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雪女ですがクラスのイケメン妖狐の癒し係になりました  作者: 小花はな
第一章 はじまりの契約と妖狐の秘密

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28話 雪女と妖狐の再会



「わっ、めちゃくちゃ急。踏み外したら洒落になんない」



 そろりそろりと暗闇の中、壁に手をつきながら、私は階段を踏みしめるようにしてゆっくりと降りていく。



「あ」



 と、しばらく降りた先に、微かな灯りが漏れているのが見えた。

 ザワリと嫌な予感がしたが、(はや)る気持ちを胸に急いで灯りを目指して階段を降り終えると、廊下のような場合に出た。どうやら灯りは廊下の先の部屋から漏れているらしい。



「……っ」



 瞬間、ぶるりと体が震えた。


 ひんやりと地下特有の冷たさのせいもあるが、恐らく寒さとは違うこの場を支配する独特の陰鬱さを感じたからだろう。

 


「本当に、こんな場所に九条くんが……?」



 じめじめして真っ暗で。立っているだけで不安になる場所。そんなところに閉じ込められて、九条くんは無事なんだろうか?

 恐る恐る灯りの漏れた部屋へと近づく。しかし扉の前に立った瞬間、猛烈な熱さが体へと襲い掛かり、私は堪らず大声で叫んだ。



「あぁっつう!!? 何この部屋……!?」



 先ほどの感じていた冷たさが一転し、部屋の中からは、まるで火口に居るかのような焼けついた空気を感じる。



「中に入る前からこんなに熱いとか、冗談でしょ……!? でも……」




 扉を隔てた向こう側に感じる、この圧倒的な妖力。

 間違いない。九条くんはこの部屋の中に居る。



「…………よし」



 熱さに躊躇(ちゅうちょ)する自分を叱咤して、私は氷の妖力を全身にまとわせる。

 そして朱音ちゃんから貰った鍵を取り出し扉を解錠し、高温に熱された扉をなんとか妖力を駆使して押し開いた。


 すると、石造りの広い部屋の奥で見えたのは――。



「あ……」



 見間違えようのない白銀の髪。けれどもう一つの彼の特徴である金の瞳は閉じられている。



「九条くん……?」



 しかもただ意識を失っているだけではない。彼の手首から伸びるそれ(・・)が目に入り、私は言葉を失った。



「く、九条く……」



 石造りの壁から伸びる、まるで拷問具のような手枷。それが九条くんの両腕に繋げられている。体勢はだらんと項垂れており、服は制服ではなく、神職のような白い袴を着ていた。



「九条くんっ!! うっ……!」



 慌てて九条くんに駆け寄ろうとした瞬間、ゴォッと地鳴りのような音を立て、先ほどよりも強い熱波が私を襲う。

 氷の妖力でなんとか凌ごうとするが、室内を支配する九条くんの妖力の強さは凄まじく、彼を中心として強烈な火の妖力が部屋中に渦巻いていた。



「っ、……!」



 熱い。苦しい。

 雪女には最悪の状況だ。


 でも、こんなことぐらいで私は九条くんを諦める訳にはいかない……っ!!



「九条くん、起きてっ!!」



 近づけないなら起こすまでだ。

 私は在らん限りの声を振り絞り、九条くんに向かって叫ぶ。



「九条くんっ、九条くんっ!! お願い、目を覚まして!!」


「…………っ」



 すると九条くんが、微かにピクリと反応を示した。



「九条くん!!」


「……」



 しかしそれ以上の反応は返してくれない。


 この部屋の状況、原因は九条くんの発作によって引き起こされているのだろう。なにせ今日は一度も彼に妖力を使っていない。そうすると、ここまで酷い状態になってしまうのか。症状をどうにか鎮めないと。



「うっ!?」



 また九条くんから渦巻く妖力が強さを増した。このままでは九条くんを助けるより先に、私が熱にやられてしまう。


 なら、近づく以外で九条くんに妖力を届かせる方法は――――……。



「起きて! 起きてよぉ! 起きろーっ!! 神琴(みこと)ぉー!!!」



 喉が枯れそうなくらい全力で叫んで、その声に乗せた氷の妖力を九条くん目掛けて解き放つ。

 するとその瞬間、パキンッ! と何かが壊れる音が私の耳に響いた。



「まふゆに呼び捨てにされるのって、なんか慣れないな。……でも、悪くないね」


「――――バカ」


  

 くすりと笑っていつもみたいに軽口を叩く目の前の人物に、ずっと堪えていた涙が自然と溢れた。



「まふゆ」


「…………、っ」



 ボロボロと静かに涙を零し続ける私に、九条くんが近づく。さっきした音は、彼を拘束していた手枷が外れた音だったみたいだ。


 それに九条くんへありったけの氷の妖力をぶつけたお陰か、あれだけ渦巻いていた火の妖力もすっかり鳴りを潜め、不思議なことに高温に熱せられていた室内も、本来の地下特有の冷たさを取り戻しつつあった。



「まふゆ」



 泣いて何も答えられない私に、もう一度九条くんが私の名を呼ぶ。

 そうして彼の指に流れ落ちる涙を拭われて、彼の気配を近くに感じた時、もう私は溢れ出す言葉を我慢することなんて出来なかった。



「っとに、バカッ!! 九条くんのバカバカバカッ!!! 急に消えて、心配したんだからぁ!! 絶対いなくならないって約束した癖に!! なのにいなくなって、それで、それで……ううっ!!」



 嗚咽(おえつ)して上手く言葉が出て来ない。

 詰まりながらひたすらボロボロと泣く私の頬に、九条くんの手がそっと触れた。



「ごめん。俺の迂闊(うかつ)な判断で、また君を悲しませてしまった。どうか泣かないで。まふゆに泣かれるのは、何よりも辛い」


「……っ、」



 そう言って頬をつたう涙をまた指で拭われる。その優しい手つきに、また勝手に涙が溢れてしまって、泣かないでと言われたのに、次から次へと新たな涙で溢れてしまう。



「……まさかこんなところまで来てくれるとは思わなかった。一人で来たの?」



 なんとか涙を引っ込めようとしながら、私はフルフルと首を横に振る。



「……木綿先生と、雨美くんと、夜鳥くん。それに朱音ちゃんも。みんながここまで来るのを助けてくれたの」



 着ている巫女服を見せるように示せば、九条くんが少しだけ驚いたように目を見開いて、しかしすぐに理解したように頷いた。



「そっか朱音(・・)も。それに生徒会のみんなには、本当に頭が上がらなくなるな」



 大きな借りが出来てしまったと呟く九条くんに、泣き濡れた顔のまま私は少し笑う。



「生徒会長なのに、立場は一番下になっちゃうかもね?」


「元々俺が一番新参なんだし、一番下のようなものだけど。……でもそうか、みんなが。迎えに来てくれる人達がいるというのは、こんなにも嬉しいものなんだね」


「九条くん……」



 まるで初めて知ったような言葉。

 切ない表情で笑う彼に、あの御簾(みす)の向こうにいた当主の言葉を思い出して、胸がきゅうっと苦しくなる。



「……そういえば〝朱音〟って、朱音ちゃんが九条家の妖狐だって知ってたんだ? 文化祭の準備の時、まるで初対面みたいに話してたのに」


「ああ、彼女が九条の暗部だとは知ってた。けど実際に話したのは本当にあれが最初だったんだ。彼女は決して俺に接触してくることは無かったからね」


「…………」



 朱音ちゃんの話だと、随分幼い頃から九条くんの監視をしているようだった。にも関わらず、あの時が初対面。

 保健室の時もまるで気配なんてしなかったし、なんてことのないように朱音ちゃんは言っていたが、改めて彼女が背負ってきたものの大きさに胸が詰まる思いだ。



「ただ……」


「え?」



 九条くんの声に考えるのをやめて顔を上げると、先ほどより幾分か表情を暗くしている。どうしたんだろう?



「あの保健室でのこと。朱音経由でまふゆのことが葛の葉(くずのは)に知られることは分かっていたんだ。葛の葉が朱音を使って君に何かしてくることも、すぐに想像がついた」


「あ……」



 その言葉に、私は俯く。

 なおも九条くんの話は続いた。



「ごめん、俺はまふゆの秘密が守られないことは分かっていた。俺と関われば君に危害が及ぶことも。なのに俺は、君との交換条件を承諾してしまった。初めから契約なんて成り立っていなかったのにね」


「…………」


「だからまふゆ、君との契約はもうーー……」



 ーーーーゴッ!!!



 その先を聞きたくなくて、私は懐かしのあの頭突きを九条くんの頭目掛けて繰り出した。



「~~っっっー!!」


「~~~~っっ!」



 するとやはりというか案の定、私達は互いに頭を押さえて石床の上をのたうち回る。



「っ……、相変わらずの石頭……」


「そう言う君もね……。急に何を……」



 頭を押さえて痛みに顔を歪ませる九条くんを、私はキッと睨みつけた。



「もぉーっ! なんで朱音ちゃんも九条くんも、真っ先に自分を責める訳!? 元はと言えば監視や妨害なんか命じる方が悪いんだから、グジグジするよりそっちを締め上げる方法でも考えてよ! そしたら私に対するあれこれは、全部許す!!」


「締め上げる、って……」



 一瞬ポカンとした後、九条くんが破顔した。



「っははは! まさか、あの葛の葉を締め上げるなんて言う人がいるなんて……! 本当にまふゆ、君はすごいよ!!」


「む……」



 まるで本気には捉えられていないような感じがして、私は唇を尖らせる。

 そりゃ相手の身分は遥か上。御簾の向こうに隠れて姿すら分からない相手だけど、でもそれくらい強い気持ちでいないと、勝てるものも勝てないではないか。



「……なんか褒められてる気がしない」


「褒めてるさ」



 そこで言葉を切って、九条くんがじっと私を見つめた。



「まふゆと出会えて、本当によかった」


「ーーーーっ」



 まるで噛み締めるような、真剣な表情。

 知らず、私の頬がどんどん熱くなっていくのを感じる。

 な、なんで!? 雪女なのに体が熱いってヤバくない、私!?



「……さて、と。いつまでもここに居たら、じき暗部に見つかるな。早くここから出て、みんなと合流しようか」


「わ、分かったっ!!」



 体の変化に戸惑っていると、九条くんに声を掛けられて、私は慌てて頷く。

 よく分からないけど、とにかく氷の妖力で冷やしとこう! そう結論づけて、私はありったけの妖力を自分の体にまとわせる。



 ーーその時だった。



「……全く。こんなところにまでネズミが入り込むとは」



 まるで鈴を転がしたように美しい幼い女の子の声が地下いっぱいに反響し、私の耳に届く。



「!?」


「暗部の連中め、朱音共々使えぬヤツらだ」



 えっ、どこから現れたの!?

 部屋の入り口から人が入ってきた気配はしなかったのに……!



 ーーザリザリ



 地面に何かが擦れる音が近づき、石造りの壁に吊るされたランプの微かな灯りが、その音の主を少しずつ照らしていく。



「ーーーーっ!」



 そうして暗闇から(あら)わになった人物を見て、私は息を呑んだ。


 黒地に赤い曼珠沙華(まんじゅしゃげ)の柄が入った着物を着た、腰まである長い黒髪の、見た目はおよそ10歳くらいの幼い女の子。何故か目元は完全に黒いレースで隠されている。



 ーーザリザリ



 目元のレースによって視界は遮られているだろうに、草履を履いた彼女の足は淀みない。

 そうして私達の目の前まで来た時、その足がピタリと止まって、顔をこちらへと向ける。



「――して神琴、そなたどこに行く気じゃ? (わらわ)との話はまだ済んでおらぬのだが?」



 見た目にそぐわない老生した話し方をした女の子は――いや、妖狐一族九条家当主、九条(くじょう)葛の葉(くずのは)は、そう言ってその紅い唇をつり上げた。



残り本編5話と番外編1話で、話が一区切りとなります。

是非最後までお付き合いください。

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