[4]拠点
放課後、速攻で依緒に捕まって(逃げようとしたが、全身が見えないナニカに絡みとられ、糸で操られる人形のように、自分の意思に反して勝手に連行された)、やたらごつくて横幅もある――どう見ても日本の道路事情を考慮していない軍用車みたいな――車の後部座席に、ほとんど無理やり乗せられた零司。
「どーも。昨日ぶりですね、羽間零司君」
半ば予想した顔――助手席に座って抑揚のない口調で挨拶をしてきた姫島シャーロットと、こちらは初対面な、運転席に座って無言を貫いている初老の紳士(見るからにお抱え運転手か、執事といった風情の見事なまでに品のいいジェントルマンである)の姿に、零司はため息をついた。
「浮かない顔ですね。制服美少女とゴスロリ美幼女と同行できるというのに、まるでキャッチセールスで壺やイルカの絵を買ったとか、美人局に引っかかったような、しょぼくれた顔ですよ」
まさに零司の現在の心境を的確に表現して揶揄するシャーロット。
「まあ、どっちも看板に偽りありだけどさ」
微苦笑しながら零司の隣へ座る依緒。
同時にドアが自動で閉じ、まるで気密室のドアが閉まるかのような空気が抜ける音がして、外の音が一切遮断された。どうやら外部とは空気も含めて遮断されているらしい。
唖然とした零司の目が正面を向けられ、そのまま絶句した。
まずガラスに見えたフロントとサイドは、防弾ガラスに何らかの発光素子が組み合わされた多層構造らしく、外部からは完全に遮断され、半透明の外部映像に重なって各種インジケーターが表示され、車体のステータスから周辺の道路状況、歩行者や他の車両を示すアイコン、気温湿度気圧などなど外部要因も常に示されて動いている。
「なんだこりゃ!? まるで宇宙船か、SF未来カーじゃないか!」
不承不承であった態度から一転して、目を輝かせて内部メカに食い入る。
「男の子だねぇ」
そんな零司を微笑ましいものを見るような、生暖かい眼差しを向ける依緒であった。
車は四十分ほど走って、対幻象界ハンター組合北関東支部からもほど近い街の片隅に建つ、五階建ての雑居ビルへと到着した。
似たような建物が並ぶ一角にあって、一階が全国チェーンのコンビニになっている以外、特に目立つ特徴もないビルである。
【姫島調査会社】
二階の窓に書かれた看板を見上げながら、なんでこんなところへ? と怪訝な顔をする零司を連れ立って、ビルの左端にある専用出入り口――来客はインターフォンで伺いを立てる形式――の電子認証キーを開けて、シャーロット、零司、依緒の順番で中に入る。
ここまでドナドナされては抵抗するだけ無駄と、開き直ったらしい零司も自分の足で歩いて続く。
大人一人が荷物を持って歩くのがどうにか……といった幅の狭い通路の正面に、この手の規模のビルに設置されているにしては大きめの、耐荷重量600㎏のエレベーターがあった。
乗り込むと二階『姫島調査会社』までの表示しかない(三階以上はプライベートエリアなのだろう)。躊躇いなく依緒が二階のボタンを押して、一同は『姫島調査会社』のオフィスへと足を踏み入れた。
「え~~と、ここって……?」
どことなく場違い感を覚えて、零司が誰もいない室内を見回しながら、誰にともなく尋ねる。
造りとしては二LDKといったところか。広々としたリビングは、中央に来客用のソファと樫のテーブルが置かれ、いたるところに観賞植物が並べられ、壁際には執務机が置かれ、背後にはこげ茶色の本棚と飾り棚が据えられている。まるで英国を舞台にした映画のセットのように整然としていて、逆に不自然なほど個性のない事務所であった。
「看板に書かれている通り、『姫島調査会社』のオフィス兼事務所ですよ。同時に我らチーム《斬奸》の拠点でもありますけどね」
慣れた足取りで中央の来客セットのソファに座るシャーロット。いつものゴシックロリータ服とも相まって、非常にこの部屋にマッチしていた。
「まあ座って、羽間零司君。お茶を用意させましょう。緑茶やコーヒーの方が好みなのかも知れないですが、今日は紅茶の気分ですので。『マリアージュ フレール』と『フォートナム&メイソン』ではどちらが好みですか? それとも日本産和紅茶にしましょうか? ちょうど『丸子紅茶』のいいのが手に入ったところですし、うん、それにしましょう。――依緒、悪いけれど」
「はいはい。けどその前に着替えてくるよ。いつまでのこの格好だと落ち着かないので」
促された依緒は丈の短い制服のスカートを押さえて、げんなりとした口調で先に釘を刺す。
「残念。似合っているのにもったいない」
心底残念そうに首を横に振るシャーロットに向かって後ろ手に手を振りながら、依緒はいったん部屋をあとにした。
「依緒は四階に自室があるので、そちらで着替えてくるのです」
玄関から出ていく音を聞いて、怪訝な表情を浮かべる零司の疑問を先んじてシャーロットが答える。
「三階は装備やトレーニングルーム、資料室になっていて、五階には私と丹紗の私室があります。部屋は余っているので、同じ五階でもいいと思うのだけれど、やっぱり遠慮しているんでしょうね」
『丹紗』というのは、あの赤毛の娘のことだろうな、と思いながらシャーロットの対面のソファに座る零司。
「全員ここへ住んでいるのか? この事務所と一階のコンビニは?」
「ええ、拠点用に二年前にビルごと買い上げたの。一階のコンビニは、いざという時に物資を補給できる倉庫を兼ねたカモフラージュ用ね。オーナーは私で店長は雇われ。一応そこそこ黒字みたいだけど、違和感がないように五年位をめどに別な店舗と入れ替える予定でいるわ」
そこまで口にしてから、シャーロットはうっかりしていたと言わんばかりの表情で、ポンと軽く手を叩いて、ソファから立ち上がって執務机のところまで行き、引き出しを開けて何やら取り出して戻ってきた。
「きちんと自己紹介していなかったですね。私がチーム《斬奸》のリーダー、姫島シャーロットよ。ちなみにこう見えても成人しているので悪しからず」
金属製の名刺入れから取り出した名刺を、零司に向けて置く。
【対幻象界ハンター組合北関東支部所属】
【 ハンターチーム《斬奸》 】
【 リーダー:姫島 シャーロット 】
「はあぁぁぁ!?」
やたら態度が大きいというか、大人ぶっているとは思っていた零司だが、思いがけない最後の一言に、思わずまじまじと穴のあくほどシャーロットの、どこをどう見てもローティーン以下にしか見えない容姿を凝視するのだった。
不躾な視線にも気を悪くした風もなく、シャーロットは自分で置いた名刺を指さして補足する。
「それと、その名刺のインクは十秒ほどで変化する仕様になっているから」
【姫島調査会社】
【 代表社員:姫島 シャーロット 】
ちょっと目を離した隙にほとんど別物になった名刺を手に取り、矯めつ眇めつ確認して、前の記載の痕跡が一切ないことに驚嘆する零司。
「凄いな。さっきの車といい、なんか魔法か未来技術って感じだ」
「『十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない。』SF作家のサー・アーサー・チャールズ・クラークの言葉ですね」
どこか自嘲気味な口調でシャーロットが零司の台詞を追従する。
そこへ玄関ドアが開く音がして、二種類の足音が聞こえてきた。
「お待たせ~。ついでに丹紗とも挨拶させようと思って連れてきた」
軽い足取りで戻ってきたのは依緒で、零司があの日の夜に見たのと同じ、ブルゾンにデニムのショートパンツ。ワークキャップをかぶった姿である。
そのあとに嫌に重々しい足音を響かせて続いて入ってきたのは、零司が予想した通りあの赤毛の女子だった。
「ふぁ~っ。まだ日が出ているじゃないっスか。自分、この時間は体感時間でまだ真夜中の絶好調なんスけどね~」
見た目の印象と違ってかったるそうに、毛玉だらけで襟元が伸びたスエットの上下を着て、ダメ人間そのものの発言をする。
「丹紗、今朝も言っておいたけど、例のメンバー候補がいるのよ。貴女も女の子ならもうちょっと身だしなみには気を付けたらどうなの?」
見かねてそんな丹紗を窘めるシャーロット。
「はあ、そースか……どもども」
零司のことを認識しているのかしていないのか。素でボケているのかわからない口調と態度で軽く挨拶をしながら、ひときわ頑丈そうな見かけの椅子に座る丹紗。
途端、ぎしぎしと金属フレームがしなる音が聞こえた。
「とりあえず全員まとめて紅茶でいいね?」
どこに置いてあったのか、エプロンをつけながら隣接するキッチンへ向かう依緒。
真っ白な太腿と形の良いお尻に思わず目を奪われる零司だが、ジ~~ッと半眼で見据えるシャーロットの視線に気づいて、反射的に居住まいを正して取ってつけたような言い訳をする。
「は、はは、このチームって女性ばかりなんですね」
「「違うわ(っスよ)」」
即座に否定するシャーロットと丹紗。そしてキッチンの入り口で依緒が振り返って、憮然とした口調で零司に向かって言い放つ。
「誰が女だ、誰がっ! この格好を見てもわからないわけ!?」
お冠な依緒の様子と、苦笑いを浮かべているシャーロットの態度から、零司の中でひとつのあり得ない可能性が浮かんだ。
いやいや、まさかまさか!! と必死に打ち消そうとする零司に、丹紗があっさりととどめを刺す。
「依緒ちんは男の娘っスよ」
「『の娘』を付けるな! ボクは男だっ!」
「…………」
本人の断言を受け、ソファに座ったまま放心している零司の口から魂が抜けている様子を、シャーロットが興味深そうに観察していた。
次回は13日(火)0時更新です。