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雪女ですがクラスのイケメン妖狐の癒し係になりました  作者: 小花はな
最終章 眠れる妖狐と目覚める雪女の力

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30話 雪女と妖狐の起こした奇跡



「起きて、九条くん」



 初めて交わした九条くんとのキスは、ひんやりと氷のように冷たかった。

 それにポロポロと堪えていた涙が、ついにこぼれ落ちる。



「起きて、起きて……、お願い……っ!」


「…………」



 九条くんは何も応えない。


 全能術は発動したのだろうか?

 ……分からない。


 分かるのはただ、固く(まぶた)を閉ざし、微動だにしない九条くんの姿だけ。



「……、何も起きない……?」


「まさか……」


「やっぱり、〝生涯を誓った最も愛する者〟なんて条件じゃ……」



 気まずそうに背後で囁かれる声。

 それにドクドクと、私の心臓の鼓動が激しくなっていくのを感じる。


 嫌だよ、認めたくない。



「うぅ……、ふぅぅ……ぅ……」



 ポタポタと、私の涙で九条くんの頬が汚れていく。



「うう、う……!」



 嫌だ、嫌だ。認めたくない、信じたくない。



「ううう、うぇぇ……!」



 涙と共に感情が高ぶり、先ほど感じていた体の中にある妖力のうごめきが、より鮮明になっていく。

 そしてピシピシという音が背後から響いた瞬間、誰かの悲鳴が上がった。



「まふゆっ!! 落ち着きなさいっ!!」


「うぁっ、うぁぁん!!!」



 どこかから鋭く叫ぶ声が聞こえるが、何を言っているのか聞き取れない。

 今頭に浮かぶのは、〝この現実(悪夢)から逃れたい〟


 ただ、それだけ――……。



「…………ま……ふゆ……」


「っ、」



 するとそんな私の頬に、するりと誰かの手が伸びた。


 ぽかぽかと、雪女には熱過ぎるくらいに温かな手。


 最初は苦手でしょうがなかったその手は、今は何よりも望んでいたものだった――。



「あ……」



 ハッと泣きじゃくって閉じていた目をベッドに向ければ、ゆっくりと開いていく金色の瞳と視線が合わさる。


 その瞬間、声にならない声が私の喉から漏れた。



「……っ、九条くん……っ!!」


「まふゆ、まふゆ。夢じゃ……ないんだな……? 俺、生きて……」



 信じられないという表情で、九条くんが身を起こす。

 その動きはとても滑らかで、今の今まで()せっていたようにはとても見えない。どこも不調が無さそうなのが伺えた。



「バカッ!!」



 堪えきれずに、私はその体にぎゅっと抱き着く。



「夢な訳ないじゃん!! 言ったでしょ、私が幸せにするって!! それには九条くんがいないと、始まらないじゃない……!!」


「……うん」



 溢れる私の涙が、あっという間に九条くんが着ているジャージを濡らしていく。

 けれどそれを嫌がることなく、むしろより体が密着するように強く抱きしめ返されて、そっと頭を撫でられる。

 それがとても気持ちよくて私はすっかり身をゆだねていると、不意に九条くんが言った。



「ところでまふゆ、その姿は(・・・・)? それに随分と室内が冷え込んでいるようなんだけど……」


「え?」



 言われて九条くんがひと房手に取った、自身の髪に視線を向ける。

 するとそれは見覚えのある白に近い薄紫色で、思わず私は「あっ!」と声を上げた。



「も、もしかして私、また覚醒しちゃったの!? なんか妙に妖力がお腹の中でぐるぐるするなぁって思ってたけど……!?」


「なんでもいいから、早く鎮めなさいっ!! みんな凍死しちゃうわ!!」


「ええっ!? う、うんっ!!」



 九条くんが目覚めことで頭がいっぱいだったが、振り返ればみんな、あまりの寒さにガタガタと身を震わせている。


 さっきの悲鳴や叫び声はそのせいだったのか……!

 お母さんに怒られて、慌てて私は三日月さんに教えられた鎮め方を思い出す。



『心を落ち着かせるのです。さぁ息を吸って、吐いて』


「ええっと、深呼吸、深呼吸……っ、!?」



 大きく息を吸って吐いた途端、突然体から妖力が一気に抜け落ちたような感覚があり、その反動で私はガクンと九条くんの胸元に倒れ込んだ。



「あ……」


「大丈夫かい、まふゆ!?」


「う、うん。なんか急に力が抜けて……」



 もしかして、これが陛下の言っていた〝代償〟なのだろうか?

 手に妖力を込めようとしても、何も生まれない。先ほどまであれだけ感じていた体内の妖力のうごめきも、今は何も感じられない。


 もはや私は〝半妖〟ではなくなってしまったのかも知れない。


 ――でも、後悔はない。


 だって……。



「わああああん!! 神琴様ぁ、よかったですぅぅ!!!」


「オレは最後まで雪守ならやってくれるって、信じてたけどな」


「ええ? ついさっきまで顔は真っ青。唇は紫にしてた癖に?」


「それは雪守の冷気のせいだろっ!! てかそれを言うなら、水輝もだろ!!」


「二人揃ってこの世の終わりみたいな顔してたじゃん。なに張り合ってんの?」



 朱音ちゃんに夜鳥くん。雨美くんにカイリちゃん。

 相変わらずのノリだけど、みんなホッとしたように笑っている。

 


「よくやった、まふゆ。ううむ、しかしこの術の発動方法、なんとか変えられぬものか……」


「あら國光ったら、分かってないわねぇ! これがいいんじゃない! 〝最愛の人をキスで救う〟ってのが、ミソなのよ!!」


「分かりますぅぅ!! ロマンですよねぇ!! 僕の内なる乙女回路も、ぎゅんぎゅん回っちゃいました!!」


「皇后陛下と同じ程度(レベル)とは……。陛下が疾風(はやて)を皇女殿下の護衛に選ばれた理由、今理解しました」



 皇帝陛下にお母さん。木綿先生に宰相さん。

 彼らもまた好き勝手言ってるが、それでも色々な肩の荷が下りたのか、安堵したように笑っている。



 そして――……。



「神琴……」



 三日月さんに支えられ、葛の葉さんが呆然とした表情で九条くんを呼んだ。

 すると私の体を離し、九条くんも葛の葉さんを見る。



「くず……」


「あ、ぁ……」



 九条くんが名を呟いた瞬間、葛の葉さんはわっと彼に泣きついた。



「あああ!! あああああああっ!!!」


「葛の葉……。いえ、お母さま……」



 わんわんと子どものように泣きじゃくり、九条くんにしがみつく葛の葉さん。

 その小さく幼い体を九条くんがそっと抱きしめる。



「すみません、貴女は俺と父にあまりにも長きに渡って翻弄(ほんろう)され続けた」


「そんなもの……、どうでもよい。そなたが今生きている。この事実だけで、これ以上望むものは何もない。紫蘭だって同じだ。あやつは(わらわ)ともかく(・・・・)、そなたのことはとても慈しんでいた」


「……?」



 九条くんが5歳の時より、おおよそ12年振りの親子の和解。

 感動的な空気に水を差したくないが、しかしそれでも一点聞き捨てならない言葉に、私は声を上げる。



「待ってください。〝ともかく〟だなんて、葛の葉さんと紫蘭さんはとても仲が良かったって、三日月さんが……」



 私の言葉に葛の葉さんはゆるりと首を振る。



かつて(・・・)は、な。しかしその関係は國光達と対立した時に破綻した。紫蘭は國光や風花を害そうとした(わらわ)を許さなかった」


「そんな……」



 確かに彼女のした行いは、決して褒められたものではない。

 でもその行動は全て、紫蘭さんを救う為。

 理由があるからって、何をしてもいい訳じゃないのは分かる。


 けど彼女の真意が当の本人に伝わってなかったのだとしたら、それはあまりにも悲しい……。



「……葛の葉、貴女は誤解している。父の本当の気持ちを」


「? なんじゃと?」



 しかし暗くなりかけていた空気を、九条くんが一蹴する。

 そして驚く葛の葉さんをよそに、九条くんは振り返って朱音ちゃんを呼んだ。



「朱音、俺が預けたものは?」


「はい、ありますっ!! ここにっ!!」


「あっ、それ……!」



 どこから取り出したのか、朱音ちゃんが両手で掲げて見せたのは、いつかティダで魚住さんから渡された例の古びた四角い缶箱だった。

 それを九条くんが朱音ちゃんから受け取る。


 でもティダで受け取ったのは、確かに九条くんだったはず……。



「なんでそれを朱音ちゃんが持ってたの?」


「今日の昼食の時に一度寮に戻っただろ? その時朱音に預けたんだ」


「へっ!?」



 あ、そういえば三日月さんがいなり寿司を持って現れた後、九条くんは朱音ちゃんと共に寮に戻ってたっけ!

 あの時はなんでなのか分からなかったけど、まさか缶箱を預ける為だったなんて!



「でもどうしてそんなことを……?」



 私が尋ねると、九条くんは葛の葉さんの背後に控えている三日月さんへと視線を向ける。



「そこの彼女が言った言葉(・・)さ。俺が倒れたとしても、葛の葉の手にそれが渡るようにしておきたかった」


「?〝言葉〟……?」



 なんか言ってたっけ? 

 思い出そうと考え込むが、しかしそれより先に九条くんが口を開いた。



「〝くれぐれも暗部としての勘は鈍らすことのないよう〟あれは間もなく葛の葉が動くと、朱音だけでなく、俺にも向けられた言葉だった。そうでしょ? ……ばあや(・・・)


「へぇっ!!? ばばば、ばあや!!?」



 九条くんの言葉に、朱音ちゃんがひっくり返らんばかりの悲鳴を上げる。

 それに三日月さんから微かに笑う気配がしたかと思うと、彼女はそっと狐面を顔から取った。


 瞬間現れるのは、優し気な笑みを浮かべた白髪のおばあちゃんで――……。



「ふふふ。(わたくし)の正体を見破るとは、さすがでございます、神琴様。……朱音はもう少し修業が必要なようですがね」


「ううう……。だってまさか分かりませんよぉ、暗部長が変化(へんげ)してたなんて。妖術の気配も全く感じなかったし……」


「ふふ」



 しゅんとする朱音ちゃんに三日月さんはゆったりと微笑み、そして九条くんを見る。



「暗部長が(わたくし)だと、どの段階でお気づきになられたのですか?」


「……いなり寿司を見てすぐ。葛の葉は暗部と俺を接触させるような命令は絶対に与えない。また他の暗部達が葛の葉にとって不利になりえることを漏らすはずもない。とすれば、葛の葉に最も近しく、それでいて葛の葉を妄信している訳でもない、そんな貴女以外には考えられなかった」



 九条くんが真っ直ぐに三日月さんを見つめて告げると、彼女は「その通りでございます」と頷く。



「差し入れは私の独断。姫様は復讐の機会をずっと伺っており、どのような手段に出るか分かりませんでした。だから被害を最小限に抑え込む為、体育祭を利用したのです。私は皇帝陛下方と随分と前からこの時に向けて、話し合いをしておりました」


「そ、そんなことが……」



 だから今年は皇帝陛下が来賓になったし、ずっとティダから出なかったお母さんも帝都に来た。



『九条くんのこと。楽観的なことは何も言えないけど、でも今日でなんらかの決着は着けるから。だからもう少しだけ待ってて』



 お母さんが貴賓室で言った意味深な言葉の意味。そういうことだったんだ……。



「まぁまぁ。全部丸く収まったんだし、もうこれ以上細かい話はいいじゃない! ねぇ、それよりその缶の中には何が入ってるの? 紫蘭から葛の葉への贈り物なんでしょ」


「妾への?」



 お母さんの一言で、全員の関心が九条くんが抱えている缶箱に向かう。

 それに九条くんは頷いて、葛の葉さんへとそれを差し出した。



「ティダである人物に、父が預けていたそうです。貴女に俺から渡すようにと。あと先に謝っておきますが、〝開けずに』という父の伝言は破ってしまいました。記憶を取り戻す前、俺の実の母が想像通りの人物なのか、知りたくて」


「…………そうか」



 葛の葉さんは九条くんから缶箱を受け取り、蓋をそっと開ける。


 すると中に入っていたのは……、



「ほぉ。ティダの星の砂に、ホタル石のネックレス……。紫蘭のヤツ、いつの間にティダへ行ったのだ? 土産話はいつも嫌というほど聞かせてやっていたが、行ったなんて話は聞いたこともなかったぞ?」



 どれもティダに(ゆかり)のある品に、陛下は不思議そうに首を捻る。

 それにネックレスを手に取っていた葛の葉さんが、「そういえば」と呟いた。



「……一度だけ、思い当たることがある。神琴が4歳の時に、暗部を出し抜き、あやつが神琴を連れて屋敷を出たことがあった。あの時は大うつけかと激怒したが、そうかその時に……ん?」



 カサッという音と共に葛の葉さんが手に取ったのは、缶の一番奥底に隠すようにしまわれていた、一通の封筒。

 表には簡潔に、〝葛の葉へ〟と書かれている。



「手紙?」


「紫蘭の阿呆が……、こんなものまですぐに寄越さず……」



 少々悪態をつきながらも、葛の葉さんは封を開け、手紙を開く。



「――――……」



 するとその瞬間、彼女の目からは大粒の涙がこぼれた。



「……っ、本当に……、阿呆め……」



 その様子から、きっと素敵な言葉が綴られているのであろうことはすぐ察することが出来た。


 けれど一体なんと書かれていたのだろう? 

 気になって私は、こっそりと九条くんに聞いてみる。



「ねぇ、紫蘭さんの手紙にはなんて書かれていたの?」


「かなり不器用な人だったからね。手紙もかなり熟考した跡があって、結果かなり簡潔に書かれていたよ」



 そう言って九条くんはふっと微笑んだ。



「〝愛してる〟ってね」



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