13話 雪女とメイドとご主人様
カチューシャを装着して、鏡に映るメイド服を着た女をジッと見つめた。あ、完全に目が死んでる。
まさかこんな形でこの服を着ることになろうとは……。
「はぁ……」
おっと、いけない。無意識に溜息が出た。
スカートの裾をグイグイ引っ張るが、どれだけ頑張っても膝は隠れない。むしろ太ももまでガッツリ見えている。
「んむむ」
上半身もコルセットベストとかいう名称のものを着ているせいか、胸が盛り上がって見えて恐しく恥ずかしい。
「これ、絶対メイド服じゃないよね? メイド服と言う名の別の何かだよね?」
仕立てたのは私だが、そこに私の意見は無かった。私が思うメイド服とは、長袖にロングスカートのクラシカルなものだったのだが、女子達には半袖ミニスカでキュートなものこそがメイド服だと押し切られてしまった経緯がある。
「何故うちのクラスの女子達は、みんな肉食系なのか……」
そしてそんなにもこだわっていたメイド服での接客をせずに、みんなどこへ行ったのか。
考え出せばキリがないが、ボイコットしたのは幸いにも午前当番のメイド達だけなので、午後当番の者達が集合する時間まで乗り切れば、なんとかなるだろう。
作戦としては、残った男子達には調理の方に専念してもらい、私はとにかく客を捌くことにする。接客は未知の領域だが、人を捌くことは生徒会で慣れているので問題はあるまい。
午後からのステージには集合時間ギリギリとなってしまうが、急いで移動すればなんとか間に合う。
よし、完璧なシュミレーション。
この服もよく考えたら布面積が少ない分、動きやすいじゃないか。うんうん、いける。
頑張るぞ! 気合いだ私っ!
「雪守ー! 準備できたかー?」
「大丈夫! 今行く!」
男子の声に自信満々に返答して、私はホールへと足を踏み入れる。
しかしこの時の私は気づいていなかったのだ。
この驕りが大きな間違いであったと――。
◇
……おかしい。
捌いても捌いても客が沸いてきやがる。
「メイドさーん! こっちも注文お願い!」
「メイドさーん! 飲み物に元気が出るおまじないをかけてくださーい!」
「メイドさーん! オムライスにハート書いてー!」
おかしい。
「噂のメイドってあの紫の髪の子!? ヤバっ! マジでめちゃカワじゃん!!」
「スタイルヤバ過ぎだろ! めっちゃいい匂いしそう!!」
「執事あんどメイド喫茶、ただいま1時間待ちでーす!!」
おかしいっ!!
私が最初にホールに出た時は、忙しいって言っても常識の範疇だったじゃないか!!
それが今はなんだ!? やたらと男の客ばかり、寿司詰め状態じゃないか!! しかも廊下の行列はなんだ!? その1時間待ちのプラカードは一体いつ作ったんだぁぁーっ!!?
……はぁ、忙しさでつい取り乱してしまった。こういう時こそ落ち着かねば。
「すぅーはぁー……」
深呼吸して注文を取りに行く。
「お帰りなさいませ、ご主人様。ご注文はいかがなさいますか?」
マニュアル通り小っ恥ずかしい口上を述べ、にこやかに目の前の男性にメニュー表を手渡す。
「…………」
「……あの、ご主人?」
メニュー表を掴んだまま何やらボーッとしているので顔の前で手を振ると、ハッとしたように男性が慌てて頬を赤らめた。
「す、すみません……っ! つい、見惚れてしまって……」
「?」
メニュー表に? 変な人だな。
よく分からんがさっさと注文を聞き出して、次の席へと向かう。
「お帰りなさいませ、ご主人様。ご注文はいかがなさいますか?」
「そうだなぁ、まずは君のハートを注文しようかな?」
キザな感じの男性が、ウインクをしてこちらに手を伸ばしてくるので笑顔でかわす。
「わかりました、えいっ!」
マニュアルを思い出しつつ、胸の前で両手でハートマークを作ってウインク男に向かって投げる真似をしてやった。
「うわぁ! メイドさんのハート、いっただきぃー!!」
??? 訳わからん。
それにしても本当に来る客、来る客、男ばかりだ。まだ女の子だったら、忙しくても我慢出来るのに。女の子達は別のクラスの模擬店に行っているのだろうか?
……ところで、こうやって初めて接客を行ってみて分かったことがある。
それはもちろん――。
全ての接客業のみなさん、舐めててすみませんでした! マジで大変です!
そしてうちのクラスの女子のみなさん! とにかく早く戻って来てくださいっ!!
しかし私の心の叫びも虚しく、事態は一向に好転しないまま、時だけが過ぎていく。
「メイドさーん!」
「はいはい」
「メイドさーん!」
「はいはいはい」
ヤバい、さすがにもう過労死する。そう訴え、今並んでる客までで注文は打ち切ろうと男子達に提案したのだが、それじゃあ客が暴動を起こすからと、みな一様に震えながら言い募る。何故だ。
とはいえこの異常な客の入りよう。私一人で捌くのは限界だった。
とりあえず数名の男子に助っ人としてホールに入ってもらい、なんとか客を捌くことにする。
「メイドさーん!」
「はいはいはいはい!!」
ああもう! とにかくこのままこれ以上のトラブルが起きること無く、午後の交代までもってくれ……!!
――まさに私がそう願った時だった。
「はあ!? なんで男なんだよ!?」
ガーンッ! と椅子を蹴飛ばす大きな音がしたかと思うと、何やら大柄な客のグループと助っ人に入ってもらった男子がもみ合っているではないか!
客達の放つ気配で妖怪であることは一目瞭然。それに対して、もみ合っている男子は人間だ。殴られでもしたら大怪我じゃ済まない。
うがあああ! 願ってるそばから、トラブル起こさないでくれ~!!
内心泣きそうになりながら、私は仲裁に走る。
「ちょっとちょっと! 一体どうしたの!?」
「それが雪守の接客を目当てにここへ来たのに、オレじゃ詐欺だって……」
「へ……?」
男子の元に駆け寄れば、思いもよらないことを言われ、思わずポカンとする。
なんだそれは? ここは〝執事あんどメイド喫茶〟なのだから、執事が接客したって別に詐欺じゃないだろうが。あ、もしかしてメイドに接客されたかったってこと?
けれど今ここにメイドは私しかいないし、この客入りなのだ。客とはいえ少し空気を読んでほしいのだが……。
「へぇー。君、雪守サンって言うの?」
「名字も可愛いね。名前は?」
「こいつのことは、君が代わりに付きっきりでオレ達の接客をしてくれるなら許すよ」
「は?」
どうやってこの場を収めようかと思案していると、絡むターゲットを男子から私に移したのか、大柄な客達が私を取り囲む。
しかし矢継ぎ早に言われる言葉は、宇宙語かと思うほど、何を言っているのか理解出来ない。
「とりあえずこのままじゃ他のお客様のご迷惑になります。一度廊下に出て話しましょ……」
言って目の前の大柄な男を見上げた瞬間、ぎくりと私の背筋が凍った。
何故ならニヤニヤと下品な笑いをする客達から、見覚えのある黒い妖力が溢れ出していたのだ。
先ほどは無かった筈なのに、どうしてあんなものが……?
「ねー、こっちの接客まだー?」
「メイドさーん」
親衛隊の一件を思い出し、思考が完全に停止してしまった私に、他の客達からもあちこち声が掛かる。どうしよう、早く対処しなくちゃ。
「…………っ」
そう思うのに。あの黒い妖力を見てしまうと体が勝手に震えて、足が固まったまま動かない。
どうしよう、どうしよう。
「――ねえ、聞いてる?」
「!」
あ、と思った瞬間。
黒い妖力をまとった大柄な男が、私に手を伸ばしてきた。




