11話 雪女と妖狐と文化祭(1)
「レディースエーンドジェントルメーン!! お待たせしました!! これより、第108回日ノ本高等学校文化祭が始まりまーすっ!!!」
ステージの軽快な司会に合わせて、準備しておいた色とりどりの紙吹雪や風船を風の妖力で発射させる。すると観客席からは大歓声が巻き起こった。
それに「よし、つかみはバッチリ!」と、私はグッと拳を握る。
さぁ今日は何の日か、もうお気づきですね?
涙なしには語れない準備に準備に準備の末、やっと、やぁっと! 文化祭の本番を迎えることが出来ましたぁーっ!!
わぁー頑張った私! よくやった私!!
ちなみに今私は、ステージ裏から司会に合図を出しながら、音響担当と演出担当にも指示を出しているところである。練習の甲斐もあって進行はスムーズだし、客の盛り上がりも上々。これならステージについては私がいなくても問題ないだろう。
さて次は――。
「雪守さーん! 3年1組の調理器具が故障かもだから、見に来てほしいって!」
「了解! 今行く!」
「雪守さん! うちの生徒が他校生と揉めているって!」
「分かった! 場所はどこ?」
予想通り進行状況のチェックに、各模擬店の見回り、そして治安の維持。生徒会の仕事は尽きることが無い。更にその合間にもトラブルは次々と飛び込んでくる。
先の九条くん親衛隊が起こした事件の影響で、文化祭実行委員の人数も当初の予定の半分ほどで動く結果になってしまったこともあり、やることは山積み、大変に忙しい。
一応生徒会メンバーの分もクラスの喫茶店用の衣装を縫ったのだが、やはり使う機会は無さそうだ。
そうそう。喫茶店用の衣装といえば、夜鳥くんにはああ言われたが、やはり頼まれた以上やり遂げないのは性に合わないので、結局私一人でクラス30人全員分の衣装を仕上げてしまった。
『えっ!? 雪守さん、本当に一人でクラス全員の分、縫ったの!?』
正直半ば意地になっていた感は否めない。
出来上がった衣装をクラスで見せた時、女子達がポカンとした後に、気まずそうに互いの顔を見合わせていたのを見て、やり方を間違えたのだとようやく私は悟った。
『へぇー。やっぱり雪守さんって、なんでも要領よくこなすよね』
『なんかいつも澄ましてて、余裕っていうか』
『さすが神琴さまのお気に入りって感じ?』
『いや、私と九条くんは別に……』
もう少し上手く立ち回れていれば、誤解を解いて仲良くなれたかも知れないのに。結局なんだかますます拗れた形になってしまった。
『アンタナンカガイナケレバ』
もう親衛隊のようなことは二度と起こしたくない。
次チャンスが来たら、ちゃんと歩み寄れるように頑張らないと!
そんな訳でクラスの女子達との溝は深まるばかりだが、私は決してぼっちではない。
繰り返す、私はぼっちではない。
何故なら私には――。
「まふゆちゃーん! お疲れ様! 差し入れ買ってきたよ!」
「うわぁん! 朱音ちゃん、マジ天使!!」
――そう、私の天使こと、不知火朱音ちゃんがいるのである。
バタバタと舞い込んで来たトラブルを解決して回り、再びステージ裏に戻ったところを呼び止められた。どうやら朱音ちゃんは私が来るのを待っていてくれたようである。
ステージ裏の簡易的な休憩スペースに移動すれば、買って来てくれたものを次々と並べてくれた。
「たこ焼きにー、焼きそばにー。あとパンケーキも焼いていたから、買って来ちゃった。まふゆちゃんは甘いもの平気?」
「むしろ甘いの大好き!! ありがとう朱音ちゃん!!」
どれも熱々だが、私の朱音ちゃん愛の前にはこれしきの熱さなど些細なことだ。美味しい美味しいとパクつけば、ニコニコ微笑んでくれる。
ああ守りたい、この笑顔。
「……そういえば」
ぐふふと私が不審な笑みを浮かべていると、朱音ちゃんが周囲をキョロキョロと見回した。
「他の生徒会のみなさんは見えないけど、まふゆちゃんとは別行動なの?」
「あー、うん。雨美くんは受付に出ているし、夜鳥くんは当日出て来た申請書を捌いてる。九条くんは午後最初のステージで挨拶するから、その準備かな? そういえば朝に顔を合わせたっきりだった」
午後のステージでは、九条くんとの契約関係の発端となった因縁の生徒会長の挨拶の他に、我々生徒会メンバーの紹介なども予定されている。
その為、お昼過ぎには全員がステージに集まることとなっていた。
「はぇー、みなさん忙しいんだねぇ……」
「んーまぁ生徒会に所属してる以上、宿命だよね」
正直文化祭を楽しむどころではないが、仕方ない。まぁ全員要領だけはいいし、きっと仕事の合間合間で文化祭を満喫していることだろう。心配など余計だ。
それよりも今大事なのは、朱音ちゃんである。
「朱音ちゃん、本当に今日までありがとう! ポスターにパンフレットに看板に、何から何まで任せちゃったけど、どれも本当に素敵だよ! みんなからも好評だし、やっぱり朱音ちゃんにお願いしてよかった!」
「本当? まふゆちゃんに喜んでもらえて嬉しい! それにわたし、今まで自分の絵を大勢の人に見てもらうことなんてなかったから、わたしの方こそこんな素敵な機会をくれてありがとう……!」
「んんん!」
そんな嬉しいことを言ってくれるなんて、本当になんていい子なんだろう!
嬉しそうにハニカム朱音ちゃんの破壊力がヤバ過ぎる!!
あ、鼻血出そう。
「……まふゆちゃん?」
元々不審な私の挙動がますますおかしくなり、朱音ちゃんが不思議そうに首をこてんと傾げた。なんだその仕草、可愛過ぎかっ!
はぁ……。このままでは変態的な言葉を発してしまいそうだ。慌てて深呼吸して、話題を切り替える。
「そ、そうだ! 朱音ちゃんはクラスの方の手伝いは大丈夫? 時間あるなら、その……私と一緒に模擬店巡りしない?」
なんだか誘うのって、緊張するなぁ。告白なんてしたことないが、もしかしてこんな気持ちなんだろうか?
ドキドキと返答を待っていると、朱音ちゃんが両手を顔の前で合わせてパッと表情を輝かせた。
「えっ、いいの!? わたしの方は店番までまだ時間があるから大丈夫だけど、まふゆちゃんは忙しいんじゃ……?」
「全然大丈夫!! どうせこの後も学校内の見回りするつもりだったし、折角の文化祭だもん。仕事だけじゃつまんないしね!」
「ふふ、そっかぁ! じゃあそういうことなら目一杯楽しんじゃおっか!!」
お互い笑い合い、そうと決まれば時間が惜しいと立ち上がる。
「ねぇねぇ、まふゆちゃん」
「え?」
くいくいと私の制服の裾を引き、朱音ちゃんがこちらを恥ずかしそうに見た。
私は女子としては身長高めなので、自然と朱音ちゃんに上目遣いで見上げられる格好になる。
「実はわたし、友達と文化祭を回るの初めてなんだ」
〝だからまふゆちゃんと回れるの、すごく嬉しい〟
そんないじらしい言葉と共にふんわりと微笑まれて、またもや私のハートはずきゅんと撃ち抜かれた。
「……っ、朱音ちゃん!! 私も実はそうだよ! 去年はクラスの模擬店を仕切ってたら、いつの間にか日が暮れてたし!!」
「ふふ、そっかぁ! じゃあお互い初めてなんだね」
初めて会った時からなんとなく思っていたが、私と朱音ちゃんはどことなく似ていると思う。
顔とか見た目の話じゃなく、感性とか考え方みたいな内面の部分が。
ていうか今の聞いた!? 友達……! 私、朱音ちゃんに友達って言われた……!!
「? どうしたの?」
「な、なんでもないっ!!」
感動のあまり何度も頭の中で反芻していたら、朱音ちゃんが私の顔を覗き込んできたので、恥ずかしくなって慌てて首を横に振る。
「早く行こう」
「うん」
そして私達は仲良く歩き出す。
お互いに初めての、〝友達と一緒の模擬店巡り〟が始まったのである。
◇
「お見事ー! 初の完全脱出者誕生でーすっ!! 景品をどうぞっ!!」
カランカラーン! とベルが鳴らされ、周囲にいた人達が一斉にわっと沸く。その拍手の中心に立つ朱音ちゃんが、興奮で頬をバラ色に染めながら私を揺すった。
「すごいっ! すごいよ、まふゆちゃんっ! うちのクラスの人達、絶対誰も脱出させないように超難問にしたって言っていたのに!!」
「えへへ、そりゃ朱音ちゃんの前で無様な姿は見せられないからね」
――あれからあちこちの模擬店のトラブルを対処しつつ、並行して食べ歩きをしていた私達。
途中、朱音ちゃんを狙った男共がやたらと声を掛けてきたが、もちろん全て撃退した。
そうしてお腹もいっぱいになってきた頃、腹ごなしに体を動かすような模擬店でも覗いてみようかという話になって……、
『だったらうちのクラスの模擬店はどうかな? 脱出ゲームをやってるんだけど、よかったらまふゆちゃんも遊んでみない?』
『もちろんっ!!』
朱音ちゃんの誘いは絶対に断らない私は、その言葉にホイホイと朱音ちゃんのクラスへ向かったのだった。
そして見事に初の完全脱出者の栄光を手にした私。朱音ちゃんに褒められたい一心で、通常の100倍は潜在能力を発揮出来た気がする。今なら世界も救えそうだ。
「景品はすごく豪華なんだよー」
「へぇー、どれどれ?」
アホなことを考えていると、先ほど渡された景品――何故か骨の柄の入った高級そうな白い封筒の中身を確認するよう、朱音ちゃんに急かされる。それに従いガサガサと封を開け、中身を引っ張り出した。
「ん……?」
すると中には、〝後夜祭特別舞踏会の誘い〟そんな風に書かれたカードが入っている。
「後夜祭……? しかも舞踏会って……」
「うちの高校って文化祭は盛り上がるけど、後夜祭は有志が集まるくらいで大々的にはやってなかったでしょ?
「ああ、うん」
確かに今年も生徒会では特に後夜祭の予定はない。
「だけどそれじゃつまんないからって、今年は演劇部を中心にダンスパーティーをやるの! それでそのカードを持っている人には、特別に演劇部がドレスアップしてくれるんだよ!」
「ふぅん」
なるほど。後夜祭の話は初耳だが、確かに面白そうな試みだ。
しかし待ってほしい。
「ドレスアップするなら私じゃなくて、絶対朱音ちゃんの方がいいよ!」
そう言って朱音ちゃんにカードを渡そうとしたのだが……。
「ダメっ! まふゆちゃんが全部謎解きしたんだから、まふゆちゃんが受け取って!!」
「えー……」
珍しく強めに言われてしまい、結局私は渋々カードを自分の制服のポケットに仕舞うほかなかった。
ちぇ、朱音ちゃんのドレス姿見たかったのになぁ……。




