15話 雪女と妖狐と変わりゆく生徒会の形
「うわぁぁああ!! みなさん大変ですよぉぉっ!!!」
「なんだよ木綿、うるせぇ!」
騒がしく教室へ入って来た木綿先生に、すかさず夜鳥くんが罵倒する。
しかしどうやらそれどころではないらしく、血相を変えた先生が更に叫んだ。
「生徒会の出番が早まったんですよぉ!! みなさん、今すぐにステージへ向かってくださいっっ!!!」
「は?」
生徒会メンバー全員が怪訝な顔をして、もっと詳しく話せと木綿先生を急かす。
「それが……。今ちょうどステージでは学校長の挨拶が始まっていたのですが、観客から〝話が長くてつまらない〟だの〝早く生徒会を出せ〟だの〝ハゲてる〟だのヤジられてしまったらしく、心が折れたそうです」
なんだそれは。
「なので学校長の出番が、予定より随分と早く終了してしまったんです。今はなんとか司会が場を繋いでいますが、生徒会コールまで巻き起こっていて収集がつかないみたいで……。だからみなさん、とにかく急いでくださいっ!!」
「はあっ!?」
あんまりな理由に絶句する。
確かに学校長の話は長いしつまらないが、ヤジは気の毒だ。それに身体的特徴をあげつらうのはよくない。
しかし今は学校長の心傷よりも、ステージである。
「分かりました、急ぎましょう!」
こうして私達は木綿先生に急かされるまま、クラスのみんなに声を掛けて、急いで喫茶店を後にしたのだった。
◇
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「雪守さん大丈夫?」
「し、死ぬ〜」
ドタバタドタバタと。
現在私達は一路、ステージを目指してひたすら校舎内を走っている。人々の目の前を通り過ぎる度に黄色い歓声が上がるが、今は走るのに必死で気にするどころではなかった。
「ああ……天国が見えるぅ……」
私も短い足を死ぬ気で動かして全力疾走しているが、妖狐、蛟、鵺と、獣が本性の面子と違って私はあくまで雪女なのだ。周りに比べてどうしても速さで劣る。
九条くんに手を引っ張ってもらって、どうにかみんなに着いていってるが、もはや呼吸困難一歩手前、足もガクガクだ。
「雪守さんっ、意識をしっかり! しかしこのままでは、時間をロスするばかりですね……! こうなれば仕方ありません! はあぁぁっ!!」
木綿先生が振り返り、酸欠でフラフラの私を心配気に見たかと思うと、突然謎の雄叫びを上げた。
すると声と共に、木綿先生の体が激しく発光し始める。
「うわっ、眩しっ!」
咄嗟に手で顔を隠して光を遮るが、強烈な光は一瞬だったようで、シュルシュルと少しずつ光が収束していく。そうして完全に収まった時、光の中心から現れたのは、宙にふよふよ浮く薄っぺらい白い反物――。
木綿先生の本来の姿、一反木綿が現れたのであった。
「さあ、雪守さんっ! 僕に乗って……、グボァア!?」
「悪りぃな、木綿」
「もうボク走るの疲れたし、助かった〜」
「お気遣いすみません、木綿先生」
「ぼっ……、僕は雪守さんだけ乗せようとー!!」
木綿先生が私の前にスッとその薄い体を近づけようとしたところを、夜鳥くん、雨美くん、九条くんが先にその背中にどやどやと乗り込み、重みで先生の薄っぺらな白い布の体がたわんだ。
「重いぃ!! 死ぬぅーっ!!!」
「えぇ……」
木綿先生の断末魔が響き渡り、私まで乗ることを少々躊躇う。
「雪守さんも早く乗って!」
しかし九条くんに急かされてしまったので、申し訳ないとは思いつつ、私も先生の背中にそっと座る。
「ううう……著しい重量オーバーですが、仕方ありません。行きますよ、みなさん! 舌を噛まないでくださいねーっ!!」
先生がそう言った瞬間、「あ」と思う間にビュンッ! とものすごい勢いで、私達はこの場から消え去った。
◇
「うぎゃああああっ!!?」
死ぬ! 別の意味で死ぬ!!
ゴウゴウと轟音を響かせながら、木綿先生が空を一直線にかっ飛ばす。乗っている時間はまだほんの数十秒だろうが、恐ろしく長く感じる。
なにせ顔面に風圧がモロに直撃するのだ。定員オーバーの為ぎゅうぎゅうだし、乗り心地も死ぬほど悪い。木綿先生には申し訳ないが、こういうことは二度とごめん被りたい。
「ううぅ……!」
気を紛らわせる為にそんなことを考えながら、私は酷い車酔いで込み上げる吐き気を必死で我慢した。
そして――。
「おーっとぉ! 空飛ぶ方舟ならぬ、空飛ぶ一反木綿に乗った生徒会一行が到着だぁーっ!!」
瞬間、ワッ!! と割れんばかりの歓声が私の耳をつんざく。
そのままステージに降り立って観客席を見渡せば、予想以上の観客の数に思わず圧倒された。
「……ではみなさん頑張ってください。僕は休憩してます……」
ちなみに人型に戻った木綿先生はそう言い残し、ヨロヨロと腰を押さえながらステージ裏へと消えて行った。
乗り心地は最悪だったけど、間に合ったのは間違いなく先生のお陰だ。後でお礼を言っておこう。
「わぁー」
しかし改めてじっくりと観客を観察すれば、九条くんをはじめ、雨美くんや夜鳥くんの名前の入ったウチワやハッピを着ている人が多くいるのが見てとれた。さながらアイドルのコンサート会場のようである。
なるほど。妖怪は美形な者が多く、我が生徒会の面子もその例に漏れず系統は違うが全員美形揃いだ。それぞれのファンが集まったからこその、この人数かと納得する。
「さーあっ! お待ちかねの生徒会役員のみなさんに来ていただきましたぁーっ!! どうぞ盛大な拍手をお願いしますっ!!」
軽快な司会の声に合わせて、大きな拍手がステージに立つ私達を包む。そして司会がこちらを一瞥して、何やら首を傾げた。
ん? なんだ??
「おやおや? みなさんお揃いの執事服にメイド服を着てますねぇ! 観客席のみなさーん!! これはファンには堪らないレアショットですよーっ!!」
司会の声に観客達も「カッコいー!」などと黄色い歓声が上がる。
「あ」
そこに至ってようやく私も気がついた。私達全員、メイド服と執事服のままだと。
完璧に執事服を着こなしている九条くん達はいい。問題は私である。
メイド服にぶかぶかのジャケットを羽織った状態の、なんとも不格好な姿だ。こんな姿を大勢の前に晒してしまっていることに居た堪れなさを感じる。
ああ……穴があったら入りたい。
「神琴さま……、執事服も素敵……」
「水輝くんと雷護くんも似合ってるぅ〜」
せめてもの救いは、観客が九条くん達の珍しい執事姿に夢中で、誰も私の格好なんて眼中にも無いことだろうか。
誰も見てない、誰も見てないから大丈夫と念じて、自分を励ます。
「さぁっ! ではではお待たせ致しましたみなさん! 生徒会長からの挨拶を、九条神琴さんにお願いしたいと思いまーす! 九条会長、お願いしますっ!!」
「はい」
司会に名を呼ばれ、九条くんが演台の前へと歩いていく。
それを見届け、私と雨美くんと夜鳥くんは、九条くんの少し後ろに横一列で等間隔に並ぶ。打ち合わせでは九条くんが挨拶した後に、私達の紹介も軽くしてくれることになっているのだ。
「――――」
騒がしかった観客もシンっと静まり、みんなが九条くんの言葉を待つ。
それに対してマイクの準備が整った九条くんは視線を観客に向け、ゆっくりと話出した。
「みなさんこんにちは。日ノ本高等学校生徒会長の九条神琴です。今日は多くの方々が私達の文化祭へと足を運んでくださり、本当にありがとうございます」
そこで九条くんは綺麗なお辞儀をし、話を続ける。
「今日まで我々全校生徒は一丸となり、文化祭の準備を進めて参りました。中でも今回は、企画に運営に交渉にと、多岐に渡り熱心に取り組んでくれた生徒会のメンバーを紹介したいと思います。まずは会計、夜鳥雷護」
名前を呼ばれた夜鳥くんは、私達よりも軽く一歩前に出てお辞儀をする。
「彼には主に文化祭の予算管理と申請書や借用書の確認受理全般を担ってもらいました。この文化祭が盛大で華やかに行うことが出来たのも、彼の予算管理の賜物だと思っております。……それと、これは個人的な感想ですが」
そこで一旦言葉を切った九条くんは、夜鳥くんの方をチラリと見遣った。
「彼は一見荒っぽく見えがちですが、その実とても丁寧な仕事をしてくれます。考えたことをすぐに口走るのは悪い癖だとは思いますが、彼の真っ直ぐなところはとても好ましく感じています」
九条くんの思いがけない言葉に、夜鳥くんは目を見開いてポカンとし、そしてジワジワと目元が赤く染っていくのが後ろからでもすぐに分かった。
ならば正面から夜鳥くんの表情を見ている観客が気づくのは当然のことだろう。
「赤くなってる! 可愛いぃー!!」
「うるせぇ!!」
はやし立てる声に、真っ赤な顔のまま怒鳴り返していた。
ふふふ。照れるな照れるな。後でこのネタで揶揄ってやろうと私は内心ほくそ笑む。
「次に書記、雨美水輝」
その間にも九条くんの話は続く。
呼ばれた雨美くんが、先ほどの夜鳥くんのように一歩前に出てお辞儀をする。
「彼には主に文化祭での対校内、対郊外問わず交渉事全般を担当してもらい、今日は受付も担当しております。このステージセットが豪華なのも、彼が様々な最新型の器材を揃えてきてくれたからこそです」
そこでまた九条くんは言葉を切り、雨美くんの方をチラリと見た。
「彼は柔和そうに見えて、実はかなり大胆なところがあります。ここだけの話ですが、最新型の器材を揃えるのに、相当な力業を使ったようで。敵には回したくないですが、味方としてはこれ以上なく頼もしく感じています」
九条くんの話に観客がどっと湧く。雨美くんも苦笑しながらもどこか嬉しそうに、柔和な笑みを見せた。しかし……、
「水輝くん可愛いぃー!!」
「あ゛!? おいそこ、今何つった!?」
観客から黄色い歓声が上がった瞬間、見事な豹変を見せて凄んでいた。
可愛い見た目に反してクールな雨美くんが、素直に嬉しそうな顔をするのは珍しい。これも後で揶揄うネタにしようと、ほくそ笑み……いや、雨美くんは怒らせたら後が怖いから、やめておこう。
「最後に副会長、雪守まふゆ」
「!」
そして遂に私の番である。
静かに一歩前に出てお辞儀をし、九条くんの言葉を待つ。ドキドキドキ。さながら最後の審判を待つ人類のようである。
だって打ち合わせの時に生徒会の紹介をするとは聞いていたけど、まさかこんな風に九条くん自身の言葉で、私達のことを語られるとは思ってもみなかったのだ。なんだか面映い反面、何を言われるのかと緊張もする。
「……!」
ふと九条くんの方を見れば、彼も私を見ていたようで、金の瞳とかち合ってドキリと心臓が跳ねた。
しかしすぐに九条くんが観客席に視線を戻したので、ホッとする。目が合ったまま自分のこと話されるのは、さすがに恥ずかしい。
「彼女には文化祭運営に関する全てを担当してもらいました。器材班と一緒に音響機器の使い方を学んだり、広報班と一緒に看板を作ったり、企画班と一緒に進行用の台本を書いたり。本当に多くのことをやってくれて、会長として至らない私を支えてもらい、感謝しております」
「…………」
やっぱりこういうのは照れるなぁ。夜鳥くんと雨美くん、内心笑って正直すまんかった。どうか私のことは揶揄わないでください。
「……実は私は今まで学校行事に参加したことはありませんでした。一月前に彼女が私を探しに来なければ、きっと私は今日も執事服を着てここに立つことはなく、保健室でひたすら無為に過ごしていたことでしょう」
――――え!?
こんな大勢の前でいきなり何を言い出すのか。
思わず九条くんを凝視すれば、観客席を向いていた筈の九条くんも、体をこちらに向けて私を見ていた。
「っ」
離れたはずの私達の視線が再び交わり合う。
「だからこそ、雪守さんにちゃんと言いたいんだ。あの時俺を探してくれて、俺の世界を変えてくれてありがとう」
「――――……っ!!?」
目を見開き固まる私をよそに、九条くんが観客席へと向き直る。
「以上で私からの挨拶は終わります。ご清聴ありがとうございました」
締めの挨拶をして、きっちりと綺麗過ぎるお辞儀をした九条くんは、そのまま固まったままの私や雨美くん、夜鳥くんの前を通り過ぎ、一人さっさとステージから降りてその場を後にする。
そうして完全に九条くんの姿が見えなくなった後、ようやく観客達も我に返ったように、パチパチとどこか気の抜けたような拍手が始まった。
「え、えーと、九条会長と生徒会のみなさんでしたー! ありがとぉー!!」
司会の取り繕ったような明るい声にお辞儀を返しながらも、私はこみ上げる恥ずかしさに打ち震えていた。
まさに言い逃げ。
なんだこの空気! なんだその挨拶!? いや途中から挨拶じゃなくなってるじゃん!!
張本人がいの一番に去るんじゃねぇ!!
こんな、こんな……不格好な姿よりも何十倍も恥ずかしい思いをさせて、一体どういうつもりなんだ!? 実はバカなのか、あの男は!!?
私は怒っているんだ。後で文句言わねば。
……そう、私は怒っているんだ。
だからいい加減、心臓鎮まれ。
◇
――こうして文化祭における生徒会のメインイベントは無事に終了した。いや無事なのかは大いに疑問だが、とにかく終了した。
この一件によって、ますます女子達の私を見る目が厳しくなった気がするが、私は断じて悪くないっ!!




