番外 鵺と生徒会とメイドのあの娘
時系列は18話と19話の間。
夜鳥視点で、男達のアホギャグです。
「今日は私、生徒会に行くの遅れるから、先に始めといてねー!」
尻尾でも振り出さんばかりにご機嫌な雪守は、そう言って放課後になった途端に、何やら荷物を抱えてどこかへと走り去る。
「なんだぁ?」
「不知火さんが演劇部に入ったから、激励がてら差し入れを持っていくんだってさ」
「へぇ」
雪守が走って行った方向を見やりながら、水輝が言う。
不知火と言えば、この間の文化祭で看板を描いていたヤツだ。すごい才能が現れたと雪守が騒いでいたが、確かに迫力ある良い絵を描くなと感心したことも記憶に新しい。
女子からは何かと目の敵にされている雪守であるが、どうやら不知火とは随分と気が合ったようで、文化祭が終了した後も仲良くやっているみたいだった。
「さてと、じゃあ雪守ちゃんの言う通り、先に生徒会室に行こうか」
「あ、悪りぃ。オレちょっと用事あるから、それ終わってから行くわ」
「あ、そ。九条様はどうします?」
「ああ、俺も生徒会室に行こう」
オレが断ると、水輝は自席でカバンに教科書を仕舞っていた九条様に声を掛け、二人は生徒会室へと連れ立って行った。
それを姿が見えなくなるまで見送った後、オレはおもむろに振り返り、教室の隅に佇む一人の男子生徒へと近づく。すると男子生徒の方もオレに気づいて、何も言わずにスッと薄い冊子を差し出した。
「サンキュ」
それをしかと受け取ったオレは、大事にカバンへと仕舞い、口笛を吹きながら生徒会室に向かったのであった。
◇
「うぃーす」
生徒会室に入ると、特に話し合いをするでもなく、水輝、木綿、そして九条様がそれぞれ座って好きなことをしていた。
「あれ? まだ会議始まってねぇの?」
不思議そうに言えば、九条様が苦笑する。
「全員揃っていないしね。それにまふゆに議題を発表してもらわないと、どうにもしっくり来ない」
「ああ」
確かに毎回の議題発表は、副会長である雪守がしていた。アレが無いと締まらないのは言えてる。
そんな訳で雪守からは先に始めるよう言われていたが、結局は雪守が来るまで各自好きに過ごすこととなったらしい。
水輝は趣味のカメラを触ってるし(実は水輝のヤツ、写真部なのだ)、木綿は今日の小テストの採点をしていやがるし、九条様は何やら分厚い本を読んでいる。
三者三様の様子に、じゃあオレもお言葉に甘えて好きに過ごさせてもらうとしましょうかねぇ。そう考えながら、オレは先ほど受け取った薄い冊子をカバンから取り出した。
◇
「ふーん」
パラパラとページを捲れば、なるほど。評判通りの〝分かってるヤツ〟が撮っただけはあるなと、にんまりする。
そうしてしばらく冊子を熱心に見ていると、不意に背後から寒気がした。
「……っ!?」
そしてハッと気づいた時には時すでに遅し。冊子が瞬時に手元から抜き取られてしまったのだ。
「ああーーっ!!?」
「やっぱり。どこかで見たことあると思ったら、写真部の部長が文化祭で隠し撮った雪守ちゃんの写真集じゃないか」
「返せっ!!」
水輝がオレの顔面を手で押さえつけながら、器用に片手でパラパラと冊子を捲る。それを取り返そうともがくが、こいつは柔い見た目に反して結構な馬鹿力だ。動けねぇ。
「はー、さすが部長。どれもこれも男が喜びそうな際どい写真ばかり。このアングルなんかどうやって撮ったんだか……」
この水輝の発言に、採点に集中していた筈の木綿も反応する。
「さっきから二人して騒がしいですが、雪守さんの写真集って一体どんな……」
言いながら木綿が水輝の持っている冊子を覗き込んだ。
「あっ!? てめぇ木綿っ! タダ見すんじゃねぇ!! オレがそれ手に入れんのに、どんだけ苦労したと思って……!」
「うぐっ!? こ、これは……!!」
怒鳴るオレを無視して、冊子を凝視したまま木綿がブルブルと震えた。
「メイドさん姿の雪守さんの写真ばかりじゃないですか!! しかも胸とか太ももとかスゴい。胸とか太ももとか……」
ああ、大事なことだから二回言ったんだな。
……じゃねーよ!
「いいから返せよ! そんなに見たけりゃ写真部の部長から買え!」
「いやいや、隠し撮りな時点でアウトだし。近頃校内の男子達の間でプレミア付きで出回っているとは知ってたけど、一応生徒会ともあろう者が違法行為を容認した上に、買ってちゃダメでしょ」
「うるせぇ!! 隠し撮りなら水輝も人のこと言えねぇだろ! 違法だろうがなんだろうが、それはオレが買った以上オレのもんだ! 部長締め上げんなら勝手にやってろ! とにかくそれは返せ!!」
冊子に手を伸ばそうとすれば、しかしそれは木綿に遮られてしまう。
「いけませんよ、夜鳥くん!! 例え君が購入したものであろうとも、これは立派な違法物! ここはひとつ、物的証拠として教師である僕が責任もって保管して……!」
「単に一人でじっくり読みてぇだけじゃねーか!! この変態教師がーーっ!!!」
叫んだ勢いのまま水輝の手を振り払い、その手に持っていた冊子を奪いとる。
「あっ! まだ全部見てないのに!!」
「そうですよ! 独り占めはズルいです!!」
「ああ?」
結局こいつら、あんだけ難癖つけておいて写真を見たいだけかよ。オレも人のことは言えないが、思わず脱力する。
ちっ、しゃーねーな。取り上げねぇんなら、見せてやってもいいか。
――そう考えた時だった。
「熱っ!?」
頬に焼けつくような痛みを感じ、オレは思わず顔を顰めた。手で触れて確かめようとすると、パラパラと見覚えのあり過ぎる火の粉が室内に舞い落ちてくる。
「…………っ!!?」
先ほど感じた寒気とは比べ物にならない程の強烈なプレッシャーに、オレの体は勝手にガクガクと震え出す。
あれ? そういえばさっきからずっと会話に参加していない人物がいたじゃないか、約一名。
「…………」
ギギギと顔をぎこちなく動かして、生徒会室のお誕生日席――つまりは生徒会長席を振り向けば、にこやかに笑う九条様が見えた。
この圧倒的な威圧感とは真逆の優しげな笑み。怖過ぎる。
「くっ、九条様も見られますか!? 今男子の中での一番人気は、下手なグラビアアイドルよりも雪守で――」
「夜鳥」
ニコニコと笑いながらも、かざされた右手はゴウゴウと炎に包まれていて、オレは発言を誤ったと悟った。
◇
「みんなごめーん! 朱音ちゃんとつい話が盛り上がってたら、すっかり遅くなっちゃっ……え!? どしたの、この惨状!?」
いつものようにサラサラと長い紫色の髪を靡かせながら、雪守が生徒会室へと入って来た。しかし常とは違う生徒会室の惨状に目を丸くする。
そりゃあそうだろう。室内は煤だらけ、オレ達は黒焦げでボロボロ。唯一九条様だけがいつも通り涼しげな表情で分厚い本を読んでいる。
「なんでもないよ、まふゆ。それよりも早く生徒会を始めよう」
先ほどの悪鬼の如き暴れっぷりはどこへやら。雪守に優しげに微笑んで、自身の隣に座るよう九条様がイスを引く。
――まふゆ。
いつの頃からか、九条様はそう雪守を呼ぶようになった。そしてそう呼ばれた雪守もまた、恥ずかしそうにはするが、それでも嬉しそうに頬を染めてはにかむのだ。
これまで多大な男子人気にも意を介さず、全く男っ気のなかったこいつに、そんな顔をさせられる九条様を素直にスゴいと思う半面、悔しさもある。
だいだい雪守の気持ちが完全に九条様に向いてることは、誰の目から見ても丸わかりなのだから、写真集くらい容認してくれたっていいじゃねぇか。そう思うが、可愛い雪守をこれ以上他の男の目に晒したくないということなのだろうか。
文化祭での生徒会ステージの際に、雪守が九条様の執事服のジャケットを羽織ったまま現れた時、それを見た男達の落胆は、そりゃあもう凄まじかったことは記憶に新しい。
「はぁ……」
そこまで思い出し、手元に残る燃えカスとなった写真集の残骸をぐしゃりと握って、オレは溜息をついた。
番外 鵺と生徒会とメイドのあの娘・了