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イロウション・ジェネシス  作者: 佐崎 一路
人ヲ喰ラウ鬼編
6/11

[1]日常

 敷地内で地盤沈下事故があったということで、三日間の臨時休校をしていた私立鍵城学園だが、安全が確認されたという連絡が回り、土日を挟んで五日ぶりに授業が再開されることになった。


「なにが地盤沈下だ、くそっ……!」

 その話題で持ちきりになっているクラスの喧騒をよそに、窓際の席で黙然とここ一両日の出来事を思い返しては、ひとり頭を抱えて煩悶(はんもん)していた少年――羽間零司(はざまれいじ)は、叶うことなら夢であって欲しいと思いつつも、ここ二カ月でかなり皴になってきていた制服と、適当に洗濯乾燥をしてアイロンがけしただけのワイシャツが、いずれも綺麗にクリーニングされて、パリッと糊が利いている現実に、否が応でも事実を突きつけられ、やるせないため息をついた。


 あの日、提案というか理不尽な要求――実質的に仲間にならないと命がないも同然である――を受け入れざるを得なかった零司。

『君には自分でも把握していない秘められた能力があるのだよ。我々はそれを有効に使いたいだけさ』

 その後、ダフィールドと名乗ったおっさんが朗々と零司に語り掛けたが、そんなものに身に覚えのない当人としては、自己啓発セミナーや新興宗教の勧誘並みに胡散臭い話にしか思えなかった。

 仮にダフィールド(このオッサン)たちが本気で信じているとしたら、あるはずのない能力を買われて怪物と戦う修羅の世界に引き摺り込まれたわけになる。

 零司にとってはいずれにしても救われない話であった。


 ともあれ形ばかりの反論はほぼ黙殺され、その後、半日ほど検査(単なる健康状態の確認だったらしい。金髪少女曰く「栄養バランスに偏りがある以外は問題ありません。もっと野菜を摂った方がいいですよ」という余計なお世話だったものだ)をしたあと、再び注射を打たれて意識が朦朧としているうちに移動させられたらしい。

 気が付いたら自宅二階にある自室のベッドに寝ていた。


【16:45(日)】

 いままでの出来事はすべて夢だったのかと、起きたところで自問した零司だったが、綺麗に畳まれて新品同様になっていた制服と、日付があの日の夜からすでに四日近く経過していたことに気づいて、確実に何らかのトラブルに巻き込まれていたことを痛感せざるを得なかった。

 同時に枕元に置いてあったスマホに、『PPウェア』という見覚えのないコミュニケーションアプリが登録されており、そこにあの金髪の少女をデフォルメしたアイコンと、

『ダイニングキッチンに食事の作り置きあり。三日間点滴で栄養補給をしていたので、いきなり固形物を食べ過ぎないこと。それと後日、連絡を入れるのでそれまではいままで通りの日常生活を送るように』

 紋切り型の一方的な指示が入っていた。


 咄嗟にスマホをベッドに叩きつけ、勢いのまま警察に駆け込もうかとTシャツに短パン姿で部屋を飛び出し、階段を下りかけたところで、ガタイのいい中年男の警告が脳裏によみがえった。

「警察やそれに類する機関に訴えたところで無駄だよ。我々はこう見えても国の組織なのでね。同じ穴の(むじな)というやつさ。まあ、昨今はSNSなどで世間に公開するという手もあるが、我々はこと情報戦に関しては世界トップレベルにあると自負している」

 なぜか傍らに佇む少女をちらりと一瞥して、中年男はニヤリと意味ありげに口元をほころばせた。

「おかしな動きをした場合、即座に敵対行為とみなして()()を行わせてもらう。軽挙は厳に慎むことだ。これは親切心からの忠告だよ、レージ君」


「…………」

 脅しや誇張ではないだろう。こうして自宅の場所や部屋の間取りまで掌握されていて、住人である自分になんら違和感を感じさせない手際の良さは、完全にプロの手際の良さである。

 だいたい警察に行ったところで、

「バケモノとの戦いの様子を目撃したため、謎の組織に拉致監禁されて、脅されて仲間に引き入られました」

 そんな話を誰が本気にするというのだ。

 どうしようもない。完全に詰んでいる……と、やるせない気持ちで惰性のままとぼとぼと、一階に下りた零司の目と鼻に、LED蛍光灯の灯るダイニングと馥郁(ふくいく)たる食欲を誘う香りが飛び込んできた。

 途端、猛然と空腹を訴える腹の虫。


 見ればテーブルの上にラップがかけられた皿が何品か乗っている。

 まだ出来立てらしい湯気で曇ったそれら。

 メッセージにあった食事だろう。てっきりもっと味気ないものかデリバリーの(たぐい)かと思っていたのだが、どうも手作りっぽい。

 あの連中の指示に従うのは(しゃく)だが、出来合いのものならともかく――その場合は当てつけで手を付けずに、カップラーメンでも食べていたが――手作りともなれば、作り手にも申し訳ないもったいない精神が先に立つ。


 そんな風に自己弁護をしながらテーブルについた零司が順にラップを剥すと、土鍋に入った中華粥を中心に、ザーサイ、ミニ春巻き、海鮮焼売、白身魚の中華蒸し、小籠包、サラダ、杏仁豆腐、急須に入った烏龍茶が準備されていた。

 ちょっとした中華料理屋のセットメニューのような多彩な料理を前に、思わず喉を鳴らす零司。

「――美味(うま)っ!」

 そうして一口頬張ったあとは、警戒も何も吹っ飛んで無我夢中で食事に没頭していた。

 少女の注意も何のその、若い胃袋は準備されていた二人前ほどもある(時間を考えて半分は夜食用に作ったのかも知れない)分量を見事に完食したのだった。


 ◆


 結局、あれから連絡はこず、こちらから連絡する気にもならなかったので、風呂に入ってテレビもネット、ゲームもやらずにベッドに入って寝た。

 この四日間、薬で相当眠っていたはずなのだが、精神的な疲れはまだまだ取れなかったようで、布団に入ると一気に睡魔が襲い掛かり、気が付けば朝だった。

 若干消費期限が気になる(賞味期限はすでに過ぎている)買い置きのパンで朝食を済ませて、果てしなくかったるかったが、さぼるわけにも行かずに登校して現在に至る……というわけなのだが。


 ふと我に返った零司が、どことなく周囲の光景に違和感を覚えて教室内を見渡したところで、隣にある女子列の最後尾が、きっちり男子列と等間隔に並んでいるのに気づいて首を捻った。

 このクラスは男子十六人の女子十五人なので、必然的に一カ所空白ができることになる。

 当然のようにその空白の隣席を当てが割られていた零司にとって、これはさすがに見過ごせない変化だった。


「なあ、この席って誰か来るのか?」

 そう零司が尋ねると、前の席の男子――確か『中根』とかいったチャラそうな奴――が、えらく驚いた顔で振り返った。

 次いで『誰だコイツ? いつからここにいたんだ??』という、零司にとってはお馴染みの反応を示す。

「――後ろの席の羽間だ」

「あ、ああ……悪い悪い、まだ入学したばかりで度忘れしてた」

 そう弁明する台詞も、今回で十八回目だった。

「で、そうそう、なんでも今日から転校生が来るらしい。そんで新規に席を準備したんだとさ。女子って話だぜ」

「へえ、こんな時期にねえ……」

 興味半分期待半分の中根の説明に、猛烈に嫌な予感を覚える零司。

 刹那、漫画や小説での所謂『お約束』。秘密組織。そして転校生というワードが、三題噺(さんだいばなし)のように頭の中で繋がる……のを頭を振って打ち消した。

「……さすがにあるわけがないか。考えすぎだ」

 そう思いながらも、もしかすると転校生のふりをして、あの赤毛の少女がしれっと現れるかも知れない。いや、意表を突いてあの金髪碧眼の美少女が飛び級の留学生としてやって来るかも……そう懸念を抱かずにはいられない零司であった。


 ほどなくしてチャイムが鳴り、ほぼ同時に担任が入ってくると、クラス全員の視線がそちらに向く。そろそろ前髪が後退してきた担任教師に対してではない、その背後に付き従って教室へ入ってきた、真新しい制服を着た見慣れない女子生徒に向けられたものである。


 おおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ~~~~~~~~~~~~~~っ。


 一瞬だけ静まり返った教室に静かなどよめきが湧き起った。

 そしてそれは零司も例外ではなかった。

 まず一目見て見慣れぬ少女であったことに安堵して、次に改めて見直した彼女の容姿に、人生最大の苦悩と心労も忘れて見入っていたからである。


 まず目に留まったのは長いストレートの黒髪である。下手をすれば先端が膝の裏まで届く黒髪は艶やかで、古風な表現をするならまさに『カラスの濡れ羽色』という言葉そのものである。

 ストレートの長髪は手入れを怠ると、途端にずぼらでみすぼらしく見えるものだが、よほど入念に手入れされているのだろう。歩くたびにキラキラと光を放つように綺麗だった。

 そして当人の美貌もそれに負けず劣らずで、昨今の芸能人やアイドルなど遠く及ばない、目の当たりにしても実在を疑うレベルの超絶美少女である。

 身長は165㎝ほどと女子にしては長身で、反面胸元は慎ましやかだが、すらりと長い手足――腰の位置が180㎝近い担任とほぼ同じである――と相まって、彼女には非常によく似合っていた。


「――お姫様みたい」

 斜向かいの女子生徒が、思わず……という口調で呟いた言葉に、さもありなんと内心で激しく同意する零司。

 ただしお姫様といってもお城でドレスをまとった深窓の姫君ではない。戦国時代、先頭に立って戦っていた姫御前とか、ファンタジーに登場する姫将軍とか呼ばれる類の姫君である。


 ――ヤバい……!


 洒落抜きで魅せられた。そんな場合じゃないというのに、一発で心臓(ハート)のど真ん中を射抜かれた。

 フィクションの中だけに存在するかと思われた恋の病気。『一目惚れ』というやつに罹患したことを、零司は否応なく自覚する。この気持ちに比べたら、告白しようとしていた女子に感じていた感情は、単なる親近感の延長線でしかなかったと冷静に分析できる……が、同時に深い絶望に囚われるのだった。


 あんな誰が見ても超絶高根の花と、存在すら忘れられるクラスのモブキャラとでは月とスッポン。ロミオとジュリエットなど話にならないほどの隔絶がある。

 生まれて初めての恋を知ると同時に、自縄自縛ともいえる哀愁に耽る零司であった。


 ひとしきり騒ぎが収まるのを待って、担任が転校生の紹介に入った。

「え~、急な話だが見ての通り転校生だ。自己紹介してもらえるかな?」

「はい」

 頷いた転校生がホワイトボードを向いて、黒のマーカーで名前を書く。回れ右をして全員に向かって一礼をした。

「〝鷺宮(さぎのみや)依緒(いお)”と申します。皆さん、よろしくお願いします」

 そうよく通る声で挨拶をした。その一瞬、彼女――依緒の視線が自分に向けられた気がして、零司は「いやいや、自意識過剰だ」と浮つく心を自ら静めるのだった。

 だが、次の瞬間、零司にとっては驚天動地。幼稚園を含めた小中学校の十一年間で一度も起きたことがないことが起きた。


「鷺宮の席はこの列の一番後ろになる。え~~と……隣の席の……羽間。いろいろとわからないことは教えてやってくれ」

 微妙に台本を読んでいるようなわざとらしさがあったものの、生まれて初めて教師に指名されるという事態を前に呆然とする零司と、『え、羽間……?』と先ほどの中根同様に『誰!?』という顔で唖然とするクラスメイト達。


 妙な雰囲気に包まれた教室の中、さっさと自分に割り当てられた席に着いた転校生――鷺宮依緒は、着席しながら零司の方を向いて、

「よろしく~」

 先ほどよりもずいぶんと砕けた口調でそう言いつつ、どこか意味ありげな笑みを向けるのだった。

え~、というわけでヒロイン(?)登場です。

ちなみに現在の15歳女子の身長平均が157㎝くらいになります。男子は170㎝くらいです。

作者が高校の頃はもうちょっと高かったような気がするのですが、ちょっと縮んだ?

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