[3]告白
モニターはあくまで補助として、校内に設置してある防犯カメラの映像と新たに設置した監視カメラ、ついでに上空にある軍事衛星と所轄警察にハッキングをかけて――無論違法だが、絶対にバレない自信がある――随時送られてくる、現在及び過去の映像を脳内で同時並行して展開・分析しながら、対幻象界ハンター組合北関東支部に所属するハンターチーム《斬奸》のリーダー・姫島シャーロットは、指揮車である愛車ハマーの助手席からチームメンバーで、現在通りを一つ隔てた私立鍵城学園へ潜入捜査中の鷺宮依緒と無線で交信をしていた。
『どう、そちらの様子は? ずいぶんと歓迎されていたみたいだけれど』
笑いを含んだシャーロットの問いかけに、骨伝導マイクによる依緒のうんざりとした嘆き節が返ってきた。
『……最悪。何が悲しくて男にチヤホヤされて、熱のこもった目で見られなきゃならないのさ』
『仕方ないわ。依緒は美人だから。私が見たところ目標のメンバー候補君も、依緒を相当に意識してるわね。平均して十三秒に一度は依緒に視線を送っているもの。ちなみに視線の位置は胸とお尻と太腿を中心に……』
『そーいうのは勘弁してほしんだけど。――てゆーか、そんなに見られていたわけ? ぜんぜん気が付かなかった』
プロにあるまじき失態である。
『その特性を見込んでのスカウトだからね。で、実際に接触してみてどう?』
先入観なしの依緒の本音を聞くために、あえて曖昧な言い方でシャーロットは尋ねた。
『訳が分からない』
間髪容れずに途方に暮れたような答えが返ってきた。
『最初の挨拶の時に、刃髪をターゲットの全身八カ所に張り巡らしたのに、気を抜くとほとんどの拘束がいつの間にか外されている……いや、無意識にボクが外しているのかも? そのたびに張り直しているけど、どうにも手ごたえがないというか、どんなに気を張っていてもするりと抜けられるような妙な感覚なんだよねぇ。あと話をしていても、ふと気を抜くと誰と話していたか曖昧になるし。そのくせあっちから話しかけられると、違和感なく打ち解けられるし、これが敵だったら知らずに殺られていても、おかしくない状況だね』
深層心理まで暗示をかけて調査をしたダンピールの魅夜や、百戦錬磨なダフィールド隊長と似たような感想に、シャーロットの口元から笑みが消えた。
『実は二重存在とかが人間に化けているとかじゃないの?』
冗談とも本気ともつかない依緒の軽口に、シャーロットは軽く肩をすくめて応じる。
『二重存在というよりも、二ホンの伝承にある〝どこからともなく家に入り、茶や煙草を飲んだり自分の家のようにふるまう。家の者が目撃しても「この人はこの家の主だ」と思ってしまうため、追い出すことはできない、またはその存在に気づかない”っていう滑瓢のような印象を覚えるわね』
『――ぬらりひょんって、あの妖怪の? ってことは人外なわけ?』
『いいえ。科学的検査でも霊的調査でも疑いなく人間よ。だけど間違いなく異常を起こしている特異点でもある。ならば理屈はわからなくても、使えるものなら使わなければ損……というのが絢香の方針。私もそれに異存はない』
そもそも人と違うということで排斥され、もしくは居場所がなくて、流れ流れて集まった吹き溜まりが対幻象界ハンターであり、ハンター組合である。たとえ相手が悪魔だろうが宇宙人だろうが正体不明だろうが、いちいち気にしていたら始まらない。
そういった含みを持たせたシャーロットの言葉に、ハズレものの意識が強い依緒は言葉を濁した。
『そりゃまあそうだけどさ……っと、こっちに来たようだから一度通信を切るね。……ったく、刃髪で位置を捕えていないと、把握できないとか透明人間を相手にしているみたいだ。〝滑瓢”ね。確かに言い得て妙だね』
そこで向こうからの通信が切れたので、シャーロットはカメラの映像と依緒が携帯しているセンサー類に意識を切り替えるのだった。同時にこの学園と周辺――碕森市全体のデータを洗い直して、微かに不審な表情を浮かべる。
「数年に一度、十五歳から十七歳までの女子生徒……特に眉目秀麗な娘が、市内の高校に在学中、行方不明になっているわね。共通点はいまのところなし。それと犯罪組織による新種の麻薬が出回っている? 関連して消息不明となっている人間が、一定の割合で存在している……か」
いずれの事件にも鍵城学園の関係者が関わっている形跡はなく、また先日、敷地内で幻象界の侵食があったことで、十分な調査が行われ解決したと見做されている。つまり完全にノーマークの状態である。それが逆にシャーロットに不信感を抱かせた。
「木の葉を隠すには森の中。もしかすると意外なアタリを引いたかもしれないわね」
そう機械のような淡々とした口調で独り言ちる。
◆
Bセットのメンチカツ・コロッケ定食が乗ったトレイを抱えた零司が、微妙な及び腰で依緒の座る椅子の隣。冷たい玄米茶の入った紙コップと、念のために弁当箱の入った巾着袋を置いて確保してある席のところへ近づいてきた。
「遅れてごめん。ちょうどAセットがなくなって、払い戻しに手間取ったものだから……」
「それほどで待ったわけでもないよ、零司君。ちょっと鬱陶しかったけど」
『隣、いいですか?』と、馴れ馴れしく言い寄ってくる顔も知らない男が多くて、いちいち断るのに辟易した依緒である。
そのあたりの事情を周囲の――「こんな冴えない奴が待ち合わせの相手か!?」という――嫉妬まみれの視線から察した零司は、ほぼ学食の真ん中の席に座っている依緒の隣へ、そそくさと腰を下ろした。
「目立つのが嫌だったらもっと窓際とか、壁際の空いている席に座ればよかったのに」
「そういうところは落ち着かないな。仮に突入作戦――ことにダイナミック・エントリーが実行された場合、窓際や壁際は爆破される危険が高いので、怖くて食事どころじゃないね」
高校生には意味不明のことを口に出しながら、巾着袋から二段重ねのお弁当箱を出す依緒。
零司同様に冷たい玄米茶を一口含んで蓋を開けると、綺麗に整えられ色どりも鮮やかな中華風のおかずが零司の目に入った(なお、二段重ねの内訳は『おかずとご飯』ではなく、『おかず+ご飯とサラダ+デザート』である)。
「――あれ?」
何とはなしにおかずの海鮮焼売やミニ春巻きなどを眺めていた零司が、既視感を覚えて首を捻る。
「なにか?」
「あ、いや、昨夜食べたおかずによく似ていたから、つい……」
失言を詫びる零司の方を向くことなく、何でもない口調で依緒が答えた。
「そりゃそうでしょう。まとめて作り置きしたんだから。せいぜい卵焼きとプチトマトを追加した手抜き仕様だよ。悪かったね」
「へっ……?」
素っ頓狂な声を上げる零司に向かって、依緒は掌で帽子のひさしのような影を作って相対する。
「案外鈍いね。直接会うのは初めてだけど、そっちはあの夜に見ていたはずだろう?」
掌の陰から覗く瞳の輝きを前にして、零司の脳裏で狗人を事もなげに始末した二人組の片方、ワークキャップをかぶった性別不明の人物と、目の前の美少女の印象がピタリと一致した。
「!!!」
「対幻象界ハンター組合北関東支部所属、チーム《斬奸》の正規メンバー・鷺宮依緒。改めてよろしく~♡」
驚き過ぎて声も出ない零司に向かって、悪戯の成功した子供みたいな、してやったりという笑みを浮かべる依緒。