんのことを知っていけばいいんだもん。
こうして私達の日常は、ずっと続いていくんだから――。




