送り迎え
季節は八月の真っ只中。
お盆が始まった今でも快晴から降り注ぐ灼熱が和らぐことはない。
セミの鳴き声すら聞こえない住宅街の中、一人の男が自転車を押して歩いている。
年は三十代半ばぐらいか。
薄手のワイシャツからは汗が滲み、細身の身体を浮かび上がらせる。
顎の先からぽたりぽたりと滴が垂れるのも気にせず、彼は歩みを進めていた。
そんな様子に自転車で通りすがった一人の青年が足を止めた。
「大丈夫ですか? 自転車が壊れたならこの季節ですし、電話をかけたほうが……」
不安げな声。
きっといい人なんだろうなと思いながら、彼はやんわりと断りを入れる。
「お気になさらず。もうすぐ自宅につきますので」
「そ、そうですか? ならすみません」
「いえいえ、心配してくれてありがとうございます」
一つお辞儀をすると、青年は少し恥ずかしそうに頬をかきながら去っていった。
自転車に不備はない。
からり、からりと滑らかに車輪が回っている。
その前カゴに入った袋からは、線香とろうそくが覗いていた。
──男には大切な人がいた。
自転車に乗るのが好きな人だった。
命を落とすその時まで、彼女は自転車に乗っていた。
だからこの時期になると、男は自転車に乗って迎えに行くのだ。
「暑い中ごめんよ。もうすぐ着くからね」
返事はない。
期待してもいない。
けれど、男は再び前を見て自転車を押す。
ゆらり、ゆらり。
アスファルトから立ち上る熱が空気を揺らす。
からり、からり。
思い出の道をなぞりながら。
その茶色いサドルの上では、若い女性が笑っているような気がした。