24話 雪女と生徒会と消えた妖狐(2)
あれから、簀巻きで廊下に放置された木綿先生の存在をようやく思い出した私達は、「酷い、酷い!」と泣き喚く先生を宥めるついでにソーダを奢ってもらい、いよいよ生徒会室で全員が向き合う形で座ったのだった。
「では本題に入りましょうか。まず最初に、九条くんが欠席した理由が体調不良というのは嘘です。……いや、嘘だと推測出来ると言った方がいいでしょうか」
「……?」
どこか含みのある木綿先生の言葉に、私は続きを促す。すると木綿先生は自分の前にあるソーダをグイッとあおってから、話を続けた。
「今朝、九条家から学校に連絡がありました。九条くんは体調不良により通学が困難な為、退学させるとのことでした」
「た、退学!!?」
ビックリして思わず私は叫んだ。まさかいきなりそんな言葉が飛び出すとは思わず、心臓がバクバクと嫌な音を立てる。
「落ち着けよ、雪守。退学させるってことは、多分九条様は退学に同意してる訳じゃねぇんじゃねぇか?」
「ええ。僕もそう考えてます。だから体調不良を退学の方便にしているのだと」
「うーん。でも九条家が本気で言ってるんだとしたら、九条様を退学させる理由はなんなの? もう入学して1年半が経ってるのに、今更過ぎない?」
雨美くんが不思議そうに首を傾げると、木綿先生もそれに同意するように頷き返した。
「はい、僕もそこが分からないんですよねぇ。ここ数ヶ月の九条くんは、授業や行事にも積極的に参加しています。そのお陰で彼の入学に反対していた学園の上層部も態度を緩和させていて、僕も胸を撫で下ろしていたんですが……」
「九条様の入学に上層部が反対?」
「なんだそりゃ?」
「あ、二人もこの話は知らないんだ。木綿先生、今日こそは話してくれるんですよね?」
目を丸くする雨美くんと夜鳥くんを見た後、私は前のめりになって木綿先生を見つめる。すると私の真剣な眼差しに先生は苦笑して、頷いた。
「はい、その為に雪守さんを呼び出しましたし。実は僕も当事者ではないので、確定したことは言えませんが、〝九条家の現ご当主が皇帝陛下の命を狙っている〟そんな話が事の発端のようです」
「ええっ!?」
まさかの〝皇帝陛下〟というパワーワードに、私は持っていたソーダを思いっきり握りしめてしまった。ベコッと鈍い音と共に、手を濡らしてしまう。
「おわっ、雪守!?」
「ご、ごめっ……!」
慌ててハンカチで手を拭きながらも考える。
正直三大名門貴族すら雲の上って感じなのに、皇帝陛下とか未知過ぎて、想像すらつかない。でもそんな物騒な話が発端って、陛下と妖狐のご当主は一体どういう関係なのだろう?
「元々陛下とご当主は、我が校に通う御学友だったそうです」
「えっ!? 同級生!?」
「はい。ですが当時ご当主が、陛下の命を脅かすような事件を起こしたとか。日ノ本高校は元々皇族の為に設立された学舎。以降九条家に対する上層部の目は厳しくなり、九条くんの入学許可にも難儀した訳です」
「…………」
なるほど、確かに過去にそんなことがあれば、学園側は九条家を警戒するだろう。
そして九条家側が九条くんの日ノ本高校への入学を反対したというのも、何故か理解出来た。抱えていたモヤモヤがひとつ解けて、少しスッキリした気持ちになる。
しかしそれに雨美くんが待ったをかける。
「けどさ、もし本当に陛下の命を脅かすような事件があったのなら、今九条家が貴族を名乗れているのは不自然じゃない?」
「あ……」
「ええ、その通りです。普通なら家は取り潰しでしょうし、ご当主が今も当主を名乗れている筈がないです。しかし九条家は現在も爵位を保持したまま」
「じゃあ実際には妖狐のご当主は、陛下に何もしていない?」
「詳細は上層部も固く口を閉ざしていますし、結局のところ、真相は当事者にしか分からないでしょうね」
「うーん……」
つまり真相は闇の中。けれど、火のないところに煙は立たない。さもありなんということだろう。
「じゃあ話を戻して九条様のことだけど、学園と九条家はそういう因縁がありながらも、1年半平穏無事に過ぎていた。なのに今更九条家が九条様を退学させようとするのは、ここ最近の間に〝何か〟あったと考えた方が自然なのかな?」
「何か……?」
雨美くんの言葉に私は思案する。
最近起きた〝何か〟なんて、そんなの私が九条くんが病を患っていることを知って、彼に雪女の力を使ったことくらいしか思い当たらない。
けどそれは私達二人だけの秘密で、誰にも知られていない筈だ。じゃあ他に何が?
「んんー……」
ダメだ、全く退学させる理由が思いつかない。
「……なぁ」
「え?」
私が頭を捻っていると、さっきまでずっと黙っていた夜鳥くんが声を上げた。
その表情は少し困惑気味である。
「思ったんだけどよ、貴族がよく言ってる九条家の〝黒い噂〟ってヤツ。あれ多分、さっき木綿が言った九条家当主が皇帝陛下の命を狙ってるって話だわ」
「えっ!?」
多分!? 多分ってことは……!?
「ちょっと夜鳥くんっ!! まさか噂の詳細も知らないで、前に私に九条家には黒い噂があるって、警告してきたの!?」
「なんだよ悪りぃかよ!? 実際社交界ではそんな話してたんだし、嘘は言ってねぇだろ!」
「嘘じゃなくても、真偽不明な話で人を不安にさせるなーっ!!」
怒りのあまり夜鳥くんを怒鳴りつければ、木綿先生がどうどうと宥めながら、新たなソーダを差し出してくる。
私はソーダごときで機嫌を直す安い女じゃ……、うん。冷え冷えで美味しい。
「まぁまぁ、又聞きの話を無闇にするのはよくないですが、夜鳥くんも雪守さんが心配だったんですよ。それにすみません、僕の方も推測の域を出ない話しか教えてあげられなくて」
しょぼんと眉を下げる木綿先生に、私は首を横に振る。
「いえ、それでも助かります。私は本当に何も知らなかったから……」
話のスケールには少々驚いたが、お陰でようやく何も知らなかったところから一歩踏み出せた。
ならば次にすべきことは……。
「で、どうすんだ?」
「え?」
いきなり夜鳥くんに話を振られ、思案する頭を一旦止めて顔を上げる。すると夜鳥くんだけでなく、雨美くんと木綿先生までもが、こちらを凝視していた。
「九条様がいるのは間違いなく九条の屋敷だろうが、連れ戻すなら十中八九ご当主と対面すんのは避けられないぜ」
「九条家のご当主は闇に包まれた人物だよ。社交界には一切顔を出さないから、ボクたち貴族ですら、顔も名前も知らないんだ」
「……真偽は不明ではあるものの、皇帝陛下の命すら脅かそうとした人物です。退学の真意は分かりませんが、穏便に済むとは思わない方がいいでしょうね」
みんなが私の次の行動を見越したかのように口々に話す。三人の言わんとすることを悟って、私はそっと目を伏せた。
『交換条件だよ。俺が生徒会に参加する代わりに、君にはここで俺と会ってほしい』
はじまりは人の弱みにつけ込む嫌なヤツ。でもそれは、すぐに誤解だって分かった。
『いや、これは俺の問題であって、雪守さんが責任を感じる必要はない。……ごめん。こんな話をすれば、人のいい君はあっさり俺に協力してくれそうだとは思った。だから昨日の時点では言いたくなかったんだ』
最初は九条くんが隣の席に座るのすら慣れなかったのに、今じゃいない方が違和感を感じるようになっていて。
『雪守さんて考えてることがすぐ顔に出るから、分かりやすいよね』
『君はバカがつくお人好しだ』
揶揄うような言動をしたと思えば、ちゃんと私の意思を尊重してくれる。
『申し訳ありませんが、当喫茶店のメイドは接触厳禁ですので、節度ある行動をお願い致します。……ご主人様?』
『俺も、まふゆとずっと一緒にいたい』
私がピンチの時はいつだって駆けつけて守ってくれて、何よりずっと一緒にいたいって言ってくれた。
『なら、君を名前で呼ぶ権利がほしい』
『約束する』
だから私はまだ、九条くんとの契約関係を終わらせる気はさらさら無いんだ!!
「そうだよ! 学期末テストだってまだ終わってないんだから、約束したのに勝ち逃げなんて絶対に許さないっ!!」
残っているソーダを一気に飲んで、ダンッと勢いよく机に置く。よしっ、気合い入った!!
そうして私は目の前の一人ひとりと視線を合わせて、軽く息を吸う。
「雨美くん、夜鳥くん、木綿先生。今日の生徒会は校外活動です。目的は九条くんの奪還。目的地は九条家。みんなの言う通り簡単なことじゃないって分かってる。でも、私はまだ九条くんと学校に通いたい! だから……、だから私と一緒に九条家に行ってくれませんか……!!」
そのまま勢いよく頭を下げる。するといきなりガシッと強い力で頭を掴まれて、私は悲鳴を上げた。
「いだだだだだだっ!?」
「ったく、水臭ぇ! ほんっと水臭ぇんだよ、お前」
「痛いっ! 痛いから放してーっ!!」
涙目になって叫ぶと、呆れたように夜鳥くんが私の頭からようやく手を放す。うう、まだじんじんする。
「雪守ちゃん」
「へ?」
頭をさすっていると声を掛けられて振り向けば、べコン! と、いい音が私のおでこから鳴った。
「痛ーいっ!!」
「全く、当然のことに頭なんて下げなくていいんだよ」
うう、雨美くんお前もか。澄ました表情に恨めしい視線を送る。そしてハッと木綿先生を見て身構えれば、先生が吹き出した。
「あはは、僕は何もしないですよ。生徒を守るのは教師の務め。そして無理矢理退学させようとする理不尽な親と戦うのは教師の定めですからね。もちろんお供しますよ」
そう優しげに微笑む木綿先生に、夜鳥くんが意地悪げに笑う。
「まぁ木綿に乗ってかねーと、日ぃ暮れちまうしな」
「乗り心地は最悪だけどねぇ」
「あ、私二度と乗りたくないって文化祭の時思った」
「寄ってたかって酷いぃー!!」
みんなが口々に勝手なことを言う。
てんでバラバラな性格で、いつだって自由気まま。
でも思いは全員同じだった。
「さぁ行こう! 九条家へ!!」




